イレギュラー・マリオネット -The Wild Guardian-

流右京

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第3章

第65話「サイドエピソード:愛がなければできない」

冥王城の屋上。

乾いた夜風が、静かにグリオールの髪を揺らしていた。月は高く、どこか遠い。
珍しく、物思いにふけっていた。

「……グリオール様」

背後から、控えめな声がかかる。

「早かったじゃない。もう修繕終わったの?」

振り返らず、グリオールはぽつりと呟く。

「……はい」

その答えに、また風が吹き抜けた。

「…………」

「……グリオール様」

ふたたび呼びかける。

「……なぁに?」

その声はどこか、優しいようでいて、遠かった。

「もし、ここから飛び降りろとのご命令なら……俺は喜んでこの身を……」

「……バカね」

言い終わらないうちに、グリオールは振り返り、レオンをじっと睨みつけた。

「早とちりするんじゃないわよ。誰もそんなこと言ってないでしょ」

「……でも、俺は……。出来損ないの人形で……」

自嘲ぎみにうつむくレオン。
そんな彼に、グリオールはふっと微笑む。

「さっきね、ライガちゃんとお友達になったの」

「……え……友達……?」

レオンが目を瞬かせたように見えた。

「そう。あの子がアタシに手を差し出してきたのよ、“友達になろう”って。……びっくりでしょ? この冥王が、友達作っちゃうなんて。しかも、あのライガの魂を持つ人形と、ね」

グリオールはわざと軽く笑いながらも、どこか遠くを見つめる。

「ずっと、アイツを憎んでた。忌々しくて、腹立たしくて、どうしても許せなくて……。でも……もう、分からなくなったのよ。自分の気持ちが」

レオンは黙って、その背中を見つめている気配を感じた。

「そうよね。憎んでいたはずの相手と、こうして笑って紅茶まで飲んで……友達にだってなれちゃうんだから。……そろそろアタシも変わらないといけないのかもね。あの二人を見てたら、そんな気がしてきたわ」

ふぅ……とグリオールは長く息を吐く。
月明かりがその横顔を柔らかく照らす。

「……いいわ、分かった。アタシ……いえ、私の我儘はもうおしまい」

次の瞬間、グリオールの体がゆっくりと闇に包まれ始めた。

その光景に、レオンが息を呑んだ気配が伝わってくる。
闇はゆっくりと全身に立ち昇り、形を変えていく。

闇の中から現れたのは――
漆黒のローブに身を包み、金の目を持つ蒼白の肌の存在。
青紫に染まった唇。性別すら曖昧な中性的な肢体。妖艶で、そして神秘的な美しさがあった。

冥王――本来の姿のグリオール。
それは、今や世界にただ一人、この男にしか見せたことのない、絶対不可侵の姿。

「……勇者ライガ」

低く、重く、空間を震わせるような声が響く。

「冥王グリオールは、お前を――赦すわ」

その言葉は、夜気よりも静かで、しかしどこまでも深かった。

「お前は今まで、ずっと苦しみ抜いてきた。生きても、死んで生き返っても、罪と後悔に縛られて……。だからもう、充分よ」

グリオールはそっと、ゆっくりと近づき、両腕を広げる。

「お前の罪も、罰も、不義理も、嘘も、過ちも――」

その金の瞳に、かつてないほどの慈しみが宿る。

「この冥王の名において、全て赦しましょう」

レオンの喉がかすかに震えたように見えた。

「……俺……俺、は……」

冥王は、そっと優しく語り掛けた。

「だから……お前はもう……レオンの中に溶けて、眠りなさい」

レオンは唇を震わせながら、掠れた声でぽつりと呟いたように聞こえた。

「……ア……リガ……ト……ウ」

その瞬間、力が抜けるように、レオンの体がガクッと崩れ落ちる。

グリオールはその体をしっかりと抱きとめた。

「誇りなさい。憎しみに満ちた私の心を、アンタの愛が溶かしたのだから」

そう言うと、レオンの頬を伝う涙を丁寧に指で拭う。

「……まさか、この冥王に“赦す”なんて言葉を使わせることになるとはね。有史以来、アンタが初めての男よ」

「……グリオール……さま……」

その呼びかけに、胸の奥が熱くなるのを感じた。

「……アンタのおかげで気づいたわ。誰かを赦すってことは――そこに、愛がなければ出来ないことなのね」

レオンは、まるで子供のようにしゃくりあげながら泣いているように見えた。
――きっと、長い時を孤独と絶望の中で耐えてきたのだろう。

「これは、冥王からの愛よ」

その頬に自分の額を寄せ、囁くように言った。

「レオン……これから、永遠に……アンタだけに、注いであげる」

「…………っ」

「私、とっても激しいわよ? 本気でいくから。余すことなく受け止めなさい」

「……りょ、か……。うっ……う"ぅぅぅ~~~~っ!!」

大粒の涙が、頬からこぼれ落ちている。
グリオールは、そんな彼を強く、強く抱きしめた。

そして月明かりが照らす中、二人の唇は静かに重なっていく―――。


勇者ライガ。運命に翻弄され、愛する人さえも失い、孤独と絶望に苛まれながら死んでいった。
だが彼は今、冥王の愛によって永遠の安息を得たのだった。
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