イレギュラー・マリオネット -The Wild Guardian-

流右京

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第2章

第41話「サイドエピソード:緊急事態」

――その頃、塔の外。

エルトはレオンに誘導され、地上に降りて来ていた。

「お疲れ様、エルトちゃん。塔はアタシの結界で包んでおいたから、瘴気が漏れ出ることはないわ」

「は、はいなのです……。はふぅ……っ、緊張したのです……」

刹那、塔全体が金色に輝きだした。

「わぁ! 塔が光に包まれていく……。どうやら成功したようなのです! 凄いのです! 黒い霧がどんどん消えていくのです!」

黒ずんだ霧は、金色の光を受けて小さな粒子となって消えていった。やがて、しばらくすると輝きが収まり、塔全体から聞こえていた軋むような音も止まる。

「……やった! やったです……!」

エルトは深く息をつき、安堵の表情を浮かべた。その瞬間、柔らかな声が耳に届く。どこか包み込むような安心感を与える響きだった。

「エルト様。お疲れ様でした、お見事です」

見守ってくれていたレオンが労いの言葉をかけてくれる。その低く響く声と、賞賛の笑みに、エルトは思わず心臓が跳ねるような感覚を覚えた。

「あ、あの……レオンさん……。あ、ありが……」

言葉を紡ごうとした瞬間、腕を引かれ、ぐっと抱きしめられた。その力強い胸板に触れ、驚きと同時に、まるで吸い寄せられるような感覚が押し寄せる。

「……ひゃひっ!!??」

「……よく不安に耐えたな。怖かっただろ?」

落ち着いた声が耳元に響く。優しさと強さが混ざったその響きが、胸の奥に染み込んでくる。

「あの……レオンさんが……サ、サポートしてくれた、から……っ」

顔を赤らめながら言おうとするが、レオンはその言葉を遮るように、さらに強く抱きしめた。

「……俺がどうこうじゃない。エルト様が頑張られたおかげです」

囁くようでいて力強い声が、耳の奥にまで届く。

「この度のご活躍、本当にご立派でした」

「……は……はぅ…っ! でも、僕なんて……っ」

その言葉を最後まで言う前に、再び胸に引き寄せられ、顔が埋もれる。

「…………」

頭を撫でながら、そっと語りかけられる。

「辛かったよな? 怖くて苦しくて、どうしようもなくて、くじけそうだったんだよな?」

「……あ……うぁぁ……っ」

胸が詰まるような感覚とともに、目頭が熱くなる。

「……よく、頑張ったな」

「……っ!!? あひゅおぇええええ!?(K.O.)」

全身が熱くなり、心臓が跳ね上がる。
圧倒的な存在感に、完全に飲み込まれてしまった。

「……!? え、あの……っ、エルト様? しっかり……っ」

気が抜けたように脱力した体を、レオンが慌てて支える。

「アンタ、いい加減にしなさいよ……?」

その様子を見ていたグリオールが、呆れ顔でため息をつく。

◆◇◆◇

しばらくすると塔の扉が開き、ライガが何かを背負って出てきた。近づくにつれ、それがノクスだと分かる。ぐったりとした様子に、エルトは息をのんだ。

「……グリオール!!」

ライガの声が切羽詰まっているように聞こえる。グリオールは軽やかに応じた。

「あら、ライガちゃん。お疲れ様、浄化は成功したみたいねぇ?」

だが、ライガの表情は安堵からは程遠く、焦っているように見えた。

「ノクスが……、ノクスが起きねぇんだ!!」

◆◇◆◇

塔の外に運び出されたノクス。地面に横たわる顔は青白く、息も荒いように見える。グリオールが膝をついて様子を確認し、エルトもレオンと一緒に見守った。

「これは……かなりマズイ状態ね。まぁ、あれだけの濁った魂の瘴気にさらされたんだから当然だけど」

淡々とした声だが、その奥にわずかな重みを感じる。

「なぁ、何とか出来ねぇのか!?」

ライガの声が、焦りを隠せないまま響く。

「とにかく、これ以上動かさないで。急いで救護班を呼ばないと」

ノクスは苦しそうな表情で息絶え絶えに呼吸を繰り返している。

「けど! そんなの待ってたらノクスが死んじまうだろ!」

