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異世界転生ー私は騎士になりますー
16 デビュタントの前に
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「……」
「……」
さぁ出掛けようという段になって、シェイルの支度が済み、合流したのだが、私を見た途端に固まってしまった。
何だ何が言いたいはっきり言えと睨むと、ハッと意識を取り戻したようなリアクションをした後、恐る恐るといった体で「化けたな」と言ったので、早速扇子の出番となった。
「いってえぇぇ!! 何しやがるクロウツィア!」
「て、天誅ですわ。こういう時は嘘でも綺麗とか可愛いとか言うものですよ!」
扇子が脳天に直撃した際、結構凄い音がしたので動揺して自分から可愛いと言えなんて言ってしまった。
ハリセンで殴るくらいの軽い気持ちだったのに鈍器的な効果音が響いてかなり焦った。
相手がシェイルで良かった。気を付けよう。念のため侍女がマノンを綿花にしみこませたものを患部にポンポンしている。ちょっと血が出ていたらしい。マジで気をつけないと殺人事件になるところだ。
「その、ごめ……」
「もう行くぞ。遅れちまう」
さすがに謝らないとと思って謝罪しようとすると、遮って手を引かれて外へと促された。そっぽ向いているので顔が見えない、怒らせてしまったようだ。
「綺麗だよ」
「え」
ちょっとしょんぼりしていると、ぼそっと囁かれて顔を上げたら、シェイルは凄い真っ赤な顔をして目を逸らしていた。
もしかして照れていたのだろうか。
「ありがとうございます! お世辞でも嬉しいですよ」
「いや、お世辞なんかじゃ……」
「え、何?」
礼を言うと、何やらごにょごよと返事してきた。聞き取れなかったが、怒っているわけではなさそうだ。
こうして近くで見上げると流石攻略対象だけあってかなりの男前だ。
中身が物凄ぉく残念なのが悔やまれる。
白の正装が良く似合っている。いつもはボサボサのままの緑の髪も丁寧に整えられていて、切れ長の黒い瞳がよく見える。これで衣装に光沢のある白い糸で豹の刺繍さえされていなければもっと良かったんだけど……これではヤクザの若頭にしか思えない。光の加減で見える程度にしているので主張は控えめなのだが、明るい中でははっきり見えていた。
なんて思いながらじろじろ見ていると、シェイルが見るなとばかりに私を強引に引っ張って馬車へ促した。
「早く行くぞ」
私とカーラ、ミンネの三人をシェイルがエスコートして乗せてくれた。シェイルはというと別の侍女達と別の馬車に分乗して行く。
兄妹といっても義理なので二人きりで馬車に乗るのは外聞が良くないんだって。貴族面倒臭い。
でもこの場合は好都合だ。
「それで、分かったことを報告してくれる? ミンネ」
「はぁい。といってもぉ、さすがに精査する時間が無くてぇ噂レベルのものもあるんですがぁ」
「構わないよ」
何とも気の抜けるような声で返事しながらミンネが紙の束を取り出した。暗殺なんて物騒なことを言っていたが、ミンネはヴィラント家の諜報部員だったらしい。暗殺は専門ではないけどご希望であればとのこと。希望しませんから!
