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【2】あの日、空の下で
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――あの日のことは、いまだに忘れられない。
十数年前のあの日。
空は青く澄みわたり、いくつもの雲がのんびりと流れていた。
だが、のどかな空とは裏腹に、村中は慌ただしい騒ぎに包まれていた。
「ゴブリンが出だぞ! 今度は近くの畑まで来たらしい!」
「おい! はよ、あの冒険者さんを呼んでこい!!」
怒鳴り声と足音があちこちから響き、家々の扉がバタンと閉まる音が連なる。
ゴブリン――。
それは子どもでも知っている、身近でありながら確かな“脅威”だった。
村の子どもたちは大人に連れられ、慌てて家へと避難していったが――
「本物の冒険者って、どんな感じなんだろう……。ゴブリンと戦っているところ、見てみたい……」
当時、まだ幼かったトーマは、誰にも気づかれぬよう家の裏口からこっそり抜け出し、好奇心と、ほんの少しの恐れを胸に、畑のほうへと走った。
村の外れ。
青々とした麦畑の向こう――そこに、ひとりの男がいた。
ボロボロのマントが風に揺れ、陽に焼けた肌と、風にたなびく黒髪。
背には鉄塊のような巨大な剣。
それが、後に“英雄”と呼ばれる冒険者――ライアスの出会いだった。
草むらの影に身を潜めながら、トーマはじっとその姿を見つめた。
男の前には、五体のゴブリン。そのうち一体は棍棒を握りしめた、明らかに格上の個体。
ゴブリンと言えど、大人が数人がかりで挑んでも勝てるかどうか分からない相手だ。
ライアスは静かに一歩、前へ出た。
次の瞬間――
――ズオォン!!
風を裂くような音とともに、大剣が振るわれた。
振り上げからの袈裟斬り。目にも止まらぬ速さで、ゴブリンの一体が、そのまま首を跳ね飛ばされた。
斬られた個体が地面に崩れ落ちるよりも早く、次の踏み込み。
振り下ろされた斬撃が、別のゴブリンを一撃で沈めた。
一撃一殺。
剣を振るうライアスの動きは、まるで舞のような動きだった。
棍棒を構えた大柄なゴブリンが咆哮をあげたが、ライアスは微動だにせず、むしろ楽しげに眉を吊り上げた。
「ハッ!」
気合がこもった声と共に鋭く踏み込む。
棍棒の振り下ろしを軽くかわし、腰から大きく振りぬき、格上のゴブリンが真っ二つに裂けて、地に沈んだ。
残りのゴブリンたちは恐怖に震え、背を向けて逃げ出そうとした。
だがそれすら許されない。大剣が描く軌道が全てを断ち切り、戦いは終わった。
麦の穂が風に揺れ、かすかに血の匂いが漂う。
しかし、トーマの胸に芽生えたのは恐怖ではなかった。圧倒的な憧れだった。
魔獣と一人で戦いきったライアスが、おとぎ話でしか知らない伝説の勇者アルトスの姿と重なって見えた。
「す……すげぇ……」
震える声が漏れる。
「あれが……冒険者……!?」
その時――
「……おい、そこに隠れてる坊主。危ないって言っただろう」
ドキリとして、トーマは顔をあげた。
目が合った。あの男が、自分を見ていた。
ゆっくりと草むらから出て、恐る恐る近づく。
「お、おじさん……すごかった……!」
「おじさん……ね。そう呼ばれる歳じゃないんだがな」
男――ライアスは苦笑した。だがその瞳は優しく、どこか懐かしさを宿していた。
「俺はライアス。おじさんじゃなくてライアスって呼べ。で、お前の名前は?」
「トーマ!」
「そうか、トーマか。さっさと家に帰んな。今頃、親御さんも心配しているだろう」
ライアスは、にやりと笑い、ポンとトーマの頭を軽く撫でた。
「ライアスさん!」
「ん?」
「ぼく……! ぼく、ライアスさんみたいになりたい!!」
迷いはなかった。ただ、憧れのままに。
幼いながらも胸の奥に何かが灯った瞬間だった。
その言葉にライアスは少し驚いたように目を見開き、そして笑った。
「いいじゃねぇか。だったら、剣を振って振りまくって鍛錬を欠かすな。そうしたら、俺みたいな一流な大剣使いになれるぜ」
その日から、トーマは村の木の棒を剣に見立てて、独りで振り続けた。
誰に教わるでもなく、ただライアスの姿を思い浮かべながら。手のひらにマメができようとも、腕が上がらなくなっても。
――いつか、あの背中に追いつくために。
そしてトーマが十五歳になった日。
決意を胸に、村の成人の儀も待たずに村を飛び出した。
冒険者ギルドがある大都市へ辿り着き、登録を済ませ、念願の冒険者となる。
まだ誰にも知られていない、無名の少年。
