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メルクリウス寮の移転が学生の反対で遅れている
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ロンドン郊外の英国魔導学院では前期試験に向けて学生が追い込みをかけていた。年に三回ある水星の逆行は地上のありとあらゆる秩序を惑わせる。特に魔導士にとっては厄介だ。地球は太陽の周りを公転しているが地上から見る星の動きは天動説になる。水星は太陽寄りの軌道を回っているため地球が外側から回り込む形で追い抜いてしまう。その際に相対的に水星が逆行しているように見えるわけだ。天動説は占星術や英国魔導の基本だ。水星の呪術的影響をもろに蒙るわけだ。
「水星の逆行期間中はありとあらゆることが裏目に出てしまうわ」
ハルシオンはぼやいた。
「ああ、これは困ったことになった」
俺たちは顔を見合わせた。
メルクリウス寮の移転が学生の反対で遅れている。老朽化が著しく魔力汚染も酷いので更地にして立ち入り禁止にする計画だった。新しい寮は広さも交通の便も申し分なく24時間営業の魔法ショップ兼ラボがついていてサバトも開催できる。入寮を拒む学生たちは理由の一つに地縛霊の存在をあげている。旧寮を幽霊屋敷でなくしたのは先輩達の成果だというのだ。幽霊を使役する魔法を苦心惨憺して開発し、共存共栄を築いている。だから他所には行けないという。
そこでハルシオンが妥協案を出した。曳家という工法だ。
比較的汚染の少ない東棟をレールに乗せて移動させようというのだ。
地縛霊ごと移築できる。残った部分は仕方ない。成仏させるかどうかもめている。
「さてここからが重要だな。ハルシオン、今後について意見を聞きたい」
「私たちは君の仕事場が稼働するまで関与できない。私も同行したい。例の事件で彼の研究について判った事を本人に伝えてくれまいか」
「もちろん構わないぜ。私の資料も論文も全部。君の助手として一切責任を持つ。もちろん君の研究がすべて悪であることも判明している。でも私にとって君はそんなキャラじゃない。君を人間観察した結果だ」
「そう? お互い未知の部分はある。ただ、君は私より秀でていてとても魅力的だ」
「君をもっとよく知りたい。また逢えるよね?」
「約束しよう」
俺たちは手を上げて互いを見た。そして別れを惜しむように抱き合った。
それから一週間後……。
俺はメルクリウス寮の解体作業に立ち会っていた。
この作業はハルシオンの指示によるものだ。
古い建物はそのまま残しておくらしい。何かしら使い道があるようだ。
俺としては面倒な仕事が減って助かるが、その前に地縛霊の説得が残っている。
「幽霊さんよぉ! そろそろ引っ越しませんかねー!」
俺は大声で呼びかけた。
すると地縛霊の少年が現れた。
「うるさいっ!! 今忙しいんだから話しかけるな!!」「お、出てきたな。じゃあこっちの話を聞いてくれ。あんたが地縛霊だってことはみんな知っているぞ。ここに居座ってもう百年くらい経つんじゃないか?」
「う……それは……。でも僕はここから離れられないんだよ」
「それなら俺に任せな。いい方法がある」
「ほんとうかい!?」
俺は得意げに話した。
「まず、幽霊を一時的に地縛霊化させる呪具を作る。これをあんたに付ける。こうすれば地縛霊のままだが自由に動けるだろう」
「すごいね! どうやるの?」「簡単なことだよ。このペンダントを付けるだけでOKだ」
俺は赤い宝石のついたペンダントを取り出して幽霊の首にかけた。
「えへへ、なんか照れるなぁ」
幽霊は首元を触りながら言った。
「これを付けていれば、地縛霊として行動できるはずだ。ただし効果は半日しかもたんから気を付けろ」「ありがとう! これで思いっきり活動できるよ」
幽霊は喜んで飛び跳ねていた。
「しかし、このペンダントは呪力消費が激しいから注意しろよ。下手すりゃすぐにガス欠になるからな。それと、地縛霊以外のモノに憑依したらすぐバレるからな。あと、憑依された奴にも影響が出るから要注意だ。そこら辺をうまくやってくれ」
「わかったよ」
「最後に一つだけ言っておく。悪い事はするな。人助けとかボランティア精神を忘れずに生きろ」
「うん! 僕頑張るよ!」
こうして、旧寮の地縛霊は消え去った。……数日後。
俺はハルシオンと一緒にいた。場所はサバトの会場。今日は『サバト』というイベントを開催するために来たのだ。
