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蛍光色の方程式(ブライトリング・ファイアスターター)(8) 果てしなき虚構の果てに(前編)
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■ 斎藤興商(承前)
エリザベス・キューブラーロスが提唱した死の五段階説は余命宣告された人間の行動学である。誰もが個人差はあれど、否認、怒り、取引、抑うつ、受容の順に推移した後、永遠の眠りにつく。ハーベルトは窓の外を見やり、耳をつんざく雷鳴や閃光はコケオドシだと見抜いた。なぜならばエリスの脅し文句は五段階説の取引に該当する可能性があるからだ。額面通り、人類が「いますぐ」滅亡するというのなら、すべての人は安らかな臨終を待つばかりであり、彼女の行動と矛盾する。風が運んでくる喧騒はパニック状態に陥った歩行者たちのものであり、とうてい死ぬ心の準備ができているとは思えない。よって、世界がただちに終わるというエリスの脅しは偽りである。
その推理をハーベルトは共有視野に記述した。勝ち誇ったエリスの顔にポチポチとフォントが打刻されていく。祥子はいきなりの「筆談」に面を食らった様子だったが『わかったよ』と打ち返した。祥子の時代でもパソコン通信でチャットが行われていたが庶民のものではなかった。ハーベルトは最初、キーボードを思い描いて入力していたが、打鍵が苦手な祥子のために五十音表とアイコンとマウスカーソルを視野内に浮かべた。
”ハーベルト。なんだかまどろっこしいね”
”わたしは帝政日本語ができるからいいけど、ドイッチェラント本国にいったらあなた、大変なことになるわよ”
”うわぁ。外国語の勉強なんかいやだよ~”
そのような内容を電光石火で疎通した。
”もう一つ、おかしなことがあるわ。あの子、御大層に超新星を連呼しているけど、そもそも超新星の破片は高温高圧な状態でしか存在しえないのよ。縮退物質と言ってね。恒星の水素ガスが星の重力で物凄ーく押しつぶされて固形コンソメみたいになってるの”
”じゃあ、地球に降ってくるなんてありえないってこと?”
”そうよ。近接超新星候補と目されるベテルギウスでさえ百五十光年も離れてる。仮に未知の場所から飛んできたとしても太陽に捕獲されずに公転するなんて奇跡に近い”
”じゃあ、窓の外のあれは何? とてもハッタリに見えない”
立体映像とも思えない。祥子が話している間にもどこかから飛んできた破片がコツコツと窓をたたいている。遠くに黒煙があがり、きな臭い匂いがしてきた。
”パウリの排他律かハイゼンベルグの不確定性原理を破ったというなら別だけど……”
どんな規則にも例外はある。物理法則ですらも厳格ではない。「破れ」といって一定条件下で破たんする場合がある。しかも、自発的破れと言って自然そのものが自身に科した掟を破るのだ。ハッキングと同じで手口さえ判れば人の手で不変の原理を覆すことができる。あまり考えたくはないが、ハーベルトは”宇宙人”たちが物理則を破壊した可能性に思い当たった。
”そうだわ! 一つだけ、方法がある。祥子、列車に戻るわよ”
”戻るったって……”
「人の話を聞いているの?!!」
恫喝が祥子の返事を遮った。二人の「内緒話」をエリスは悟ったらしく、ますます逆上した。
夏希がカラシニコフ銃を構えている。
「頻繁にアイコンタクトして、これ以上妙な真似をしたら容赦しないよ」
語気を荒げたとたんに、テレビからギャーッという叫びと大音響が聞こえてきた。
『うわ~やっちまったよ!』
『列車が木っ端みじんになりましたあああああ!』
『先生が! 先生がぁ!! ぼやぼやしないで助けてあげて!!』
『おい! 火薬使いすぎだろ! 想定外? 何、暢気なこと抜かしてるんだよボケ』
ブチ切れたMCがADを叱りつけている。絡まれた方は「は?」と凍り付く
