19 / 156
黒死病鳥の畔(シュワニーシー) (5) 開幕 「黒死病鳥の湖」
しおりを挟む
■ バレット湖湖畔 バンダオリエンタル上空 二万五千メートル
滅亡とは竜巻のようなもので巻き込まれると救助者すら吸引されてしまう。従って冷酷だが、あえて手を差し伸べないという選択肢もある。熱力学第二法則がもたらす破壊力の激しさは不可逆的な死を導く。
この無情な掟を克服しようと人間は有史以前から創意工夫を凝らしてきた。世界各地に普及しているゾロアスター教的な二元論がそうだ。善と悪、秩序と無秩序、光と闇、白と黒。対立要素の片方が過剰な故に生命の敗北を招くと考えられ、その偏重を逆転する必勝法が待望されている。
連合国と枢軸は過酷な摂理にそれぞれ真逆の方向から挑んでいる。黒い軽合金が摩擦熱に火照る。そのシルエットは連合が推進している「無秩序の強行突破」を象徴している。それは推力に物を言わせて地球のくびきを立ち切った。
『オオガラス 47より最高司令部 高度三万を超えた。鷹が狩りを始めた。繰り返す、鷹が狩りを始めた』
超音速偵察機の真下にバンダオリエンタルの惨状が広がっている。港のガントリークレーンが倒壊し、倉庫街が紅蓮と黒煙に覆われている。
『GHQ諒解。鷹を善導せよ。引続き善導せよ。報告せよ。アヒルの状況は?』
『オオガラス 47。アヒルは餌場にいる。くりかえす。アヒルは餌場にいる。以上』
「見ろよ。絶景だぜ」
定時報告を終えた通信士が機長を見やった。
「ああ、他人の不幸は蜜の味がする」
ことに人間が悶絶するさまは選りすぐりのエリートたる乗員達にとって極上の甘美だ。その為に苦労を重ねて特等席を手に入れた。この世で最高の娯楽を堪能できる僥倖を軍神に感謝した。
彼らがノーストリリアで行った攻撃は今日の奇襲に備えた前哨戦であった。
重水素二量体兵器操者は体の中に大きな爆弾を抱えている。腸内細菌は重水素を始めとする安定同位体を選択的に吸収する。これらは通常の分子に比べて比重が大きいため、細胞が遺伝情報を翻訳してアミノ酸を合成する作業に加速をつけて、様々な真核生物および原核生物のタンパク質を大量に生産することが可能となった。細胞分裂が遺伝子を正確に反映している間は問題ないが、重水素を抱えた細胞はノイズに弱く突然変異しやすい。
あの時、オーロラ偵察機は連合の特殊部隊に偵察情報を送るだけでなく、劇場に高周波を浴びせつづけていた。
■ シドニー中央病院 集中治療棟
マリアンヌは危篤状態を脱し一般病室へ移されたものの、予断を許さない。ニキータは面会謝絶の札をそっと外した。廊下のはずれにあるナースステーションがどよめいている。排煙ダクトの無断解放がバレたらしく、看護婦達の靴音がこだまする。チッ、とニキータが舌打ちする。それは野鳥のさえずりに聞こえた。どこから紛れ込んだのだろう、と女たちが右往左往しているとバサバサと羽ばたく音がした。ニキータは風切りばねでナースたちの背中を裂く。白衣が襤褸切れに変わり、清潔感あふれる純白パンティがあらわになった。
「ひゃん☆」
ノーブラの看護婦が無い胸を慌てて隠す。
「ヤダ! この娘ったら!!」
もう一人が切れかかったゴムを抑えながらしゃがみ込む。彼女たちが怯んだすきにニキータは病室に入った。マリアンヌは虫の息どころではなく豪快なイビキをかいていた。
「おばさん! 聞きたいことがあるんだけど!!」
闖入者はお構いなしに声を張り上げた。まどろみが瞬時に破られる。
「十数える間に出ていくから、イエスかノーかで答えて!」
場数を踏んだ大女優は動じず「何なの?」と鷹揚な態度で迎えた。
「シャルルとヤったの? 腰が抜けるほど!」
唐突な質問にマリアンヌは見当識を失いかけたが、プロ意識が場の空気を瞬時に読んだ。
「あいつったら童貞なのよぉ~。知ってた?」
語尾に嘲笑が含まれている。
「わかったわ。ありがと。お大事になさってくださいネ♡」
ニキータは留飲を下げたようだ。緊張を解き、晴れやかに窓から飛び去った。
■ 同市芸術劇団 楽屋
舞台稽古の合間にニキータはパメラを二人っきりになれる場所へ連れ出した。
「なん、なん、何なの? あなた」
「あの男は卑怯者よ! 大噓つきで臆病者。最ッ低の男。下の下よッ!!」
「どういう意味か聞かせて。落ち着いて」
捲し立てるプリマドンナを代役は懸命に抑えた。
「予算削減なんて出鱈目よ。 あの不能野郎、マリアンヌをペットにしていた。飽きたから新しい総菜を欲しがったの!」
「劇団を私物化しているっていうの?!」
「そうよ! 『まるでストリップ小屋の出し物だ』と言った、あたしの読みが正しかった!」
ニキータは黒死病鳥の一人二役が座長の新しい趣味を満足させるだけの代物だと扱き下ろした。そのヒステリックな口ぶりが鳥の囀りを思わせるのは気のせいだろうか。
「彼はギャップ萌えを自家発電の燃料にしてるっていうの? あなた、新陳代謝が激しすぎよ」
パメラはニキータの荒れっぷりに憧憬と恐怖を感じた。清楚を売りにしていた女が役作りのためとは言え、ここまで堕落できるとは!
