イレギュラー・マリオネット -The Wild Guardian-

流右京

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第3章

第49話「予言の書」

「――あの。空間の閉鎖は出来なくとも、浄化装置をフル稼働させて、異形に変異する魂の数を減らせないでしょうか?」

リアナの声には焦りと希望が入り混じっていた。

沈黙の中、ノクスは視線を落とし、机上の資料を指でなぞりながら、しばし頭の中でいくつもの数式と工程が交錯する。
やがて、ゆっくりと顔を上げた。

「……いえ。たとえ今から浄化装置を全出力で稼働させても、安置空間にある地上人の魂をすべて浄化しきるには数十年は掛かります。そもそも、空間から魂が漏れ出ることを想定していなかった――それが、当時の設計ミスです」

ふと、リアナの視線がライガへと流れたのが見えた。
頬がうっすらと赤らんでいるように見える。

「で、でも……こういう時のために守護者がいるんですよね! ライガ君は、とっても頼もしいです!」

リアナはやや弾んだ声でそう言った。

ノクスは一拍置いてから答える。

「守護者……ですか。そういえば、この事態、予言の書で警告されていましたね」

「ええ、半年前に。“来るべき日に備えよ”と」

「書? それって、絵本か? 面白いのか?」

またライガが、興味津々そうな様子で割り込んできた。

「こら、ライガ……っ!」

「ふふ、ライガ君も興味があるのですね。中央大聖堂の予言の間に安置されている“予言の書”。未来に起こる出来事が、稀にそこに記されるのです。“神”と呼ばれる存在がまだ居た時代の遺産だと伝えられています」

「へぇ~! で、何て書いてあったんだ?」

ライガはますます興味を示しているようで、身を乗り出した。

「……たしか」

リアナは記憶をたどるように天井を見上げ、静かに言葉を紡ぐ。

『六つの月が過ぎし時、異界よりの軍勢が世界を脅かすだろう。時が来る、そしてそれは、逃れることのできぬ試練となるであろう』

「……ですね」

「……なんか、すっげぇ、ど直球だな」

ライガが率直そうな感想をもらすと、リアナも小さく笑った。

「ええ、確かに。しかしこの内容が記された直後くらいから、異形が現れ始めたのです。なので私たちは、これをアルフレイルが異形に襲われる予言だと解釈しました」

「予言……」

その内容を聞いたノクスは、どこか訝しげな表情になっている自分に気づく。

「……? ノクスさん、どうされました?」

「以前、この予言の一部を耳にしたことがあるのですが……今聞いた内容と、微妙に違っている気がして」

そう言いながらも、額にじわりと汗が滲むのを感じた。

その時だった。ライガがぽん、と手を打つ。

「あれ? それってつまり、異形が現れた後に“あ、これのことか”ってなったんだよな?」

「え、ええ……。そうです」

「じゃあそれ、予言っていうより――“答え合わせ”じゃね?」

「答え合わせ……?」

リアナが小首を傾げる。

「でも、予言どおり異形が現れたんですよ? 別に変なところは……」

「でもさ、異形が出るなんて、どこにも書いてねーじゃん!」

ライガは当然といった口調で言い放った。

「そ、それは……まぁ、確かに……」

その時――ノクスはハッとした。
ライガの一言に、引っかかる感覚が強まったのだ。

「……いや、待てよ? もし、予言の内容が――改変されていたとしたら?」

「ノクスさん、どういう意味ですか?」

「リアナ様、予言の書の内容は……変わることがあるのですか?」

「え? いえ、そんな話は聞いたことがありません」

「――では、≪真実の術トゥルーアーツ≫を、予言の書に掛けてもよろしいでしょうか?」

リアナが驚いたような顔でノクスを見た。

「≪真実の術トゥルーアーツ≫……? 偽装された文書の解読に使う術ですよね? 別に構いませんが……」

数分後、術を使った係官が、結果を手に戻ってきた。
その表情からは、明らかな動揺がうかがえた。

「こ、これは……!」

読み上げられた予言の内容――それは、こうだった。

『六つの月が過ぎし時、異界よりの軍勢が世界を脅かすだろう。今は静けさの中に隠された警告。初めは共に歩みし者、その足音は一つに響くかに見えしも、時の流れと共に瞳に宿る光は次第に歪み、影へと変わりゆく。彼らの胸奥に眠る火は次第に燃え上がり、刃となりて、我らに迫り来るであろう』

「……っ!」

リアナが息を呑んだように見えた。
後半部分が、確かに先ほどの説明とは異なっている。

「リアナ様。どうやら予言書の内容は何者かによって意図的に変えられていたようです」

「んぁ? 予言の書って、そんな簡単に変えられんのか?」

ライガが首を傾げる。

「いいえ、改変ではなく、これはただの上書き。元の文字を消すことなく、その上に術でレイヤーのように別の文字を重ねたもののようです」

ノクスは深刻な面持ちで説明する。

「だから、予言の書そのものに異常はなかった。今まで誰も気づけなかった訳ですね」

リアナが震えたような声で問う。

「……こんな大それたこと、一体誰が?」

「予言が出た直後は、まず予言監視課の調査部に回される決まりです。内容が改ざんされたとすれば、そこしかありえません。そして――」

ごくりと唾を飲み込み、ノクスは静かに続けた。

「そして当時、予言監視課の管理をしていたのは……」
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