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第3章
第45話「東聖堂へ」
「へぇ~…? そんなことがねぇ…?」
様子を見に訪ねてきたグリオールは、昨夜の出来事をノクスから聞かされていた。
「ええ! それが、もう本当に可愛くてですね!」
ノクスは目を輝かせながら話し始める。
「知ってます? ライガって、見た目はワイルドに見えるじゃないですか? でも実際は髪ふわっふわで、触るとまるで高級な絹糸のようなんです! 月明かりが反射して輝いてて……もう、綺麗ったらないんですよ!」
「……ふーん、あっそう」
「それだけじゃありません! ライガの身体って、がっしりしてるけど、肌はもちもちしてて、しかもほんのり甘い香りがするんです! なんて言うんでしょう……焼きたてのパンみたいな? 抱っこした瞬間に、あまりの良い匂いに意識飛びそうでしたよ!」
「……ふぅん? 体臭が出てきたってことはノクスの魂力が馴染んできてるって証拠ねぇ」
「ええ! それに抱きついてきた時のあの力強さ、それなのに無意識に甘えてくる仕草が本当にたまらなくて! ちょっと動くたびに筋肉が引き締まるのが分かるんですけど、それがまたいいんですよね~! こんな少年らしい可愛さと男性的な魅力を兼ね備えた子、他にいませんって!」
「……わーったわよぉ! アンタのノロケ話を聞いてたら、折角の淹れたてのお茶が冷めちゃうわ?」
グリオールは顔を手で覆い、大げさにため息をつく。
「あ、すみません。つい話が止まらなくて……。でも、本当にライガって特別ですよね」
「はぁ……。まぁ、確かにライガちゃんは特別かもねぇ? でもあんまりその熱量を他の人にも撒き散らさないでよねぇ? 聞く方も疲れるんだから」
「それはできませんね。こういうのは共有してこそじゃないですか!」
「はーいはい。ほら、どうぞ。このお茶でも飲んで一旦落ち着きなさいな」
グリオールが差し出した紅茶を受け取ったノクスは、それを一口飲んでホッとした表情を浮かべた。
そして、ほんのり甘い香りが漂うその味に、再びライガのことを思い出しそうになり、思わず微笑む。
「で、当の本人はあっちでグッタリしてるんだけどぉ?」
「はぁ~……」
グリオールの目線の先に視線を向けると、ライガが疲れた様子で机に突っ伏していた。
「……ライガ、どうした?」
「聞いてくれよレオン兄ちゃん。あのアホ、マジありえねーんだよ! 朝方まで、ずっとスリスリベタベタ……。体中、あちこち触られて揉まれて撫でられて舐められて吸われて……。マジキツイ」
「……そ、そうか」
「んぁ? レオン兄ちゃん。何か体中火傷の痕が残ってるぞ?」
「ああ。これは……一晩中、肉体(からだ)を焼いていたからな」
「え? 焼い……?? えっと、大丈夫なのか?」
「問題ない。少し回復が遅れているだけだ。ここに来る直前に魂力は注いで頂いたから、そのうち痕も無くなる。しかし、確かにもっと香ばしくジューシーに焼き上がっていたら、グリオール様にご満足頂けたかもしれない。料理は得意なほうだと自負していたが、鉄串で貫かれながら自分の肉体を調理するのは骨が折れるな。味付けの途中で何回か意識が飛んでしまった……不甲斐ないばかりだ」
そう言いながら、まだ若干焼け跡の残る腕を見て少し悔しそうに語っている。
ときどき冗談なのか本気なのかよく分からないレオンの発言にドン引き気味のライガ。
聞き耳を立てていたノクスも、どう受け取っていいものかと思った。
◆◇◆◇
「……おや?」
紅茶を飲んでいたノクスは、耳に届いた小さな術の反応に気付いた。
「……あら、どうしたのぉ?」
「ああ、いま僕に≪伝通の術≫で連絡が……。これは、東聖堂からの専用通信?」
ノクスはカップをテーブルに置くと、片手で耳を塞ぐ。
「はい、こちら政務官のノクス・イスターンです。何かありました?」
耳元の術式に向けて言葉を送る。
「……ええ、はい。え? 直接……ですか? 分かりました、では後で東聖堂へ伺います。……通信終了」
「ノクス、何かあった?」
「ええ。リアナ様が塔の事件について、直接お話を聞きたいとのことです」
「リアナ様が? 随分ご熱心ねぇ?」
「まぁ、先の件もありましたし。お気にされているのでしょうね。一息ついたら出掛けようと思いますが、グリオールはどうしますか?」
