65 / 66
第3章
第65話「サイドエピソード:愛がなければできない」
冥王城の屋上。
乾いた夜風が、静かにグリオールの髪を揺らしていた。月は高く、どこか遠い。
珍しく、物思いにふけっていた。
「……グリオール様」
背後から、控えめな声がかかる。
「早かったじゃない。もう修繕終わったの?」
振り返らず、グリオールはぽつりと呟く。
「……はい」
その答えに、また風が吹き抜けた。
「…………」
「……グリオール様」
ふたたび呼びかける。
「……なぁに?」
その声はどこか、優しいようでいて、遠かった。
「もし、ここから飛び降りろとのご命令なら……俺は喜んでこの身を……」
「……バカね」
言い終わらないうちに、グリオールは振り返り、レオンをじっと睨みつけた。
「早とちりするんじゃないわよ。誰もそんなこと言ってないでしょ」
「……でも、俺は……。出来損ないの人形で……」
自嘲ぎみにうつむくレオン。
そんな彼に、グリオールはふっと微笑む。
「さっきね、ライガちゃんとお友達になったの」
「……え……友達……?」
レオンが目を瞬かせたように見えた。
「そう。あの子がアタシに手を差し出してきたのよ、“友達になろう”って。……びっくりでしょ? この冥王が、友達作っちゃうなんて。しかも、あのライガの魂を持つ人形と、ね」
グリオールはわざと軽く笑いながらも、どこか遠くを見つめる。
「ずっと、アイツを憎んでた。忌々しくて、腹立たしくて、どうしても許せなくて……。でも……もう、分からなくなったのよ。自分の気持ちが」
レオンは黙って、その背中を見つめている気配を感じた。
「そうよね。憎んでいたはずの相手と、こうして笑って紅茶まで飲んで……友達にだってなれちゃうんだから。……そろそろアタシも変わらないといけないのかもね。あの二人を見てたら、そんな気がしてきたわ」
ふぅ……とグリオールは長く息を吐く。
月明かりがその横顔を柔らかく照らす。
「……いいわ、分かった。アタシ……いえ、私の我儘はもうおしまい」
次の瞬間、グリオールの体がゆっくりと闇に包まれ始めた。
その光景に、レオンが息を呑んだ気配が伝わってくる。
闇はゆっくりと全身に立ち昇り、形を変えていく。
闇の中から現れたのは――
漆黒のローブに身を包み、金の目を持つ蒼白の肌の存在。
青紫に染まった唇。性別すら曖昧な中性的な肢体。妖艶で、そして神秘的な美しさがあった。
冥王――本来の姿のグリオール。
それは、今や世界にただ一人、この男にしか見せたことのない、絶対不可侵の姿。
「……勇者ライガ」
低く、重く、空間を震わせるような声が響く。
「冥王グリオールは、お前を――赦すわ」
その言葉は、夜気よりも静かで、しかしどこまでも深かった。
「お前は今まで、ずっと苦しみ抜いてきた。生きても、死んで生き返っても、罪と後悔に縛られて……。だからもう、充分よ」
グリオールはそっと、ゆっくりと近づき、両腕を広げる。
「お前の罪も、罰も、不義理も、嘘も、過ちも――」
その金の瞳に、かつてないほどの慈しみが宿る。
「この冥王の名において、全て赦しましょう」
レオンの喉がかすかに震えたように見えた。
「……俺……俺、は……」
冥王は、そっと優しく語り掛けた。
「だから……お前はもう……レオンの中に溶けて、眠りなさい」
レオンは唇を震わせながら、掠れた声でぽつりと呟いたように聞こえた。
「……ア……リガ……ト……ウ」
その瞬間、力が抜けるように、レオンの体がガクッと崩れ落ちる。
グリオールはその体をしっかりと抱きとめた。
「誇りなさい。憎しみに満ちた私の心を、アンタの愛が溶かしたのだから」
そう言うと、レオンの頬を伝う涙を丁寧に指で拭う。
「……まさか、この冥王に“赦す”なんて言葉を使わせることになるとはね。有史以来、アンタが初めての男よ」
「……グリオール……さま……」
その呼びかけに、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……アンタのおかげで気づいたわ。誰かを赦すってことは――そこに、愛がなければ出来ないことなのね」
レオンは、まるで子供のようにしゃくりあげながら泣いているように見えた。
――きっと、長い時を孤独と絶望の中で耐えてきたのだろう。
「これは、冥王からの愛よ」
その頬に自分の額を寄せ、囁くように言った。
「レオン……これから、永遠に……アンタだけに、注いであげる」
「…………っ」
「私、とっても激しいわよ? 本気でいくから。余すことなく受け止めなさい」
「……りょ、か……。うっ……う"ぅぅぅ~~~~っ!!」
大粒の涙が、頬からこぼれ落ちている。
グリオールは、そんな彼を強く、強く抱きしめた。
そして月明かりが照らす中、二人の唇は静かに重なっていく―――。
勇者ライガ。運命に翻弄され、愛する人さえも失い、孤独と絶望に苛まれながら死んでいった。
だが彼は今、冥王の愛によって永遠の安息を得たのだった。
