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無断欠勤
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まだクリスマス商戦真っ只中のある日のことだった。
日勤残業で送っていく予定で居た慎哉が休憩から戻ると、従業員用の出入り口の傍で祐次が携帯電話を片手にうろうろとしているところに出会ってしまった。
「何かありました?」
心配げな祐次の顔に、悪い予感がよぎる。
「あ、小野さん。あのですね、水上さんが来ていなくて」
先程確認して降りてきたのだから判る。腕時計を見るまでもなく、もうじき十六時半がこようとしているところだ。
雪子はいつも最低でも十分前には控え室に入っているから、十六時を過ぎているという事実だけでも信じ難いことだった。
「前にもそう、風邪とかで休むことはあったんですよ。でもその時には朝の内には必ず電話を入れてくれて、補充を確保できるように気を遣ってくれていたんです」
途方に暮れた様子の祐次の前で、慎哉も自分の携帯を出して雪子を呼び出そうとした。
『お掛けになった番号は、現在電波の──』
電源を切っている時のあの定番アナウンスが流れ、今度は固定電話の方にコールした。
無機質なコール音ばかりが延々と続き、留守電にも切り替わらない。
不安に押し潰されそうになりながら、くそっと慎哉は舌打ちした。
モニタールームの中から、沙良も何かを感じ取ったのか二人の方へと視線を投げてくる。
通話中ではないということは、受話器は外れていない。鳴り続けているのに取れない状況にあるか、もしくはジャックごと引っこ抜かれているのだろうと思った。
もう巡回から戻ってくる筈の誠也を待ちながら、慎哉は祐次に頭を下げた。二人が今日約束しているのを聞いていたのだ。
「市村さん、ごめん。今日の残業、木村に代わってもらう」
ううん、と祐次は首を振った。
「いいんだ。寧ろおれからお願いしたいくらい。何か困ったことになっているなら、水上さんを助けてあげて」
祐次の方も、ざっと頭の中で今後のシフトを調整しているところだった。
もう店内に出ているアルバイトの大学生に連絡して、祐次が入れないトイレ中心の巡回に切り替えモール全域を歩いてもらう。幸い一応平日だから、この際煙草の吸殻は暫く放置して、ゴミの回収と通路の埃取りに祐次が回ればよい。
念の為上司にも連絡を入れて、慎哉は早退扱いにしてもらって書類を書き上げて十七時にモールを後にした。
真昼に見る悪夢だった。
タオルを口に突っ込まれ、両手首は結束バンドで拘束され、延々と揺さぶられて涙すら乾ききってぼんやりと開いた目はガラスのようにただ室内の風景を映している。
最初は随分と暴れた。お陰で手首の皮はべろりと剥がれて血まみれで、剛直で貫かれた下腹部からも擦れて血が流れている。
付き合っていた頃にも、おざなりの前戯ばかりだった。
キスは好きなようで、外に居ても店の中でもしてきたけれど、いざ本番というときには、目的は挿入だけではないかと思うような性急さだった。
それを、求められていると勘違いしていた。我慢できないくらいに好きでいてくれているのだと、自分に言い聞かせていた。
愛情があったから、少し触れてくるだけでもそれなりに準備は整っていたから、快感も得ることが出来たのだ。
けれど、今はもう違う。
行為の途中からでも濡れてくれれば楽なのに、そんな感情は露ほどにも湧いてこない。そして、もしも湧いてきたとしても、雪子が自身に嫌悪するだろう。
少しでも憐憫や同情を抱いてしまえば、慎哉との繋がりが泡と消えてしまう。そう恐れていた。
引き摺って、とうに愛など感じなくなっている相手とようやく別れられて。情だけで、蜘蛛の糸のように細く儚く繋がっていた。
断ち切ったはずのその想いを再び抱いてしまえば、もうきっと慎哉にも見放されてしまう。
引き裂かれたシャツにも血が飛び散り染みを作っている。
何度も何度も交わった男なのに、いったい何処が良かったのか、もう思い出せない。
数回肌を重ねただけなのに、慎哉の指先、手の平の温もり、唇の柔らかさ、丁寧で強引な舌の動き、そして雪子の中に入る前に、必ず雪子を先にイかせてくれることも、全てが鮮明に蘇るのに。
中に入っても、好いところを探り当てられては、何度も意識を飛ばした。そんなことは初めての経験だった。それを慎哉が不思議に思っている様子が伝わってきて、情けなくなった。
今まで、本当のセックスをしていなかったのだと知られてしまった。
回数じゃない。その密度の濃さが、互いを労わりながら高め合うのが、恋愛におけるセックスなのだろうと、今なら身をもって知っている。
だから、こんなのは、セックスじゃない――
痛みに顔を歪める雪子に、男は満足したようだった。
