イレギュラー・マリオネット -The Wild Guardian-

流右京

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第1章

第12話「大聖女」

――4人は中央大聖堂にある応接室に居た。

室内には重厚な空気が漂い、煌びやかな調度品が整然と並んでいる。

壁に掛けられた金色の額縁の絵画が、訪れる者を圧倒していた。部屋の中央のテーブルには、執事が丁寧に淹れた紅茶が並べられ、一瞬の静寂が流れる。

ノクスとグリオールは長椅子に腰掛け、レオンとライガは後方の壁際に立っていた。

守護者が主人と同じ席に座ることは許されない。
ライガは立ったまま、大きなあくびを繰り返し、その度にレオンに軽く頭を小突かれていた。

程なくして、重厚な扉が開く。
そこから現れたのは、まだ顔に幼さの残る美しい女性だった。身にまとう豪華ごうかなドレスが、その高貴さを一層際立たせている。

視線を感じたのか、彼女は静かに会釈をし、執事の導きでテーブルの向かいに腰を下ろした。

「ノクス政務官、グリオール政務補佐官、お久しぶりです。年始の挨拶以来……でしょうか?」

柔らかな声が響く。ノクスは深く頭を下げ、グリオールは笑顔で手を振った。

「わざわざご足労いただき、痛み入ります、大聖女様」

「こんにちはぁ~! 相変わらず、お綺麗な髪だわぁ~! 今度トリートメントの方法、教えてくださらなぁい?」

そのやり取りの最中だった。
ふと視界の端に、レオンがライガの肩を軽く叩き、何かを耳打ちしている様子が映った。声までは聞こえなかったが、ライガは小さく目を瞬かせると、まっすぐに女性のほうへと視線を向けた。

じっと見つめる。
彼女も気づいたのか、静かに微笑みを返してきた。

「えっと……。あの子がノクスさんの守護者ですね?」

「あ、はい。紹介しますね。ライガ、こちらへ来なさい」

「………おう」

ライガは短く答えると、すっとノクスの前を通り過ぎ、そのまま女性の方へと歩み寄っていく。

「え? ちょ、ちょっと……っ、ライガ??」

ノクスが慌てて声を掛けるが、ライガはもう真っ直ぐ彼女のもとへ向かっていた。

心配そうに見守るノクスをよそに、まるで初対面の緊張などどこ吹く風といった様子で、堂々と女性の前に立った。
女性も驚いた様子を見せることなく、静かに微笑みを浮かべて応じる。

「えっと、貴方がノクスさんの守護者のライガ君……ですね? 私はリアナ。ここで『大聖女』という役職に付いています。簡単に言うと、この中央大聖堂の責任者の一人ですね。あ、大聖女は私を含め4人居て、本来私は東聖堂の担当で……」

と、その言葉が終わるまでにライガは、ニカッと満面の笑みを浮かべながら、片手を差し伸べて言い放った。

「……俺、ライガ。よろしくな? 俺と友達になろうぜ!」

「…………」

「…………」

「…………」

ライガ以外全員がその場で凍り付く。

「あ……。えっと……っ」

リアナも、突然の申し出に驚きと困惑が入り混じったまま目を丸くしていた。

「いぎゃぁああああ!!!?? ああああああっ!!? ◎△×◆!!!!」

――ガシッ!!!