カーラとの話の後、「レイチェルに悪感情を抱いていそうな貴族だけでもわかれば……でも今からじゃ調べようがない」なんて愚痴ったところ、可能性に気付いた時点でミンネに調査を依頼していたと告げられたのだ。さすが有能侍女。
「今までにウィンスター様と婚約内定までいったのはぁカルムーラ侯爵家と、メルクリアス伯爵家、ゲッフェン侯爵家の三家ですねぇ。いずれも10歳頃までの間の話ですぅ」
「その後私と婚約するまでなんで5年も間があいたのかな」
「推測ですがぁ、何度も婚約を内定してはウィンスター様が酷いことを言って破棄するという噂が立ってしまっていたのでぇ、慎重になる必要があったのだと思いますよぉ」
「ウィル……可哀想すぎる」
原因がレイチェル様だとはいっても他国に嫁ぐかもしれない王女の評価を下げるわけにもいかないので口を噤むしか無かったのだろう。
「クロウツィア様との婚約もレイチェル様がご旅行に出掛けられている間に大急ぎで取りまとめたって噂がたってますよぉ」
確かに記憶が戻る前のクロウツィアがウィンスター王子と婚約したいと父に手紙を書いてから決まるまではかなり早かった。ウィル本人の気持ちは割と置き去りな印象を受けたので、焦っていたのは周囲の方だったのだろう。
第一王子である王太子が王になってしまったら、ウィルは公爵兼騎士団長という役職に自動的に着くのだが、その時点で有力な後ろ盾が無いのは割と不味い状況になる。
ウィルが実力で騎士団長に着ける位強ければ問題無いのだけれど、ウィルは一見華奢な少年にしか見えないし、まだ若すぎる。しかも、戦時中というわけではないので特に武功も無い。騎士団長になるには不足がありすぎるのだ。周囲が心配するのも頷ける。
ちなみに王太子はメイン攻略対象でもある。婚約者は隣国の王女。エピソードは全く覚えていないので多分攻略していない。
「この御三家共今日のパーティーに出てきますがぁ、ゲッフェン侯爵家はあまり気にしなくて良いと思いますぅ」
「どうして?」
「ゲッフェン侯爵家の御令嬢であるメイリア様はぁ、後に決められた婚約者と半年後に成婚の予定があるんですぅ」
メイリア様はウィルよりも2歳年上だったので、すでに学園を卒業し、結婚するらしい。たしかにこのタイミングで変なことを考える筈はない。
「なるほどね。残りのニ家は?」
「メルクリアス伯爵家の御令嬢のシェリー様はぁ、ウィンスター様から受けた暴言が原因でしばらく引き籠っていたそうですよぉ。カルムーラ侯爵家の御令嬢のアティナ様は山より高いプライドの持ち主なのでぇ、ウィンスター様からの暴言をネタに脅すような感じで第一王子にも婚約の打診をして断られてますねぇ。どちらも再婚約はしていませんねぇ」
「アティナ様は厄介さんな予感がぷんぷんするね。シェリー様は……根に持ってるかもしれないね」
「あとぉ、念のためこちらもどうぞぉ」
手渡されたのはどこかの邸宅の見取り図だった。結構広くて、3階建てだが地下室まであり、実質四階建てになっている。更に屋敷の端には7階建ての塔まである。
「これから行くプリモワール邸の見取り図ですよぅ。持って行って落としたりすると変な疑いをかけられるかもしれませんので今覚えて下さぁい」
「ちょっちょっと待ってよ。これから私社交パーティーに出るだけだよね」
まかり間違っても攻め落としにかかっているわけでは無い。何かがあるかもしれないとは言ってもホール内で警戒する以上のことを考えていなかったのに。
「念の為ですよ念の為ぇ」
「そうです、お嬢様。ホールには万人の目があります。事を起こすとすれば連れ出そうと考えることでしょうから」
「……分かったよ」
あっけらかんとしたミンネに、大真面目な顔をしたカーラまで追撃してくるので、黙って見取り図をちゃんと見る。二階に大きなホールがあるので、ここが会場として使われていそうだ。
「一応プリモワール邸の来歴についても説明しておきますねぇ」
プリモワール邸は元はその名の通りプリモワール公爵が住んでいた家だが、当人たちが処刑され無人となったのを、王家がパーティー専用の屋敷にしようと召し上げたのだという。
プリモワール公爵家の名は我が家にも深い関わりがあって、家庭教師から何度もその名を聞いた。
彼等の罪状は内乱罪。
実は今のヴィラント侯爵家の領地、ヴィンターベルトは、20年前までは二つの領地だったものが統合されて出来ている。
メイダン男爵領とプリモワール公爵領だ。
当時のプリモワール公爵が領地を我が物とする為、事故に見せかけて当時の領主だった男爵一家を殺害し、何食わぬ顔で領主代行を務めようとしたが、領民が反発した。更には武力を持って制圧しようとしたのだが、父の率いる反乱軍によって返り討ちにあい、真実も明らかにされ、公爵夫妻は処刑された。
そして双方の領主の居なくなった土地を治める人間として父が指名され、同時に叙爵されたというわけだ。
「プリモワール公爵といえばぁ、当時5歳だった息子が居たそうなのですがぁ、当時のどさくさで行方不明になってるんですよねぇ」
「そうなの? 20年前で5歳ってことは生きてれば25歳かぁ。名前は?」
「ゼクトル。ゼクトル・プリモワールですぅ」
ミンネは手に持っている紙束に目を落とすことなくつらつらと質問に答えてくれる。頭に入っているのだろう。
