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第四幕 少年たち
二 薬師って命懸けなんだね。
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「あ~~~~~っはっはっは!!!!!」
「笑い事じゃないだろ……」
朔夜は笑い転げる一果に指を縫われている。
「だって、手術を終えて研究室に戻ったら、おまえが泣きそうな顔で指を持ってきたんだよ! それも、みーちゃんに食べられたときた! はぁ~~っ! 面白いじゃないか! あははは……」
「おもしろくない……」
「指の状態が良くて助かったね。ミーシャの低体温で保存していてくれたおかげで綺麗に治るよ」
「口を閉じてしまって、頑なに返してくれなくてさ……。しばらくしたら飽きて吐き出してくれたけど……」
あのときのことを思い出して朔夜は目眩がした。患者の血は見慣れていても、自分の身体の一部を失い血が流れれば平静ではいられない。
そんな息子をよそに、一果はまだ笑っている。ここまでくると能天気な母親に救われるような気さえしてしまう。
「見たかったなあ。はい、できたよ。しばらくの間は動かしたり水につけたりしないようにね。さっき手術を終えた患者の調薬をおまえに頼もうと思っていたけれど、その手では難しいだろう。血圧も低下している。あたしに任せて休みなさい。女郎花ちゃん、朔夜が転ばないように部屋まで付いていってあげて」
よく観察しなければ縫い目が分からないほど、指は綺麗に縫合されていた。
- - - - - - -
離れの仕事場に戻ったが、ミーシャからは全く反省の色が見えなかった。
「繋がった?」
「……繋がったよ」
言いたいことはたくさんあるが、いたずらをする猫と同じで、怒っても仕方ないと思った。
ミーシャの金色の継ぎ目と自分の指の縫い目を見比べる。うまくできたつもりだったが、よく見るとはみ出していたりでこぼこしていたりと、良い仕上がりとはいえない。その瑕疵さえも美しさを引き立てているように見えるのは、シェデーヴルが元から持っている美のおかげだろう。
──母さんなら、こいつの身体も綺麗に繋げられるんだろうな。
ミーシャの傍に端座して顔色を見る。
「あれから調子はどうだ?」
「少し痛みが落ち着いた。翻訳を一枚分書いてみたけれど、一度も筆を落としていない」
「やはり効果があるみたいだな」
「そうみたいだね。ねえ、今ここにある本にはもう飽きてしまったのだけど、他に何か翻訳してほしいものはないかい? 何語でもいいよ」
「そうだな……」
読めずに困っている魔道書や錬金術の本などがあるが、そういった知識が毒になるというミーシャには少なくとも今は読ませたくない。何語でも……と考えて、ちょうど読めずに困っていたものがあったことを思い出した。
「アルフェッカの言葉はわかる?」
「誰に聞いているんだい。もちろんだよ」
「これを翻訳してくれないか?」
文机の引き出しから出して渡したのは、琥珀がくれた香料の説明書だった。
「名前は、シナモン、カモミール、ホシアザミ……」
ミーシャはまるで母語で書かれた文を読むようにすらすらと珠白語に翻訳して読み上げた。使用方法や加工方法、薬効などの説明が書かれているらしい。
「ホシアザミには毒があるみたいだね。薬として使う方法はあるみたいだけれど」
「だから口の中やおなかが痛くなったのか」
「食べたのかい?」
「薬に使うものは一度は口に入れてみるんだ。自分の身体で試したことのないものを患者に飲ませるわけにはいかないだろ」
「薬師って命懸けなんだね」
そのような危険を冒す薬師は少数派であることを朔夜は知らなかった。
ミーシャは翻訳した文を全て紙に記してくれた。
「すごいな。こうやってどんな言葉でも翻訳できるのか?」
「八百年、本好きの妹のために翻訳を続けてきたんだ。当然だよ。ぼくの母語は文字の存在しないオリアナの創作した言語だけれど、今では人間の全ての言語の読み書きができる。現代では使われていない古い言語もだよ」
天才とも思える語学力の背景には想像を絶する苦悩があったのだろうと朔夜は思いを巡らせる。
「きみだって長く生きれば……そうだね、二百年ほど薬師を続ければ、今の一果を追い越せると思う」
それから七日も経たないうちに、朔夜の指は完治した。
数日おきに植物を試し、鎮痛剤、麻酔、それから月明かりの代わりの動力源となる薬ができた。改良の余地はあるが、これによってミーシャの目覚めている日数が増え、歩くこともできるようになった。
何か翻訳をしていたいと言うミーシャに、外国の医学書の翻訳を頼んだ。医学の専門知識をミーシャは持ち合わせていないので朔夜の協力が必要ではあったが、渡した本は全て珠白の言葉に翻訳してくれた。
- - - - - - -
「さあ行くよ。準備しなさい」
シェデーヴルの薬を作ったご褒美に、今夜は一果が腕を振るって朔夜の好きな料理を作ってくれた。
朔夜が食べ終えるとごちそうさまを言う間も無く一果は立ち上がって師の口調で指示をした。
この空気に朔夜は覚えがある。
「………白磁山?」
「惜しいね。今回用事があるのは、それより北西のほうだよ」
「何を準備すればいい?」
「これだけでじゅうぶんだ」
一果はそう言って、袖口から太刀を取り出した。白銀の梨子地塗の鞘に、金の透かし彫りの施された絢爛な装飾。
「寒いから、おまえはあったかくして行きなさいね」
