イレギュラー・マリオネット -The Wild Guardian-

流右京

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第2章

第36話「塔」

「……あの、実はですね。貴方達が天人と思って声をおかけしたのには理由があるのです」

エルトは遠慮がちに話を切り出した。

「理由……ですか?」

ノクスが優しく促すと、エルトは目を伏せ、少し緊張した様子で続けた。

「最近、通常のモンスターに混じって、見たこともない怪物が度々目撃されているのです。しかも、その怪物を倒したハンター達が次々と謎の病に倒れているのです。なので、僕ら地上人には手が出せないのです」

「見たこともない怪物?」

ノクスが眉を寄せる。彼の隣では、グリオールが腕を組みながら首を傾げた。

「ふぅ~ん……? 臭うわねぇ。それ、いつ頃から?」

エルトは少し考え込み、記憶を辿るように答える。

「観測され始めたのは数年前からなのです。最初は突然変異種と思われたのですが、テラアースのどの原種とも特徴が違っているのです」

「特徴……というと?」

ノクスの問いに、エルトは真剣な表情で答えた。

「基本的に、テラアースのモンスターは物理的な攻撃で仕留めることが出来るのですが、その怪物はなぜか聖水でしか倒せないのです」

「え? 聖水で?」

その話を聞いて驚いた様子のノクスが、目を見開く。

「あれは本来、神事に使ったり、一部の呪いを解呪するだけの効能しかないはずですが……」

「そうなのです! だから不思議なのです! おかげで聖水がいつも品切れ状態で……」

エルトは話しながら、背負っていたカバンを開けた。中にはポーションや薬草、何種類もの調合材料が詰め込まれている。

「もちろん、こうしてポーションや薬草を調合すれば聖水を作ることは出来るのです。実は僕もいま材料を買いにきていたのです」

「おや、聖水を作れるんですか? それは凄いですね」

ノクスは感心した様子で彼を見つめる。エルトは少し恥ずかしそうに微笑んだ。

「実は僕、素材を“合成”したり薬を“調合”出来る≪錬金術師(アルケミスト)≫の適性(ジョブ)を持っているのです。将来は薬屋を開くのが夢で……と、そんなことより!」

エルトの表情が再び真剣なものに変わる。

「僕が気になっているのは、そもそも奴らは何なのか、なのです。通常の手段で倒せない敵となると可能性が高いのは……」

「異形……ですね」

ノクスの低い声に場の空気が張り詰めた。

「はい、なのです。天界の情報は少しですが地上世界にも入ってきますです。そして最近、天界を脅かす“異形”なる存在が現れているとの噂も」

「なるほど、既に異形は数年前からテラアースに居たと……」

ノクスは静かに呟き、考えを巡らせる。

「ふぅん? 天界に攻め込むだけの進化をしたか、誰かの手引きか……。まぁそこまでは分からないけど、少なくとも他の地上界よりは、テラアースに異形に関する情報がありそうねぇ」