「は、じゃねーよ。お前、これ、殺人だろ、殺人」
MCは相手の胸倉を掴んで殴り始めた。ほとんどチンピラの因縁である。やめて、と女優が割って入ると、あろうことか、彼女の顔面にパンチがさく裂した。彼女は盛大にミニスカートの奥をお披露目しつつ、後頭部を打ち付けた。もはや番組は体をなしていない。グダグダのまま、カメラが引いて爆発現場をとらえる。黒煙が立ち込め、誘爆が続いている。
「少しでも動いたら、この程度じゃ済まないからね。おい、ストルガッツキー!」
エリスは影響されやすい女だ。興奮気味に言う。
ストルガッツキーが短機関銃をちらつかせると、廊下から同じ銃を構えた小隊が雪崩れ込んだ。
祥子とハーベルトはたちまち武器を取り上げられ、セーラー服を胸元から破かれた。プリーツスカートの下から手を突っ込まれ、複数の手で身ぐるみを剥がれていく。バサリ、とスクール水着から白い翼がこぼれる。祥子がブラを奪われまいと両腕を組む。その隙にビキニがアンダーショーツごと裂かれた。「ひゃん☆」 彼女が慌てて前を隠すと、今度はヅラを外された。男たちは手際よく二人を鎖で縛り上げた。
「アツ! ウチュジンぐれいダ。うひゃひゃ。ハラーショウ!!」
ストルガッツキーは翼を生やした地球外生命体を視線で嘗め回した。
「おや。珍獣が紛れ込んだみたいだねぇ~」
エリスも自分を棚に上げてハーベルトをさげすむ。
一行は夏希を監視役として残し、部屋を出て行った。
■ 駅舎跡
飴のように曲がったレールの上で小魚が渦を巻いている。四肢のねじくれたマネキンが真っ白な目で天を睨んでいた。荒波は鉄の骸を洗い流し、ゆっくりと砂州に埋葬していく。
浜辺では秘境田天福が喝采を浴びている。番組は終了間際に脱出成功を報じた。彼がどのようなイリュージョンを用いたのか視聴者は判らずじまいだ。カメラの手前に撮影用のトーチがあり、ずっと奥に天福のミニチュアが置いてある。単純な遠近法だ。もっとも死んだのは本物の異世界逗留者だが。
◇ ◇ ◇ ◇
「これこの通り。邪魔者はしたわ。さっさと約束を履行してちょうだい。瀬戸際なのよ」
異性の客にとって惨殺死体など取引材料に過ぎないのだろう。目もくれず、淡々とビジネスを進めた。
「どうして貴女は世界危機を煽るの?」
高美は滅亡論を振り回すエリスに不信感を拭えない。
「貴女もうすうす感づいていたでしょう。ロジウム塩の不完全燃焼は機能不全のあらわれよ。物理則が立ち行かなくなってるの」
深刻な面持ちでエリスが報酬を要求する。
「ヒノキチオールで人類を救済するなんて聞いたことがない」
高揚した勝利者は危機感に水を差すばかりか、このまま逃げ切れると踏んでいるようす。
「出し惜しみすると泣くことになるよ」
エリスは集団を裏切る事と見捨てられる事の恐ろしさを丁寧に説明したが無視された。むしろ、高美は商売道具の天敵がいなくなった喜びと損失を取り戻したい焦りから牙を剥いた。彼女は大きなミスを犯した。譲歩と妥協で優位な立場を築く
、それが勝ち組の処世術だというのに。
「ヒバ森が欲しいのなら、力づくで開発すれば? もっとも、『彼』が許してくれれば、の話だけど」
高美は弱みを握っている。埋没林はそれ自体が天然の量子コンピューターで、若干の知性が備わっている。そいつの良心をエリスは恐れていた。だから、こんな回りくどいやり方で土地の権利書を入手しようとしたのだ。では、枢軸特急の破壊は違法行為ではないのか、と言えば、元来、この世にあるべからざる物体を破壊した罪を実世界のルールで裁きようがない。
「ふん。お前だって詐欺じゃん。おあいこさ。尻に帆をかけてどこにでも行っちまいな。死ぬのが怖いんだろう? 負け犬のハリボテが満足に飛べるとは思えないけど」
川端エリスは地球外来種由来の冷酷な本性を現した。ケラケラと笑い飛ばす。
「はっは。ブーメラン投げの達人はよく吠えるねぇ」
高美は意気揚々と立ち去った。
■ ジルバーフォーゲル