「まぁ。そういう愚か者もいるかもしれない。けど、芸術は性欲の延長線上にあるって男子どもはいうからねぇ」
パメラはニキータに気分転換をすすめた。腰丈のスウェットシャツを頭からかぶらせ、連れ立って劇場裏のカフェテリアに向かった。裾から見え隠れする白いレオタードが誘蛾灯のように視線を集める。
西日に染まる店内は閑散としていて暇そうなフロア係がデニムミニスカートからはみ出た生足を組んでいた。
「おばさん。一本いっとく?」
若いバイト娘はニキータの疲れた顔を見るなり煙草に火をつけた。
「なんなのよ。藪から棒に。それにこれって」
差し出された一本をニキータが払い除ける。見るからにヤバそうな一本だ。ウエイトレスの目は泳いでいるし。すると、横からパメラが割り込んだ。
「気を病む方が体に毒よ」
そう言いながら無理やり口にねじこみ、自分も一服した。ニキータはむせながらも次第に高揚していく。ハレーすい星が肺に墜落した。
■ バンダオリエンタル市港湾施設
柔らかな月の光が真夏に転じた。吹き荒れる破壊の嵐はとどまるところをしらず。混乱の断片があちこちで発火している。バンダオリエンタル軍は総崩れになるところをハーベルトの的確な指揮で潰走を食い止めている。
「監視を怠ってたわけじゃないでしょう?!」
望萌が対空要員に問い詰めいている。少女は皿のような目をして機器は正常たと釈明した。
「フィニストがレーダー耐性を獲得したなんて聞いてないわ」
ハーベルトが泣きじゃくる兵士の頭を撫でる。
「でも、現に――」
「閣下、先遣隊が指示を仰いでいます」
部隊運用士官が配置図を持ってきた。荒天に備えて出航時刻を繰り上げたことが幸いした。バンダオリエンタル軍の主力三派は独自に準備を進め、枢軸の後方支援を待つばかりだった。
「敵は戦力を分断するつもりよ。このままじゃ策士策に溺れてしまう。密集隊形を取らせて!」
ハーベルトは三個艦隊に輪形陣を取らせた。その殆どが揚陸艦で駆逐艦や巡洋艦は少ない。狭い湖上における艦隊戦は想定外だった。
「この夜空のどこかに偵察機が潜んでいるんでしょう。どのみち、浮かぶ標的ですよ」
はち切れそうなバンダオリエンタル海軍司令はぷうっと頬を膨らませた。議論している間にも対空車両が爆散する。
「頭上の敵は鷹と何匹いるの?」
頭上の脅威はどこからともなく容赦ない空爆を加えているが、射線を辿れば居場所が掴める。ハーベルトは被害状況から敵の戦力評価を行わせた。
閃光がハーベルトの視界を掠めた。あわてて遮光器を被るが、目に暗転が生じてしまった、。
「うっ――!」
彼女はスカートの中が照らされるのも気にせず装甲車から地面に転げ落ちた。
「大丈夫ですか、閣下!」
女子衛生兵が駆け寄り、ハーベルトを抱きおこす。
「痛った~~い」 彼女は腰をさすりながらハッとしたように天を仰いだ。「そうか! そういうことだったのね!!
