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音のないプロポーズ 52
その時、突然の着信音に、驚いて飛び上がった。
――明後日土曜日、昼一時、集合要請! 必至!
氷影からだった。
が、何だろう、この要請は? 氷影は集合を掛ける時、変わった言葉をよく使ってくるが、必至とまであるのは珍しい。
斗南はカレンダーを見た。真っ白だ。ただひとつ、昨日の欄に花丸と「退院!」の文字がある。笑える。自分の予定はないのか。
――了解。大佐。
返事をすると、土曜日の欄に、時刻と「集合要請」を書いた。それから、ふと思い出す。昨日、予定があったじゃないか。しかも、結婚しようという相手との、一般的に言えば初デート。男性は気にしないかもしれないが、大事な記念日と呼べる日でもある。
斗南は少し迷った。が、まあもう終わった予定だしと思った。結局記入しない。「退院!」が全面を覆っていたせいもあるし、記念と呼ぶなら退院記念日の方がしっくり来た。
そういえば、場所を聞いていない。言うまでもなく、春直の実家か。氷影と二人で会ったことは、意外と少ない。向こうが早々に既婚者になったから、休日に二人で会う話は出たことがなかった。
◇
佳之と直永に手土産がいるだろうか。氷影と別で用意するのもおかしいから、会ってからどこかで買おうと思った。
だが当日になると、氷影はあろうことか、ドタキャンして来た。
――遅れるから、先行って!
後から来るなら「キャン」セルじゃないのか知らないが、これには面食らった。何しろ、実家の場所を知らない。春直に迎えに来てもらうことも、当然できない。斗南は口調だけで、怒りのメールを返した。
――場所は案内するって。言う通りに行って。
なのに氷影ときたら反省も何もなく、ウインクのイラストまで付けて来る。何だか怒るだけ馬鹿らしい。斗南はそれでいいやと返事をすると、言う通りの駅に向かった。
――そこから駅を出て右、左、大通りまで行ったら右。
細かいような、雑なような、曖昧な案内だった。というか、これ本当に春直の実家に向かっているのか? 何しろ駅が、ここは…。
――コンビニの先の交差点で信号渡る。歩きスマホ厳禁。
いつもの駅だ。職場からひとつ離れた、小料理屋『さすけ』の最寄駅だ。もしかして二人で『さすけ』にいるのだろうか?と思ったら信号を渡るらしい。一体どこに行かせるつもりなのか。一言多い注意も、何だかおちょくられている気がする。
――左手斜め前の坂を進む。
いや…。斗南ははたと気付いた。知らない場所じゃない。来たことがある。この先の住宅街に足を踏み入れたことがある。
――二股の道は右手へ。しばらく真っ直ぐ。
言う通りに歩いた。ここ自体は通ったことがないが、向かう先には見当がついた。でも、どうして…。
そう思った時、ある壁が目に入る。
大きなブルーシートの張られた壁だ。
ここで事故があったことを物語っている。付近は片付けられているが、風ではためくシートの裏側は、そのままで修復されていないようだった。壁はすぐ左手に、高架を作っている。
足が止まった。付近を歩く主婦の声が耳に届く。
――そういえば、ここで事故あったわよね。一ヶ月くらい前。そうそう、雨の日。若い人同士の事故で、ひどかったって。こわいわねえ…。
斗南は膝が震えるのを感じた。
すぐに、電話で氷影を呼び出す。息が上がっていた。
「何で? どうしてここへ連れてきたの!?」
春直の事故の現場だった。目映い日差しの中で、現場は隅々まで見渡せる。そこに春直の幻影が見える気がした。あの頃の――ほんの数ヶ月前の、元気だった春直の姿が。
氷影は落ち着いた声で、違うよ、と答えた。
「そこに案内してるわけじゃないよ。そんな酷なことするわけないだろ」
「だって…」
「いいから。そのまま真っ直ぐ行って、公園抜けて」
斗南は足を踏み出せない。
別にここで春直が、亡くなったわけではない。ここを見ようが見まいが、現実が変わるわけでもない。それでも、ここは…。
「ここは春ちゃんの…声とか、大切なものを奪った場所だよ……」
「大切なもの?」
氷影は同意しなかった。
「まあいいからさ、早く先へ進んでよ」
「どこへ向かってるの…?」
「うーん。それは僕には答えられないなあ」
氷影の口調は、何とも言えずのんきなものだった。深刻さもなければ、ドタキャンの罪悪感も覚えている様子がない。いつもの氷影じゃないみたいだ。
渋々従い、高架を抜けて、公園を出た。
「あとはもうわかるよね? これだ、って思う棟の、一○八号室へ行って、インターホンを押す。押したら、走る」
「はあ?」
「あはは。それは冗談」
氷影は愉快そうに笑っている。一体どういうことなのか。わからないまま、斗南は思い当たる部屋の前に行った。
電話はまだ繋いでいる。
(つづく)
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