一難去ってまた一難。望萌は遥か成層圏からTWX666Ωのピンチを打開しようとあらゆる手段を講じていた。留萌たちのもとへいち早く駆け付けるべき彼女には持ち場を離れられない理由がある。ジルバーフォーゲルが対地攻撃できる仕様でないことと、防空任務があったからだ。連合軍がなりふり構わぬ方法で大気圏外から侵入する恐れがある。彼女はゲルマニアに応援を求めた。
「”閣下”とはまだ連絡がつかないのですか?」
エルフリーデ・ハートレー大統領が焦りを見せることは滅多にない。望萌がTWX666Ωの爆破を告げるとたいそう胸を痛めた。「犯罪者は然るべき代償を支払わねばなりません」
彼女は震える手で大統領令に署名した。「徹底的におやりなさい!」
電送されてきた書面を見るなり望萌は驚いた。「こ、こんな……! 連合と戦……」
「構いません」
覚悟の一言が望萌の背中を押した。
■ 紀伊水道
寵愛する部下達を失った大総統の悲しみと怒りはビチャース海淵よりも深い。彼女は後桜鳩女皇に直談判を申し入れ協力を取り付けた。女性天皇は祖国によく似ている豊穣の行く末を憂慮したが、人類に仇為すエイリアンの脅威を鑑みて、馬謖を切る決断を下した。盟友たるエルフリーデにすべてを託すと申し出た。
大総統は確約した。
「膿を出し切る」、と。
伊四百改潜水艦は枢軸日本が連合本土攻撃のために開発した排水量八千トン級の潜水空母だ。特殊攻撃機晴嵐に代わって垂直離着陸超音速戦闘機「眼龍」を四機格納している。さらに中央部にVLMSを備え、弾道弾の発射も可能である。伊四百改は対艦兵器として位置づけられていた潜水艦の立場を大幅に拡張し、核兵器時代の帳をひらく弾道ミサイル発射能力を得た。それまでの運用論を覆しかねないばかりか、戦略思想の制度設計に影響を与えかねないことから「禁忌技術」として封印されてきた。
その禁を平和の番人を標榜する大総統が自ら破ることは、彼女にとって耐えがたい屈辱であろう。そのことがエルフリーデを滾らせている。
『みなさん、出番ですよ!』
「「「「ヤヴォール! ハートレー!!」」」
日独伊芬・枢軸基幹同盟の雌が直々に命令を下した。ブライトリング世界の屋台骨は経済だ。よって、通商破壊あるのみである。
「万歳! ハ~トレ~♡ ユ~ゲント♪ 万歳!! われらが友邦♡ ゲルマニ~ア♪」
艦内に歓喜の合唱が響いた。
「伊四百四、伊四百伍は大阪方面へ!」
「「Jowohl Herr Unteroffizier」」
セーラー服に身を包んだ黒髪少女が可愛らしい号令を出す。大日本帝国女子潜水挺身隊のうら若き乙女たちが、濃紺のブルマーをチラつかせながら梯子を上る。これら二隻はSLBM――潜水艦発射型弾道ミサイルに特化している。
豊穣の世界を言いしえぬ不安が取り巻いている。カリフォルニウム相場の急落に端を発した世界同時株安はバブルに冷水を浴びせるどころか信用収縮の連鎖反応を招き、七十億人をお通夜ムードに叩き込んだ。日銀は禁じ手の預金封鎖を発動。キャッシュフローの動脈硬化が資本主義経済の壊死を加速させていく。人々は肥え太り、残飯が東京湾に赤潮を沸かせる状況で、今日明日に餓死するということはないが、背伸びした生活スタイルから転落する恐怖に人々はおびえる。
紀伊水道を進むUボートは枢軸諜報員の工作によってバブル世界にありがちな理由付けがされている。異世界人の侵入を怪しむ者はいなかった。むしろ、興味本位のマスコミがヘリコプターを連ねて航跡を追うしまつ。伊四百五艦長 五百蔵千鶴子は潜望鏡深度までの浮上を命じた。格納塔外の最上甲板株にセーラー服姿の少女があらわれた。肩に円筒を担いでいる。ふわりと風になびくスカート。パパラッチが降下した瞬間、携帯用対空ランチャー・フリーガーファウストが吼えた。
赤外線追尾式誘導砲弾がうるさい蠅を一掃していく。折れたブレードが緩慢なファイアーダンスを舞う。
「巡航誘導弾『舜燕』、撃ち~かた、始め」