「悪いんだけど、アタシは用事あるからパス。ただ、気にはなるからレオンに付いて行かせるわ」
グリオールはカップを置くと、レオンに向かって声をかけた。
「……レオン。ノクス達に付いて行ってくれる? 後で報告宜しくぅ~」
「……了解」
「じゃあ、しばらくレオン兄ちゃんと一緒に居られるんだな! やった!」
先ほどまで疲れ切った様子のライガだったが、パッと明るく笑顔になる。
「こら、ライガ! レオン君はあくまでグリオールの代行ですからね! 人前で調子に乗って甘えないように!」
「いえ、問題ありませんノクス様。ライガの面倒は俺にお任せください」
「さて、紅茶も飲み終わったしアタシはそろそろお暇するわ? それじゃ、レオンのこと宜しくね?」
「ええ、分かりました。ご心配なく」
「ふふっ♪ アタシね、アンタ達のことは認めてるの。だから心配なんてしてないわ♪」
そして、グリオールは去り際にレオンの肩をポンと叩き、ノクスにも聞こえる声で言った。
「……ライガちゃんのこと、しっかり面倒見てあげなさいな」
「……はい」
◆◇◆◇
―――ノクスは、ライガとレオンを連れて東聖堂の玄関前に立った。
「ここって、前に来た所と違うな」
ライガが周囲を見回す。ノクスは落ち着いた声で答えた。
「ここは東聖堂。リアナ様がご担当されている聖堂なんですよ。東西南北にそれぞれ聖堂があって、催事や会議の際に聖女達が中央大聖堂に集まる決まりです。前回はたまたまリアナ様が中央大聖堂で雑務をされていたので、そこで報告したのですよ」
「ふ~ん? じゃあここがリアナの家なのか」
「リアナ様です! 様を付けなさい!」
ノクスが指摘したその時、聖堂の扉が低く唸るような音を立てて開いた。
扉の影から静かに、リアナが姿を現す。
「……皆さん、お待ちしていました。どうぞ、中へ」
その穏やかな声に促され、一行は聖堂の中へと足を踏み入れた。
◆◇◆◇
東聖堂は中央大聖堂ほどの豪華さはないが、厳かで神聖な雰囲気を漂わせている。
光が差し込む廊下は清掃が行き届き、床はまるで鏡のように輝いていた。
足音が心地よく響く中、リアナは一行を応接室へと案内した。
部屋に入ると、磨き上げられたテーブルの上に紅茶が置かれ、湯気とともに香りが広がっていく。
ノクスはカップに手を伸ばすことなく、慎重に言葉を選びながら塔での出来事を報告した。
「……そうですか。塔の中に旧時代の転移ゲートが……」
リアナは眉を寄せ、思案するようにカップを口元へ運ぶ。香りの向こうで、その視線は遠くを見つめていた。
「はい。ですがこれで、あの時レオン君が転移ゲートを使用できなかった謎が解明しました。違う世代とはいえ、転移ゲートが繋ぐ位相空間は同じチャンネルを使用していますから」
「確かに、保安上の観点から現行の転移ゲートは同時に同じチャンネルで繋がらないようロックをかけています。あの時、既に旧設備の転移ゲートが起動していたのですね」
ノクスは静かにうなずく。
「僕たちはてっきり、空間が捻じ曲がっていたものと思い込んでいました。だから、別の装置による空間同時接続エラーの可能性を無意識に排除していたのかもしれません」
リアナはカップをそっとソーサーに戻し、視線を鋭くする。
「テラアース含め、4つの地上界には他にも防衛結界の制御塔がいくつもあると聞いています。もしかして……?」
「可能性は捨てきれません。なので、旧世代の装置が適切に処分されているか調べ直す必要があります。ただ、4つの地上界全てを調査するとなると大掛かりです。まずは資料を調べさせて頂けますか?」
小さくため息をついたリアナは、やがて静かにうなずき、視線を上げた。
「……分かりました。では、私の権限で資料室への立ち入りを許可しましょう。幸い、東聖堂はアルフレイルの歴史の記録や資料の管理運営が主ですから、もしかしたら資料室に部品や機材の管理簿が残っているかもしれません。ノクス政務官、お願いできますか?」
「承知いたしました。では、レオン君。一緒に来て頂けますか?」
「……了解」
「んぁ? おい、俺は? 俺は?」
ライガの声が上ずった。だがノクスはきっぱり告げた。
「自分の部屋の掃除すらまともにできない子は、ここで大人しくしてなさい!」
「何でだよ!」
「ふふっ、ではライガ君。しばらく私とお留守番しましょうか」
リアナが優しく微笑むと、ライガは不満げにそっぽを向いた。
「……けっ! 早く行って来いよ、バーカ!」
ノクスのため息と共に、バタンと扉が閉まる音が室内に響いた。
様子を見に訪ねてきたグリオールは、昨夜の出来事をノクスから聞かされていた。
「ええ! それが、もう本当に可愛くてですね!」
ノクスは目を輝かせながら話し始める。
「知ってます? ライガって、見た目はワイルドに見えるじゃないですか? でも実際は髪ふわっふわで、触るとまるで高級な絹糸のようなんです! 月明かりが反射して輝いてて……もう、綺麗ったらないんですよ!」
「……ふーん、あっそう」
「それだけじゃありません! ライガの身体って、がっしりしてるけど、肌はもちもちしてて、しかもほんのり甘い香りがするんです! なんて言うんでしょう……焼きたてのパンみたいな? 抱っこした瞬間に、あまりの良い匂いに意識飛びそうでしたよ!」
「……ふぅん? 体臭が出てきたってことはノクスの魂力が馴染んできてるって証拠ねぇ」
「ええ! それに抱きついてきた時のあの力強さ、それなのに無意識に甘えてくる仕草が本当にたまらなくて! ちょっと動くたびに筋肉が引き締まるのが分かるんですけど、それがまたいいんですよね~! こんな少年らしい可愛さと男性的な魅力を兼ね備えた子、他にいませんって!」
「……わーったわよぉ! アンタのノロケ話を聞いてたら、折角の淹れたてのお茶が冷めちゃうわ?」
グリオールは顔を手で覆い、大げさにため息をつく。
「あ、すみません。つい話が止まらなくて……。でも、本当にライガって特別ですよね」
「はぁ……。まぁ、確かにライガちゃんは特別かもねぇ? でもあんまりその熱量を他の人にも撒き散らさないでよねぇ? 聞く方も疲れるんだから」
「それはできませんね。こういうのは共有してこそじゃないですか!」
「はーいはい。ほら、どうぞ。このお茶でも飲んで一旦落ち着きなさいな」
グリオールが差し出した紅茶を受け取ったノクスは、それを一口飲んでホッとした表情を浮かべた。
そして、ほんのり甘い香りが漂うその味に、再びライガのことを思い出しそうになり、思わず微笑む。
「で、当の本人はあっちでグッタリしてるんだけどぉ?」
「はぁ~……」
グリオールの目線の先に視線を向けると、ライガが疲れた様子で机に突っ伏していた。
「……ライガ、どうした?」
「聞いてくれよレオン兄ちゃん。あのアホ、マジありえねーんだよ! 朝方まで、ずっとスリスリベタベタ……。体中、あちこち触られて揉まれて撫でられて舐められて吸われて……。マジキツイ」
「……そ、そうか」
「んぁ? レオン兄ちゃん。何か体中火傷の痕が残ってるぞ?」
「ああ。これは……一晩中、肉体(からだ)を焼いていたからな」
「え? 焼い……?? えっと、大丈夫なのか?」
「問題ない。少し回復が遅れているだけだ。ここに来る直前に魂力は注いで頂いたから、そのうち痕も無くなる。しかし、確かにもっと香ばしくジューシーに焼き上がっていたら、グリオール様にご満足頂けたかもしれない。料理は得意なほうだと自負していたが、鉄串で貫かれながら自分の肉体を調理するのは骨が折れるな。味付けの途中で何回か意識が飛んでしまった……不甲斐ないばかりだ」
そう言いながら、まだ若干焼け跡の残る腕を見て少し悔しそうに語っている。
ときどき冗談なのか本気なのかよく分からないレオンの発言にドン引き気味のライガ。
聞き耳を立てていたノクスも、どう受け取っていいものかと思った。
◆◇◆◇
「……おや?」
紅茶を飲んでいたノクスは、耳に届いた小さな術の反応に気付いた。
「……あら、どうしたのぉ?」
「ああ、いま僕に≪伝通の術≫で連絡が……。これは、東聖堂からの専用通信?」
ノクスはカップをテーブルに置くと、片手で耳を塞ぐ。
「はい、こちら政務官のノクス・イスターンです。何かありました?」
耳元の術式に向けて言葉を送る。
「……ええ、はい。え? 直接……ですか? 分かりました、では後で東聖堂へ伺います。……通信終了」
「ノクス、何かあった?」
「ええ。リアナ様が塔の事件について、直接お話を聞きたいとのことです」
「リアナ様が? 随分ご熱心ねぇ?」
「まぁ、先の件もありましたし。お気にされているのでしょうね。一息ついたら出掛けようと思いますが、グリオールはどうしますか?」
「悪いんだけど、アタシは用事あるからパス。ただ、気にはなるからレオンに付いて行かせるわ」
グリオールはカップを置くと、レオンに向かって声をかけた。
「……レオン。ノクス達に付いて行ってくれる? 後で報告宜しくぅ~」