性急に一度目を中に放った後、呆然とする雪子の上に乗ったまま携帯電話を取り出し、男は会話を始めた。
日勤残業で送っていく予定で居た慎哉が休憩から戻ると、従業員用の出入り口の傍で祐次が携帯電話を片手にうろうろとしているところに出会ってしまった。
「何かありました?」
心配げな祐次の顔に、悪い予感がよぎる。
「あ、小野さん。あのですね、水上さんが来ていなくて」
先程確認して降りてきたのだから判る。腕時計を見るまでもなく、もうじき十六時半がこようとしているところだ。
雪子はいつも最低でも十分前には控え室に入っているから、十六時を過ぎているという事実だけでも信じ難いことだった。
「前にもそう、風邪とかで休むことはあったんですよ。でもその時には朝の内には必ず電話を入れてくれて、補充を確保できるように気を遣ってくれていたんです」
途方に暮れた様子の祐次の前で、慎哉も自分の携帯を出して雪子を呼び出そうとした。
『お掛けになった番号は、現在電波の──』
電源を切っている時のあの定番アナウンスが流れ、今度は固定電話の方にコールした。
無機質なコール音ばかりが延々と続き、留守電にも切り替わらない。
不安に押し潰されそうになりながら、くそっと慎哉は舌打ちした。
モニタールームの中から、沙良も何かを感じ取ったのか二人の方へと視線を投げてくる。
通話中ではないということは、受話器は外れていない。鳴り続けているのに取れない状況にあるか、もしくはジャックごと引っこ抜かれているのだろうと思った。
もう巡回から戻ってくる筈の誠也を待ちながら、慎哉は祐次に頭を下げた。二人が今日約束しているのを聞いていたのだ。
「市村さん、ごめん。今日の残業、木村に代わってもらう」
ううん、と祐次は首を振った。
「いいんだ。寧ろおれからお願いしたいくらい。何か困ったことになっているなら、水上さんを助けてあげて」
祐次の方も、ざっと頭の中で今後のシフトを調整しているところだった。
もう店内に出ているアルバイトの大学生に連絡して、祐次が入れないトイレ中心の巡回に切り替えモール全域を歩いてもらう。幸い一応平日だから、この際煙草の吸殻は暫く放置して、ゴミの回収と通路の埃取りに祐次が回ればよい。
念の為上司にも連絡を入れて、慎哉は早退扱いにしてもらって書類を書き上げて十七時にモールを後にした。
真昼に見る悪夢だった。
タオルを口に突っ込まれ、両手首は結束バンドで拘束され、延々と揺さぶられて涙すら乾ききってぼんやりと開いた目はガラスのようにただ室内の風景を映している。
最初は随分と暴れた。お陰で手首の皮はべろりと剥がれて血まみれで、剛直で貫かれた下腹部からも擦れて血が流れている。
付き合っていた頃にも、おざなりの前戯ばかりだった。
キスは好きなようで、外に居ても店の中でもしてきたけれど、いざ本番というときには、目的は挿入だけではないかと思うような性急さだった。
それを、求められていると勘違いしていた。我慢できないくらいに好きでいてくれているのだと、自分に言い聞かせていた。
愛情があったから、少し触れてくるだけでもそれなりに準備は整っていたから、快感も得ることが出来たのだ。
けれど、今はもう違う。
行為の途中からでも濡れてくれれば楽なのに、そんな感情は露ほどにも湧いてこない。そして、もしも湧いてきたとしても、雪子が自身に嫌悪するだろう。
少しでも憐憫や同情を抱いてしまえば、慎哉との繋がりが泡と消えてしまう。そう恐れていた。
引き摺って、とうに愛など感じなくなっている相手とようやく別れられて。情だけで、蜘蛛の糸のように細く儚く繋がっていた。
断ち切ったはずのその想いを再び抱いてしまえば、もうきっと慎哉にも見放されてしまう。
引き裂かれたシャツにも血が飛び散り染みを作っている。
何度も何度も交わった男なのに、いったい何処が良かったのか、もう思い出せない。
数回肌を重ねただけなのに、慎哉の指先、手の平の温もり、唇の柔らかさ、丁寧で強引な舌の動き、そして雪子の中に入る前に、必ず雪子を先にイかせてくれることも、全てが鮮明に蘇るのに。
中に入っても、好いところを探り当てられては、何度も意識を飛ばした。そんなことは初めての経験だった。それを慎哉が不思議に思っている様子が伝わってきて、情けなくなった。
今まで、本当のセックスをしていなかったのだと知られてしまった。
回数じゃない。その密度の濃さが、互いを労わりながら高め合うのが、恋愛におけるセックスなのだろうと、今なら身をもって知っている。
だから、こんなのは、セックスじゃない――
痛みに顔を歪める雪子に、男は満足したようだった。
性急に一度目を中に放った後、呆然とする雪子の上に乗ったまま携帯電話を取り出し、男は会話を始めた。
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