鋭い声が空気を裂く。グリオールは表情を変えず答えた。

「そんなこと言ってもねぇ……。せめて症状を緩和できれば……」

エルトは一歩踏み出した。

「あ、あのっ! ボクも何か出来ないでしょうか? ポーションとか、いろいろあるのですよ?」

慌ててカバンを開き、ポーションや素材を取り出す。しかし、グリオールは首を横に振った。

「気持ちはありがたいけど、こういった症状は聖水しか効かないんでしょ? アンタ持ってるの?」

「うぅ……。も、持ってないのです」

その声は自然と小さくなる。

「聖水……そうだ! お前、さっき聖水を作る為に街に買い物に来てたって言ってたよな? この材料で作れないのか?」

「そ、それは……っ。確かに材料は揃ってるのですが、聖水の“調合”はかなり高難度なのです。ボクは元々、失敗覚悟で購入していたのです」

さらに小声で付け加える。

「しかも、賢者の石をさっき使ってしまったのです」

「ああ、確か賢者の石は“調合”の成功率も上げてくれるアイテムだったわねぇ。それナシでやるとなると、失敗する可能性は高いわね」

「それともう一つ問題があるのです。“合成”と違って、聖水を作るには複数の素材を“調合”する必要があるのです」

「そして“調合”には錬金の窯を使うのですが……今すぐには用意できないのです」

ライガは拳を握りしめ、強く歯を食いしばっているように見えた。

「~~~~っっ!!!」

そんな中、レオンが静かに歩み寄り、グリオールに声を掛けた。

「グリオール様、宜しいでしょうか」

「……なぁに?」

「俺の血を、使わせてください」

思わぬ言葉に、エルトは息をのんだ。

「自分が何言ってるか分かってる? アンタのその血も、髪も、肉体の細胞一つまで、全てアタシの所有物なのよ?」

「……承知しています」

「しかもそれって、アイツ・・・の力を頼るってことよね? もしかしてアタシに喧嘩売ってる?」

「……いいえ。俺の全てはグリオール様の物です」

「ふぅん……? それでも?」

レオンが無言で頷くのが見えた。グリオールはため息を吐き、手を軽く振る。

「ふんっ。まぁ良いわ? 今回はノクスを助ける意味合いのほうが大きいし」

「……寛大なお心遣い、感謝します」

「そうねぇ? 今日は帰ったらアンタを全裸にして、尻から鉄串刺して、バーベキューしたいわねぇ~?」

「はい、帰ったらすぐにご用意します」

やり取りの意味は半分も分からなかったが、緊迫した空気だけは、エルトにもひしひしと伝わってきた。
ノクスの荒い息遣いは、まだ弱まる気配を見せていなかった。




「ライガ、少しどいてくれ」

レオンの低く冷静な声が塔の冷えた空気を震わせた。彼の視線は、ただノクスの顔をじっと見据えている。決意が宿るその目を前に、ライガは自然と身を引いた。

「レオン兄ちゃん……何する気だ?」

不安げな問いを背中越しに聞きながら、レオンはノクスの隣に膝をついた。そして足に装着していたナイフを静かに抜き、自分の手首に刃を当てた。

――スッ。

血の滴がナイフの切っ先から滲み出し、赤い線を描いて流れ落ちる。誰もが息を呑む中、その血をノクスの口元へと零した。

「うぅ……っ、んん……」

「あの、一体何を……?」

エルトは驚きの声を上げる。

「俺の血は……少し特別なんだ」

レオンは短く言うと、ふと立ち上がった。彼の立ち振る舞いには迷いの欠片もない。

「エルト様、貴方の≪錬金術師アルケミスト≫としての力をお借りしたい」

「えっ……!? ボ、ボクの力ですか?」

「聖水と同等の効能を持つ“合成薬コンポジット・エリクサー”は作れますか?」

「そ、それは……作ること自体は可能ですが……。効能が聖水に届くかは……」

エルトが言葉に詰まると、レオンは少しだけ口元を緩めて笑った。

「ならば試してみましょう。材料はすべて揃っています」

そう言うと、レオンはライガに視線を向けた。

「ライガ、お前にしか頼めない仕事がある」

「え……俺?」
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