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第4話「最後の放課後」
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転校まで残り1日。
教室の空気は、いつもと同じようにざわついていたはずなのに、俺にはどこか遠くの出来事みたいに感じられた。
笑い声や机の音、廊下を走る足音——それらがすべて薄く、ぼやけて聞こえる。
昼休み、窓際で弁当を食べながら結衣を見た。
彼女はクラスの女子たちに囲まれ、楽しそうに話している。
でも、その笑顔の端に、やっぱり少しだけ影が見えた。
それは俺が勝手にそう感じているだけかもしれない。
けれど、最後の日を前にした彼女の心を思うと、胸がきゅっと痛む。
放課後。
「ちょっと屋上行かない?」
下駄箱で結衣がそう言った。
彼女に呼ばれて断る理由なんてあるはずがない。
屋上は部活の掛け声も届かない静けさに包まれていた。
夕陽が空を赤く染め、その光がフェンスの影を床に長く伸ばしている。
遠くから風が吹き抜け、結衣の髪を揺らした。
「明日で……最後だね」
彼女の声は、思ったよりも静かだった。
俺はただ「……ああ」と頷く。
しばらく沈黙が落ちた。
風の音と、遠くの街のざわめきだけが耳に残る。
「蓮……私、転校するの、本当は嫌だよ」
不意にこぼれたその言葉に、心臓が一瞬跳ねた。
結衣は、視線を夕陽の向こうに投げたまま、続ける。
「でも、家族のことだから仕方ないし……笑って送り出してほしいの」
俺は気づいたら一歩近づいていた。
そして、彼女の手に自分の手を重ねた。
細くて、少し冷たい指先。
結衣が驚いたように俺を見た。
言え。今なら——。
「……結衣」
名前を呼んだ瞬間、喉の奥で言葉が絡まった。
「ありがとう」とか「元気でな」とか、そんな無難な言葉が頭をよぎる。
けれど、心の底ではそれらを全部拒否していた。
俺が言いたいのは、たった一つ。
なのに、口は最後まで動かないままだった。
日が沈み、屋上に夜の色が広がっていく。
結衣は俺の手をそっと握り返し、小さく微笑んだ。
「……じゃあ、また明日」
そう言って、夕闇の中へ歩き出す。
俺は、その背中を見送ることしかできなかった。
(続く)
教室の空気は、いつもと同じようにざわついていたはずなのに、俺にはどこか遠くの出来事みたいに感じられた。
笑い声や机の音、廊下を走る足音——それらがすべて薄く、ぼやけて聞こえる。
昼休み、窓際で弁当を食べながら結衣を見た。
彼女はクラスの女子たちに囲まれ、楽しそうに話している。
でも、その笑顔の端に、やっぱり少しだけ影が見えた。
それは俺が勝手にそう感じているだけかもしれない。
けれど、最後の日を前にした彼女の心を思うと、胸がきゅっと痛む。
放課後。
「ちょっと屋上行かない?」
下駄箱で結衣がそう言った。
彼女に呼ばれて断る理由なんてあるはずがない。
屋上は部活の掛け声も届かない静けさに包まれていた。
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遠くから風が吹き抜け、結衣の髪を揺らした。
「明日で……最後だね」
彼女の声は、思ったよりも静かだった。
俺はただ「……ああ」と頷く。
しばらく沈黙が落ちた。
風の音と、遠くの街のざわめきだけが耳に残る。
「蓮……私、転校するの、本当は嫌だよ」
不意にこぼれたその言葉に、心臓が一瞬跳ねた。
結衣は、視線を夕陽の向こうに投げたまま、続ける。
「でも、家族のことだから仕方ないし……笑って送り出してほしいの」
俺は気づいたら一歩近づいていた。
そして、彼女の手に自分の手を重ねた。
細くて、少し冷たい指先。
結衣が驚いたように俺を見た。
言え。今なら——。
「……結衣」
名前を呼んだ瞬間、喉の奥で言葉が絡まった。
「ありがとう」とか「元気でな」とか、そんな無難な言葉が頭をよぎる。
けれど、心の底ではそれらを全部拒否していた。
俺が言いたいのは、たった一つ。
なのに、口は最後まで動かないままだった。
日が沈み、屋上に夜の色が広がっていく。
結衣は俺の手をそっと握り返し、小さく微笑んだ。
「……じゃあ、また明日」
そう言って、夕闇の中へ歩き出す。
俺は、その背中を見送ることしかできなかった。
(続く)
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