復唱が担当部署を駆け巡る。
「「「撃ち~方、始め!」」
串本町の大森山にある航空管制レーダーは音速の飛翔体を検出したが、それを識別する能力がなかった。
大阪、淀屋橋駅直上のカフェテリア、ベロダッセはモーニングセットを頬張るサラリーマンでにぎわっている。
「道頓堀ですねん。トンボリの下をパァーっと光るモンが飛んでこましたんや!」
メタボ腹のサラリーマンが隣席のバーコード頭に通勤途中の珍事を大げさに語った。
「そら、あんさん。ゼニの数えすぎちゃいまっか? 頭ン中、数字だらけで何処かワヤになっておりますのやで」
指摘された側は、ふと考え込んで「そうでっしゃろか? ワテの他にもギョウサン目撃者が居てこましてんで?」
うんざりしたようにスダレ髪が揺れる。
「せ、や、か、ら。お銭々の数えすぎですねん。ゼニ儲けはボチボチにしなはれや」
「さ、さいでっか? ……そうでんなぁ。ショーバイはボチボチが一番でんなぁ」
デブ男は扇子でパシッと額を叩く。「こりゃ一本取られましたなわ」
「「わーはっは!」」
周囲が笑いの坩堝に陥った、まさにそのとき。
淀屋橋がめくれ上がった。少し離れた大江橋が瓦割りされる。「な、何ですねん? ハギャ!」
ベロダッセの螺旋階段を舜燕が回り込み、カウンターに突き刺さった。信管が作動。土佐堀川に建材をぶちまける。
「大阪を訪問中の田六財務大臣が爆発事故で意識不明の重体です」
テレビでは金融関係者の暗殺を速報している。未曽有の株価暴落に財政出動するべきか海外の注目が集まっていた時の惨事。内閣は後任人事を急いでいるが有力候補は消極的な性格だと噂され、早くも投資資金が逃げている。同時刻、大阪証券取引所の丸いビルが真っ二つに爆散し、金融システムがマヒした。国家非常事態を宣言する制度もないまま、豊穣世界一の債権国は生ける屍と化した。
大総統府親衛隊最高指令室には豊穣世界の派遣軍から刻々と報告があがっている。
「汚染された異世界は切除せねばなりません。それが唯一の感染予防です」
エルフリーデ・ハートレーは苦虫を食い潰したような面持ちで女従たちに溢した。
エリザベス・キューブラーロスが提唱した死の五段階説は余命宣告された人間の行動学である。誰もが個人差はあれど、否認、怒り、取引、抑うつ、受容の順に推移した後、永遠の眠りにつく。ハーベルトは窓の外を見やり、耳をつんざく雷鳴や閃光はコケオドシだと見抜いた。なぜならばエリスの脅し文句は五段階説の取引に該当する可能性があるからだ。額面通り、人類が「いますぐ」滅亡するというのなら、すべての人は安らかな臨終を待つばかりであり、彼女の行動と矛盾する。風が運んでくる喧騒はパニック状態に陥った歩行者たちのものであり、とうてい死ぬ心の準備ができているとは思えない。よって、世界がただちに終わるというエリスの脅しは偽りである。
その推理をハーベルトは共有視野に記述した。勝ち誇ったエリスの顔にポチポチとフォントが打刻されていく。祥子はいきなりの「筆談」に面を食らった様子だったが『わかったよ』と打ち返した。祥子の時代でもパソコン通信でチャットが行われていたが庶民のものではなかった。ハーベルトは最初、キーボードを思い描いて入力していたが、打鍵が苦手な祥子のために五十音表とアイコンとマウスカーソルを視野内に浮かべた。
”ハーベルト。なんだかまどろっこしいね”
”わたしは帝政日本語ができるからいいけど、ドイッチェラント本国にいったらあなた、大変なことになるわよ”
”うわぁ。外国語の勉強なんかいやだよ~”
そのような内容を電光石火で疎通した。
”もう一つ、おかしなことがあるわ。あの子、御大層に超新星を連呼しているけど、そもそも超新星の破片は高温高圧な状態でしか存在しえないのよ。縮退物質と言ってね。恒星の水素ガスが星の重力で物凄ーく押しつぶされて固形コンソメみたいになってるの”
”じゃあ、地球に降ってくるなんてありえないってこと?”