これは、その最初の一歩。
トーマの名が世界に轟く冒険者となる物語が始まった。
十数年前のあの日。
空は青く澄みわたり、いくつもの雲がのんびりと流れていた。
だが、のどかな空とは裏腹に、村中は慌ただしい騒ぎに包まれていた。
「ゴブリンが出だぞ! 今度は近くの畑まで来たらしい!」
「おい! はよ、あの冒険者さんを呼んでこい!!」
怒鳴り声と足音があちこちから響き、家々の扉がバタンと閉まる音が連なる。
ゴブリン――。
それは子どもでも知っている、身近でありながら確かな“脅威”だった。
村の子どもたちは大人に連れられ、慌てて家へと避難していったが――
「本物の冒険者って、どんな感じなんだろう……。ゴブリンと戦っているところ、見てみたい……」
当時、まだ幼かったトーマは、誰にも気づかれぬよう家の裏口からこっそり抜け出し、好奇心と、ほんの少しの恐れを胸に、畑のほうへと走った。
村の外れ。
青々とした麦畑の向こう――そこに、ひとりの男がいた。
ボロボロのマントが風に揺れ、陽に焼けた肌と、風にたなびく黒髪。
背には鉄塊のような巨大な剣。
それが、後に“英雄”と呼ばれる冒険者――ライアスの出会いだった。
草むらの影に身を潜めながら、トーマはじっとその姿を見つめた。
男の前には、五体のゴブリン。そのうち一体は棍棒を握りしめた、明らかに格上の個体。
ゴブリンと言えど、大人が数人がかりで挑んでも勝てるかどうか分からない相手だ。
ライアスは静かに一歩、前へ出た。
次の瞬間――
――ズオォン!!
風を裂くような音とともに、大剣が振るわれた。
振り上げからの袈裟斬り。目にも止まらぬ速さで、ゴブリンの一体が、そのまま首を跳ね飛ばされた。
斬られた個体が地面に崩れ落ちるよりも早く、次の踏み込み。
振り下ろされた斬撃が、別のゴブリンを一撃で沈めた。
一撃一殺。
剣を振るうライアスの動きは、まるで舞のような動きだった。
棍棒を構えた大柄なゴブリンが咆哮をあげたが、ライアスは微動だにせず、むしろ楽しげに眉を吊り上げた。
「ハッ!」
気合がこもった声と共に鋭く踏み込む。
棍棒の振り下ろしを軽くかわし、腰から大きく振りぬき、格上のゴブリンが真っ二つに裂けて、地に沈んだ。
残りのゴブリンたちは恐怖に震え、背を向けて逃げ出そうとした。
だがそれすら許されない。大剣が描く軌道が全てを断ち切り、戦いは終わった。
麦の穂が風に揺れ、かすかに血の匂いが漂う。
しかし、トーマの胸に芽生えたのは恐怖ではなかった。圧倒的な憧れだった。
魔獣と一人で戦いきったライアスが、おとぎ話でしか知らない伝説の勇者アルトスの姿と重なって見えた。
「す……すげぇ……」
震える声が漏れる。
「あれが……冒険者……!?」
その時――
「……おい、そこに隠れてる坊主。危ないって言っただろう」
ドキリとして、トーマは顔をあげた。
目が合った。あの男が、自分を見ていた。
ゆっくりと草むらから出て、恐る恐る近づく。
「お、おじさん……すごかった……!」
「おじさん……ね。そう呼ばれる歳じゃないんだがな」
男――ライアスは苦笑した。だがその瞳は優しく、どこか懐かしさを宿していた。
「俺はライアス。おじさんじゃなくてライアスって呼べ。で、お前の名前は?」
「トーマ!」
「そうか、トーマか。さっさと家に帰んな。今頃、親御さんも心配しているだろう」
ライアスは、にやりと笑い、ポンとトーマの頭を軽く撫でた。
「ライアスさん!」
「ん?」
「ぼく……! ぼく、ライアスさんみたいになりたい!!」
迷いはなかった。ただ、憧れのままに。
幼いながらも胸の奥に何かが灯った瞬間だった。
その言葉にライアスは少し驚いたように目を見開き、そして笑った。
「いいじゃねぇか。だったら、剣を振って振りまくって鍛錬を欠かすな。そうしたら、俺みたいな一流な大剣使いになれるぜ」
その日から、トーマは村の木の棒を剣に見立てて、独りで振り続けた。
誰に教わるでもなく、ただライアスの姿を思い浮かべながら。手のひらにマメができようとも、腕が上がらなくなっても。
――いつか、あの背中に追いつくために。
そしてトーマが十五歳になった日。
決意を胸に、村の成人の儀も待たずに村を飛び出した。
冒険者ギルドがある大都市へ辿り着き、登録を済ませ、念願の冒険者となる。
まだ誰にも知られていない、無名の少年。
これは、その最初の一歩。
トーマの名が世界に轟く冒険者となる物語が始まった。
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