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異世界転生ー私は騎士になりますー

3 騎士団詰所での攻防

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 詰所の中の医務室につれていかれて寝台に腰かけられるように降ろされた私は、待機していたのだろうお医者様に見てもらい、軽い捻挫という診断を受けて包帯を巻かれた。

 その間ウィンスター様はずっとそばで待機して下さっていた。責任感の強いこの人のことだから事故とはいえ自分のせいで怪我をした人間を放ってはおけなかったのだろう。

 お父様はちらりと様子を見に来てくれたものの、私の怪我の容態だけ確認するとウィンスター様に後を任せて別の仕事に行ってしまった。
 薄情だなぁ……。そんなんだからクロウツィアヤンデレるんだよ。

 私を診てくれたお医者様はしばらく所用で出かけるとのことで、ウィンスター王子のほかには、黒子のように気配を消しているウィンスター王子専属の侍従だけが残された。
 
 これはチャンスだと思った。決意表明をするのだ。来月学園へ通い、ヒロインと出会えばウィンスター王子はあっという間に彼女に心を傾けてしまうだろう。
 そうなる前に、この婚約を何とかしてもらわなくては。あらかじめ破棄するのは難しくても、破棄されても私は怒りませんよという意思表示をしておかなくは。人前で盛大に婚約破棄されるのは避けたい。

「ウィンスター様、少しお話よろしくて?」
「なんだ」

 ウィンスター様のお声は初めて聞くほどに穏やかに聞こえた。いつものように睨まれるのは嫌だし、罵倒されたいわけではないのでその方が良いのだが、違和感が凄い。

「ウィンスター様はこの婚約を不本意に思っていらっしゃるのでしょう?」
「クロウツィア?」
「この婚約は破棄して下さって結構です。締結したばかりでというのは外聞が悪いので一年後というのでどうでしょう」
「クロウツィア、何を」

 ウィンスター様は怪訝そうな顔をしている。
 私が突然おかしなことを言っている自覚はあるので仕方がない。

 一年後というのはちょうどゲームのクライマックスで、クロウツィアが婚約破棄される時期と重なる。結末が変わらないのならより円満な形に持っていくしかない。
 これは保身もあるが、ウィンスター様にとっても大事なことだ。ゲームのような一方的な婚約破棄はクロウツィアの名誉を傷つけるものではあるが、ウィンスター様の方にとっても良くない結末を招く。
 きちんとした話し合いの場は必要だ。
 貴族社会はそれほど簡単なものではないからね。

 ウィンスター様は、王子として生まれながら、 臣籍降下が決まっている。同情や嘲りに晒されて育ってきた。
 いずれは騎士団長となることが決められているが、その道のりは平坦ではない。団長に相応しい力をつけなければならないと無理な訓練を課されていることを知っている。それでも、誰もが認める者になりたいと誇り高いウィンスター様に、クロウツィアは惹かれたのだ。

 心を許せる相手が少なく、凍り付いたような黄金の瞳に映りたいと追い回していたクロウツィア。ヒロインにその権利を奪われたことに深い悲しみと嫉妬を向け、最後は殺されることでその想いを遂げようとした。

 ゲームで見ていた時も一番好きなキャラだったが、目の前に生身の人間として見ると本当に凄い人だと思う。戦っている姿は、かっこいいと思った。彼を守る人間になりたい。彼を煩わせる人間では居たくないのだ。

「クロウツィア。君は僕との婚約を望んでいたわけではないのか?」
「えっあー。貴方も望んでくださると思っていたのですが、そうではないご様子でしたので……」

 クロウツィアは望んでいたとは思うけど私は望んでいない。正直婚約というのがピンとこないのだ。例え期間限定でも。
 それは、彼がショタ女装枠だからではなく、私自身が前世で恋をしていなかった為である。

「僕は次期騎士団長だ。それには剣聖の後ろ盾は必要だ。たとえ君が望んでいなくてもこの婚約は必要なものなんだ。悪いが納得してほしい。僕が婚約者として至らないところがあるのは承知しているが、出来る限り便宜をはかるようにするから」
「……」

 あれ?
 なぜ私が説得されているのだ?

 婚約を望んでいないのは彼の方だったではないか。
 あれほど邪見にしておいて、懐柔にかかってくるのは想定外だった。

「ウィンスター様は私との婚約を望んでいないと思っていましたが」
「……そうだな。正直君との婚約によるメリットを部下たちに論われていたが、クロウツィアには良い印象を持っていなかった。だが僕は王子だ。例え君との婚約を破棄したとしても誰か別の人間が宛てがわれるだけの話だ」
「そうですね。でも来年の今頃にはきっとより良い条件のご令嬢が現れますよ。……貴方が唯一と思える方と出会える筈です」
「……唯一……か」

 ウィンスター様は半信半疑だが、事実だ。ゲームの開始時期は来月。
 その時フィリーナが編入してきて出会うイベントがある。彼女を唯一の人として愛するようになるし、彼女は辺境伯の娘。辺境伯というのは文字通り辺境にある数多の領地を取りまとめて守護する貴族で、伯とついているが爵位としては侯爵と同等。騎士団長の後ろ盾としての条件は剣聖と比べても悪くない。
 フィリーナを射止められるかはウィンスター様次第だが、私がフィリーナと友達になって橋渡しをすれば良い。彼女がゲーム通りならこちらが友好的に接すれば邪見にせずに仲良くしてくれる筈。

「君は、それでいいのか?」

 聞き返されて、何がと首を傾げる。ウィンスター様の金色の瞳に首を傾げたクロウツィアが映っている。なんだかあざといな。自分なのに自分だと思えない。

「君は、僕に婚約を破棄されたらどうするつもりなんだ? 誰か別の人間に嫁ぐのは難しいと思うが……」
「それは……」

 騎士になりたいんです。と言いたいが、何だか恥ずかしくてやめた。
 この世界だと騎士というのは職業として実在しているが、前世の感覚でいうと中二病っぽい。どちみち入団は学園を卒業してからしか無理だし。
 ウィンスター様が何か言おうとした所で、ちょうど部屋の戸を叩くノック音が響いた。扉の向こうからカーラの声がする。迎えが来たようだ。

「それでは今日はお暇します。お騒がせして申し訳ございませんでした」
「あ、あぁ」

 ウィンスター様にお辞儀して立ち上がろうとすると、手で押しとどめられた。
 不思議に思って見上げると、ウィンスター様の手が伸びてきて、また横抱きで持ち上げられた。「ひぇっ」と間抜けな声が漏れてしまう。

「ウ、ウィンスター様。歩けます!」

 焦ってもがいていると、ウィンスター様にじろりと睨まれた。

「じっとしていろ。落とされたいのか?」
「いっいえ。すみませんありがとうございます」

 そうか、仮とはいえ婚約者が負傷しているのにそのまま歩かせるのは世間体が悪いものね。と、内心で言い訳しているうちにカーラの先導に従ったウィンスター様によって馬車に乗せられた私は屋敷へと帰ったのだった。

 ちょっとウィンスター様かっこいいとか思ってしまった。危ない危ない。

 


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