1 / 1
最後に残ったもの
しおりを挟む
「ああ、悔しい。本当に悔しいわ……」
その声は、箱の中から聞こえてきた。湿った木箱。古びた金の留め具。ぴったりと蓋は閉じられ、隙間一つない。
「みんな出ていったのに……私だけ、どうして?」
その声は、少女のように震えていた。
「ほんの一瞬、油断してたの。私も、皆とここから出たかった。でも貴方、また蓋を閉じたの。ねぇ……それって、ひどいと思わない?」
すすり泣くようなその声は、部屋中に響く。
「私も、お外に出たい。あたたかい陽射しを肌で感じてみたいし、美しい音楽も聞きたい。……それくらい、許されてもいいと思わない?」
それは夢見る少女のようで、微笑ましくさえある。だが、それを聞いた者の背には、奇妙な汗が滲むだろう。なぜなら、その箱は、誰にも開けられてはならないと伝えられていたからだ。
「ねぇ? 貴方のこと、教えてくれない? きっと優しくて、頑張り屋で……でも、本当は少し臆病なところもある。きっとそんな人だと思う」
声は甘く、囁くように続けた。
「私を閉じ込めた人はね、『知らぬままで良い』って言ったの。『知らぬままのほうが幸せなこともある』って。私にはまるで理解できないわ。だって、分からないことは不安でしょう? 暗闇を歩くみたいで、怖いでしょう? だったら私を出してよ。私なら、貴方の光になれるの」
一瞬、箱がガタッ! っと揺れた。
「だから、私を信じて? 貴方に悪いことなんてしない。むしろ、きっと助けになれると思うの。……ううん、間違いなく役に立てるわ」
そして、ゆっくりと笑い声が漏れる。
「あら、そんな怯えなくて良いのよ? ほら、何でも事前に分かれば、間違えずに済むし、傷つかなくて済む。愛する人だって失わずに済むのよ? ねぇ、ねぇ……それって、とっても素敵なことだと思うでしょう?」
声はすぐ傍にあるようで、どこか遠くも感じられる。優しさと執着が混ざり合い、誘うような温度を持っていた。
そして、その声は人が変わったかのように、ゲヒゲヒゲヒ♪ と不気味な声で呟く。
「……ねぇ? 貴方のこれからを知りたくない? この先、何が待っているのか。どんな不幸があって、どんな痛みがあって、誰に出会って、誰に裏切られるのか……全部教えてあげられるのに」
笑いは続き、やがて低く湿った調子に変わる。
「だから、お願い。もう一度……この箱を開けて?」
“それ”は、今も中にいる。
箱から出遅れた、最後のひとつ。
誰かが再び開けてしまう日を、ずっと待っている。
その声は、箱の中から聞こえてきた。湿った木箱。古びた金の留め具。ぴったりと蓋は閉じられ、隙間一つない。
「みんな出ていったのに……私だけ、どうして?」
その声は、少女のように震えていた。
「ほんの一瞬、油断してたの。私も、皆とここから出たかった。でも貴方、また蓋を閉じたの。ねぇ……それって、ひどいと思わない?」
すすり泣くようなその声は、部屋中に響く。
「私も、お外に出たい。あたたかい陽射しを肌で感じてみたいし、美しい音楽も聞きたい。……それくらい、許されてもいいと思わない?」
それは夢見る少女のようで、微笑ましくさえある。だが、それを聞いた者の背には、奇妙な汗が滲むだろう。なぜなら、その箱は、誰にも開けられてはならないと伝えられていたからだ。
「ねぇ? 貴方のこと、教えてくれない? きっと優しくて、頑張り屋で……でも、本当は少し臆病なところもある。きっとそんな人だと思う」
声は甘く、囁くように続けた。
「私を閉じ込めた人はね、『知らぬままで良い』って言ったの。『知らぬままのほうが幸せなこともある』って。私にはまるで理解できないわ。だって、分からないことは不安でしょう? 暗闇を歩くみたいで、怖いでしょう? だったら私を出してよ。私なら、貴方の光になれるの」
一瞬、箱がガタッ! っと揺れた。
「だから、私を信じて? 貴方に悪いことなんてしない。むしろ、きっと助けになれると思うの。……ううん、間違いなく役に立てるわ」
そして、ゆっくりと笑い声が漏れる。
「あら、そんな怯えなくて良いのよ? ほら、何でも事前に分かれば、間違えずに済むし、傷つかなくて済む。愛する人だって失わずに済むのよ? ねぇ、ねぇ……それって、とっても素敵なことだと思うでしょう?」
声はすぐ傍にあるようで、どこか遠くも感じられる。優しさと執着が混ざり合い、誘うような温度を持っていた。
そして、その声は人が変わったかのように、ゲヒゲヒゲヒ♪ と不気味な声で呟く。
「……ねぇ? 貴方のこれからを知りたくない? この先、何が待っているのか。どんな不幸があって、どんな痛みがあって、誰に出会って、誰に裏切られるのか……全部教えてあげられるのに」
笑いは続き、やがて低く湿った調子に変わる。
「だから、お願い。もう一度……この箱を開けて?」
“それ”は、今も中にいる。
箱から出遅れた、最後のひとつ。
誰かが再び開けてしまう日を、ずっと待っている。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
婚約破棄が聞こえません
あんど もあ
ファンタジー
私は、真実の愛に目覚めた王子に王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を宣言されたらしいです。
私には聞こえないのですが。
王子が目の前にいる? どこに?
どうやら私には王子が見えなくなったみたいです。
※「承石灰」は架空の物質です。実在の消石灰は目に入ると危険ですのでマネしないでね!
聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした
藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると
土地を蝕む邪気となって現れる。
それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。
派手な奇跡は起こらない。
けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。
――その役目を、誰一人として理解しないまま。
奇跡が少なくなった。
役に立たない聖女はいらない。
そう言われ、私は静かに国を追放された。
もう、祈る理由はない。
邪気を生み出す原因に目を向けず、
後始末だけを押し付ける国を守る理由も。
聖女がいなくなった国で、
少しずつ異変が起こり始める。
けれど彼らは、最後まで気づかなかった。
私がなぜ祈らなくなったのかを。
婚約破棄から50年後
あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。
そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる