<完結>音のないプロポーズ

神屋 青灯

文字の大きさ
52 / 61

音のないプロポーズ 52

 
 その時、突然の着信音に、驚いて飛び上がった。

――明後日土曜日、昼一時、集合要請! 必至!

 氷影からだった。
 が、何だろう、この要請は? 氷影は集合を掛ける時、変わった言葉をよく使ってくるが、必至とまであるのは珍しい。
 斗南はカレンダーを見た。真っ白だ。ただひとつ、昨日の欄に花丸と「退院!」の文字がある。笑える。自分の予定はないのか。
――了解。大佐。
 返事をすると、土曜日の欄に、時刻と「集合要請」を書いた。それから、ふと思い出す。昨日、予定があったじゃないか。しかも、結婚しようという相手との、一般的に言えば初デート。男性は気にしないかもしれないが、大事な記念日と呼べる日でもある。
 斗南は少し迷った。が、まあもう終わった予定だしと思った。結局記入しない。「退院!」が全面を覆っていたせいもあるし、記念と呼ぶなら退院記念日の方がしっくり来た。
 そういえば、場所を聞いていない。言うまでもなく、春直の実家か。氷影と二人で会ったことは、意外と少ない。向こうが早々に既婚者になったから、休日に二人で会う話は出たことがなかった。

   ◇

 佳之と直永に手土産がいるだろうか。氷影と別で用意するのもおかしいから、会ってからどこかで買おうと思った。
 だが当日になると、氷影はあろうことか、ドタキャンして来た。
――遅れるから、先行って!
 後から来るなら「キャン」セルじゃないのか知らないが、これには面食らった。何しろ、実家の場所を知らない。春直に迎えに来てもらうことも、当然できない。斗南は口調だけで、怒りのメールを返した。
――場所は案内するって。言う通りに行って。
 なのに氷影ときたら反省も何もなく、ウインクのイラストまで付けて来る。何だか怒るだけ馬鹿らしい。斗南はそれでいいやと返事をすると、言う通りの駅に向かった。
――そこから駅を出て右、左、大通りまで行ったら右。
 細かいような、雑なような、曖昧な案内だった。というか、これ本当に春直の実家に向かっているのか? 何しろ駅が、ここは…。
――コンビニの先の交差点で信号渡る。歩きスマホ厳禁。
 いつもの駅だ。職場からひとつ離れた、小料理屋『さすけ』の最寄駅だ。もしかして二人で『さすけ』にいるのだろうか?と思ったら信号を渡るらしい。一体どこに行かせるつもりなのか。一言多い注意も、何だかおちょくられている気がする。
――左手斜め前の坂を進む。
 いや…。斗南ははたと気付いた。知らない場所じゃない。来たことがある。この先の住宅街に足を踏み入れたことがある。
――二股の道は右手へ。しばらく真っ直ぐ。
 言う通りに歩いた。ここ自体は通ったことがないが、向かう先には見当がついた。でも、どうして…。
 そう思った時、ある壁が目に入る。

 大きなブルーシートの張られた壁だ。
 ここでことを物語っている。付近は片付けられているが、風ではためくシートの裏側は、そのままで修復されていないようだった。壁はすぐ左手に、高架を作っている。
 足が止まった。付近を歩く主婦の声が耳に届く。
――そういえば、ここで事故あったわよね。一ヶ月くらい前。そうそう、雨の日。若い人同士の事故で、ひどかったって。こわいわねえ…。
 斗南は膝が震えるのを感じた。
 すぐに、電話で氷影を呼び出す。息が上がっていた。
「何で? どうしてここへ連れてきたの!?」
 春直の事故の現場だった。目映い日差しの中で、現場は隅々まで見渡せる。そこに春直の幻影が見える気がした。あの頃の――ほんの数ヶ月前の、元気だった春直の姿が。
 氷影は落ち着いた声で、違うよ、と答えた。
「そこに案内してるわけじゃないよ。そんな酷なことするわけないだろ」
「だって…」
「いいから。そのまま真っ直ぐ行って、公園抜けて」
 斗南は足を踏み出せない。
 別にここで春直が、亡くなったわけではない。ここを見ようが見まいが、現実が変わるわけでもない。それでも、ここは…。
「ここは春ちゃんの…声とか、大切なものを奪った場所だよ……」
「大切なもの?」
 氷影は同意しなかった。
「まあいいからさ、早く先へ進んでよ」
「どこへ向かってるの…?」
「うーん。それは僕には答えられないなあ」
 氷影の口調は、何とも言えずのんきなものだった。深刻さもなければ、ドタキャンの罪悪感も覚えている様子がない。いつもの氷影じゃないみたいだ。
 渋々従い、高架を抜けて、公園を出た。
「あとはよね? これだ、って思う棟の、一○八号室へ行って、インターホンを押す。押したら、走る」
「はあ?」
「あはは。それは冗談」
 氷影は愉快そうに笑っている。一体どういうことなのか。わからないまま、斗南は思い当たる部屋の前に行った。
 電話はまだ繋いでいる。


 (つづく)
 
感想 0

あなたにおすすめの小説

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

すべてはあなたの為だった~狂愛~

矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。 愛しているのは君だけ…。 大切なのも君だけ…。 『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』 ※設定はゆるいです。 ※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。

消えた記憶

詩織
恋愛
交通事故で一部の記憶がなくなった彩芽。大事な旦那さんの記憶が全くない。

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。