いつもの軽い口調だったが、グリオールも真剣に事態を捉えている様子だ。

「エルト君。つかぬことを伺いますが、何か怪しい施設や建物はありませんか?」

ノクスの質問に、エルトは少し躊躇いながらも頷いた。

「……は、はいです! 実は、気になっている所があるのです。そこは“白い塔”と呼ばれているのです」

「白い塔……? ね~ぇ、ノクス。それってまさか……」

「ええ。十中八九、防衛結界の制御施設……ですね。何だか、きな臭くなってきました」

◆◇◆◇

エルトに案内されたのは、薄暗い森のさらに奥──木々の密度が増した場所だった。その先に忽然と姿を現したのは、数十メートルはあろうかという巨大な塔。

「ここなのです」

エルトが一歩前に出て、塔を指差す。

「この塔は大昔に天人が建てたとのことなので、地上人は立ち入り禁止になっているのです」

「間違いありません。ここが今回の僕らの目的地ですね」

ノクスは塔を見上げながら、真剣な表情を浮かべた。どうやら見覚えがあるらしく、じっくりと構造を観察する。そんな彼に、ライガが首をかしげながら問いかけた。

「なぁ、さっき“防衛結界の制御施設”って言ってたよな?」

「ええ、そうよ」

頷いたのはグリオールだった。

「この構造物自体が、結界を張る装置になってるの。でも……」

塔の外観を見上げたまま、グリオールは何か不自然さを感じ取ったように見えた。

「やけに手入れがおろそかねぇ? 外観はボロボロ。メンテナンスが行き届いてないわぁ」

「確かに……」

ノクスも難しい顔をする。

「放置されて数年が経過しているようですね。こういった防衛の要は、定期的に検査するのが通例なのですが……」

「ま、外見だけじゃ何とも言えないわねぇ」

グリオールがくるりと振り返る。

「中も見ておかない?」

「そうですね。塔に入って調査してみましょう」

ノクスが頷くと、ライガは目を輝かせた。

「おお! 何か探検みたいだな!」

だが、すぐさまノクスが釘を刺す。

「ライガ、探検ではなく調査です。危険だと分かったらすぐに撤収しますからね?」

「はいはい、分かってるって~」

◆◇◆◇

塔の正面へと歩みを進めると、扉は驚くほどあっけなく開いた。

鍵もなければ、封印もされていない。
一行が慎重に内部へと足を踏み入れると、ノクスはすぐに立ち止まり、眉をひそめた。

「……どうにも腑に落ちませんね。メンテナンスされていないのに、ここ最近使用された形跡があります。わずかに魂力の残滓が漂っている」

「確かに、中も妙に綺麗だな」

ライガが壁を軽く叩く。

「これ、最近手入れされてるみたいだ」

「気をつけましょう。この先、何があるか分かりません」

ノクスは声を低くし、周囲を見渡す。そして、振り返ってエルトに視線を向けた。

「エルトくん、君はここで──」

その言葉を遮るように、エルトが声を張った。

「で、でも……っ! 僕もお役に立ちたいです!」

小さな体を震わせながらも、前を向いている。その必死さがノクスにも伝わってきた。

「でもねぇ? エルトちゃんの≪錬金術師(アルケミスト)≫の適性(ジョブ)って、確か生成職で戦闘向きじゃないでしょ?」

グリオールもエルトを制止する。

「そうですね。主に薬や素材の合成が得意な分、攻撃には向かない適性(ジョブ)だったはずです。酷な言い方ですが、足手まといになってしまいます。それに天人として、これ以上は地上人を巻き込む訳にいきません。ご理解ください」

ノクスは丁寧に説明した。

エルトの肩が震える。

「でも……でも……っ」

その様子を見ていたグリオールが、レオンに声をかけた。

「まぁ、だからってこんなとこに一人で残すのも危ないし。……レオン、アンタこの子の護衛しなさい」

「……了解。エルト様、俺達は塔の外で待機しましょう」

レオンは冷静にそう告げる。エルトは戸惑いながらも、頷くしかなかった。

「ぼ、僕……やっぱり足手まとい……ですよね」

その小さな声に、ノクスは胸が少し痛んだ。

レオンは少し考えた後、エルトの肩に手を置いた。

「エルト様。貴方の適性ジョブは確かに戦闘には向いていない。でも、≪錬金術師(アルケミスト)≫としての能力は間違いなく地上界の役に立つ。誰が何と言おうと、それは否定できません」

エルトは驚いたようにレオンを見上げた。

「僕……役に立てますか?」

「はい。戦闘が全てではありません。今、この場にエルト様がおられる意味はきっとあります。だから、自分の力を信じてください」

その低く静かな声には、不思議と重みがあった。ノクスの耳にもその響きが心地よく伝わってくる。

「は、はいっ! わかりましたです!」

「……さすがレオン君ですね。説得と激励を同時にやってのけるとは」

ノクスは感心しながら彼の背中を見つめた。

「まぁねぇ~? 普段は抑えさせてるけど、カリスマ性っていうの? アイツには皆、従っちゃうみたいなのよねぇ」

終始呆れ顔だが、その声からは認めざるを得ないような響きが感じ取れた。

「まぁ、こういう面倒な交渉事には便利だけど」

「ええ……本当に……」

ノクスは小さく頷く。

「レオン君のあの包み込むような存在感……良いですよねぇ♪」

「だよなぁ~! レオン兄ちゃんの言うことなら、俺何でも聞くぞ!」

ノクスは頬を染め、ライガは尊敬に満ちた声で拳を握りしめ、目を輝かせている。
普段はあんなに喧嘩が絶えないのに、レオンの話題になると意気投合してしまう。

「ああ、そうだった。ここにも面倒くさい被害者が二人も居たんだったわ……」

恍惚な表情を浮かべていると、目を細めて大きな溜息を吐くグリオールの姿が目に映った。
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