看護婦が車椅子を勧めると、ハーベルトは丁寧に拒み、工兵隊長を呼び寄せた。
「鷹狩の方法を思いついたわ。探照灯をありったけ準備させて」
■ バンダオリエンタル背後山系
湿気を含んだ夜風が祥子のスカートを揺らした。重機が急斜面を切り崩し、スイッチバック式線路を敷設している。ブルドーザーが台地をならし、信号所建設が急ピッチで進む。バンダオリエンタル港を襲撃している勢力はこちらまで手が回らない様子だ。
「地対地弾道ミサイルによる飽和攻撃を敢行します」
鉄道移動型発射車両大隊の士官はドイッチェラント本国と連絡を取り合ってミサイルの追加供給を受けた。貨車には空爆を免れるために保護色のシートが掛けられている。
「大総統府が本気で殺しにかかるとは思わなかったわ」
望萌にしてみれば希少な技術資源であるバレット湖畔を潰すなど愚策の極みだ。だが、フィニストが制御不能な脅威と化した今、評価損益でしかない。
「もともと藤野乗務員の発案が無ければ成しえなかった戦術です」
大隊長が祥子の作戦能力を讃えているが当の本人は頭を抱えている。「どうしてこうなった……」
「アアドバーグ市民は墓場に行く運命だったのよ。フィニストに魅入られた時点で」
諦めの悪い者は同じ宿命に引き摺り込まれる。喪失した小鳩のように。
「黒死病鳥の湖はね。婚活中のお姫様が雌の鷹に王子様をおねだりするの。鷹は姫に王子と結婚させてやる代わりに自分とも契りを結べというの。彼女が言うには『あたしには永遠の血が流れている。王子はいずれ老衰するが、自分と結ばれるなら、血を分けてやろう』と持ち掛けるの」
「ふうん。その鷹って変態なんだね」
祥子は興味なさげに望萌の話を聞き流している。御伽噺で和ませるなんて莫迦莫迦しい。
「姫は婚礼の支度を終えて王子に会いに行くと、あろうことか鷹といちゃついてるの!」
「男って、すぐ盛るよね」
「それでお姫様は怒って」
「実家に帰るか、自殺したの?」
祥子の時代では女は男に追随する生き物だと考えられていた。
「いいえ。殺しにかかったのよ、鷹と一致団結して」
「ええええええ?!」
女が男に刃傷をつけるという結末に祥子は斬新さを感じた。思わず身を乗り出す。
「それで鷹の奥様とお姫様は血を分け合って末永く暮らしました。めでたしめでたし」
呆けたように聞いていた祥子だったが、ふと疑問に思った。
「それって”お子ちゃま”向けの話だよね。本当は怖い話なんでしょ?」
「よく気づいたわね。そうよ。二人が暮らし始めるにつれ、お姫様はだんだん黒ずんでいったの。最後に変な病気を患って共倒れしちゃった。これが本当はコワい黒死病鳥の湖」
「死んだの?!」
「死んだ死んだ。王子の呪いとか何とか教訓がついてるわ。最適解は王子が挙式まで貞操を貫き、夫妻で鷹を飼うこと。そういう寓話」
「怖いね」
祥子はプリーツスカートの裾をテニススコートとぴったり合わせた。脚を閉じて重ね履きしたブルマやアンダースコートの温もりを両膝の間に溜める。
オレンジ色の曳航が揃って対岸の空へ長い長い尾を引いた。
■ 白熱の色情
百万個の電球がニキータの鼓膜を照らすと、空気が清涼感を増して彼女の大腸すらも透過した。寺院の晩鐘と右折の警告音と喝采が混然一体となって彼女の眼球を洗い流した。まるでシャワーを顔面に浴びたような感じだ。それからニキータの下腹部で何かが鳴り響いた。
消化器が暴れているんだと彼女は考えた。それは画期的な体験だった。過去現在未来に至って彼女を苛立たせる諸悪が大腸を回遊すること。その軟度を知覚すること。
絶え間なく降り注ぐハレー彗星が彼女の臍に爆心地をうがち、宇宙をついばむ鷹の嬌声が副鼻腔から侵入して、希薄化した不快感と混合し、重厚な圧迫で彼女を威圧した。彼女の周囲に無量大数の子孫、どれも同じ顔をした彼女の娘たちが集合したが、その誰もが彼女に殺意を投げつけた。
「ねぇ、貴女、意外とカワイイじゃん」
フロア嬢は歪んだ現実に身を任せてニキータのレオタードを破り捨てた。
「らめぇっ! わらちの奥ちゃん」
パメラがデニムミニスカートにしがみつき深緑色のブルマごと地獄に落ちる。ニキータはフロア嬢を浮き輪にしてどこまでも透明な闇の中を沈んでいった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はっ?! あたしってば!!」
ランチタイムを告げる鐘がぬくぬくとした彼女の甘えに冷や水を浴びせた。アパートの窓にデジタル時計が輝いている。
「やだもう! 終わりかけてるじゃない」
血の匂いが混じったブランケットを蹴り上げ、腰に張り付いたアンダースイムショーツを破り捨て、一糸まとわぬままシャワーを浴びる。
煙草にヤバいドラッグを盛られたせいで、まだ部屋が歪んで見える。
素肌に直接レオタードをつけ、脱水かごから生乾きのブルマとクルーネックシャツを取り出して被る。濡れ髪を手くしで整え、クラウドメイクをさっとひと吹き。車の中で乾かそう。壁のパーソナルコンダクターを通じてUBERを呼ぶ。ドライバーは雌ゴリラを三回殴ったようなババアだ。ベランダの洗濯物を巻き上げてフライヤーが到着。ここは時間にルーズなダメおんなを一生懸命に演じておこう。