”そうよ。近接超新星候補と目されるベテルギウスでさえ百五十光年も離れてる。仮に未知の場所から飛んできたとしても太陽に捕獲されずに公転するなんて奇跡に近い”
”じゃあ、窓の外のあれは何? とてもハッタリに見えない”
立体映像とも思えない。祥子が話している間にもどこかから飛んできた破片がコツコツと窓をたたいている。遠くに黒煙があがり、きな臭い匂いがしてきた。
”パウリの排他律かハイゼンベルグの不確定性原理を破ったというなら別だけど……”
どんな規則にも例外はある。物理法則ですらも厳格ではない。「破れ」といって一定条件下で破たんする場合がある。しかも、自発的破れと言って自然そのものが自身に科した掟を破るのだ。ハッキングと同じで手口さえ判れば人の手で不変の原理を覆すことができる。あまり考えたくはないが、ハーベルトは”宇宙人”たちが物理則を破壊した可能性に思い当たった。
”そうだわ! 一つだけ、方法がある。祥子、列車に戻るわよ”
”戻るったって……”
「人の話を聞いているの?!!」
恫喝が祥子の返事を遮った。二人の「内緒話」をエリスは悟ったらしく、ますます逆上した。
夏希がカラシニコフ銃を構えている。
「頻繁にアイコンタクトして、これ以上妙な真似をしたら容赦しないよ」
語気を荒げたとたんに、テレビからギャーッという叫びと大音響が聞こえてきた。
『うわ~やっちまったよ!』
『列車が木っ端みじんになりましたあああああ!』
『先生が! 先生がぁ!! ぼやぼやしないで助けてあげて!!』
『おい! 火薬使いすぎだろ! 想定外? 何、暢気なこと抜かしてるんだよボケ』
ブチ切れたMCがADを叱りつけている。絡まれた方は「は?」と凍り付く
「は、じゃねーよ。お前、これ、殺人だろ、殺人」
MCは相手の胸倉を掴んで殴り始めた。ほとんどチンピラの因縁である。やめて、と女優が割って入ると、あろうことか、彼女の顔面にパンチがさく裂した。彼女は盛大にミニスカートの奥をお披露目しつつ、後頭部を打ち付けた。もはや番組は体をなしていない。グダグダのまま、カメラが引いて爆発現場をとらえる。黒煙が立ち込め、誘爆が続いている。
「少しでも動いたら、この程度じゃ済まないからね。おい、ストルガッツキー!」
エリスは影響されやすい女だ。興奮気味に言う。
ストルガッツキーが短機関銃をちらつかせると、廊下から同じ銃を構えた小隊が雪崩れ込んだ。
祥子とハーベルトはたちまち武器を取り上げられ、セーラー服を胸元から破かれた。プリーツスカートの下から手を突っ込まれ、複数の手で身ぐるみを剥がれていく。バサリ、とスクール水着から白い翼がこぼれる。祥子がブラを奪われまいと両腕を組む。その隙にビキニがアンダーショーツごと裂かれた。「ひゃん☆」 彼女が慌てて前を隠すと、今度はヅラを外された。男たちは手際よく二人を鎖で縛り上げた。
「アツ! ウチュジンぐれいダ。うひゃひゃ。ハラーショウ!!」
ストルガッツキーは翼を生やした地球外生命体を視線で嘗め回した。
「おや。珍獣が紛れ込んだみたいだねぇ~」
エリスも自分を棚に上げてハーベルトをさげすむ。
一行は夏希を監視役として残し、部屋を出て行った。
■ 駅舎跡
飴のように曲がったレールの上で小魚が渦を巻いている。四肢のねじくれたマネキンが真っ白な目で天を睨んでいた。荒波は鉄の骸を洗い流し、ゆっくりと砂州に埋葬していく。
浜辺では秘境田天福が喝采を浴びている。番組は終了間際に脱出成功を報じた。彼がどのようなイリュージョンを用いたのか視聴者は判らずじまいだ。カメラの手前に撮影用のトーチがあり、ずっと奥に天福のミニチュアが置いてある。単純な遠近法だ。もっとも死んだのは本物の異世界逗留者だが。
◇ ◇ ◇ ◇
「これこの通り。邪魔者はしたわ。さっさと約束を履行してちょうだい。瀬戸際なのよ」
異性の客にとって惨殺死体など取引材料に過ぎないのだろう。目もくれず、淡々とビジネスを進めた。
「どうして貴女は世界危機を煽るの?」
高美は滅亡論を振り回すエリスに不信感を拭えない。
