十九歳に戻った村の書商は、契約した魔女と共に世界を書き換え、人類の頂点を目指す

kairo_arche

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エピソード22白柱の外へ(後編)

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一歩、踏み込んだ瞬間だった。

音が――消えた。

風の擦れる音も、草を踏む感触もない。
あるはずの感覚が、すべて途中で断ち切られたように消失する。

「……っ」

喉を鳴らそうとして、音が出ない。

トレイアウルスは反射的に振り返った。
そこにいるはずのリナの姿が、半分ほど“欠けて”見える。

存在している。
だが、完全ではない。

(これは……空間じゃない)

理解が追いつくより先に、刻印書が勝手にページを開いた。

白紙。

だが今度は、
何も書かれていない“白”ではなかった。

滲むような、揺らぐような、
まだ定着していない記録の下書き。

「……読めない、じゃない」

トレイアウルスは息を呑む。

「まだ書かれていないんだ……ここは」

背後から、声がした。

「正解よ」

リナだった。

完全な姿に戻っている。
だが、その表情は硬い。

「ここは“消えた場所”じゃない。
 最初から世界に登録されていない」

「登録……?」

「ええ。都市、ダンジョン、魔物、スキル。
 全部、世界の帳簿に載っている」

彼女は地面を見下ろす。

「でもここは違う。
 帳簿の外。
 だから、記録も、再現も、干渉もされない」

刻印書が、微かに軋んだ。

(だから反応が弱かったのか)

トレイアウルスは、ゆっくりと膝をついた。

地面に触れる。
感触が、戻った。

「……なら」

彼は、ページに指を置く。

「登録すればいい」

リナが目を見開いた。

「本気?」

「ええ」

刻印書に、初めて“迷い”が浮かぶ。

これまで、
読む。
書く。
観る。

それは、既に存在するものに対しての行為だった。

だが今、
彼がやろうとしているのは――

「存在していないものを、
 存在したことにする」

指先が震える。

血が、ぽたりとページに落ちた。

赤い染みが、文字に変わる。

《未登録領域――仮記録》

空間が、軋んだ。

世界が、抵抗する。

視界の奥で、
“何か”がこちらを見ている。

輪郭のない影。
形を持たない意思。

「トレイアウルス、やめ――」

リナの声が、途中で途切れた。

次の瞬間、
影が動いた。

否。
書き換えられた。

刻印書が、強く光る。

《領域定義:一時》

《存在理由:観測者あり》

轟音。

空白だった世界に、
色が戻る。

地形が確定し、
空気が流れ、
重力が固定される。

トレイアウルスは、その場に倒れ込んだ。

「……は、はは……」

息が苦しい。

だが――

「成功、ね」

リナが、静かに言った。

その声が、
確かに“ここ”に響いている。

だが安堵は、長く続かなかった。

刻印書のページに、
新しい文字が浮かび上がる。

《警告》

《仮登録領域に、既存記録との衝突を確認》

《管理者権限――応答》

空気が、凍る。

「……管理者?」

リナの声が低くなる。

歪みの奥から、
足音がした。

一歩。
また一歩。

人の形をしている。
だが、目が――文字でできていた。

「未承認の記録行為を確認」

機械的な声。

「修正を開始する」

トレイアウルスは、刻印書を強く握った。

(都市の外にまで……)

白柱都市が避けてきた理由が、
ようやく分かった。

ここは、
世界そのものが監視する領域だ。

リナが、彼の前に立つ。

「……面白くなってきたじゃない」

その笑みは、
戦場でしか見せないものだった。

「逃げる?」

トレイアウルスは、首を振る。

「いいえ」

彼は、ページをめくった。

「書ける限り、書きます」

管理者の影が、動き出す。

未登録領域が、
本当の戦場へと変わる。

白柱の外で始まったこの一歩は、
やがて都市そのものを揺るがすことになる。

それを、
まだ誰も知らない。
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