イレギュラー・マリオネット -The Wild Guardian-

流右京

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第2章

第27話「カモフラージュ」

「――ちっ!」

向かいのグリオールが、紅茶を口にしながら小さく舌打ちした。

その音に、ノクスは思わず瞬きをする。

「おや、どうかしました? あ、ちょっと熱かったですかね」

グリオールは一瞬、不機嫌そうな顔つきをこちらに向けたが、すぐに視線を紅茶へ落とし、フフッと笑みをこぼした。

「ん? ちょ~っとねぇ……あらやだ、いっけなぁ~い♪ やけに薄味だと思ったら」

言いながら卓上の小瓶を取り上げ、ミルクを紅茶にたっぷり注ぎ足していく。白い液体が表面を柔らかく染め、湯気とともに甘やかな香りが漂った。

「ミルクはもっと、たっぷり入れとくんだったわぁ。そっちの方が美味しいものねぇ」

「は、はぁ……。まぁ味の好みについては、僕から言うことはありませんけど」

ノクスはカップの紅茶をひと口含み、机の上に広げていた報告書を持ち上げた。

「それで、お話というのは……この報告書のことですね?」

グリオールは紅茶をスプーンでかき混ぜ、香りを鼻先で楽しんでいるようだった。そのまま軽い調子で言葉を継ぐ。

「ええ、ちょっと気付いたことがあってね」

スプーンがカチャリと受け皿に触れる音がした。甘い香りがさらに強まる。

「昨日、巨人が結界をすり抜けて現れたでしょ? あれは防衛結界の内側から【ステータスオープン】……正確には『武器一覧』画面に仕掛けられた空間接続術式を発動しちゃったのが原因だった。どうしてそんな細工がされてたのかは分からないけど、理屈としては納得できるわ」

ノクスは頷き、報告書のページをめくる。紙が擦れる音が、二人の間に短く響いた。

「それと、アタシが襲われた時――ちょうどその瞬間にも『武器一覧』画面を操作していた人物がいた。だから空間が一時的に接続されて、異形がこちらの世界に侵入してきたのよね?」

「ええ。最初に“馬”と申告されていなければ、もっと早く気付けたんですが」

ノクスはやれやれと言った気分で目を伏せ、菓子をひと口。

「じゃあ、前回の襲撃はどうなの?」

「前回……ああ、僕がライガを初めて召喚した日のことですか?」

「そう。その時も調べたけど、誰も『武器一覧』から武器を取り出してなかったのよ」

グリオールも菓子を口に運びながら、じっと報告書を見つめている。

(確かに、僕もあの時ライガに『武器一覧』を操作するよう促していた。まさか“画面そのもの”を武器にされるとは思っていなかったけど……。まぁ、結果オーライか)

ゴホン! と、咳き込むと改めてグリオールの意見に思考を巡らせてみる。

「……妙な話ですね。今はまだ個人による空間接続系の術式は全面禁止ですが、あの時点では誰も細工に気付いていなかった筈です。つまり……」

「そう、もし最初から結界自体にも他の術式に反応する細工があったなら、今後も侵入される可能性があるってこと」

「ふむ……安全を確保するためにも、結界の構造は再調査すべきですね。ちなみに、空間軸の補強については?」

「いま西聖堂の技術部が総出で転移ゲートと≪伝通の術コンタクト≫に使用する空間軸の安定化を進めてるらしいわよ」

「ふむ……、まぁ確かにどちらも天界においてはインフラの要ですし、早々に復旧しておかないと大混乱ですからね」

ノクスは報告書を机に置き直し、ペンで欄外に走り書きをした。

「妙って言えば――」

グリオールが紅茶をひと口飲み、軽くため息をつく。

「あのじいさん、ジルミスの遺体がどこにも見つからないのよ。あれだけの巨人に潰されたんだから、肉団子になっててもおかしくないのに、服の切れ端ひとつ落ちてなかったらしいわ」

「……衝撃で吹き飛ばされた、という可能性は?」

「それなら、一緒にいた守護者の子が消えるのはおかしいわよ。主が生きてる限りは人の姿を保つ術式だもの。人形に戻ったってことは――死んだか、“この世界から切り離された”か、どっちかじゃない?」

ノクスは眉を寄せ、短く頷いた。

「あともうひとつ。リアナ様がじいさんに≪伝通の術コンタクト≫で連絡できたってのも引っかかるのよねぇ」

「……≪伝通の術コンタクト≫が?」

「そう。あれって一種の接続術式よね? 座標指定で遠くの相手と会話する、転移ゲートと似た仕組み。あの時はアタシもアンタもそれどころじゃなかったから気にならなかったけど。でも、あの時点では転移ゲートは使えなかったはずでしょ?」