「貴女もうすうす感づいていたでしょう。ロジウム塩の不完全燃焼は機能不全のあらわれよ。物理則が立ち行かなくなってるの」
深刻な面持ちでエリスが報酬を要求する。
「ヒノキチオールで人類を救済するなんて聞いたことがない」
高揚した勝利者は危機感に水を差すばかりか、このまま逃げ切れると踏んでいるようす。
「出し惜しみすると泣くことになるよ」
エリスは集団を裏切る事と見捨てられる事の恐ろしさを丁寧に説明したが無視された。むしろ、高美は商売道具の天敵がいなくなった喜びと損失を取り戻したい焦りから牙を剥いた。彼女は大きなミスを犯した。譲歩と妥協で優位な立場を築く
、それが勝ち組の処世術だというのに。
「ヒバ森が欲しいのなら、力づくで開発すれば? もっとも、『彼』が許してくれれば、の話だけど」
高美は弱みを握っている。埋没林はそれ自体が天然の量子コンピューターで、若干の知性が備わっている。そいつの良心をエリスは恐れていた。だから、こんな回りくどいやり方で土地の権利書を入手しようとしたのだ。では、枢軸特急の破壊は違法行為ではないのか、と言えば、元来、この世にあるべからざる物体を破壊した罪を実世界のルールで裁きようがない。
「ふん。お前だって詐欺じゃん。おあいこさ。尻に帆をかけてどこにでも行っちまいな。死ぬのが怖いんだろう? 負け犬のハリボテが満足に飛べるとは思えないけど」
川端エリスは地球外来種由来の冷酷な本性を現した。ケラケラと笑い飛ばす。
「はっは。ブーメラン投げの達人はよく吠えるねぇ」
高美は意気揚々と立ち去った。
■ ジルバーフォーゲル
一難去ってまた一難。望萌は遥か成層圏からTWX666Ωのピンチを打開しようとあらゆる手段を講じていた。留萌たちのもとへいち早く駆け付けるべき彼女には持ち場を離れられない理由がある。ジルバーフォーゲルが対地攻撃できる仕様でないことと、防空任務があったからだ。連合軍がなりふり構わぬ方法で大気圏外から侵入する恐れがある。彼女はゲルマニアに応援を求めた。
「”閣下”とはまだ連絡がつかないのですか?」
エルフリーデ・ハートレー大統領が焦りを見せることは滅多にない。望萌がTWX666Ωの爆破を告げるとたいそう胸を痛めた。「犯罪者は然るべき代償を支払わねばなりません」
彼女は震える手で大統領令に署名した。「徹底的におやりなさい!」
電送されてきた書面を見るなり望萌は驚いた。「こ、こんな……! 連合と戦……」
「構いません」
覚悟の一言が望萌の背中を押した。
■ 紀伊水道
寵愛する部下達を失った大総統の悲しみと怒りはビチャース海淵よりも深い。彼女は後桜鳩女皇に直談判を申し入れ協力を取り付けた。女性天皇は祖国によく似ている豊穣の行く末を憂慮したが、人類に仇為すエイリアンの脅威を鑑みて、馬謖を切る決断を下した。盟友たるエルフリーデにすべてを託すと申し出た。
大総統は確約した。
「膿を出し切る」、と。
伊四百改潜水艦は枢軸日本が連合本土攻撃のために開発した排水量八千トン級の潜水空母だ。特殊攻撃機晴嵐に代わって垂直離着陸超音速戦闘機「眼龍」を四機格納している。さらに中央部にVLMSを備え、弾道弾の発射も可能である。伊四百改は対艦兵器として位置づけられていた潜水艦の立場を大幅に拡張し、核兵器時代の帳をひらく弾道ミサイル発射能力を得た。それまでの運用論を覆しかねないばかりか、戦略思想の制度設計に影響を与えかねないことから「禁忌技術」として封印されてきた。
その禁を平和の番人を標榜する大総統が自ら破ることは、彼女にとって耐えがたい屈辱であろう。そのことがエルフリーデを滾らせている。
『みなさん、出番ですよ!』
「「「「ヤヴォール! ハートレー!!」」」
日独伊芬・枢軸基幹同盟の雌が直々に命令を下した。ブライトリング世界の屋台骨は経済だ。よって、通商破壊あるのみである。
「万歳! ハ~トレ~♡ ユ~ゲント♪ 万歳!! われらが友邦♡ ゲルマニ~ア♪」
艦内に歓喜の合唱が響いた。
「伊四百四、伊四百伍は大阪方面へ!」
