イレギュラー・マリオネット -The Wild Guardian-

流右京

文字の大きさ
42 / 66
第2章

第42話「合成薬(コンポジット・エリクサー)」

(ああ……全身が痛い。これが死ぬ感覚なんだろうか……)

暗闇の中、ノクスの意識は途絶えかけていた。

ふと、遠い記憶の扉が静かに開いた。
まだ幼い頃のノクスは、広すぎる屋敷の中で、いつもひとり、誰にも構われることなく過ごしていた。

勉強ができれば褒められた。だからそれだけを繰り返した。でも、それ以外のものには、誰も目を向けてくれなかった――まるで、自分に価値なんてないかのように。

――静かな自分の部屋。

唯一、少年が心を許せたのは、自分の手で作った人形だけだった。

「……君は、ちゃんと僕のことを、見てくれるよね?」

本棚に寄りかけられた小さな人形に、彼は静かに語りかけていた。作って、話して、笑って、演じて。

それが“ひとり遊び”と呼ばれるものであると、理解している。
けれどそれでも、少年にとっては紛れもない救いだった。

人付き合いが苦手な彼にとって、人形だけが心を許せる「友達」だ。
しかし、どれだけ心を通わせようとしても、返ってくる言葉はなかった。そこには、温もりも、変化もなかった。

それは結局、本物ではなかったのだ。

――誰かと友達になりたい。
――誰かと笑い合いたい。
――誰かとおしゃべりしたい。

ずっと、届かないと知りながらも願い続けていた「誰か」。その姿が、ふいに脳裏に浮かぶ。

(……ライガ)

彼も人形には違いない。でも、ぶっきらぼうで、正直で、いつもぶつかってきてくれる。

人との距離感が分からなかった自分に、ためらいなく触れてくれた。

自分を偽らずにいられる、そんな相手が現れるなんて思いもしなかった。

(君は……僕をいつも見てくれる。純粋に、真っ直ぐに)

暗闇の中、ノクスの意識がかすかに明るい方へ引き戻されていく。

(ライガ……君に、会いたい)

彼の名を心の中で呼んだ瞬間、ノクスの指先がわずかに動いた。
同時に額から頬へ、何か温かいものが滴り落ちた。それはまるで、彼を包み込むように優しく、命を呼び覚ますような感触だった。

(……これは……何だろう? 温かい……。それに、体が、楽になっていく……?)

その温もりに導かれるように、ノクスの意識が、再び浮上していく――。

◆◇◆◇

「ふぃ――……!!」

「……っ!??」

ノクスが目を開けると、ライガの男の証から滴る黄金の液体が自分の顔にかかっている光景が飛び込んできた。

「おっ! ノクス、目ぇ覚めたのか!」

「ライガ……。あの、聞きたくないですが何をしているのですかね?」

「何って? ションベンだよ」

「――~~~~っっ!!?」

「あっ、あのあのっ! 僕から説明するのですよ!」

ライガを庇うようにエルトは慌てて説明をする。

◆◇◆◇

――それは数分前の出来事だった。

「……聖水の代替品を作る!?」

ライガはレオンの提案に驚愕した。

「そうだ。今から救援を呼んでも間に合わない。だからここで聖水の代替品を作る。エルト様が“合成薬コンポジット・エリクサー”を作れる技術があるなら、ここにある材料で聖水の効能に近い薬も作れるはずだ」

「でも、材料を加工するのには錬金の窯ってのがいるんだろ?」

レオンはライガを真っ直ぐ見据えた。そして、指をライガの腹に向けて言う。

「窯ならここにある」

「えっ……!?」

「ライガ、お前の体を……窯の代わりに使うんだ」

――その突拍子も無い提案に、場の全員が凍り付いた。

「はぁああ!? 俺を錬金の窯に!? 冗談じゃねぇ!」

「お前しかいないんだ。ノクス様を助けたいならやるしかない」

「う……っ。でも……どうやって!?」

「簡単だ。材料をそのまま飲み込め。その後、エルト様に体内の成分を変化させてもらい合成薬を作り出す」

その突飛な提案に、エルトが慌てて訂正する。

「ままま待ってくださいです! あのっ、人間の合成は禁じられてて……」

「問題ありません。ライガは厳密には人間ではなく受肉人形ですから。そして……」

「ライガ、お前はどうする? このまま主人と共に消滅するか、それとも……」

「お、俺……、は……っ」

「本当なら……俺が代わってやりたい。だが、こればかりはお前にしか出来ないんだ」

◆◇◆◇

「……とまあ、そんな感じで見事俺の中で“聖水っぽい”効能のションベンができたってわけだ! へへっ!」

ライガが自信満々に笑う。しかし、ノクスの表情は引きつっている。

「なるほど。それで僕の顔面に、直接……?」

「おう! お前みたいなアホでも死んだら俺も困るからな! 仕方ねぇ!」

「ほほう……。仕方ない、ですか……」

「ちょ……っ、ライ、ライガ……くん? あの、後ろ……っ」

ケラケラ笑うライガの後ろで、今にもブチ切れそうな顔でリンク人形を構えるノクスを見て声が上ずっている。

「そうですかそうですか。仕方なく……うふふふ……ふふふ……」

ノクスの額には青筋が浮かんでいる。そして、リンク人形を構えると両足を持って、宙に浮かせた。

「うぉ……っ!? な、何だ!?」

ライガは、宙で逆さまになったかと思えば足が大きく開脚し始める。
ノクスはそのままリンク人形の両足を持って、左右に引っ張った。

「こんの……っ、バカ人形がぁぁぁああっ!!!!」

「いっでぇぇぇえええ!?? てんめぇ! 何しやがる!!」

「やかましいわぁああっ!! 主人の顔に小便ぶっかけた罰です!」

「いでぇ! 足! 足もげるぅ!!! やめろぉ!!」

「はわわわっ!! ライガくん~!?」

エルトが慌てて止めに入るも、ノクスの怒りは収まらなかった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。