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【15】夜を裂く悲鳴
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夜は深まり、広場を照らす篝火の炎も、さきほどまでの勢いを失い、ゆらりと細く小さく揺れ始めていた。
子供連れの家族は眠そうな我が子を抱きかかえ、家路を急ぐ。笑い声はまだ残っているが、その響きにはどこか余韻と名残惜しさが混じっていた。
マリィとカルトスは、まるで騎士の護衛のように両脇からフィリスを守り立ち、近寄ろうとする若者たちの視線すら遮る。二人の間に挟まれたフィリスは、居心地悪そうに視線を伏せ、小さく歩調を速め、家へと向かった。
祭りが終わろうとしているが――祭りの“本番”は、ここからだった。
酒と熱気に酔った男女が視線と笑みを交わし、手を取り合い、時にはその場で熱く抱き合い、また闇の奥へと消えていく。
篝火の光が届かぬ路地や草むらでは、ひそやかな声と衣擦れの音が夜の風に溶けていた。
広場の片隅では、セリヤが満腹の腹を軽く擦りながら宿泊所へ戻るところだった。
その近くで、トーマが残った篝火の後始末をしていた。灰を均し、火が残らないように注意深く水をかける慣れた手つき、かつて冒険者であった彼に染み付いたものであった。
トーマは去りゆくセリヤへ声をかけようとしたが、
(もう冒険者ではないしな。わざわざ話す必要もないか……)
何も言わず、ただ小さく首を振って作業に戻った。
***
村外れ。ノックおじさんは、祭りで引っかけた女性と人気のない草むらで、口づけを交わしていた。
女の肩に手を回し、衣の紐に指をかけた、その瞬間――。
闇の中から耳障りな唸り声とともに小柄な影が飛び出した。
月明かりによって、その姿を照らし出す。
黄緑の肌、鈍く光る小刃――ゴブリンだ。
「う、うわあああっ!」
ノックの絶叫が夜の静寂を切り裂き、村全体に響き渡った。
広場にいたトーマ、宿へ向かっていたセリヤ、反射的に声がした方に顔を向ける。
そして間を置かず、別の方向からも似た悲鳴が上がった。二人は即座に察する。
何らかの異変が起きているのではと。
先ほどノックといた女が血相を変えて駆け込んでくる。額から血を流し、衣は裂け、震える声で叫んだ。
「ご、ゴブリンです! 急に…現れてっ!」
セリヤは即座に剣を抜き放ち、近くの篝火台を刀身の腹で払い薙ぎ倒す。火の粉が宙に舞い、火が着いていり薪が地面に転がり夜を赤々と照らし出した。
その光が、闇に潜む影を暴く。
トーマは松明を掴み、掲げながら大声で怒鳴った。
「今、外にいる人は急いで家に! 扉を閉めて、絶対に開けるな!」
その声に応じるように、戸が一斉に叩きつけられる音が響き、村の家々が防壁と化していく。
だがそれと同時に、低い笑い声が闇から漏れ出す。数匹のゴブリンが篝火の輪へ踏み込み、黄ばんだ牙をむき出し、粗末な槍や棍棒を振りかざして迫ってきた。
セリヤは躊躇なく前へ躍り出る。月明かりを反射した刀身がひらめき、一体の首が瞬く間に宙を舞った。
トーマは火のついた松明を敵に突きつけて威嚇し、距離を取らせる。夜の闇で最も恐ろしいのは視界を奪われること――松明の灯りは命綱だ。
彼は火事を覚悟で松明を草むらに放り投げると、腰の短剣を抜き、逆手に構える。
飛びかかってきたゴブリンの攻撃を身をひらりとかわし、返す刃で喉を正確に突き抜く。その動きは鋭く、無駄がなく、速かった。
(師匠の話では、てんで動きがなっていないとか言っていたのに……まあ、元冒険者なら、このぐらいやって貰わないとね)
トーマの動きが視界に入っていたセリヤは一瞬、感嘆の息を漏らした。
ゴブリンと対峙しながらも、周囲を見る余裕があり、場を把握しており、的確にゴブリンを仕留めていく剣術。
セリヤは若いながらもかなりの腕前を披露していた。
炎と影が入り混じる夜の中、セリヤとトーマ以外に、村人たちも鍬や鎌を手に必死に抗っていたが、酔いと暗闇で動きは鈍く、苦戦を強いられていた。