グリオールはカップを受け皿に戻し、指先で取っ手をなぞった。

「偶然、座標が合った……ということでは?」

「そりゃあ可能性としてはゼロじゃないけど、そんな都合よく座標が合うものかしら? どうにもに落ちないのよね~」

ノクスは背もたれに軽く身を預け、顎に手をやる。

「そういえば、ライガも妙なことを言ってましたね」

ふと思い出し、ノクスは声を上げた。

「昨日の戦闘で、最後に“縄のようなもの”がライガの足に絡みついてましたよね? 改めて本人に聞いたんですが……」

◆◇◆◇

「なんかさ、あの縄。変な感じだったんだよな」

「変な感じ……? 具体的には?」

「引っ張られてるっていうより、重いって感じだったんだ」

「重い……何かを吊り下げた時のような?」

「おう。ズルルル~って感じじゃなくて、ズルッズルッって感じだったぞ。こう……何かが縄をつたってくる感じ」

「ふむ……例の巨人がライガの足に縄を絡ませて這い上がろうとしていた……ということですかね」

「う~ん……あそこまでの重さは感じなかったぞ。せいぜい大人一人分くらいだったけどな」

◆◇◆◇

「へぇ……なんだか、どんどん話が不穏になってくるわねぇ」

グリオールは視線を落とし、指でテーブルを軽く叩いた。

「そういえば、その報告書にはこんな記述もあるの。“巨人の爆発の影響からか、あの瞬間、召喚の間に設置されていた術式が起動した形跡があった”って」

「え……? じゃああの時、別の守護者が召喚の間で召喚されていたのですか?」

「そうみたい。でも召喚の間は壊れてて調査不可能。もし誰かが召喚されてても、あの爆発に巻き込まれたら無事じゃ済まないと思うけど」

ノクスは報告書に指を滑らせ、記録を確認する。

「どちらにせよ、召喚の間も【ステータスオープン】も使用不可……つまり今後の戦力の補充は不可能ですね」

「そういうこと。まぁリアナ様は“来たるべき日”はまだ先って言ってたけどね」

ノクスは一瞬ためらい、口を開く。

「来たるべき日……あの予言ですか」

「……どうしたの?」

「そもそも僕たちが異世界から守護者を召喚しようと決めたのは、例の予言があったからですよね?」

「ええ。その直後あたりから異形が現れだした。だから戦力の補充が急務になった。予言通りじゃない? そして、来たるべき日には大軍勢が……」

「大軍勢……それって、そもそもどこから来るんでしょう」

「どこからって……どこかしらね?」

ノクスは報告書を閉じ、カップに残った紅茶を一息に飲み干した。

「そして、防衛結界も異形に反応しなかった。これは――」

「って、さっきからノクス。何が言いたいの? 回りくどいこと言ってないで教えてよ」

「いえ、僕もまだモヤモヤしてて……ただ、あの予言自体が何かのカモフラージュのような気がするんです」

「カモフラージュ……?」

グリオールは菓子を食べながら、かすかに眉を寄せた。

「グリオール。あの予言、最初に公表される前の原本を見ました?」

「ええっと……どうだったかしら。あれって“予言の書”に記されるのよね。係官達が騒いでたのは知ってるけど……そもそも別部署の担当でしょ?」

「ええ。すぐに内容を精査する為に予言監視課へ回されてしまいました。ただ僕は一度だけ、調査部の人たちが話しているのを聞いたんです。あの原本の内容は――」

その時、コンコンとノックの音がした。

「……失礼致します。グリオール様」

扉の向こうからレオンの声がする。

「なぁ~に? レオン。今まだ話し中……」

――――バァン!

勢いよく扉が開き、ライガが飛び込んできた。

「腹減ったぁぁあああっ!!」

「……ライガ!? ちょ……何してんですか! まだ話が終わってな」

「うるっせぇぇえ!! レオン兄ちゃんが言ってたんだぞ! 頃合いを見ろってな! 俺の腹減り具合いは今だ! だから飯食わせろぉぉおおおっ!!!」

限界を迎えた様子のライガを、レオンは困り顔で見ていた。

「あらあら、元気モリモリって感じじゃないの?」

グリオールがレオンを鋭く横目で見やる。その視線に、レオンは僅かに目を伏せた。

「そうだ、ノクス。お願いがあるの。明日までレオンを預かってくれない?」

「……え?」

突然の提案に、ノクスは報告書を机に置いた。
レオンも一瞬目を見開いたが、すぐに視線を逸らした。
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