「若いうちは時間を大切におし。いつまでもあると思うとあっという間さね」
ドライババアは年甲斐もなくショッキングピンクのミニワンピを纏っていた。頑張って三十路を装っても膚がしなびている。オペラハウスを飛び越えて裏口に着地。控室に転がり込むとフィニストの歌声が聞こえてきた。
「ちょっと、どぉいうことなの?! そりゃ、あたしが寝落ちして舞台に穴を開けたのは悪かったわよ。でもパメラならまだしも、どこの馬の骨……!」
ニキータが自分を棚に上げてシャルルに嚙みつくと、彼はキョトンとした。
「え、え、え、君、幕はまだ降りてないだろう?! 歌は?! ”誘惑の歌”はどうしたんだ?!」
座長はニキータが役柄を放り出してテンパっていると思い込んでいる。
「歌は、って! じゃあ、あそこで歌っているのは誰よ? パメラはどこ? あたしの代役じゃなかったの?!」
「ごちゃごちゃ言わずステージに戻れ!」
シャルルはこれまでにない権幕でニキータを引きずる。舞台の袖を回ると逆光の中にフィニストがいた。歌声は王子を人となりを勇壮な景観になぞらえてほめちぎっている。
「だったら、あ、あそこで脚光を浴びているのは誰?」
ニキータの震え声が静まり返った劇場に響く。観客がどよめいている。
「もういい! パメラに代われ!! あとでおぼえておけ。お前は俺の芸術を……!! お前はなぶり殺しても足らない!」
シャルルが現実の変容についていけないのか、ニキータが追いつかないのか、混迷が深まるばかりだ。
「わかった! 彼女が死ねばいい」
ニキータは驚くべき結論にたどり着いた。階段を駆け上がり、パメラの控室を蹴り開ける。
「やい! クソババー!!」
鷹の化け物に乱入されてパメラは凍り付いた。怪物は鏡台ごとパメラを引きずり倒し、嘴で後頭部を一突きした。深紅の絨毯にどす黒い憎悪が染み渡る。
すると、ニキータは腫物が落ちたように純白の素肌を取り戻した。何事もなかったようにメイクを整え、王子に嫁ぐ恋姫に変身していく。パメラを呼び起こす声などお構いなしだ。担架が運び込まれたあと、ようやく座長は義務から解放された。
「おい、お前。俺の舞台になんてことをしてくれたんだ!」
激昂するシャルルに恋姫はニンマリと答えた。「あんたじゃない。『あたしの』舞台をメチャクチャにしたの」
そういうと、当然のようにスタッフを呼び止めた。
「シーン23。シャルルのアホウが王子役を放り投げやがったの! 脚本変更。恋姫を鷹のお嫁さんにして続行よ!! グズグズしないで!!」
■ オペラハウス上空
『こちらGHQ。オオガラス 47 ブラヴォー! 上出来だ。鷹は獲物を得た』
連合国最高司令部は偵察機の苦労をねぎらった。鷹のフィニストはニキータと渾然一体となって進化の階梯を上がった。遺伝子組み換えの新しい形だ。
『オオガラス47 諒解。鷹を檜舞台へ引率します』
偵察機は揚々と実験場へ向かう。試作品を実戦投入するのが連合国軍のしきたりだ。バレット湖。黒死病鳥の出番だ。
『GHQよりオオガラス47 君たちは果報者だ。素晴らしいショーをタダ見できるのだからな』
『こちら、オオガラス47 枢軸日本本土上陸作戦の前座とやら。とくとご覧あれ』
鷹のフィニストだった生物は来るべき戦いの指揮者となるべく、記念すべき第一歩を踏み出した。
■ 湖上の死闘
黒死病鳥の湖は煮物と化していた。バンダオリエンタル艦隊は身動きが取れず、四方の山々から飛んでくる砲撃に残り少ない寿命を削られていた。もちろん、座して死を待つガウチョ族ではない。日本の相撲力士そっくりな体格の男どもが小艇の甲板で太鼓腹を揺らす。すると、豪快な飛沫が集合して高波の防塁を築く。砲撃はほぼ百パーセント弾き返され、今のところ損害はない。だが、兵士たちの体力は無限ではない。
いっぽう、バンダオリエンタル山系から嬉しい知らせが届いた。弾道ミサイルが艦隊を飛び越えてアアドバーグ市に次々と着弾する。港湾管理局の建物が被弾した。チョコレートケーキにナイフを切りいれたような炎が噴き上がる。
会心の一撃がバンダオリエンタル軍の士気を取り戻した。発砲地点と思しき場所を水兵たちが申告すると、ミサイルが湖畔の山々に刺さり始めた。二回目の斉射で艦隊を脅かしていた砲撃は止んだ。
当初の作戦通り、三個艦隊が一気呵成に要塞を集中攻撃する。砲座や対空陣地は拳骨で殴ったようにへこんでいる。抵抗らしい抵抗もないまま、アアドバーグ沖に進軍した。
そこで艦隊が見たものは――波にもまれるバナナの皮だった。水面が上下するたびにそれらが力なく手招きする。大量投棄された靴下に似ている。だが、恐る恐るその一つを釣り上げてみると水鳥の死骸であると判明した。
「ミサイル攻撃の成果か? それ以前から死んでいるように思えるが」
艦長は予想外の惨状に首をひねった。獣医が水鳥の腹を裂いたところ、胃に内容物が残っていない。「死亡推定時刻は約半日といったところであります」
「いったい何が起きたというんだ」
「私が見てまいりましょう」
若い兵士が体を張って艦長の疑問に答えた。高速艇が降ろされ、志願者が銃を担いでアアドバーグへ上陸する。
数十分後、上陸班から驚きの報告があった.