ただ――セリヤとトーマ。二人だけが、手にした武器そのもののように冴え渡っていた。
子供連れの家族は眠そうな我が子を抱きかかえ、家路を急ぐ。笑い声はまだ残っているが、その響きにはどこか余韻と名残惜しさが混じっていた。
マリィとカルトスは、まるで騎士の護衛のように両脇からフィリスを守り立ち、近寄ろうとする若者たちの視線すら遮る。二人の間に挟まれたフィリスは、居心地悪そうに視線を伏せ、小さく歩調を速め、家へと向かった。
祭りが終わろうとしているが――祭りの“本番”は、ここからだった。
酒と熱気に酔った男女が視線と笑みを交わし、手を取り合い、時にはその場で熱く抱き合い、また闇の奥へと消えていく。
篝火の光が届かぬ路地や草むらでは、ひそやかな声と衣擦れの音が夜の風に溶けていた。
広場の片隅では、セリヤが満腹の腹を軽く擦りながら宿泊所へ戻るところだった。
その近くで、トーマが残った篝火の後始末をしていた。灰を均し、火が残らないように注意深く水をかける慣れた手つき、かつて冒険者であった彼に染み付いたものであった。
トーマは去りゆくセリヤへ声をかけようとしたが、
(もう冒険者ではないしな。わざわざ話す必要もないか……)
何も言わず、ただ小さく首を振って作業に戻った。
***
村外れ。ノックおじさんは、祭りで引っかけた女性と人気のない草むらで、口づけを交わしていた。
女の肩に手を回し、衣の紐に指をかけた、その瞬間――。
闇の中から耳障りな唸り声とともに小柄な影が飛び出した。
月明かりによって、その姿を照らし出す。
黄緑の肌、鈍く光る小刃――ゴブリンだ。
「う、うわあああっ!」
ノックの絶叫が夜の静寂を切り裂き、村全体に響き渡った。
広場にいたトーマ、宿へ向かっていたセリヤ、反射的に声がした方に顔を向ける。
そして間を置かず、別の方向からも似た悲鳴が上がった。二人は即座に察する。
何らかの異変が起きているのではと。
先ほどノックといた女が血相を変えて駆け込んでくる。額から血を流し、衣は裂け、震える声で叫んだ。
「ご、ゴブリンです! 急に…現れてっ!」
セリヤは即座に剣を抜き放ち、近くの篝火台を刀身の腹で払い薙ぎ倒す。火の粉が宙に舞い、火が着いていり薪が地面に転がり夜を赤々と照らし出した。
その光が、闇に潜む影を暴く。
トーマは松明を掴み、掲げながら大声で怒鳴った。
「今、外にいる人は急いで家に! 扉を閉めて、絶対に開けるな!」
その声に応じるように、戸が一斉に叩きつけられる音が響き、村の家々が防壁と化していく。
だがそれと同時に、低い笑い声が闇から漏れ出す。数匹のゴブリンが篝火の輪へ踏み込み、黄ばんだ牙をむき出し、粗末な槍や棍棒を振りかざして迫ってきた。
セリヤは躊躇なく前へ躍り出る。月明かりを反射した刀身がひらめき、一体の首が瞬く間に宙を舞った。
トーマは火のついた松明を敵に突きつけて威嚇し、距離を取らせる。夜の闇で最も恐ろしいのは視界を奪われること――松明の灯りは命綱だ。
彼は火事を覚悟で松明を草むらに放り投げると、腰の短剣を抜き、逆手に構える。
飛びかかってきたゴブリンの攻撃を身をひらりとかわし、返す刃で喉を正確に突き抜く。その動きは鋭く、無駄がなく、速かった。
(師匠の話では、てんで動きがなっていないとか言っていたのに……まあ、元冒険者なら、このぐらいやって貰わないとね)
トーマの動きが視界に入っていたセリヤは一瞬、感嘆の息を漏らした。
ゴブリンと対峙しながらも、周囲を見る余裕があり、場を把握しており、的確にゴブリンを仕留めていく剣術。
セリヤは若いながらもかなりの腕前を披露していた。
炎と影が入り混じる夜の中、セリヤとトーマ以外に、村人たちも鍬や鎌を手に必死に抗っていたが、酔いと暗闇で動きは鈍く、苦戦を強いられていた。
ただ――セリヤとトーマ。二人だけが、手にした武器そのもののように冴え渡っていた。
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