「うーん。知らないな」
「そりゃぁそうですよぉ。お嬢様が生まれる前の出来事ですからねぇ」
私の考えていることを正確に読み取っているカーラが固い顔をしている横で、ミンネがカラカラとした笑い声を上げている。
私が考えたのはもちろんゲームのことだ。
設定的に攻略対象として出てきてもおかしくないと思ったのだが、そんな名前の人間は居なかった。
屋敷の見取り図とにらめっこしながら考えていると、馬車が止まり、外から声を掛けられる。もう少し話を聞きたかったが、到着してしまったようだ。
外から扉を開けられて、先についていたシェイルがエスコートする為に待機してくれていた。ミルフェ夫人の教育がしっかり生きているようで何よりだ。
ヴィラント邸を出た時はまだ薄明るかったのだが、すでに完全に陽が落ちて月が見えている。
闇に沈むプリモワール邸は中からの漏れ出る光と、庭を彩るように燈された灯りで幻想的に輝いている。周囲には既に馬車が何台も停まっていて、煌びやかな服装をした男女が降りては屋敷に吸い込まれていく。
煌びやかでわくわくさせる光景だ。
「あの侍従が会場まで案内してくれるそうだ。行くぞ」
シェイルが近くに立って居る侍従をチラ見しつつ、不遜な態度で差し出して来たので、その手を強く握る。それはもう骨が軋む音が聞こえそうな程強く。
「いって! 何だよ!」
飛び上がって憤るシェイルの顔を左手で持っていた扇子で隠しながら、右手で耳を引っ張り下ろし、「何じゃぁりません」と小声で怒鳴る。
「人目がある時点ですでに社交は始まっているのですから言葉遣いや態度に気を付けて下さいませ! ……後でミルフェ夫人にいいつけますよ!」
「……分かった」
納得いかなそうな顔をしているので伝家の宝刀としてミルフェ夫人の名前を出すと、短く返事をした後、咳ばらいをして俯いたかと思うと、突然キラキラと光が舞い散るような笑顔で再度手を差し出してきた。
その作り笑顔は完璧で、本性さえ知らなければきっと誰もが虜になったことだろう。
これはこれで怖い。先程とは違う意味でその手を取りたくない。
「それではクロウツィア。皆様をお待たせしてはいけない。中へ入ろう」
私は躊躇いながらシェイルの手を取ると、馬車から降りた。
その様子を影から見ている人間が居ることには気づかないまま。
「……」
さぁ出掛けようという段になって、シェイルの支度が済み、合流したのだが、私を見た途端に固まってしまった。
何だ何が言いたいはっきり言えと睨むと、ハッと意識を取り戻したようなリアクションをした後、恐る恐るといった体で「化けたな」と言ったので、早速扇子の出番となった。
「いってえぇぇ!! 何しやがるクロウツィア!」
「て、天誅ですわ。こういう時は嘘でも綺麗とか可愛いとか言うものですよ!」
扇子が脳天に直撃した際、結構凄い音がしたので動揺して自分から可愛いと言えなんて言ってしまった。
ハリセンで殴るくらいの軽い気持ちだったのに鈍器的な効果音が響いてかなり焦った。
相手がシェイルで良かった。気を付けよう。念のため侍女がマノンを綿花にしみこませたものを患部にポンポンしている。ちょっと血が出ていたらしい。マジで気をつけないと殺人事件になるところだ。
「その、ごめ……」
「もう行くぞ。遅れちまう」
さすがに謝らないとと思って謝罪しようとすると、遮って手を引かれて外へと促された。そっぽ向いているので顔が見えない、怒らせてしまったようだ。
「綺麗だよ」
「え」
ちょっとしょんぼりしていると、ぼそっと囁かれて顔を上げたら、シェイルは凄い真っ赤な顔をして目を逸らしていた。
もしかして照れていたのだろうか。
「ありがとうございます! お世辞でも嬉しいですよ」
「いや、お世辞なんかじゃ……」
「え、何?」
礼を言うと、何やらごにょごよと返事してきた。聞き取れなかったが、怒っているわけではなさそうだ。
こうして近くで見上げると流石攻略対象だけあってかなりの男前だ。
中身が物凄ぉく残念なのが悔やまれる。
白の正装が良く似合っている。いつもはボサボサのままの緑の髪も丁寧に整えられていて、切れ長の黒い瞳がよく見える。これで衣装に光沢のある白い糸で豹の刺繍さえされていなければもっと良かったんだけど……これではヤクザの若頭にしか思えない。光の加減で見える程度にしているので主張は控えめなのだが、明るい中でははっきり見えていた。
なんて思いながらじろじろ見ていると、シェイルが見るなとばかりに私を強引に引っ張って馬車へ促した。
「早く行くぞ」
私とカーラ、ミンネの三人をシェイルがエスコートして乗せてくれた。シェイルはというと別の侍女達と別の馬車に分乗して行く。
兄妹といっても義理なので二人きりで馬車に乗るのは外聞が良くないんだって。貴族面倒臭い。
でもこの場合は好都合だ。
「それで、分かったことを報告してくれる? ミンネ」
「はぁい。といってもぉ、さすがに精査する時間が無くてぇ噂レベルのものもあるんですがぁ」
「構わないよ」
何とも気の抜けるような声で返事しながらミンネが紙の束を取り出した。暗殺なんて物騒なことを言っていたが、ミンネはヴィラント家の諜報部員だったらしい。暗殺は専門ではないけどご希望であればとのこと。希望しませんから!
