イレギュラー・マリオネット -The Wild Guardian-

流右京

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第1章

第06話「初めての風呂」

「っていうか、随分ワイルドな着こなしねぇ~?」

グリオールが、感心したような声音でライガの鍛え上げられた体を眺める。

ノクスも視線を追うと、ライガの服はほつれや裂け目が目立ち、かなり傷んでいた。

「もしかして、前回の戦闘で派手にやられたの? そこまで強い相手じゃなかったと思うけど」

軽い調子の質問に、ノクスは脱力しながら答える。

「いえ、これはその……っ。あの後も着替えさせたんですが、動きにくいと言われて何度も破られてしまって」

「俺はこのほうが身軽で良いんだよ!」

ライガは胸を張って言い放つ。

「ああもう……っ、こんなに言う事聞かない守護者なんて聞いたことが無い」

その様子を、ノクスは呆れ顔で見つめる。

「まぁ良いわ。それより、ノクス。昨日の異形のことなんだけど」

今度はグリオールが声を落とし、話題を切り替えた。

「ええ、グリオールも感じましたか? 違和感を」

ノクスが問い返すと、グリオールは頷きながら続けた。

「昨日の異形、数が多かったのは最初だけで、増援も無かったでしょ?」

「確かに。普通は混乱に乗じて一気に相手の本陣を攻め落とすのが常套じょうとう手段ですが……」

ノクスは眉間にしわを寄せる。

「そう、確かに敵意は感じた。でも、何かテストしてる……みたいな? そんな感じがしたのよねぇ」

グリオールは言葉を選ぶように唇を歪めた。

「おい、じゃあ今日はもっと強い奴が来るのか?」

ライガが嬉しそうに目を輝かせる。
その無邪気さに、ノクスは思わず眉を寄せた。

「目を輝かせないでください。君の役目は僕の護衛ですからね?」

「おうっ! 昨日よりもっとワクワクしそうだな!」

意気込む声に、ノクスは小さくため息を落とす。

グリオールはそんなやり取りを楽しむように、口元に笑みを浮かべた。

「あらまあ、頼りになる守護者だわぁ。そういえば他の守護者達も『異様に興奮してた』って聞いたし、異世界人は闘うのが好きなのかしらぁ?」

視線を再びライガへ移すと、彼の着こなしを見てフッと笑った。

「ああでも、その恰好じゃ次の戦闘は厳しいかもねぇ~?」

その一言に、ライガは露骨に肩を落とした。

「……はぁ? 俺、戦えねぇのかよぉぉ……。つまんねーの」

「ふふっ♪ 大丈夫よぉ、街に行けば服くらい売ってるだろうから」

気楽に返すグリオールに、ノクスも同意を示す。

「……そうですね。アイテムのストックは豊富ですが、服はライガのサイズに合わせて整えておかないと」

ライガへ視線を戻し、指示を出す。

「という訳でライガ。これから街に出かけます。その前にお風呂に入りましょう」

「……風呂ぉ? 俺、人形なんだろ? 人形が何で風呂入る必要があるんだ? 別に臭くねーぞ?」

反論に、ノクスは淡々と説明する。

「確かに受肉人形には、最初は体臭はありません。しかし、主人の力が体に馴染むと人間のように臭いも出てきます」

「俺、昨日呼ばれたばっかじゃん!」

「でも戦闘で汗もかくし、汚れるでしょ? そんなんじゃ外に連れていけないって話よぉ。街には天人や守護者がたくさんいるんだし」

グリオールの言葉に、ライガは不満げに鼻を鳴らした。

◆◇◆◇

ノクスの家の浴室は、小さなバスタブとシャワーがあるだけの、ごく普通の造りだ。

しかし今、その中はまるで戦場のような有様だった。

「おいっ! どこ触ってんだ! やめろっ!」

浴室の中でライガが必死に暴れる。

ノクスは冷静に押さえ込み、泡立てたスポンジを素早く動かした。

「大人しくしてください。暴れるから、余計にやりづらいんです」

「俺は風呂なんて必要ねぇっつってんだろ!」

「そんなこと言われても、これは必要なんです!」

派手に足を動かすたび水しぶきが飛び、ノクスの服も床もびしょ濡れになる。

それでも手を止めず、首筋や背中を順に洗っていった。

「うわっ、ほんとにやり方合ってんのかよ!?」

「もちろんです。髪の毛も含めて、きちんと洗わないと。特に汚れやすいところは念入りに」

反論しかけたライガは、手際の良さに押されて言葉を詰まらせる。

「そこばっか触んじゃねぇ!」

「ここは特に大事なところなので、しっかり洗いますよ。じっとして」

淡々とした口調に、ライガの焦りが増していく。
浴室中に水音と掛け合いが響いた。

「最後は足です。こちらに向けてください」

「俺に指図すんなっ!」