「笑い事じゃないだろ……」
朔夜は笑い転げる一果に指を縫われている。
「だって、手術を終えて研究室に戻ったら、おまえが泣きそうな顔で指を持ってきたんだよ! それも、みーちゃんに食べられたときた! はぁ~~っ! 面白いじゃないか! あははは……」
「おもしろくない……」
「指の状態が良くて助かったね。ミーシャの低体温で保存していてくれたおかげで綺麗に治るよ」
「口を閉じてしまって、頑なに返してくれなくてさ……。しばらくしたら飽きて吐き出してくれたけど……」
あのときのことを思い出して朔夜は目眩がした。患者の血は見慣れていても、自分の身体の一部を失い血が流れれば平静ではいられない。
そんな息子をよそに、一果はまだ笑っている。ここまでくると能天気な母親に救われるような気さえしてしまう。
「見たかったなあ。はい、できたよ。しばらくの間は動かしたり水につけたりしないようにね。さっき手術を終えた患者の調薬をおまえに頼もうと思っていたけれど、その手では難しいだろう。血圧も低下している。あたしに任せて休みなさい。女郎花ちゃん、朔夜が転ばないように部屋まで付いていってあげて」
よく観察しなければ縫い目が分からないほど、指は綺麗に縫合されていた。
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離れの仕事場に戻ったが、ミーシャからは全く反省の色が見えなかった。
「繋がった?」
「……繋がったよ」
言いたいことはたくさんあるが、いたずらをする猫と同じで、怒っても仕方ないと思った。
ミーシャの金色の継ぎ目と自分の指の縫い目を見比べる。うまくできたつもりだったが、よく見るとはみ出していたりでこぼこしていたりと、良い仕上がりとはいえない。その瑕疵さえも美しさを引き立てているように見えるのは、シェデーヴルが元から持っている美のおかげだろう。
──母さんなら、こいつの身体も綺麗に繋げられるんだろうな。
ミーシャの傍に端座して顔色を見る。
「あれから調子はどうだ?」
「少し痛みが落ち着いた。翻訳を一枚分書いてみたけれど、一度も筆を落としていない」
「やはり効果があるみたいだな」
「そうみたいだね。ねえ、今ここにある本にはもう飽きてしまったのだけど、他に何か翻訳してほしいものはないかい? 何語でもいいよ」
「そうだな……」
読めずに困っている魔道書や錬金術の本などがあるが、そういった知識が毒になるというミーシャには少なくとも今は読ませたくない。何語でも……と考えて、ちょうど読めずに困っていたものがあったことを思い出した。
「アルフェッカの言葉はわかる?」
「誰に聞いているんだい。もちろんだよ」
「これを翻訳してくれないか?」
文机の引き出しから出して渡したのは、琥珀がくれた香料の説明書だった。
「名前は、シナモン、カモミール、ホシアザミ……」
ミーシャはまるで母語で書かれた文を読むようにすらすらと珠白語に翻訳して読み上げた。使用方法や加工方法、薬効などの説明が書かれているらしい。
「ホシアザミには毒があるみたいだね。薬として使う方法はあるみたいだけれど」
「だから口の中やおなかが痛くなったのか」
「食べたのかい?」
「薬に使うものは一度は口に入れてみるんだ。自分の身体で試したことのないものを患者に飲ませるわけにはいかないだろ」
「薬師って命懸けなんだね」
そのような危険を冒す薬師は少数派であることを朔夜は知らなかった。
ミーシャは翻訳した文を全て紙に記してくれた。
「すごいな。こうやってどんな言葉でも翻訳できるのか?」
「八百年、本好きの妹のために翻訳を続けてきたんだ。当然だよ。ぼくの母語は文字の存在しないオリアナの創作した言語だけれど、今では人間の全ての言語の読み書きができる。現代では使われていない古い言語もだよ」
天才とも思える語学力の背景には想像を絶する苦悩があったのだろうと朔夜は思いを巡らせる。
「きみだって長く生きれば……そうだね、二百年ほど薬師を続ければ、今の一果を追い越せると思う」
それから七日も経たないうちに、朔夜の指は完治した。
数日おきに植物を試し、鎮痛剤、麻酔、それから月明かりの代わりの動力源となる薬ができた。改良の余地はあるが、これによってミーシャの目覚めている日数が増え、歩くこともできるようになった。
何か翻訳をしていたいと言うミーシャに、外国の医学書の翻訳を頼んだ。医学の専門知識をミーシャは持ち合わせていないので朔夜の協力が必要ではあったが、渡した本は全て珠白の言葉に翻訳してくれた。
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「さあ行くよ。準備しなさい」
シェデーヴルの薬を作ったご褒美に、今夜は一果が腕を振るって朔夜の好きな料理を作ってくれた。
朔夜が食べ終えるとごちそうさまを言う間も無く一果は立ち上がって師の口調で指示をした。
この空気に朔夜は覚えがある。
「………白磁山?」
「惜しいね。今回用事があるのは、それより北西のほうだよ」
「何を準備すればいい?」
「これだけでじゅうぶんだ」
一果はそう言って、袖口から太刀を取り出した。白銀の梨子地塗の鞘に、金の透かし彫りの施された絢爛な装飾。
「寒いから、おまえはあったかくして行きなさいね」
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