「……了解」
「じゃあ、しばらくレオン兄ちゃんと一緒に居られるんだな! やった!」
先ほどまで疲れ切った様子のライガだったが、パッと明るく笑顔になる。
「こら、ライガ! レオン君はあくまでグリオールの代行ですからね! 人前で調子に乗って甘えないように!」
「いえ、問題ありませんノクス様。ライガの面倒は俺にお任せください」
「さて、紅茶も飲み終わったしアタシはそろそろお暇するわ? それじゃ、レオンのこと宜しくね?」
「ええ、分かりました。ご心配なく」
「ふふっ♪ アタシね、アンタ達のことは認めてるの。だから心配なんてしてないわ♪」
そして、グリオールは去り際にレオンの肩をポンと叩き、ノクスにも聞こえる声で言った。
「……ライガちゃんのこと、しっかり面倒見てあげなさいな」
「……はい」
◆◇◆◇
―――ノクスは、ライガとレオンを連れて東聖堂の玄関前に立った。
「ここって、前に来た所と違うな」
ライガが周囲を見回す。ノクスは落ち着いた声で答えた。
「ここは東聖堂。リアナ様がご担当されている聖堂なんですよ。東西南北にそれぞれ聖堂があって、催事や会議の際に聖女達が中央大聖堂に集まる決まりです。前回はたまたまリアナ様が中央大聖堂で雑務をされていたので、そこで報告したのですよ」
「ふ~ん? じゃあここがリアナの家なのか」
「リアナ様です! 様を付けなさい!」
ノクスが指摘したその時、聖堂の扉が低く唸るような音を立てて開いた。
扉の影から静かに、リアナが姿を現す。
「……皆さん、お待ちしていました。どうぞ、中へ」
その穏やかな声に促され、一行は聖堂の中へと足を踏み入れた。
◆◇◆◇
東聖堂は中央大聖堂ほどの豪華さはないが、厳かで神聖な雰囲気を漂わせている。
光が差し込む廊下は清掃が行き届き、床はまるで鏡のように輝いていた。
足音が心地よく響く中、リアナは一行を応接室へと案内した。
部屋に入ると、磨き上げられたテーブルの上に紅茶が置かれ、湯気とともに香りが広がっていく。
ノクスはカップに手を伸ばすことなく、慎重に言葉を選びながら塔での出来事を報告した。
「……そうですか。塔の中に旧時代の転移ゲートが……」
リアナは眉を寄せ、思案するようにカップを口元へ運ぶ。香りの向こうで、その視線は遠くを見つめていた。
「はい。ですがこれで、あの時レオン君が転移ゲートを使用できなかった謎が解明しました。違う世代とはいえ、転移ゲートが繋ぐ位相空間は同じチャンネルを使用していますから」
「確かに、保安上の観点から現行の転移ゲートは同時に同じチャンネルで繋がらないようロックをかけています。あの時、既に旧設備の転移ゲートが起動していたのですね」
ノクスは静かにうなずく。
「僕たちはてっきり、空間が捻じ曲がっていたものと思い込んでいました。だから、別の装置による空間同時接続エラーの可能性を無意識に排除していたのかもしれません」
リアナはカップをそっとソーサーに戻し、視線を鋭くする。
「テラアース含め、4つの地上界には他にも防衛結界の制御塔がいくつもあると聞いています。もしかして……?」
「可能性は捨てきれません。なので、旧世代の装置が適切に処分されているか調べ直す必要があります。ただ、4つの地上界全てを調査するとなると大掛かりです。まずは資料を調べさせて頂けますか?」
小さくため息をついたリアナは、やがて静かにうなずき、視線を上げた。
「……分かりました。では、私の権限で資料室への立ち入りを許可しましょう。幸い、東聖堂はアルフレイルの歴史の記録や資料の管理運営が主ですから、もしかしたら資料室に部品や機材の管理簿が残っているかもしれません。ノクス政務官、お願いできますか?」
「承知いたしました。では、レオン君。一緒に来て頂けますか?」
「……了解」
「んぁ? おい、俺は? 俺は?」
ライガの声が上ずった。だがノクスはきっぱり告げた。
「自分の部屋の掃除すらまともにできない子は、ここで大人しくしてなさい!」
「何でだよ!」
「ふふっ、ではライガ君。しばらく私とお留守番しましょうか」
リアナが優しく微笑むと、ライガは不満げにそっぽを向いた。
「……けっ! 早く行って来いよ、バーカ!」
ノクスのため息と共に、バタンと扉が閉まる音が室内に響いた。
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