俺はハルシオンの助手として働いている。助手と言っても雑用係のようなものだが、研究費も支給され生活費も出るので文句はない。
それにしてもここは広いし天井も高いし快適だ。研究室も充実しているし、サバト会場もあるし、地下にはプールまである。まさに理想郷だ。……ただ、時々聞こえる悲鳴のような声と物音だけは何とかして欲しいけどな。
俺はハルシオンの作業を手伝いつつ雑談をしていた。
「ところでさ、君の師匠は何者なんだい?」「私?……そういえば言っていなかったわね。私の恩師でもある偉大な方よ。名前は……」
その人物の名前を聞くたびに驚かされる事になるとはこの時は思ってもいなかった。
**
英国魔導学院で、地縛霊が住む寮をハルシオンが移転することになった。旧寮を幽霊屋敷でなくしたのは、先輩達の成果だという。ハルシオンが妥協案を出し、地縛霊ごと移築できる工法を作った。
一段落したあといよいよ引っ越し作業にはいる。
「さてここからが重要だな。ハルシオン、今後について意見を聞きたい」
ざっと視察したあと作業工程のすり合わせをした。
「藪蛇を突くか虎の尾を踏むか。何が飛び出しても驚かないことですね」
逆行中の水星は蠍座の象意を強調する。すなわち秘密や隠し事や策謀だ。そして水星の守護者は伝令の神メルクリウス。指揮系統に関わる機能がことごとく損なわれる。連絡ミスや遅滞、誤解、凡ミス、交渉の失敗、想定外などなど。
以上のリスクを踏まえて口出し無用、とハルシオンはくぎを刺した。
「私たちは君の仕事場が稼働するまで関与できない。私も同行したい。例の事件で彼女の研究について判った事を本人に伝えてくれまいか」
ノース研究員が要望を述べた。ハルシオンは英国魔導院の次期主任研究員だ。
師匠のオプス客員教授のもとで通信魔導工学を専攻している。ノースは魔導応用工学の専門家としてオプスに助言している。で、俺は両者を取り持つ連絡将校という立場だ。オプスは妙齢の黒エルフで俺好みの細面だ。性格がキツめでイケずでつらく当たる面もあるが俺にとってはご褒美だ。
「いいけど必要なものは自分で揃えてね。こちも予算がカツカツなの」
「もちろん構わないぜ。私の資料も論文も全部。君の助手として一切責任を持つ。もちろん君の研究がすべて悪であることも判明している。でも私にとって君はそんなキャラじゃない。君を人間観察した結果だ」
「そう? お互い未知の部分はある。ただ、君は私より秀でていてとても魅力的だ」
「君をもっとよく知りたい。また逢えるよね?」
「ええ」
ノースの奴め。ちゃっかりデートの約束をとりつけやがった。
俺たちは手を上げて互いを見た。
「水星の逆行期間中はありとあらゆることが裏目に出てしまうわ」
ハルシオンはぼやいた。
「ああ、これは困ったことになった」
俺たちは顔を見合わせた。
メルクリウス寮の移転が学生の反対で遅れている。老朽化が著しく魔力汚染も酷いので更地にして立ち入り禁止にする計画だった。新しい寮は広さも交通の便も申し分なく24時間営業の魔法ショップ兼ラボがついていてサバトも開催できる。入寮を拒む学生たちは理由の一つに地縛霊の存在をあげている。旧寮を幽霊屋敷でなくしたのは先輩達の成果だというのだ。幽霊を使役する魔法を苦心惨憺して開発し、共存共栄を築いている。だから他所には行けないという。
そこでハルシオンが妥協案を出した。曳家という工法だ。
比較的汚染の少ない東棟をレールに乗せて移動させようというのだ。
地縛霊ごと移築できる。残った部分は仕方ない。成仏させるかどうかもめている。
「さてここからが重要だな。ハルシオン、今後について意見を聞きたい」
「私たちは君の仕事場が稼働するまで関与できない。私も同行したい。例の事件で彼の研究について判った事を本人に伝えてくれまいか」
「もちろん構わないぜ。私の資料も論文も全部。君の助手として一切責任を持つ。もちろん君の研究がすべて悪であることも判明している。でも私にとって君はそんなキャラじゃない。君を人間観察した結果だ」
「そう? お互い未知の部分はある。ただ、君は私より秀でていてとても魅力的だ」
「君をもっとよく知りたい。また逢えるよね?」
「約束しよう」
俺たちは手を上げて互いを見た。そして別れを惜しむように抱き合った。
それから一週間後……。
俺はメルクリウス寮の解体作業に立ち会っていた。
この作業はハルシオンの指示によるものだ。