カーラとの話の後、「レイチェルに悪感情を抱いていそうな貴族だけでもわかれば……でも今からじゃ調べようがない」なんて愚痴ったところ、可能性に気付いた時点でミンネに調査を依頼していたと告げられたのだ。さすが有能侍女。
「今までにウィンスター様と婚約内定までいったのはぁカルムーラ侯爵家と、メルクリアス伯爵家、ゲッフェン侯爵家の三家ですねぇ。いずれも10歳頃までの間の話ですぅ」
「その後私と婚約するまでなんで5年も間があいたのかな」
「推測ですがぁ、何度も婚約を内定してはウィンスター様が酷いことを言って破棄するという噂が立ってしまっていたのでぇ、慎重になる必要があったのだと思いますよぉ」
「ウィル……可哀想すぎる」
原因がレイチェル様だとはいっても他国に嫁ぐかもしれない王女の評価を下げるわけにもいかないので口を噤むしか無かったのだろう。
「クロウツィア様との婚約もレイチェル様がご旅行に出掛けられている間に大急ぎで取りまとめたって噂がたってますよぉ」
確かに記憶が戻る前のクロウツィアがウィンスター王子と婚約したいと父に手紙を書いてから決まるまではかなり早かった。ウィル本人の気持ちは割と置き去りな印象を受けたので、焦っていたのは周囲の方だったのだろう。
第一王子である王太子が王になってしまったら、ウィルは公爵兼騎士団長という役職に自動的に着くのだが、その時点で有力な後ろ盾が無いのは割と不味い状況になる。
ウィルが実力で騎士団長に着ける位強ければ問題無いのだけれど、ウィルは一見華奢な少年にしか見えないし、まだ若すぎる。しかも、戦時中というわけではないので特に武功も無い。騎士団長になるには不足がありすぎるのだ。周囲が心配するのも頷ける。
ちなみに王太子はメイン攻略対象でもある。婚約者は隣国の王女。エピソードは全く覚えていないので多分攻略していない。
「この御三家共今日のパーティーに出てきますがぁ、ゲッフェン侯爵家はあまり気にしなくて良いと思いますぅ」
「どうして?」
「ゲッフェン侯爵家の御令嬢であるメイリア様はぁ、後に決められた婚約者と半年後に成婚の予定があるんですぅ」
メイリア様はウィルよりも2歳年上だったので、すでに学園を卒業し、結婚するらしい。たしかにこのタイミングで変なことを考える筈はない。
「なるほどね。残りのニ家は?」
「メルクリアス伯爵家の御令嬢のシェリー様はぁ、ウィンスター様から受けた暴言が原因でしばらく引き籠っていたそうですよぉ。カルムーラ侯爵家の御令嬢のアティナ様は山より高いプライドの持ち主なのでぇ、ウィンスター様からの暴言をネタに脅すような感じで第一王子にも婚約の打診をして断られてますねぇ。どちらも再婚約はしていませんねぇ」
「アティナ様は厄介さんな予感がぷんぷんするね。シェリー様は……根に持ってるかもしれないね」
「あとぉ、念のためこちらもどうぞぉ」
手渡されたのはどこかの邸宅の見取り図だった。結構広くて、3階建てだが地下室まであり、実質四階建てになっている。更に屋敷の端には7階建ての塔まである。
「これから行くプリモワール邸の見取り図ですよぅ。持って行って落としたりすると変な疑いをかけられるかもしれませんので今覚えて下さぁい」
「ちょっちょっと待ってよ。これから私社交パーティーに出るだけだよね」
まかり間違っても攻め落としにかかっているわけでは無い。何かがあるかもしれないとは言ってもホール内で警戒する以上のことを考えていなかったのに。
「念の為ですよ念の為ぇ」
「そうです、お嬢様。ホールには万人の目があります。事を起こすとすれば連れ出そうと考えることでしょうから」
「……分かったよ」
あっけらかんとしたミンネに、大真面目な顔をしたカーラまで追撃してくるので、黙って見取り図をちゃんと見る。二階に大きなホールがあるので、ここが会場として使われていそうだ。