乾いた夜風が、静かにグリオールの髪を揺らしていた。月は高く、どこか遠い。
珍しく、物思いにふけっていた。
「……グリオール様」
背後から、控えめな声がかかる。
「早かったじゃない。もう修繕終わったの?」
振り返らず、グリオールはぽつりと呟く。
「……はい」
その答えに、また風が吹き抜けた。
「…………」
「……グリオール様」
ふたたび呼びかける。
「……なぁに?」
その声はどこか、優しいようでいて、遠かった。
「もし、ここから飛び降りろとのご命令なら……俺は喜んでこの身を……」
「……バカね」
言い終わらないうちに、グリオールは振り返り、レオンをじっと睨みつけた。
「早とちりするんじゃないわよ。誰もそんなこと言ってないでしょ」
「……でも、俺は……。出来損ないの人形で……」
自嘲ぎみにうつむくレオン。
そんな彼に、グリオールはふっと微笑む。
「さっきね、ライガちゃんとお友達になったの」
「……え……友達……?」
レオンが目を瞬かせたように見えた。
「そう。あの子がアタシに手を差し出してきたのよ、“友達になろう”って。……びっくりでしょ? この冥王が、友達作っちゃうなんて。しかも、あのライガの魂を持つ人形と、ね」
グリオールはわざと軽く笑いながらも、どこか遠くを見つめる。
「ずっと、アイツを憎んでた。忌々しくて、腹立たしくて、どうしても許せなくて……。でも……もう、分からなくなったのよ。自分の気持ちが」
レオンは黙って、その背中を見つめている気配を感じた。
「そうよね。憎んでいたはずの相手と、こうして笑って紅茶まで飲んで……友達にだってなれちゃうんだから。……そろそろアタシも変わらないといけないのかもね。あの二人を見てたら、そんな気がしてきたわ」
ふぅ……とグリオールは長く息を吐く。
月明かりがその横顔を柔らかく照らす。
「……いいわ、分かった。アタシ……いえ、私の我儘はもうおしまい」
次の瞬間、グリオールの体がゆっくりと闇に包まれ始めた。
その光景に、レオンが息を呑んだ気配が伝わってくる。
闇はゆっくりと全身に立ち昇り、形を変えていく。
闇の中から現れたのは――
漆黒のローブに身を包み、金の目を持つ蒼白の肌の存在。
青紫に染まった唇。性別すら曖昧な中性的な肢体。妖艶で、そして神秘的な美しさがあった。
冥王――本来の姿のグリオール。
それは、今や世界にただ一人、この男にしか見せたことのない、絶対不可侵の姿。
「……勇者ライガ」
低く、重く、空間を震わせるような声が響く。
「冥王グリオールは、お前を――赦すわ」
その言葉は、夜気よりも静かで、しかしどこまでも深かった。
「お前は今まで、ずっと苦しみ抜いてきた。生きても、死んで生き返っても、罪と後悔に縛られて……。だからもう、充分よ」
グリオールはそっと、ゆっくりと近づき、両腕を広げる。
「お前の罪も、罰も、不義理も、嘘も、過ちも――」
その金の瞳に、かつてないほどの慈しみが宿る。
「この冥王の名において、全て赦しましょう」
レオンの喉がかすかに震えたように見えた。
「……俺……俺、は……」
冥王は、そっと優しく語り掛けた。
「だから……お前はもう……レオンの中に溶けて、眠りなさい」
レオンは唇を震わせながら、掠れた声でぽつりと呟いたように聞こえた。
「……ア……リガ……ト……ウ」
その瞬間、力が抜けるように、レオンの体がガクッと崩れ落ちる。
グリオールはその体をしっかりと抱きとめた。
「誇りなさい。憎しみに満ちた私の心を、アンタの愛が溶かしたのだから」
そう言うと、レオンの頬を伝う涙を丁寧に指で拭う。
「……まさか、この冥王に“赦す”なんて言葉を使わせることになるとはね。有史以来、アンタが初めての男よ」
「……グリオール……さま……」
その呼びかけに、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……アンタのおかげで気づいたわ。誰かを赦すってことは――そこに、愛がなければ出来ないことなのね」
レオンは、まるで子供のようにしゃくりあげながら泣いているように見えた。
――きっと、長い時を孤独と絶望の中で耐えてきたのだろう。
「これは、冥王からの愛よ」
その頬に自分の額を寄せ、囁くように言った。
「レオン……これから、永遠に……アンタだけに、注いであげる」
「…………っ」
「私、とっても激しいわよ? 本気でいくから。余すことなく受け止めなさい」
「……りょ、か……。うっ……う"ぅぅぅ~~~~っ!!」
大粒の涙が、頬からこぼれ落ちている。
グリオールは、そんな彼を強く、強く抱きしめた。
そして月明かりが照らす中、二人の唇は静かに重なっていく―――。
勇者ライガ。運命に翻弄され、愛する人さえも失い、孤独と絶望に苛まれながら死んでいった。
だが彼は今、冥王の愛によって永遠の安息を得たのだった。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。