古い建物はそのまま残しておくらしい。何かしら使い道があるようだ。
俺としては面倒な仕事が減って助かるが、その前に地縛霊の説得が残っている。
「幽霊さんよぉ! そろそろ引っ越しませんかねー!」
俺は大声で呼びかけた。
すると地縛霊の少年が現れた。
「うるさいっ!! 今忙しいんだから話しかけるな!!」「お、出てきたな。じゃあこっちの話を聞いてくれ。あんたが地縛霊だってことはみんな知っているぞ。ここに居座ってもう百年くらい経つんじゃないか?」
「う……それは……。でも僕はここから離れられないんだよ」
「それなら俺に任せな。いい方法がある」
「ほんとうかい!?」
俺は得意げに話した。
「まず、幽霊を一時的に地縛霊化させる呪具を作る。これをあんたに付ける。こうすれば地縛霊のままだが自由に動けるだろう」
「すごいね! どうやるの?」「簡単なことだよ。このペンダントを付けるだけでOKだ」
俺は赤い宝石のついたペンダントを取り出して幽霊の首にかけた。
「えへへ、なんか照れるなぁ」
幽霊は首元を触りながら言った。
「これを付けていれば、地縛霊として行動できるはずだ。ただし効果は半日しかもたんから気を付けろ」「ありがとう! これで思いっきり活動できるよ」
幽霊は喜んで飛び跳ねていた。
「しかし、このペンダントは呪力消費が激しいから注意しろよ。下手すりゃすぐにガス欠になるからな。それと、地縛霊以外のモノに憑依したらすぐバレるからな。あと、憑依された奴にも影響が出るから要注意だ。そこら辺をうまくやってくれ」
「わかったよ」
「最後に一つだけ言っておく。悪い事はするな。人助けとかボランティア精神を忘れずに生きろ」
「うん! 僕頑張るよ!」
こうして、旧寮の地縛霊は消え去った。……数日後。
俺はハルシオンと一緒にいた。場所はサバトの会場。今日は『サバト』というイベントを開催するために来たのだ。
俺はハルシオンの助手として働いている。助手と言っても雑用係のようなものだが、研究費も支給され生活費も出るので文句はない。
それにしてもここは広いし天井も高いし快適だ。研究室も充実しているし、サバト会場もあるし、地下にはプールまである。まさに理想郷だ。……ただ、時々聞こえる悲鳴のような声と物音だけは何とかして欲しいけどな。
俺はハルシオンの作業を手伝いつつ雑談をしていた。
「ところでさ、君の師匠は何者なんだい?」「私?……そういえば言っていなかったわね。私の恩師でもある偉大な方よ。名前は……」
その人物の名前を聞くたびに驚かされる事になるとはこの時は思ってもいなかった。
**
英国魔導学院で、地縛霊が住む寮をハルシオンが移転することになった。旧寮を幽霊屋敷でなくしたのは、先輩達の成果だという。ハルシオンが妥協案を出し、地縛霊ごと移築できる工法を作った。
一段落したあといよいよ引っ越し作業にはいる。
「さてここからが重要だな。ハルシオン、今後について意見を聞きたい」
ざっと視察したあと作業工程のすり合わせをした。
「藪蛇を突くか虎の尾を踏むか。何が飛び出しても驚かないことですね」
逆行中の水星は蠍座の象意を強調する。すなわち秘密や隠し事や策謀だ。そして水星の守護者は伝令の神メルクリウス。指揮系統に関わる機能がことごとく損なわれる。連絡ミスや遅滞、誤解、凡ミス、交渉の失敗、想定外などなど。
以上のリスクを踏まえて口出し無用、とハルシオンはくぎを刺した。
「私たちは君の仕事場が稼働するまで関与できない。私も同行したい。例の事件で彼女の研究について判った事を本人に伝えてくれまいか」
ノース研究員が要望を述べた。ハルシオンは英国魔導院の次期主任研究員だ。
師匠のオプス客員教授のもとで通信魔導工学を専攻している。ノースは魔導応用工学の専門家としてオプスに助言している。で、俺は両者を取り持つ連絡将校という立場だ。オプスは妙齢の黒エルフで俺好みの細面だ。性格がキツめでイケずでつらく当たる面もあるが俺にとってはご褒美だ。
「いいけど必要なものは自分で揃えてね。こちも予算がカツカツなの」
「もちろん構わないぜ。私の資料も論文も全部。君の助手として一切責任を持つ。もちろん君の研究がすべて悪であることも判明している。でも私にとって君はそんなキャラじゃない。君を人間観察した結果だ」
「そう? お互い未知の部分はある。ただ、君は私より秀でていてとても魅力的だ」
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