「「Jowohl Herr Unteroffizier」」
セーラー服に身を包んだ黒髪少女が可愛らしい号令を出す。大日本帝国女子潜水挺身隊のうら若き乙女たちが、濃紺のブルマーをチラつかせながら梯子を上る。これら二隻はSLBM――潜水艦発射型弾道ミサイルに特化している。
豊穣の世界を言いしえぬ不安が取り巻いている。カリフォルニウム相場の急落に端を発した世界同時株安はバブルに冷水を浴びせるどころか信用収縮の連鎖反応を招き、七十億人をお通夜ムードに叩き込んだ。日銀は禁じ手の預金封鎖を発動。キャッシュフローの動脈硬化が資本主義経済の壊死を加速させていく。人々は肥え太り、残飯が東京湾に赤潮を沸かせる状況で、今日明日に餓死するということはないが、背伸びした生活スタイルから転落する恐怖に人々はおびえる。
紀伊水道を進むUボートは枢軸諜報員の工作によってバブル世界にありがちな理由付けがされている。異世界人の侵入を怪しむ者はいなかった。むしろ、興味本位のマスコミがヘリコプターを連ねて航跡を追うしまつ。伊四百五艦長 五百蔵千鶴子は潜望鏡深度までの浮上を命じた。格納塔外の最上甲板株にセーラー服姿の少女があらわれた。肩に円筒を担いでいる。ふわりと風になびくスカート。パパラッチが降下した瞬間、携帯用対空ランチャー・フリーガーファウストが吼えた。
赤外線追尾式誘導砲弾がうるさい蠅を一掃していく。折れたブレードが緩慢なファイアーダンスを舞う。
「巡航誘導弾『舜燕』、撃ち~かた、始め」
復唱が担当部署を駆け巡る。
「「「撃ち~方、始め!」」
串本町の大森山にある航空管制レーダーは音速の飛翔体を検出したが、それを識別する能力がなかった。
大阪、淀屋橋駅直上のカフェテリア、ベロダッセはモーニングセットを頬張るサラリーマンでにぎわっている。
「道頓堀ですねん。トンボリの下をパァーっと光るモンが飛んでこましたんや!」
メタボ腹のサラリーマンが隣席のバーコード頭に通勤途中の珍事を大げさに語った。
「そら、あんさん。ゼニの数えすぎちゃいまっか? 頭ン中、数字だらけで何処かワヤになっておりますのやで」
指摘された側は、ふと考え込んで「そうでっしゃろか? ワテの他にもギョウサン目撃者が居てこましてんで?」
うんざりしたようにスダレ髪が揺れる。
「せ、や、か、ら。お銭々の数えすぎですねん。ゼニ儲けはボチボチにしなはれや」
「さ、さいでっか? ……そうでんなぁ。ショーバイはボチボチが一番でんなぁ」
デブ男は扇子でパシッと額を叩く。「こりゃ一本取られましたなわ」
「「わーはっは!」」
周囲が笑いの坩堝に陥った、まさにそのとき。
淀屋橋がめくれ上がった。少し離れた大江橋が瓦割りされる。「な、何ですねん? ハギャ!」
ベロダッセの螺旋階段を舜燕が回り込み、カウンターに突き刺さった。信管が作動。土佐堀川に建材をぶちまける。
「大阪を訪問中の田六財務大臣が爆発事故で意識不明の重体です」
テレビでは金融関係者の暗殺を速報している。未曽有の株価暴落に財政出動するべきか海外の注目が集まっていた時の惨事。内閣は後任人事を急いでいるが有力候補は消極的な性格だと噂され、早くも投資資金が逃げている。同時刻、大阪証券取引所の丸いビルが真っ二つに爆散し、金融システムがマヒした。国家非常事態を宣言する制度もないまま、豊穣世界一の債権国は生ける屍と化した。
大総統府親衛隊最高指令室には豊穣世界の派遣軍から刻々と報告があがっている。
「汚染された異世界は切除せねばなりません。それが唯一の感染予防です」
エルフリーデ・ハートレーは苦虫を食い潰したような面持ちで女従たちに溢した。
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ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
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