イレギュラー・マリオネット -The Wild Guardian-

流右京

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第2章

第25話「サイドエピソード:世界で一番嫌いな男」

「んん……ふぁ……っ! あ、悪りぃ、せっかく話してくれてたのに」

ライガは大きなあくびをしながら、ぼんやりとした瞳で頭を振る。まだ眠気が抜けきっていないようだった。

「……眠いのか?」

「俺、朝っぱらから叩き起こされて、ノクスに無理やり三回も告白させられたからな……」

げんなりとした様子で頭を抱え、ふてくされた声でライガは答える。

「……そうなのか。ちなみに、どんな?」

少し興味をひかれた様子でレオンが訊ねると、ライガは深々とため息を吐いた。

「聞いてくれよ……。一回目なんてさ、朝から全部脱がされて、ウェディングドレス着せられて……! しかも設定が『結婚式当日に花婿を捨てて、駆け落ちする』ってやつでさ!」

呆れたように言うライガの顔には、うっすらと疲労がにじんでいた。

「もうムカついてさ、ドレス引き裂いて燃やしてやったんだ! ……ったく、アイツ本気で俺を花嫁にする気だったんだぞ!」

「……随分と凝った設定だな。それにしても……ノクス様は、不器用な方だ」

「不器用? アイツ料理も裁縫も出来るし、割と器用だぞ?」

その言葉に、ライガは少し表情を曇らせる。

「そういう意味じゃない。……誰かを“好きになる”ことに、きっと慣れていないんだ」

レオンは静かに続けた。

「あの方は政務官という立場上、表情ひとつ、言葉ひとつで誤解を生むような疑心暗鬼の世界に身を置いているんだ。誰かと心を通わせるのが苦手になるのも致し方無い。だから、人形にしか感情をぶつけられなかったんだろうな」

「そういや、アイツ、小さな頃から人形遊びが好きって言ってた」

「ああ。人形なら何を言っても、どんな役を与えても拒まれない。けれど今は、お前がいる。あの方が心から楽しそうにしているのは、お前がそばにいるからだ。――たぶん、ノクス様にとってお前は、初めて本音をぶつけられる相手なんだ」

「本音をぶつけられる……相手……」

ライガはしばらく黙ったあと、ぽつりと呟いた。

「……最初はさ、操られて、変な服着せられたり、思っても無いセリフ言わされたりで、ほんっとムカついてた。何が楽しいんだよって。でも……」

表情がやわらぎ、瞳に少しだけ優しさが宿る。

「アイツ、俺と一緒にいると、本当に嬉しそうなんだ。なんつーか、ちょっとしたことで喜んだり、怒ったり……笑ったり。そういうの見てるとさ……俺、最近ちょっとだけ……あいつの笑顔が悪くねぇなって思う時がある」

レオンは、静かに微笑んだ。

「……じゃあ、もう“迷惑な人形遊び”とは思っていないんだな」

ライガは真っ赤になり、慌てて目を逸らす。

「べ、別に! 迷惑は迷惑だってば……でも、なんかこう……」

頭をかきながら、もごもごと言葉を探しているようだ。

「……アイツが傍にいないと落ち着かないっていうか……なんか、変な気分になる。ムカつくのに、放っとけないっていうかさ……」

レオンの瞳に、少しだけ柔らかな感情が浮かぶ。

ライガは話し終えると、再び大きなあくびをした。

「んん……やっぱ眠ぃ……」

その姿に、レオンは見かねたように言った。

「……分かった。膝を貸してやるから、少し眠れ」

そう言ってレオンは、足に装着していた金具を外し、静かに膝をポンポンと叩くとライガの目が輝いた。

「マジで!? やった!」

パッと表情が明るくなったライガは、迷うことなくレオンの膝に頭を預ける。

「ヤッベェエ~~!! 何だこれ!? うちの枕の1000倍気持ち良いぃぃ~~!!」

ライガは恍惚な表情で、肌に伝わる感触を堪能するかのように自分の膝にスリスリと頬を擦りつけてくる。

「……そうか。気に入ってくれたようで何よりだ」

「やっぱレオン兄ちゃんってぇ……。一緒にいると……何か、懐かし……。んがぁああ~……! ぐぅ~……ぐぅ……」

ライガはあっという間に、安堵の眠りに落ちた。

「ああ……本当に懐かしいよ」

レオンは、まるで弟をあやすように、そっとライガの髪を撫でながら微笑んだ。

「……おやすみ。良い夢を、ライガ」

その声は静かで、どこまでも優しかった。




穏やかな時間が流れ、レオンもふっと肩の力を抜いたその瞬間――……。

≪レぇぇ~~オぉぉぉお~ぉン????≫

不意に、脳内を引き裂くような声が響き渡る。

「―――ッ!!!」

突如として背筋に寒気が走り、レオンは反射的に息を飲んだ。冷や汗が首筋を伝い、胸の鼓動が一気に早まる。

≪どぉしたのぉ~? アタシの声……聞こえてるわよねぇ~?≫

「……は……っ、ぁ……っ」

その声は、心の中を直接抉るように響き続ける。

まるで全身を冷たい手で締め上げられるかのような感覚に襲われ、レオンは震えが止まらなかった。

歯はガチガチと音を立て、小さな震えが指先から伝わる。汗がぽたりと膝に眠るライガの頬へと垂れるのが、自分でも分かった。

「……お待ち……っ、くださ……っ。俺は……っ、まだ……!」

≪……いいわ。もう少し素直になれるように手伝ってあ・げ・る♪≫

その瞬間、何かが「プツン」と切れる感覚がレオンの中で広がった。

表情は無くなり、全身から力が抜け、視線はゆっくりと天井を向く。意識が遠のきそうになる中、再び声が囁く。

≪ねぇ~え? レオン。私が世界で一番嫌いな男ってだぁ~れぇ?≫

レオンの目には光が消えていた。口が自動的に動くように、ポツリと答えた。

「……ライガ」

≪そうよねぇ~。じゃあ、アンタが殺したい相手ってだぁ~れぇ?≫

「……ライガ」

≪良いわぁ。良い子ねレオン。じゃあ、アタシ達にとって邪魔な存在って……だぁぁ~れぇ?≫

「……ライガ」

その名前を口にするたび、レオンの声は徐々に歪み始めた。

「ライガ。ライガライガライガライガライガライガラびばがばべばがばばビュガガガ……」

無表情のまま、呪詛のように名前を連呼し続けるレオン。

口の中には泡のように唾液が溜まり、もはや言葉にならない音を発している。

それでも口は止まることを知らず、ただ繰り返しライガの名前を連呼し続けた。

≪良い子ねレオン。さ、ゆ~っくり下を見てみなさぁ~い?≫

グリオールの甘く冷たい声に従うように、レオンはビクンと体を反応させると、ゆっくりと顔を下に向けた。

そこには――……。

「んん……っ、ん~……ぐぅぐぅ♪ ムニャムニャ……」

自分の膝の上で、無防備に眠るライガがいた。

「…………」

レオンは、光を失った瞳でライガをじっと見つめる。

≪ねぇ~え? レオン。その子、よぉ~く見てみてぇ?≫

レオンの手はゆっくりと動き始める。

≪いま、アンタの膝で無防備に眠ってる……。それって、……だぁぁぁ~れぇぇ???≫

グリオールの問いに、その手はライガの喉元に向かって静かに伸びていく――……。
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