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音のないプロポーズ 19
そんな話をできる相手は、氷影しかいなかった。
親はもちろん、斗南にも言えない。傷つけすぎることがわかっていたからだ。
「えっ。元の関係って?」
氷影は長いメッセージをじっくり読んだ後、軽い驚きの声をあげた。
「今と前と、何か違う?」
そこを拾ったのは、春直にとってそれが一番の引っ掛かりになっていることを長年の付き合いで悟ったからだろう。
――全然違う。俺はみんなに心配と迷惑かけてるだけ。
「そうかな」
ことんと首を曲げた氷影は、思い返すように過去を辿った。
「…そりゃあ、ハルからしたらそう思うか。でも、心配はしてても、迷惑だとは思ってないでしょ、誰も」
――思ってなくても、掛かってるのは事実だから。
春直は言い返した。実際、今日だって氷影は休みを返上してここにいる。家のことも二の次に、ほとんど毎日見舞いに来てくれている。こういうのを迷惑と言わずして、何が――。
「こういうのは、迷惑じゃないから」
春直の額を軽く小突いて、氷影は心を読んだように言った。眉間に寄ったしわに気付く。険しい顔になっていたらしい。
「僕は来たくてここに来てる。ホッシーもそう。ハルと話したいだけだよ。場所が居酒屋だったら、ハルはそんな風に思わないでしょ」
氷影は架空のおちょこを掲げて言った。それだけで、まるでいつもの宴が始まったような空気になる。
「それに、僕は家族サービスもちゃんとしてる。ハル、僕のコミュ力をなめてもらっちゃあ困るよ」
今度はちっちと指を振った。
「それより、一度ユキもここに連れて来られたらなあって思ってるんだよね。ハルのことは知ってるしさ、」
それから氷影が意味ありげに顔を寄せる。
「ホッシーにも、たまにはそういうアピールもありじゃないかなあって」
そして左手を、そこに嵌められた金色の指輪を、春直に見せつけた。
春直がユキに会ったのは今から二年ほど前になる。
ある日いつものように三人で盛り上がっていると、ふと氷影が「週末って空いてる?」と春直たちに訊いた。当然、いつもの呑みの誘いだと思う。二人は簡単に応じた、すると。
「よかった。実は結婚式やることになってさ。二人には来てほしくて」
酔った頭で、何の冗談かよくわからず、二人できょとんとしていた。何だっけ、このネタ、何て返すやつだ? そんな感じで固まっていたが思い出せず、斗南が観念して訊き返した。
「えっと、なんだっけ?」
「あー、なんていうか、僕、結婚することにしたんだよね」
「…ん?」
今度は二人で顔を見合わせた。やっぱりわからない。何だこれは。そのまま制止して、随分してから春直はやっと言葉を発した。
「え、本当の話?」
「うん。急だけど」
「急って…急すぎるでしょ? 本当にホントなの? 誰と!?」
そこでやっと招待に気付くようなカミングアウトだった。
それから根掘り葉掘り聞き出して、どうやら相手は地元の女性だとわかった。氷影と同じ高校に通っていた一つ下の子で、当時は随分なついてくれていたらしい。大学に入ってからもたまに会ったりしていたが、氷影の就職が決まり、離れ離れになった。それでもメールのやり取りはしていたらしいが、つい先日、遅れて大学を卒業したばかりの彼女が、氷影を追ってこっちまで出てきたのだそうだ。そこから同居が始まり、結婚することにしたという。
「いいの? そんな…押し掛けみたいな」
言ったら悪いとは思ったが、話を聞くとずいぶん振り回されているようで、春直はつい訊いてしまった。だが、氷影はそういう風にはまったく思っていないらしい。
「そういうのとはちょっと違うんだよね。その…ちょっとワケありでさ。でもいい子なんだよ。たぶん、会ってくれたらわかると思う」
「そんな典型的に騙されてますみたいなこと言われても…」
斗南は遠慮なく言っていたが、反対する様子はなかった。氷影の人をみる目を信用していたせいだろう。春直も同じだった。
そして、如月雪に会った。結婚式の当日だ。
親族だけで細々とやるからと言われていた通り、氷影と雪の正装を見たこと以外は、ほとんどふつうの食事会だった。二人の両親と、春直と斗南の八人でふたつの円卓を囲んだ。つまり、四人掛けの席をふたつ取ってあっただけだった。
しかも席割は新婚二人と春直と斗南で、いつもの面子となんら変わらない。式に出席したという感覚はまるでしなかったが、そのかわり、雪という女性を間近に知ることができた。
女性というより女の子だった雪は、背が低く幼顔で、ゆるく巻いた髪にほんのり甘い香りをまとわせていた。
だがそのおっとりした見た目とは逆に、最初は特に、警戒心を全身にまとったハリネズミのようで、同性の斗南ですら萎縮しいしいの会話だった。というか、会話ができず、自分たちは氷影の親友であり敵ではないのだということを、必死に説明していた気がする。
結局そのまま、直接対話というものはほとんどしていない。ただ、氷影には確かに心を許しているようだった。氷影だけが頼りと言ってもよかった。時にウエイターが料理を運んで来るだけで、目を見張るほどに固まり、見れば机の影で氷影の服に必死に触れていた。でも、相手が去って氷影が声を掛けると、魔法が解けるように硬直が和らぐ。それは芝居でもフリでもなく、信頼から来ている現象のようだった。
春直は時々、両親同士の会話を気にした。
新入二年目の若造と、大学出立ての少女の結婚だ、反対していないのだろうかとずっと気がかりだった。特に雪側の親からすれば、働きにも出ないまま、一人で都会へ出ての結婚ということになる。氷影の暮らしとてほとんど始まったばかりで、もしも佳之なら絶対反対するだろうと春直は思っていた。
だが実際は、雪の両親は反対どころか、氷影に感謝しているみたいだった。
娘をもらってくれてとか、あんたなら安心して任せられるとか、地元の顔なじみのせいか、氷影自身の信頼が厚かったらしい。うちのはこんなだから…と意味ありげに言っていた時、氷影の仄めかした「ワケあり」がふと浮かんだ。
氷影は、雪と一緒に、別の何かをも背負う覚悟を決めたようだった。
(つづく)
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