イレギュラー・マリオネット -The Wild Guardian-

流右京

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第2章

第34話「勇者と冥王の呪い」

ノクスは驚愕の表情を浮かべ、石碑を見つめる。

「……は? 何言ってんだよ」

ライガも信じられないという顔だ。

「いや、でも……これは……」

ノクスが言葉を詰まらせる。

「ライガが……勇者?」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

一瞬、その場に静寂が走る。

「―――いや! それはない!!! ナイナイナイありえない!!」

開口一番、ノクスは首を激しく横に振った。

「……おいっ!!」

ライガは思わずツッコミを入れる。

「あははは!! 君みたいな野生児が勇者って! さすがにそれはあり得ませんよぉ~! どう考えても同名の別人ですね」

ノクスには微塵も信じられなかった。今までライガと接してきたからこそ、その勇者像とはあまりにもかけ離れていたからだ。

「お前、失礼な奴だな!! 俺だって、勇者くらいできらぁ!!」

「あのですね? 勇者はもっと品行方正な人間に決まってます! 同じ“ライガ”でも君は正反対!」

「んだとぉおっ!?」

「どちらかといえば、レオン君のような真面目で謙虚で男らしい人物にこそ相応しいです!」

ノクスの言葉を受け、グリオールがからかうようにレオンに声を掛けた。

「だぁ~ってさ。レオン、アンタが勇者に相応しいって♪ 良かったわねぇ?」

レオンは無表情のまま何も答えず、ただ視線を逸らした。

「あらぁ? お兄さんたち、その石碑に興味あるのかい?」

喧騒けんそうが気になったのか、通りすがりの女性が声をかけてきた。

「あ、ああ。すみません騒がしくして」

ノクスが丁寧に頭を下げると、女性は少し微笑んだ後、石碑を指さした。

「勇者様はね。この街で生まれて、今から200年程前に一人ヘルフレイルの冥王を討伐に行ったきり戻って来なかったんだってさ」

「んぁ? 勇者は何で冥王を討伐に行ったんだ?」

ライガが驚いた声を上げると、女性はまるで当然だと言わんばかりの顔で答えた。

「どうしてって……冥王だからだよ! 決まってんだろ?」

その言葉には疑問の余地もなく、完全に信じきった様子が見て取れる。

「冥王はその邪悪な力で、このテラアースへ呪いを振りまいてるって話だよ。全く、迷惑な奴だよねぇ~! 坊やもそう思うだろ?」

「……んん? なぁ、何で冥王はテラアースへ呪いを振りまいてるんだ? 冥王の役目って死んだ天人の魂をアルフレイルへ送り返すだけなんだろ?」

ライガが食い下がるように問いかけるが、女性はその言葉を鼻で笑うように聞き流した。

「坊や、おかしなこと言うんだねぇ? ほら、あそこ見てみなよ」

女性が指差した先、積み荷をぶちまけて呆然としている男性が見えた。荷車の横で頭を抱えている。

「あの男、前はしっかりしてたんだけどねぇ。きっと冥王に目を付けられて呪いを受けてるんだよ」

「……呪い?」

「“冥王の呪い”だよ、決まってんだろ? 冥王がヘルフレイルから邪悪な力を送って、わたしらを混乱させてるんだ」

女性の言葉には、村全体がその迷信を信じているような重みがあった。

「いや、だからさ! 何で冥王がそんなことしてんだって聞いてんだけど?」

ライガは苛立ちながら問い詰めるが、女性はその質問に至極当然のように答える。

「何でって、冥王だからだろ?」

「はぁ?? あのオッサンの積み荷をぶちまけるのが冥王の目的なのか?」

「そうだよ?」

「……何の為に?」

「何の為って……。冥王がこの世界に迷惑をかける為に決まってんだろ?」

女性の言葉に混乱しきったライガは、次第に声を荒げていく。

「~~~~っ!!! だからぁっ!!」

「ライガ、抑えなさい! すみません、この子はまだ常識があまりないので……」

ノクスが慌ててライガをなだめ、女性に深々と頭を下げた。しかし、女性はため息交じりに続ける。

「仕方ないさね。この前もうちの子、試験に落ちちゃってね? きっと冥王が呪いでうちの子の成績を落としたんだよ。全く、ロクでもないったら!」

「それは単純にあんたのガキの頭が悪……んががっ!?」

ライガが言葉を続けようとした瞬間、ノクスが慌ててその口を塞ぐ。

「ああ、なるほどぉ! そうですね。本当に冥王は迷惑ですね~。あっはっは!」

ノクスは女性に笑顔を見せつつ、急いでライガを引きずるようにその場を離れた。

◆◇◆◇

「おいっ! 何だよノクス。離せよっ!」

ライガが手を振り払おうとすると、ノクスはぐっと力を込めて彼の腕を引き止める。

「何言ってるんですかっ! あのままだと君、あの女性に飛び掛かりそうな勢いでしたよ?」

「だって! 何でもかんでも呪いだなんだって……。あの積み荷をぶちまけたのは、ただのオッサンの不注意だろ?」

ライガの声には苛立ちが滲んでいる。

「それは、そうですけど……っ」

「それに、あのオバサンの子供だって、試験と冥王がどう関係してんだよ!」

「そ、それは……。ええっと……っ」

「ふふっ、冥王は色んな人に迷惑かけてるのねぇ~? 凄いわねぇ。冥王の呪いって♪」

ベンチに腰掛けたグリオールが、こちらの様子を見ながら話しかけてきた。

「グリオール……。貴方まで乗っからないでくださ……」


―-ゾクリと、冷たい殺気を感じた。


視線の先に、グリオールの後ろに立つレオンの姿が目に入る。
女性を無表情で眺めている横顔は、一見するといつもの冷静そのものに見える。

……ただ、何となく。

目を細め、女性を睨んでいたような気がする。

グリオールも何かを察したのか、楽しげに口を開いた。

「ねぇ~え? ――レオン?」

突然、自分の名を呼ばれたレオンは、ぴくりと肩を震わせた。

「どうしたのぉ~? 冥王をバカにされたのがそんなに不服?」

レオンの拳がわずかに揺れた気がした。
思い詰めているようなその顔は、何かを隠しているようにも見える。

グリオールはそんな様子を面白がるように、口元をわずかに吊り上げた。

「……なんでも、ありません」

低い声が返ってくるが、普段よりわずかに硬い響きがある。

「クスクス♪ そうよねぇ~? 今のアンタはアタシの可愛いお人形。だから冥王をバカにされたって何も感じない。でしょ?」

挑発めいた声音に、レオンは大きく息を吸い込み、短く答えた。

「……はい。俺はただの、グリオール様の人形です」

レオンの返答は、まるで自分に言い聞かせているようにも聞こえる。

「本当、アンタは素直で良い子ねぇ~。気に入ってんのよ? そういうとこ」

グリオールは、そんなレオンの反応を嘲笑っているようだった。

(気のせいだろうか。レオン君、一瞬とても悔しそうな表情をしたような……?)

そんな二人の会話を、ノクスはただ黙って聞いていた。
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