『こちら、バンダオリエンタル市内。市民の大半が死亡しています。うわぁ……』
無線機から散発的な発砲が聞こえ、話し手が済んだ女声に変わった。
『ごきげんよう。枢軸のみなさん』
彼女はハーベルトの首を要求している。その直後、バンダオリエンタル中央駅が跡形もなく消滅し、枢軸特急の線路も消滅した。
滅亡とは竜巻のようなもので巻き込まれると救助者すら吸引されてしまう。従って冷酷だが、あえて手を差し伸べないという選択肢もある。熱力学第二法則がもたらす破壊力の激しさは不可逆的な死を導く。
この無情な掟を克服しようと人間は有史以前から創意工夫を凝らしてきた。世界各地に普及しているゾロアスター教的な二元論がそうだ。善と悪、秩序と無秩序、光と闇、白と黒。対立要素の片方が過剰な故に生命の敗北を招くと考えられ、その偏重を逆転する必勝法が待望されている。
連合国と枢軸は過酷な摂理にそれぞれ真逆の方向から挑んでいる。黒い軽合金が摩擦熱に火照る。そのシルエットは連合が推進している「無秩序の強行突破」を象徴している。それは推力に物を言わせて地球のくびきを立ち切った。
『オオガラス 47より最高司令部 高度三万を超えた。鷹が狩りを始めた。繰り返す、鷹が狩りを始めた』
超音速偵察機の真下にバンダオリエンタルの惨状が広がっている。港のガントリークレーンが倒壊し、倉庫街が紅蓮と黒煙に覆われている。
『GHQ諒解。鷹を善導せよ。引続き善導せよ。報告せよ。アヒルの状況は?』
『オオガラス 47。アヒルは餌場にいる。くりかえす。アヒルは餌場にいる。以上』
「見ろよ。絶景だぜ」
定時報告を終えた通信士が機長を見やった。
「ああ、他人の不幸は蜜の味がする」
ことに人間が悶絶するさまは選りすぐりのエリートたる乗員達にとって極上の甘美だ。その為に苦労を重ねて特等席を手に入れた。この世で最高の娯楽を堪能できる僥倖を軍神に感謝した。
彼らがノーストリリアで行った攻撃は今日の奇襲に備えた前哨戦であった。
重水素二量体兵器操者は体の中に大きな爆弾を抱えている。腸内細菌は重水素を始めとする安定同位体を選択的に吸収する。これらは通常の分子に比べて比重が大きいため、細胞が遺伝情報を翻訳してアミノ酸を合成する作業に加速をつけて、様々な真核生物および原核生物のタンパク質を大量に生産することが可能となった。細胞分裂が遺伝子を正確に反映している間は問題ないが、重水素を抱えた細胞はノイズに弱く突然変異しやすい。
あの時、オーロラ偵察機は連合の特殊部隊に偵察情報を送るだけでなく、劇場に高周波を浴びせつづけていた。
■ シドニー中央病院 集中治療棟
マリアンヌは危篤状態を脱し一般病室へ移されたものの、予断を許さない。ニキータは面会謝絶の札をそっと外した。廊下のはずれにあるナースステーションがどよめいている。排煙ダクトの無断解放がバレたらしく、看護婦達の靴音がこだまする。チッ、とニキータが舌打ちする。それは野鳥のさえずりに聞こえた。どこから紛れ込んだのだろう、と女たちが右往左往しているとバサバサと羽ばたく音がした。ニキータは風切りばねでナースたちの背中を裂く。白衣が襤褸切れに変わり、清潔感あふれる純白パンティがあらわになった。
「ひゃん☆」
ノーブラの看護婦が無い胸を慌てて隠す。
「ヤダ! この娘ったら!!」
もう一人が切れかかったゴムを抑えながらしゃがみ込む。彼女たちが怯んだすきにニキータは病室に入った。マリアンヌは虫の息どころではなく豪快なイビキをかいていた。
「おばさん! 聞きたいことがあるんだけど!!」
闖入者はお構いなしに声を張り上げた。まどろみが瞬時に破られる。
「十数える間に出ていくから、イエスかノーかで答えて!」
場数を踏んだ大女優は動じず「何なの?」と鷹揚な態度で迎えた。
「シャルルとヤったの? 腰が抜けるほど!」
唐突な質問にマリアンヌは見当識を失いかけたが、プロ意識が場の空気を瞬時に読んだ。
「あいつったら童貞なのよぉ~。知ってた?」
語尾に嘲笑が含まれている。
「わかったわ。ありがと。お大事になさってくださいネ♡」
ニキータは留飲を下げたようだ。緊張を解き、晴れやかに窓から飛び去った。
■ 同市芸術劇団 楽屋
舞台稽古の合間にニキータはパメラを二人っきりになれる場所へ連れ出した。
「なん、なん、何なの? あなた」
「あの男は卑怯者よ! 大噓つきで臆病者。最ッ低の男。下の下よッ!!」
「どういう意味か聞かせて。落ち着いて」
捲し立てるプリマドンナを代役は懸命に抑えた。
「予算削減なんて出鱈目よ。 あの不能野郎、マリアンヌをペットにしていた。飽きたから新しい総菜を欲しがったの!」
「劇団を私物化しているっていうの?!」
「そうよ! 『まるでストリップ小屋の出し物だ』と言った、あたしの読みが正しかった!」
ニキータは黒死病鳥の一人二役が座長の新しい趣味を満足させるだけの代物だと扱き下ろした。そのヒステリックな口ぶりが鳥の囀りを思わせるのは気のせいだろうか。
「彼はギャップ萌えを自家発電の燃料にしてるっていうの? あなた、新陳代謝が激しすぎよ」
パメラはニキータの荒れっぷりに憧憬と恐怖を感じた。清楚を売りにしていた女が役作りのためとは言え、ここまで堕落できるとは!