ノクスが猛スピードでライガの頭を鷲掴みにし、床に叩きつける。
その衝撃で、ライガの声が悲鳴に変わる。

「ふんぎゃっ!!!? いってぇな! 何しやがる!!?」

「おおま……っ! ままままま……!!! なななな何ということをぉぉおおお……!!!!」

「……ノクス様! お、落ち着いて……っ」

「ぜひゅ~……! ぜひゅ~……っ!!」

レオンは咄嗟とっさにノクスを引きはがそうとするも、その力に圧倒されて一瞬躊躇ちゅうちょした。

「すみません、ノクス様。ライガに先ほど、“失礼のないよう大聖女様に挨拶をするように”と言い聞かせたのは俺です」

ライガの頭は床にめり込んだまま、ギリギリと音を立てている。

「……だから! 俺、教えられた通りにしたぞ!?」

「ぶふぅっ!! そうね? そうよねぇ? 確かに、アタシが教えたんだった!」

グリオールが顔を手で覆い、肩を震わせて笑いを堪えているのが視界の端に映った。

「すみません! すみません! 大聖女様!! とんだご無礼を……!」

「い、いえいえ! 良いのですよ? ちょっとだけ、びっくりしましたけど」

「ラ~イ~ガぁぁ……くぅ~んんっ?」

ノクスは冷徹な笑顔を浮かべると、ライガのリンク人形を取り出す。

「ひぃ……っ!?」

ライガは何かを悟ったのか、抵抗するのを止め、後ずさった。

◆◇◆◇

「さて、では改めて報告を聞きましょうか」

リアナは紅茶をすすりながら、話を再開した。

「かしこまりました」

ノクスはすっかり落ち着きを取り戻し、再び会話を切り出す。

その後ろにはお仕置きの果てにピクピクと小刻みに震え、白目でヨダレをたらしながら床に大の字で気絶しているライガと、その様子を呆れ顔で見守るレオンの姿があった。

「何の前触れもなく突然現れた異形に、突如使えなくなった収納空間……ですか」

「ええ、何かこれらの点を結ぶものがあるような気がしてなりません。けれど、それが何なのか……」

グリオールがレオンの方へ視線を向け、手招きした。

「……レ~オ~ン、ちょっと聞いてい~い?」

近寄ったレオンに、グリオールが何やら指先でくすぐるような動きをする。レオンが思わず小さく肩を震わせた。

「ねぇ~ぇ? アタシが呼んだ時、転移ゲートを使わなかったのは、どうしてぇ~?」

グリオールの左手がレオンの服のあたりに触れ、さらにその指が布越しに滑っていく。
そのたびにレオンが体をわずかに引くのが、ノクスの位置からでもはっきり分かった。

「う……っ! んん……っ」

口元を引き結ぶレオンから、かすかな息が漏れている。

「いくら夕食の準備で遅れたって言っても、アタシの家の近くに転移ゲートが設置されてたでしょ? あれを使えば近場まで一瞬で転移出来たはずよねぇ?」

グリオールは、人差し指でそのまま割れた腹筋の凹凸をなぞるように指で刺激していく。

「実は、んん……っ! 転移したら、違うところにっ……飛んでしまって。その、う……っ! どうしても、座標が……あ、合わなくて……。故障していた……のかもっ。ぅ……っ!」

レオンは腹をくすぐられ、顔をわずかに歪めながらも姿勢を崩さずに答えを返している。

「故障~? 転移ゲートが?」

その言葉を引き出し満足したのか、グリオールはレオンの腹から指を離した。

「……っ! はぁ……っ、はぁ……っ」

やっと解放されたレオンは、顔を赤くし、大きく息をついていた。

「あの、グリオール? そんな意地悪しなくても、レオン君なら普通に聞けば答えてくれるのでは?」

「んふっ♪ ごめんなさぁい? アタシ、レオンの肉体からだで遊ぶのがくせになってるのよねぇ~」

グリオールは楽しげに笑い、ノクスは眉をひそめる。
しかしレオンがさりげなく制し、優雅に一礼した。

「……ノクス様、俺のような下賎げせんな人形にお気遣い頂き、ありがとうございます」

その端正な顔立ちと凛とした姿に、ノクスは一瞬、息を呑んだ。

「え、あ、いや……あはは。天人として当然のことですから」

ノクスは慌てて言葉を濁しながらも、レオンの品のある物腰と、完璧に整った容姿に圧倒される。

「俺は、グリオール様の人形です。お気になさらないでください。ですが……」

レオンはノクスの手をグッと握ると、言葉を続けた。

「ノクス様のそのお心遣い。俺……絶対、忘れません……!」

その微笑みは、まるで太陽のように明るく、周囲の空気を変えるようだった。

真剣な表情のままノクスの手を握るレオンに、ノクスは思わず赤面する。

「は、はははいいぃいぃっ!!!」

―――バッタァァアン!!(K.O.)

次の瞬間、膝から力が抜け、床に崩れ落ちてしまった。

「アンタ……ド天然でそれをやっちゃうんだから、ほんとすごいわ」

「……え。あの、俺は何をやってしまったんでしょう??」

レオンは首をかしげていた。その仕草からは、自分の行動の意味を理解していないように見えた。

「はぁ……。良いわよもう! アタシ、無自覚ハーレムって……大っっ嫌い!」

その素直さに呆れたのか、グリオールは深いため息を漏らしながら紅茶をすする。

「……ふふっ」

リアナもまた、クスクスと笑っていた。
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