それでも結局は足を向けさせられ、脚や足首まで丁寧に洗われる。

「はい、シャワーで流しますね。目をつぶって」

「ちょっ、熱いのは勘弁だからな!」

湯気が立ちこめ、浴室の空気が落ち着いていく。
泡が落ち切るまで、ノクスは容赦なく流し続けた。

「うわっ! それ、熱いっつーの!」

飛び出そうとする腕をつかみ、「まだ泡が残ってます」と押しとどめる。

「くそっ、何なんだよ、お前!」

頭を振るライガから水しぶきがさらに飛び散る。

「ライガ、いい加減にしなさい! また操って強制しますよ?」

「てめ……っ! それやったら殴るぞ!」

疲れがにじむ声で笑みを浮かべながら、ノクスは洗い終えた髪を整える。

「さて、これで一通り終わりました。次は湯船に浸かりましょう」

「……もういい! 出る!」

脱衣所へ向かおうとする腕を、ノクスは軽くつかんだ。

「まだ体が温まっていません。守護者として自分の体をいたわるのも仕事です」

「ったく、しつけぇなぁ! 別に良いって……おわっ!?」

油断している隙をついて、押し込む形で強引に湯船に入れた。

「良いですか? まず体の力を抜いてリラックスを……。あれ?」

「…………」

湯に浸かったライガは急に大人しくなった。

「ふにゃぁ……」

見ると、今まで見せたことのない顔で湯の温かさに体を委ねるライガの姿があった。

(おや……? さっきとはまるで別人……)

「ふへぇ……。気持ち良い……」

(か……か……可愛いぃぃぃっ!!! 何この顔!!! 今まで見たことないこのふやけた表情! しかも、あれだけ暴れてたのに一切抵抗しなくなって……!)

ノクスは思わず、ライガのあまりの変化に目を見張った。

「そ、そんなに気持ちいいですか……?」

と、ノクスは控えめに声をかける。

ライガは何も言わず、ただ湯に身を沈めて目を閉じる。まるで全てを忘れているかのように、穏やかな表情だ。

(あんなに頑固で反抗的なライガが、こんなにも素直になっているなんて……)

ノクスは心の中で一抹の疑問を抱きつつ、そっとライガの様子を見守る。

しばらくそのままでいると、ライガはふわりとした息をついて、目を閉じたまま少しだけ微笑む。

「これ、良いなぁ……」

まるで自分に言い聞かせるような、率直な感想を漏らす。

その笑顔を見たノクスは、思わず胸が熱くなっていく。

普段のライガなら絶対に見せない表情だった。

反抗的で強気な態度を取る彼が、こんなにも無防備にリラックスしている姿に少し戸惑いつつも、どこか安堵あんどの気持ちが広がった。

少し、悪戯心からそのほっぺをチョンと突いてみると、少年のぷにぷにとした感触にスベスベの頬の弾力が指に伝わる。

「……んにゃ? にゃあぁ……」

ライガは全く抵抗せず、されるがままリラックスしていた。

(あああぁぁ……! か、可愛い……っ!)

ノクスは心の中でつぶやきながら、静かにライガを見守った。

◆◇◆◇

やがて、脱衣所から出てきたライガは、ノクスの大きな服を着込み、むくれた表情をしていた。

「うふふ♪ 賑やかだったわねぇ~。リビングまで聞こえてたわよぉ?」

グリオールがクスクス笑いながら出迎えた。

「お、お待たせ、しました……」

疲れをにじませた声でノクスが言うと、グリオールが柔らかく微笑んだ。

「ま、とりあえずこれなら外に出しても大丈夫じゃない?」

「……ですね。では、準備して行きましょうか。街へ!」

「メンドくせぇ~……」

ライガの不満をよそに、グリオールは何か思いついたように手を打った。

「あ、そーだ♪ アタシも何か見繕ってあげたくなっちゃった♪ あの子、呼んじゃおーっと!」

「おや、そういえば今日は“彼”は連れて来ていないんですか?」

「ええ。ライガちゃんの様子見たらすぐ帰る予定だったしね。でも、気が変わったわぁ~」

「……んぁ? “彼”って?」

ライガが首を傾げると、ノクスが説明する。

「グリオールにも守護者が居るのですよ。君の先輩……ということです」

「んふっ♡ きっと気が合うと思うわよぉ? あの子、すっごくエロい体してるから。アタシ、いっつもあの子にイロイロして遊んでるのよぉ~」

艶っぽく笑うグリオールに、ノクスは眉をひそめる。

「グリオール……。またそうやって彼が恥ずかしがることを……っ」

「だぁってぇ~! あの必死で羞恥に耐えてる顔がキュンとくるんだも~ん♡」

横で聞いていたライガが、どこか納得したように小さくつぶやいた。

「……うん。何となく、ソイツが苦労してるのだけは分かった」
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