「まぁ。そういう愚か者もいるかもしれない。けど、芸術は性欲の延長線上にあるって男子どもはいうからねぇ」
パメラはニキータに気分転換をすすめた。腰丈のスウェットシャツを頭からかぶらせ、連れ立って劇場裏のカフェテリアに向かった。裾から見え隠れする白いレオタードが誘蛾灯のように視線を集める。
西日に染まる店内は閑散としていて暇そうなフロア係がデニムミニスカートからはみ出た生足を組んでいた。
「おばさん。一本いっとく?」
若いバイト娘はニキータの疲れた顔を見るなり煙草に火をつけた。
「なんなのよ。藪から棒に。それにこれって」
差し出された一本をニキータが払い除ける。見るからにヤバそうな一本だ。ウエイトレスの目は泳いでいるし。すると、横からパメラが割り込んだ。
「気を病む方が体に毒よ」
そう言いながら無理やり口にねじこみ、自分も一服した。ニキータはむせながらも次第に高揚していく。ハレーすい星が肺に墜落した。
■ バンダオリエンタル市港湾施設
柔らかな月の光が真夏に転じた。吹き荒れる破壊の嵐はとどまるところをしらず。混乱の断片があちこちで発火している。バンダオリエンタル軍は総崩れになるところをハーベルトの的確な指揮で潰走を食い止めている。
「監視を怠ってたわけじゃないでしょう?!」
望萌が対空要員に問い詰めいている。少女は皿のような目をして機器は正常たと釈明した。
「フィニストがレーダー耐性を獲得したなんて聞いてないわ」
ハーベルトが泣きじゃくる兵士の頭を撫でる。
「でも、現に――」
「閣下、先遣隊が指示を仰いでいます」
部隊運用士官が配置図を持ってきた。荒天に備えて出航時刻を繰り上げたことが幸いした。バンダオリエンタル軍の主力三派は独自に準備を進め、枢軸の後方支援を待つばかりだった。
「敵は戦力を分断するつもりよ。このままじゃ策士策に溺れてしまう。密集隊形を取らせて!」
ハーベルトは三個艦隊に輪形陣を取らせた。その殆どが揚陸艦で駆逐艦や巡洋艦は少ない。狭い湖上における艦隊戦は想定外だった。
「この夜空のどこかに偵察機が潜んでいるんでしょう。どのみち、浮かぶ標的ですよ」
はち切れそうなバンダオリエンタル海軍司令はぷうっと頬を膨らませた。議論している間にも対空車両が爆散する。
「頭上の敵は鷹と何匹いるの?」
頭上の脅威はどこからともなく容赦ない空爆を加えているが、射線を辿れば居場所が掴める。ハーベルトは被害状況から敵の戦力評価を行わせた。
閃光がハーベルトの視界を掠めた。あわてて遮光器を被るが、目に暗転が生じてしまった、。
「うっ――!」
彼女はスカートの中が照らされるのも気にせず装甲車から地面に転げ落ちた。
「大丈夫ですか、閣下!」
女子衛生兵が駆け寄り、ハーベルトを抱きおこす。
「痛った~~い」 彼女は腰をさすりながらハッとしたように天を仰いだ。「そうか! そういうことだったのね!!
看護婦が車椅子を勧めると、ハーベルトは丁寧に拒み、工兵隊長を呼び寄せた。
「鷹狩の方法を思いついたわ。探照灯をありったけ準備させて」
■ バンダオリエンタル背後山系
湿気を含んだ夜風が祥子のスカートを揺らした。重機が急斜面を切り崩し、スイッチバック式線路を敷設している。ブルドーザーが台地をならし、信号所建設が急ピッチで進む。バンダオリエンタル港を襲撃している勢力はこちらまで手が回らない様子だ。
「地対地弾道ミサイルによる飽和攻撃を敢行します」
鉄道移動型発射車両大隊の士官はドイッチェラント本国と連絡を取り合ってミサイルの追加供給を受けた。貨車には空爆を免れるために保護色のシートが掛けられている。
「大総統府が本気で殺しにかかるとは思わなかったわ」
望萌にしてみれば希少な技術資源であるバレット湖畔を潰すなど愚策の極みだ。だが、フィニストが制御不能な脅威と化した今、評価損益でしかない。
「もともと藤野乗務員の発案が無ければ成しえなかった戦術です」
大隊長が祥子の作戦能力を讃えているが当の本人は頭を抱えている。「どうしてこうなった……」
「アアドバーグ市民は墓場に行く運命だったのよ。フィニストに魅入られた時点で」
諦めの悪い者は同じ宿命に引き摺り込まれる。喪失した小鳩のように。
「黒死病鳥の湖はね。婚活中のお姫様が雌の鷹に王子様をおねだりするの。鷹は姫に王子と結婚させてやる代わりに自分とも契りを結べというの。彼女が言うには『あたしには永遠の血が流れている。王子はいずれ老衰するが、自分と結ばれるなら、血を分けてやろう』と持ち掛けるの」
「ふうん。その鷹って変態なんだね」
祥子は興味なさげに望萌の話を聞き流している。御伽噺で和ませるなんて莫迦莫迦しい。
「姫は婚礼の支度を終えて王子に会いに行くと、あろうことか鷹といちゃついてるの!」
「男って、すぐ盛るよね」
