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亨珈

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諦めるなよ、俺を

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「駄目だ。しない」
 肘を突いて上半身を起こすと、腰の横に足を開いて膝立ちになっている豪と睨み合う形になる。
 ここでずるずる続けてしまえば、もう踏ん切りがつかなくなる。今しか機会はないのに。
「だからどうしてだ? したいくせに」
 見下ろしている眼差しは剣呑で、口調は俺を責めている。自分の思い通りにならないから、イライラしているんだろう。
 すりすりと股間を撫でられて、また勃ち上がる節操なしに顔をしかめた。
「体と、心は別なんだって……」
 苦し紛れに言った言葉に、ふんと鼻を鳴らされる。
「別に体だけでいいんじゃねえの? 琉真は、俺から離れられない」
 なんて傲慢に、俺を射抜くんだろう。言葉で、視線で、俺を縫いつける。
「嫌いじゃないだろ、俺のこと」
 真っ直ぐ見つめられて、逸らすなんてできっこない。
「嫌いなわけ、ないだろ」
「じゃあ、なんで逃げようとするんだよ。今更」
 そう、今更、だ。
 詰るような目線に押されて、わななく唇を叱咤して、言葉にする。
「辛いんだよっ。豪が、ほかの誰かを抱いたり抱かれたりするのを見るのが。挙げ句の果てには、人のベッドでセックスしたりして、勝手に他人を家に上げて……もううんざりなんだ。好きだから嫌なんだよ。解れよ!」
 一気にぶちまけたことに興奮して、動悸が収まらない。この姿勢じゃなかったら、肩で息をしていただろう。
 一番言いたかったことだけは、伝えられたと思う。だからじっと待っているのに、豪はきょとんと目を丸くして、俺の腰骨の辺りに腰を下ろした。
「なんで今頃んなこと言ってんの? 俺に女と付き合うのやめろとか? それに琉真以外の男となんて、するはずないだろ」
 部屋に連れ込んだときは、まさか琉真が帰るなんて思ってなくてとかなんとかぶつぶつ言い訳してるけど、論点はそこじゃない。日常的にホテル代わりに使ってたのかもしれないけど、今となってはどうでもいい。
「だって、駅前で俺が車で通りかかったときに一緒にいた男……。すげえ密着してたし、あの触り方はちょっとやりすぎっていうか……だから、てっきり」
 あー、あの時。芝居じみた所作でぽんと手を打つ豪。
「あれな、連れの女たちに頼まれて、写真撮らせてやってたんだよ。絵を描くのに参考になるとか言って、指定されたポーズでさ。ちゃんとバイト代ももらってるし、いわば仕事? みたいな」
「ほんとにあいつとも他のやつともやってねえ?」
「ないない。んな恥ずかしいこと、他の奴とやれっかよ」
 少し照れたような表情で、憤慨してる。勘では、嘘は吐いていないと思う。思うんだけど、やっぱり納得はできない。
「ふーん。それはそれでいいや。けど、俺が言ってる好きってのはな、誰にも触らせたくないって好きなんだよ。だから、もうやらねえの」
「だからそこでどうしてそうなるんだよ。親友なら、お願い聞いて」
「抱いてる間だけ誤解して、期待して、終わったら打ちのめされる。ずっとその繰り返しだったよ……。
俺が欲しいのは、体の方じゃない」
「嘘吐き。プラトニックで、好きだの愛してるだの言い合ってれば、セックスなしでいいってのか」
「や、出来ればセックスも……でもそれは気持ちが伴ってないと」
 キスも、愛撫もろくにさせてもらえない。こんなの、セフレ以下の関係だろう。
 また憂鬱になった俺の股間も連動してしょげて、これ幸いと強引に豪を押し退けてベッドから下りることに成功した。
「あの日ふられるはずだった。そうしたら、落ち込んでる間は会えなかったかもしれないけど、いつか吹っ切ってちゃんと友達に戻るつもりだった。
だけど、今の歪な関係だと、俺はどこにも行けないから――だから、離れたかった。ちゃんと言わなくて勝手に行動したのはごめん。出来るかどうか判らないけど、恋愛感情なくなったら、また一緒に遊んだり、飲みに行ったりしよう」
 クロゼットから引っ張りだした部屋着を身に着けながらしゃべっている間、豪はシーツに視線を落としていた。
 もう言うことはないかと頭の中を探っていると、ようやくゆっくりと豪が顔を上げて、ベッドにヘたり込んだまま俺を見上げた。
 黒い瞳が濡れている。
「じゃあ、じゃあ、俺はどうしたらいいんだよ――」
 便秘のことかと、吐息が漏れる。
「漢方飲むとか、イチジク使うとか」
「他の男に頼むとか? そりゃあ、頼めばしてくれるかもだけど」
 泣きそうなくらいに困っているのかと思ったら、俺の反応を楽しんでいる気がする。むかっと来て、「そうすれば」と返してしまった。
「俺の見てないところで何してようと、しったこっちゃねえし。むしろそれくらい奔放な方が、俺も諦めがつくってもんだし」
 ハッとこっちも笑ってやると、同じ調子で返してくると思っていたのに、豪は一瞬口を閉じてから、ゆっくりと低く告げた。
「諦めるなよ」
「は?」
「諦めるなよ、俺を」
 ちょっとちょっと、何言ってくれてんだかこの人は。
 ぐいと顎を上げてきりりと俺を見据える豪は、カッコイイなんて言葉じゃ言い表せない。そして、綺麗だ。
「横暴だな。俺の気持ちなんて、受け入れるつもり、ないくせに――」
「とっくに受け入れてるだろ。だからずっと傍にいるんだろ」
 豪の言い分も解るけど、それは俺が欲しいものじゃない。
「恋人になってくれんのか。キスして、愛してるって、俺だけだって言って、女とのセックスも止めてくれるのか」
 最低限、恋人としての条件だろ、こんなもの。それを告げた途端におし黙った豪は、はなから俺の好きを軽視している。
 辛さも、苦さも。この胸を掻きむしりたくなるような焦燥も、豪には伝わらない。
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