近くて親しき仲こそ、、、

邪代夜叉(ヤシロヤシャ)

文字の大きさ
10 / 25
第二章 叔母 ―高城 慶子―

【3】

しおりを挟む
強引さはない。
奪うでも、求め合うでもなく、まるで互いの存在を指先でなぞるように、短く、ゆっくりと、何度も唇が触れては離れる。そのたびに、胸の奥で何かがほどけていくのが、拓海自身にも分かった。

慶子の指先が、拓海の背中へと回る。
そっと、躊躇いがちに伸びたその手は、一瞬、空を掴むように迷い、そこで止まった。理性が、まだ彼女を引き留めている。その逡巡が、指先の震えとなって伝わってくる。

だが――
拓海が、ほんの一歩だけ距離を詰めた瞬間。


「……っ」


小さく息を詰める音とともに、慶子の指が、思いのほか強く彼の胸板を触る。


「……拓海くん」


名を呼ぶ声は、低く、熱を含み、わずかに震えていた。
その響きに引かれるように顔を上げた拓海と、視線が絡む。

慶子の瞳は潤み、逃げ場を探すこともなく、今ここにある感情をそのまま映し出していた。戸惑いも、期待も、不安も、すべてが混ざり合った、隠しようのない眼差しだった。

湯気の残る空間に、二人の呼吸が溶け込む。
近すぎる距離。肩が触れ合い、体温が、言葉よりも雄弁に伝わってくる。


「……本当に、いいんですか」


拓海の声は、思ったよりも静かだった。
問いかけであり、確認であり、同時に、最後の一線を示す言葉でもあった。

慶子は一瞬だけ目を伏せる。唇に迷いを残したまま、そして、ふっと小さく笑った。


「……いいも悪いもないわ。私、もう……自分じゃどうにもできないくらい、熱いの」


言葉にした途端、彼女自身が驚いたように唇を噛む。
理性が追いつくよりも先に、感情が溢れ出てしまったのだと、はっきりと分かる表情だった。

慶子は、そっと拓海の胸元に額を預ける。
鼓動が、近い。思っていた以上に速く、確かなリズムで打っている。その速さに、思わず息を漏らした。


「……こんな気持ちになるなんて、思ってなかった」





その言葉は、ふと零れ落ちた独り言のような軽さを装いながらも、実際には逃げ場を塞ぐほどの確かさで、まっすぐに彼へと向けられていた。

偶然を装うには、あまりにも視線が近く、声の温度が生々しい。
拓海はそれを受け止めながらも、即座に言葉を返すことをしなかった。

否定も肯定も選ばず、彼はただ、わずかな逡巡を挟むようにして、彼女の背中へと静かに手を回した。
その動作は決して強引ではなく、むしろ躊躇を含んだ慎ましささえ帯びていたが、それでもなお「拒まない」という意思だけは、指先から確実に伝わっていく。

慶子の肩が、ほんのわずかに下がる。

その変化は、意識していなければ見逃してしまうほど微細だったが、拓海にははっきりと分かった。

張り詰めていた緊張が、糸を緩めるようにほどけていく、その一瞬。
その小さな動きこそが、言葉を交わさずとも共有された理解の証であり、この沈黙が拒絶ではなく、受容へと傾いていることを雄弁に語っていた。

沈黙が、ゆっくりと二人の間に降り積もる。

しかしそれは、気まずさや戸惑いが生んだ空白ではない。
踏み出すべきか、ここで立ち止まるべきか――互いの気配と呼吸を確かめながら、次の一歩の重さを量るための、濃く、重い「間」だった。

時間は流れているはずなのに、その進み方だけが不自然に遅く、わずかな鼓動や衣擦れの音さえ、やけに鮮明に耳へと届く。

やがて、唇が、再び近づいていく。
先ほどよりも、ほんの少しだけ深く、距離を詰めるその動きには、もはや偶然や流れに身を任せた曖昧さはなかった。

迷いは確かに残っている。それでも、その迷いごと引き受けるようにして、二人はこの距離を選び取ったのだと分かる。

触れ合う直前の空気が、熱を帯びて張りつめ、逃げ道を許さない。

この先に何が待っているのか――それを、二人とももう分かっている。
分かっているからこそ、すぐには踏み込まない。

越えてしまえば戻れない線が、すぐ目の前に引かれていることを、互いに意識している。だからこそ、その直前で立ち止まり、確かめ合うように時間だけが引き延ばされていく。

張りつめた糸のように、切れる寸前まで震えながら、決定の瞬間を先送りにするその静けさの中で、二人はまだ、同じ呼吸のまま、黙って向き合っていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

処理中です...