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第二幕 金色に彩る
六 こ、琥珀がおれの父親になるのは反対だ。
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唐紙はすらりと開かず、朔夜が体重を乗せて引くと重たくゆっくりと動いた。
琥珀と松羽はその奥の闇の中で鈍く光る紫色を見て息を止めた。
「色々あって、拾ったんだ。こいつを直すように母さんから言われてる」
朔夜は行燈を灯して六畳間に入り、シェデーヴルの傍に端座して行燈を置いた。二人もそろそろと後に続いた。
「綺麗だな。人形?」
「そうだ。金継ぎで繋いでみようと思ってる」
「ああ、それで……」
琥珀は朔夜から行燈を受け取り、近付けてじっと観察した。
「すごく質の高い石英と紫水晶だな。こんなのは見たことない」
「そういうのって何を見て判断するんだ? おれ、鉱物のことはよく分からなくてさ」
「色と透明度かな。恐ろしいほど深くて透き通るような紫色だろ。でもよく見ると、ひび割れが多いみたいだな。状態さえ良かったら、相当高い値がつくところだ。……うーん、修復に使うなら、これに見合う質の石が必要だよな」
「手に入りそうか?」
「問題ない。任せてくれ」
即答する琥珀。
また何も考えずに返事をしているな……という松羽の冷たい視線が背後から刺さるが琥珀は気にしていない。
「修復とはいっても、新しい石で作り直すことになるんだろ? 量が多いけど何とかしよう。……まさか、この脆くなった石をそのまま使うつもりではないよな」
「いや、可能な限り元の素材を使おうと考えてる。足りない部分だけ新しい石で補ってみるつもりだ」
「それなら今の状態を詳しく見てやろう。触ってもいいか?」
朔夜は頷いて、ねこちゃん柄の厚い手袋を琥珀にはめさせた。琥珀は欠片を一つずつ手に取っては行燈の光に透かした。
「氷みたいに冷たい石だな。うん、こうして見ても、ひびが目立つ。少しの衝撃で壊れてしまいそうだ。これを使うつもりなら扱いには気をつけないと。……一回の衝撃で割れた感じではない。長い時間をかけて負荷が蓄積しているみたいだ。……石英が付いている方が肌の表面側だよな。内側から入っている細かなひびもあるみたいだ」
「そうなのか……」
朔夜は俯いた。何か考え込んでいるようだ。
「どうした?」
「いや、こいつ、過去に色々あったみたいでさ。詳しいことは知らないけど、想像すると悲しくなってしまうんだ」
「人形に感情は無いから、考えすぎないほうがいいぞ」
「………そうだな」
泣きそうな朔夜の頭を琥珀はわしゃわしゃと撫で回した。
そのとき突然、土間に続く障子が勢いよく開いた。
「わかちゃん! まっちゃん! ようこそ!」
重い空気を切り裂くような元気な声。
「あ、一果先生、久しぶり!」
「おじゃましております」
六畳部屋に入ってきて琥珀と松羽の間に入り、二人の肩を抱く。
「元気そうだね。たまにはあたしにも顔を見せなさいね。うんうん、ふたりとも満点だ。やはりたくさん歩くのは健康に良いということかな? ……あれ、わかちゃんは少しお腹がプニプニになったようだね」
「どうして分かるの!?」
一果の腕を振り解いて部屋の隅へ逃げていく琥珀。
「医者だからさ」
当然だよというように答える一果。
──いや、重ねた服の上から見ただけで僅かな体型の変化が分かる医者は、母さんだけだと思う。
「そうなんです。近頃は僕の肩に乗ることを覚えて、自分で歩こうとしないんです」
深く頷きながら訴える松羽の表情には日頃の苦労が滲んでいる。
「それはいけない。少しは歩かせてやってくれ」
「ついでに薬籠も持たせましょうか」
「やだ! 松羽の鬼! 魑魅魍魎!」
部屋の隅から悲鳴が上がっている。
「ははは、わかちゃんは成長期だからね、あまり重いものを持たせてはいけないよ。これは朔夜の薬籠の何倍も大きいからね。子供が持つものではない」
「一果先生、好き!」
抱きついてくる琥珀の顎を一果は軽く持ち上げて顔を向けさせ、演技がかった口調で囁く。
「かわいいねえ。けど、そういうことを軽々しく言うものではない。本気にしてしまうじゃないか。あたしは独身だよ」
「えっと……」
狼狽えながらススッ……と松羽の隣に戻る琥珀。
「こ、琥珀がおれの父親になるのは反対だ」
真面目な顔で主張する朔夜。琥珀のことをお義父さんと呼ばなくてはならなくなる事態は避けたいらしい。
「ふふ、冗談の通じない子だねえ。……それで、みんなでお人形さんを囲んで何をしていたのかな?」
「修復に必要な素材を琥珀に頼もうと思って。町で買うこともできると思うけど、薬師がこういうものを仕入れていたら怪しいだろ」
何より、朔夜には嘘をつくのが下手な自覚があった。
「ああ、なるほどね、良い考えだと思うよ」
一果は腕組みをして頷き、琥珀の方を見る。
「一果先生、ここで見聞きしたことは絶対に誰にも言わないから安心してくれ」
「もちろん、その点については信用してるよ。朔夜もそう思っているからおまえたちに頼んだのだろう」
びわの実を小さな瓶に分けて持たせ、二人を見送った。次はカペラへ行くのだという。