「それでお姫様は怒って」
「実家に帰るか、自殺したの?」
祥子の時代では女は男に追随する生き物だと考えられていた。
「いいえ。殺しにかかったのよ、鷹と一致団結して」
「ええええええ?!」
女が男に刃傷をつけるという結末に祥子は斬新さを感じた。思わず身を乗り出す。
「それで鷹の奥様とお姫様は血を分け合って末永く暮らしました。めでたしめでたし」
呆けたように聞いていた祥子だったが、ふと疑問に思った。
「それって”お子ちゃま”向けの話だよね。本当は怖い話なんでしょ?」
「よく気づいたわね。そうよ。二人が暮らし始めるにつれ、お姫様はだんだん黒ずんでいったの。最後に変な病気を患って共倒れしちゃった。これが本当はコワい黒死病鳥の湖」
「死んだの?!」
「死んだ死んだ。王子の呪いとか何とか教訓がついてるわ。最適解は王子が挙式まで貞操を貫き、夫妻で鷹を飼うこと。そういう寓話」
「怖いね」
祥子はプリーツスカートの裾をテニススコートとぴったり合わせた。脚を閉じて重ね履きしたブルマやアンダースコートの温もりを両膝の間に溜める。
オレンジ色の曳航が揃って対岸の空へ長い長い尾を引いた。
■ 白熱の色情
百万個の電球がニキータの鼓膜を照らすと、空気が清涼感を増して彼女の大腸すらも透過した。寺院の晩鐘と右折の警告音と喝采が混然一体となって彼女の眼球を洗い流した。まるでシャワーを顔面に浴びたような感じだ。それからニキータの下腹部で何かが鳴り響いた。
消化器が暴れているんだと彼女は考えた。それは画期的な体験だった。過去現在未来に至って彼女を苛立たせる諸悪が大腸を回遊すること。その軟度を知覚すること。
絶え間なく降り注ぐハレー彗星が彼女の臍に爆心地をうがち、宇宙をついばむ鷹の嬌声が副鼻腔から侵入して、希薄化した不快感と混合し、重厚な圧迫で彼女を威圧した。彼女の周囲に無量大数の子孫、どれも同じ顔をした彼女の娘たちが集合したが、その誰もが彼女に殺意を投げつけた。
「ねぇ、貴女、意外とカワイイじゃん」
フロア嬢は歪んだ現実に身を任せてニキータのレオタードを破り捨てた。
「らめぇっ! わらちの奥ちゃん」
パメラがデニムミニスカートにしがみつき深緑色のブルマごと地獄に落ちる。ニキータはフロア嬢を浮き輪にしてどこまでも透明な闇の中を沈んでいった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はっ?! あたしってば!!」
ランチタイムを告げる鐘がぬくぬくとした彼女の甘えに冷や水を浴びせた。アパートの窓にデジタル時計が輝いている。
「やだもう! 終わりかけてるじゃない」
血の匂いが混じったブランケットを蹴り上げ、腰に張り付いたアンダースイムショーツを破り捨て、一糸まとわぬままシャワーを浴びる。
煙草にヤバいドラッグを盛られたせいで、まだ部屋が歪んで見える。
素肌に直接レオタードをつけ、脱水かごから生乾きのブルマとクルーネックシャツを取り出して被る。濡れ髪を手くしで整え、クラウドメイクをさっとひと吹き。車の中で乾かそう。壁のパーソナルコンダクターを通じてUBERを呼ぶ。ドライバーは雌ゴリラを三回殴ったようなババアだ。ベランダの洗濯物を巻き上げてフライヤーが到着。ここは時間にルーズなダメおんなを一生懸命に演じておこう。
「若いうちは時間を大切におし。いつまでもあると思うとあっという間さね」
ドライババアは年甲斐もなくショッキングピンクのミニワンピを纏っていた。頑張って三十路を装っても膚がしなびている。オペラハウスを飛び越えて裏口に着地。控室に転がり込むとフィニストの歌声が聞こえてきた。
「ちょっと、どぉいうことなの?! そりゃ、あたしが寝落ちして舞台に穴を開けたのは悪かったわよ。でもパメラならまだしも、どこの馬の骨……!」
ニキータが自分を棚に上げてシャルルに嚙みつくと、彼はキョトンとした。
「え、え、え、君、幕はまだ降りてないだろう?! 歌は?! ”誘惑の歌”はどうしたんだ?!」
座長はニキータが役柄を放り出してテンパっていると思い込んでいる。
「歌は、って! じゃあ、あそこで歌っているのは誰よ? パメラはどこ? あたしの代役じゃなかったの?!」
「ごちゃごちゃ言わずステージに戻れ!」
シャルルはこれまでにない権幕でニキータを引きずる。舞台の袖を回ると逆光の中にフィニストがいた。歌声は王子を人となりを勇壮な景観になぞらえてほめちぎっている。
「だったら、あ、あそこで脚光を浴びているのは誰?」
ニキータの震え声が静まり返った劇場に響く。観客がどよめいている。
「もういい! パメラに代われ!! あとでおぼえておけ。お前は俺の芸術を……!! お前はなぶり殺しても足らない!」
シャルルが現実の変容についていけないのか、ニキータが追いつかないのか、混迷が深まるばかりだ。
