イレギュラー・マリオネット -The Wild Guardian-

流右京

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第2章

第44話「抱っこさせてやるよ」

「ふぅ……。何とか体の痺れも無くなったようだ」

すっかり夜も更けたその夜。
ノクスは自分のベッドで上半身だけを起こし、自分の体調を確認していた。

あれからエルトと別れた一行はアルフレイルに帰還し、報告はグリオールに任せてノクスは病院に診察へ行った。

ライガの小便……もといエルトが作った“合成薬コンポジット・エリクサー”は思いのほかよく効いたらしく、手足に若干の痺れが残る程度で、それも時間を置くと感覚も戻ってきた。

「ただ、今日一日は安静を言い渡されたのは誤算だったなぁ……。今日の段取りが……うぅ……」

ノクスにとっては、自分の体調よりも今日片付けようと思っていた書類整理に取り掛かれなかったことのほうが気になる。

……と、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。

「……おや、ライガですか? どうぞ、入って良いですよ?」

すると、静かに扉が開く。
そこには今までとは違って不安げなライガの姿があった。

「…………」

「ライガ、どうしたんです? そんなところに立っていないで入りなさい」

「……うん」

ライガは、出来るだけ物音を立てないよう気を付けながら部屋に入る。それは、先日のようなけたたましくドアを蹴破っていた頃とはまるで違っていた。

そのままノクスのベッドに腰かけると、ライガはノクスの顔をジッと見つめた。

「…………」

「ええっと、どうしました? あ、今日は一人でお風呂に入れましたか?」

「……うん」

「えっと、あの。お腹空いてないですか? 棚にお菓子が入って……」

「……食った」

「…………」

(な、何だろう……? こんなに大人しいライガ、初めてだなぁ……)

「…………」

「ええっと……。ライガ? 何かありました? もしかして、怒ってます??」

すると、ライガは意を決したようにノクスの足元の掛け布団をめくると、そのまま潜り込んだ。

「えっ!? ちょ……ライガ??」

そして、そのまま下半身を伝ってヒョコッと布団の隙間から顔を出す。

「……何だよ。俺のこと抱っこして寝たかったんだろ?」

(え……っ? ……ええぇぇえぇえええっ!?)

「どどどど……どうしたんです? ここ、こんなに甘えてくるなんて…っ」

「……別に、そんなんじゃねぇよ」

見ると、ライガは少し震えているようだった。

「……ライガ?」

「……死ぬかと、思った」

ライガはポツリと言葉を吐く。

「お前、すげぇ息荒くなって、どんどん冷たくなっていって……」

「やっぱ、俺のせい……だよな。あの時、俺が余計なことしたから機械が暴走して、ドロドロ一杯出てきて……」

(ライガ……。もしかして、反省している……?)

ライガは、顔を見られるのが恥ずかしいのかうつぶせたまま、グッとノクスの服を握った。

「……俺、どうしたら良いか分かんなくなった。お前が、居なくなっちまうんじゃねぇかって、怖くなった」

「ライガ……」

ノクスは、ライガの気持ちを察したのか、そっと頭を撫でる。

「……ごめん、余計なことして」

「いいえ? 良いんですよ。それに、僕は今こうして君の前に居るでしょう?」

「……うん」

ライガの小さな肩はまだ震えていたが、ノクスの手の温もりを感じながら、少しずつ落ち着いてきているようだった。

そんな中、ライガはちらりとノクスの顔を見上げる。
いつもとは違う、どこか真剣で、けれど揺れるような不安を抱えた瞳だった。

「……あの、さ」

「ん? どうしました?」

ノクスの穏やかな声に促されるように、ライガは何かを決意したようにぐっと唇を噛む。

手がそっとノクスの服の襟を掴むと、一気に顔を近づけてきた。

「えっ……!?」

驚く間もなく、ライガの唇に軽く触れた。
だが、触れたと思った瞬間にすぐに離れる。けれどその短い一瞬は、ノクスにとって永遠に感じられるほど鮮烈だった。

「……っ!」

ライガの顔は一瞬で真っ赤になっていた。

「わ、わりぃ! やっぱ何もしてねぇから!」

するとライガはすぐにノクスから離れ、布団を引っ張り上げて頭を隠してしまった。
ノクスはその場で目をぱちぱちさせながらフリーズしていた。

「……え、え? ライガ、い、今のって……えぇぇぇ!?」

すると、布団の中から震える声が聞こえてくる。

「……さ、さっきのは忘れろ!!」

「え、ええええ!? そんなこと言われても忘れられるわけないですよ! 初めて……初めて君が……! うぅぅ、嬉しい……!」

ノクスは両手で顔を覆い、感激のあまり涙ぐみそうになりながらも、困惑している様子だった。

一方、布団の中のライガは真っ赤になりながら、布団をさらにギュッと握りしめる。

「だから! そ、そんなこと言うなっての! 忘れろ!!」

ライガは布団の中でさらに小さく丸まり、声を震わせながら叫ぶ。

その隠れた表情はきっと、悔しいほど恥ずかしさと安堵が入り混じっているのかもしれない。

ノクスはそんなライガの反応に、改めて優しい微笑みを浮かべる。

「君がそんなに恥ずかしがるほど、僕のことを思ってくれてたんですね……ふふ、僕、本当に幸せ者です」

「だぁぁっ!! だから言うなって言ってんだろ!!!」

布団の中からのライガの怒声に、ノクスは思わず吹き出しそうになるが、ぐっと堪えながら、ライガの頭にそっと手を置いて撫でた。

「……ライガ、可愛いですね」

「……か、可愛くねぇし!!」

布団の中から声を荒げながらも、ライガは恥ずかしさのあまり、ますます布団の奥深くへと顔を埋める。

ノクスは、そんなライガを見つめながらふと思いついたように微笑み、わざと少し意地悪そうな声を出す。

「じゃあ……さっきのことも含めて、ライガを抱っこして寝て良いですよね?」

「……え?」

「……ほら、ここに来てください?」

ノクスは自分の胸を軽くトントンと叩きながら、ライガを促す。

「……っ、う……っ」

ライガの声が詰まり、布団の中で小さくもぞもぞと動く気配が伝わってくる。

「ほら、布団の中じゃ息が苦しくなるでしょう? 出てきたらどうですか?」

ノクスの優しい声に誘われるように、ライガはゆっくりと布団から顔を覗かせた。その顔はさっきよりさらに赤く染まっている。

「……し、仕方ねぇな。お前がどうしてもって言うなら、抱っこさせてやるよ」

そう言いながら、ライガは照れ隠しなのかそっぽを向いたままノクスの胸にゴロンと身を預ける。

「ええ。ライガを抱っこしたいです! ど~しても!」

ノクスはライガを抱き寄せ、その小さな身体を優しく包み込むように腕を回した。

「……あ、あんまり強く抱くなよ? 苦しいからな!」

「……ええ、分かってます」

ノクスの柔らかい声が耳元に響くたび、ライガはくすぐったさと居心地の良さに困惑しながらも、少しずつ力を抜いていく。

「……ノクス」

「はい?」

「……ありがと」

ライガはそれ以上何も言わなかったが、目を閉じるとほんのりと微笑んでいるように見えた。

「……ふふっ♪」

その小さな声に、ノクスは静かに微笑む。

そして二人は、月明かりが照らす部屋でお互いを確かめ合うように抱き合って眠りに落ちたのだった。
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