「あっ」
二人の姿が見えなくなってから、朔夜は大変なことを思い出した。
「春夜喜雨を頼むのを忘れてた……」
琥珀と松羽はその奥の闇の中で鈍く光る紫色を見て息を止めた。
「色々あって、拾ったんだ。こいつを直すように母さんから言われてる」
朔夜は行燈を灯して六畳間に入り、シェデーヴルの傍に端座して行燈を置いた。二人もそろそろと後に続いた。
「綺麗だな。人形?」
「そうだ。金継ぎで繋いでみようと思ってる」
「ああ、それで……」
琥珀は朔夜から行燈を受け取り、近付けてじっと観察した。
「すごく質の高い石英と紫水晶だな。こんなのは見たことない」
「そういうのって何を見て判断するんだ? おれ、鉱物のことはよく分からなくてさ」
「色と透明度かな。恐ろしいほど深くて透き通るような紫色だろ。でもよく見ると、ひび割れが多いみたいだな。状態さえ良かったら、相当高い値がつくところだ。……うーん、修復に使うなら、これに見合う質の石が必要だよな」
「手に入りそうか?」
「問題ない。任せてくれ」
即答する琥珀。
また何も考えずに返事をしているな……という松羽の冷たい視線が背後から刺さるが琥珀は気にしていない。
「修復とはいっても、新しい石で作り直すことになるんだろ? 量が多いけど何とかしよう。……まさか、この脆くなった石をそのまま使うつもりではないよな」
「いや、可能な限り元の素材を使おうと考えてる。足りない部分だけ新しい石で補ってみるつもりだ」
「それなら今の状態を詳しく見てやろう。触ってもいいか?」
朔夜は頷いて、ねこちゃん柄の厚い手袋を琥珀にはめさせた。琥珀は欠片を一つずつ手に取っては行燈の光に透かした。
「氷みたいに冷たい石だな。うん、こうして見ても、ひびが目立つ。少しの衝撃で壊れてしまいそうだ。これを使うつもりなら扱いには気をつけないと。……一回の衝撃で割れた感じではない。長い時間をかけて負荷が蓄積しているみたいだ。……石英が付いている方が肌の表面側だよな。内側から入っている細かなひびもあるみたいだ」
「そうなのか……」
朔夜は俯いた。何か考え込んでいるようだ。
「どうした?」
「いや、こいつ、過去に色々あったみたいでさ。詳しいことは知らないけど、想像すると悲しくなってしまうんだ」
「人形に感情は無いから、考えすぎないほうがいいぞ」
「………そうだな」
泣きそうな朔夜の頭を琥珀はわしゃわしゃと撫で回した。
そのとき突然、土間に続く障子が勢いよく開いた。
「わかちゃん! まっちゃん! ようこそ!」
重い空気を切り裂くような元気な声。
「あ、一果先生、久しぶり!」
「おじゃましております」
六畳部屋に入ってきて琥珀と松羽の間に入り、二人の肩を抱く。
「元気そうだね。たまにはあたしにも顔を見せなさいね。うんうん、ふたりとも満点だ。やはりたくさん歩くのは健康に良いということかな? ……あれ、わかちゃんは少しお腹がプニプニになったようだね」
「どうして分かるの!?」
一果の腕を振り解いて部屋の隅へ逃げていく琥珀。
「医者だからさ」
当然だよというように答える一果。
──いや、重ねた服の上から見ただけで僅かな体型の変化が分かる医者は、母さんだけだと思う。
「そうなんです。近頃は僕の肩に乗ることを覚えて、自分で歩こうとしないんです」
深く頷きながら訴える松羽の表情には日頃の苦労が滲んでいる。
「それはいけない。少しは歩かせてやってくれ」
「ついでに薬籠も持たせましょうか」
「やだ! 松羽の鬼! 魑魅魍魎!」
部屋の隅から悲鳴が上がっている。
「ははは、わかちゃんは成長期だからね、あまり重いものを持たせてはいけないよ。これは朔夜の薬籠の何倍も大きいからね。子供が持つものではない」
「一果先生、好き!」
抱きついてくる琥珀の顎を一果は軽く持ち上げて顔を向けさせ、演技がかった口調で囁く。
「かわいいねえ。けど、そういうことを軽々しく言うものではない。本気にしてしまうじゃないか。あたしは独身だよ」
「えっと……」
狼狽えながらススッ……と松羽の隣に戻る琥珀。
「こ、琥珀がおれの父親になるのは反対だ」
真面目な顔で主張する朔夜。琥珀のことをお義父さんと呼ばなくてはならなくなる事態は避けたいらしい。
「ふふ、冗談の通じない子だねえ。……それで、みんなでお人形さんを囲んで何をしていたのかな?」
「修復に必要な素材を琥珀に頼もうと思って。町で買うこともできると思うけど、薬師がこういうものを仕入れていたら怪しいだろ」
何より、朔夜には嘘をつくのが下手な自覚があった。
「ああ、なるほどね、良い考えだと思うよ」
一果は腕組みをして頷き、琥珀の方を見る。
「一果先生、ここで見聞きしたことは絶対に誰にも言わないから安心してくれ」
「もちろん、その点については信用してるよ。朔夜もそう思っているからおまえたちに頼んだのだろう」
びわの実を小さな瓶に分けて持たせ、二人を見送った。次はカペラへ行くのだという。
「あっ」
二人の姿が見えなくなってから、朔夜は大変なことを思い出した。
「春夜喜雨を頼むのを忘れてた……」
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