「一応プリモワール邸の来歴についても説明しておきますねぇ」
プリモワール邸は元はその名の通りプリモワール公爵が住んでいた家だが、当人たちが処刑され無人となったのを、王家がパーティー専用の屋敷にしようと召し上げたのだという。
プリモワール公爵家の名は我が家にも深い関わりがあって、家庭教師から何度もその名を聞いた。
彼等の罪状は内乱罪。
実は今のヴィラント侯爵家の領地、ヴィンターベルトは、20年前までは二つの領地だったものが統合されて出来ている。
メイダン男爵領とプリモワール公爵領だ。
当時のプリモワール公爵が領地を我が物とする為、事故に見せかけて当時の領主だった男爵一家を殺害し、何食わぬ顔で領主代行を務めようとしたが、領民が反発した。更には武力を持って制圧しようとしたのだが、父の率いる反乱軍によって返り討ちにあい、真実も明らかにされ、公爵夫妻は処刑された。
そして双方の領主の居なくなった土地を治める人間として父が指名され、同時に叙爵されたというわけだ。
「プリモワール公爵といえばぁ、当時5歳だった息子が居たそうなのですがぁ、当時のどさくさで行方不明になってるんですよねぇ」
「そうなの? 20年前で5歳ってことは生きてれば25歳かぁ。名前は?」
「ゼクトル。ゼクトル・プリモワールですぅ」
ミンネは手に持っている紙束に目を落とすことなくつらつらと質問に答えてくれる。頭に入っているのだろう。
「うーん。知らないな」
「そりゃぁそうですよぉ。お嬢様が生まれる前の出来事ですからねぇ」
私の考えていることを正確に読み取っているカーラが固い顔をしている横で、ミンネがカラカラとした笑い声を上げている。
私が考えたのはもちろんゲームのことだ。
設定的に攻略対象として出てきてもおかしくないと思ったのだが、そんな名前の人間は居なかった。
屋敷の見取り図とにらめっこしながら考えていると、馬車が止まり、外から声を掛けられる。もう少し話を聞きたかったが、到着してしまったようだ。
外から扉を開けられて、先についていたシェイルがエスコートする為に待機してくれていた。ミルフェ夫人の教育がしっかり生きているようで何よりだ。
ヴィラント邸を出た時はまだ薄明るかったのだが、すでに完全に陽が落ちて月が見えている。
闇に沈むプリモワール邸は中からの漏れ出る光と、庭を彩るように燈された灯りで幻想的に輝いている。周囲には既に馬車が何台も停まっていて、煌びやかな服装をした男女が降りては屋敷に吸い込まれていく。
煌びやかでわくわくさせる光景だ。
「あの侍従が会場まで案内してくれるそうだ。行くぞ」
シェイルが近くに立って居る侍従をチラ見しつつ、不遜な態度で差し出して来たので、その手を強く握る。それはもう骨が軋む音が聞こえそうな程強く。
「いって! 何だよ!」
飛び上がって憤るシェイルの顔を左手で持っていた扇子で隠しながら、右手で耳を引っ張り下ろし、「何じゃぁりません」と小声で怒鳴る。
「人目がある時点ですでに社交は始まっているのですから言葉遣いや態度に気を付けて下さいませ! ……後でミルフェ夫人にいいつけますよ!」
「……分かった」
納得いかなそうな顔をしているので伝家の宝刀としてミルフェ夫人の名前を出すと、短く返事をした後、咳ばらいをして俯いたかと思うと、突然キラキラと光が舞い散るような笑顔で再度手を差し出してきた。
その作り笑顔は完璧で、本性さえ知らなければきっと誰もが虜になったことだろう。
これはこれで怖い。先程とは違う意味でその手を取りたくない。
「それではクロウツィア。皆様をお待たせしてはいけない。中へ入ろう」
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