「わかった! 彼女が死ねばいい」
ニキータは驚くべき結論にたどり着いた。階段を駆け上がり、パメラの控室を蹴り開ける。
「やい! クソババー!!」
鷹の化け物に乱入されてパメラは凍り付いた。怪物は鏡台ごとパメラを引きずり倒し、嘴で後頭部を一突きした。深紅の絨毯にどす黒い憎悪が染み渡る。
すると、ニキータは腫物が落ちたように純白の素肌を取り戻した。何事もなかったようにメイクを整え、王子に嫁ぐ恋姫に変身していく。パメラを呼び起こす声などお構いなしだ。担架が運び込まれたあと、ようやく座長は義務から解放された。
「おい、お前。俺の舞台になんてことをしてくれたんだ!」
激昂するシャルルに恋姫はニンマリと答えた。「あんたじゃない。『あたしの』舞台をメチャクチャにしたの」
そういうと、当然のようにスタッフを呼び止めた。
「シーン23。シャルルのアホウが王子役を放り投げやがったの! 脚本変更。恋姫を鷹のお嫁さんにして続行よ!! グズグズしないで!!」
■ オペラハウス上空
『こちらGHQ。オオガラス 47 ブラヴォー! 上出来だ。鷹は獲物を得た』
連合国最高司令部は偵察機の苦労をねぎらった。鷹のフィニストはニキータと渾然一体となって進化の階梯を上がった。遺伝子組み換えの新しい形だ。
『オオガラス47 諒解。鷹を檜舞台へ引率します』
偵察機は揚々と実験場へ向かう。試作品を実戦投入するのが連合国軍のしきたりだ。バレット湖。黒死病鳥の出番だ。
『GHQよりオオガラス47 君たちは果報者だ。素晴らしいショーをタダ見できるのだからな』
『こちら、オオガラス47 枢軸日本本土上陸作戦の前座とやら。とくとご覧あれ』
鷹のフィニストだった生物は来るべき戦いの指揮者となるべく、記念すべき第一歩を踏み出した。
■ 湖上の死闘
黒死病鳥の湖は煮物と化していた。バンダオリエンタル艦隊は身動きが取れず、四方の山々から飛んでくる砲撃に残り少ない寿命を削られていた。もちろん、座して死を待つガウチョ族ではない。日本の相撲力士そっくりな体格の男どもが小艇の甲板で太鼓腹を揺らす。すると、豪快な飛沫が集合して高波の防塁を築く。砲撃はほぼ百パーセント弾き返され、今のところ損害はない。だが、兵士たちの体力は無限ではない。
いっぽう、バンダオリエンタル山系から嬉しい知らせが届いた。弾道ミサイルが艦隊を飛び越えてアアドバーグ市に次々と着弾する。港湾管理局の建物が被弾した。チョコレートケーキにナイフを切りいれたような炎が噴き上がる。
会心の一撃がバンダオリエンタル軍の士気を取り戻した。発砲地点と思しき場所を水兵たちが申告すると、ミサイルが湖畔の山々に刺さり始めた。二回目の斉射で艦隊を脅かしていた砲撃は止んだ。
当初の作戦通り、三個艦隊が一気呵成に要塞を集中攻撃する。砲座や対空陣地は拳骨で殴ったようにへこんでいる。抵抗らしい抵抗もないまま、アアドバーグ沖に進軍した。
そこで艦隊が見たものは――波にもまれるバナナの皮だった。水面が上下するたびにそれらが力なく手招きする。大量投棄された靴下に似ている。だが、恐る恐るその一つを釣り上げてみると水鳥の死骸であると判明した。
「ミサイル攻撃の成果か? それ以前から死んでいるように思えるが」
艦長は予想外の惨状に首をひねった。獣医が水鳥の腹を裂いたところ、胃に内容物が残っていない。「死亡推定時刻は約半日といったところであります」
「いったい何が起きたというんだ」
「私が見てまいりましょう」
若い兵士が体を張って艦長の疑問に答えた。高速艇が降ろされ、志願者が銃を担いでアアドバーグへ上陸する。
数十分後、上陸班から驚きの報告があった.
『こちら、バンダオリエンタル市内。市民の大半が死亡しています。うわぁ……』
無線機から散発的な発砲が聞こえ、話し手が済んだ女声に変わった。
『ごきげんよう。枢軸のみなさん』
彼女はハーベルトの首を要求している。その直後、バンダオリエンタル中央駅が跡形もなく消滅し、枢軸特急の線路も消滅した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
182年の人生
山碕田鶴
ホラー
1913年。軍の諜報活動を支援する貿易商シキは暗殺されたはずだった。他人の肉体を乗っ取り魂を存続させる能力に目覚めたシキは、死神に追われながら永遠を生き始める。
人間としてこの世に生まれ来る死神カイと、アンドロイド・イオンを「魂の器」とすべく開発するシキ。
二人の幾度もの人生が交差する、シキ182年の記録。
『月のトカゲを探す者』第一部(全三部)。
(表紙絵/山碕田鶴)
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる