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蛍光色の方程式(ブライトリング・ファイアスターター)(8) 果てしなき虚構の果てに(後編)
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■ グレートソルト湖 上空
ジルバーフォーゲルの射撃統制装置に奇妙な影が写った。ひきつづき、連合軍の奇襲に備えて月を観察していたところ、猛スピードで移動している物体を検出した。被写体が視野に入ってきた、と望萌が認識した瞬間に視角外へ飛び去った。航跡を確認できたので天体ではないと判断した。解析装置が天文年鑑に照らし合わせて彗星や小惑星を除去し、既知の人工衛星やデブリをフィルタリングした。画像を拡大すると盛り上がった中央部から直角三角形の翼が伸びている。月との位置関係を比較すると民間航空機の達しえぬ高高度を飛行していることが伺える。
――TR-3B 偵察機オーロラだ。それは単なる盗撮犯ではない。強攻偵察機というカテゴリに分類される凶器だ。警戒厳重な敵陣に真っ向勝負を挑み、猛攻を浴びせて強引に突破する。その深奥を余すところなく撮影した後、無事に生還する。それだけの逃げ足と武装を兼ね備えた傑作機だ。望萌はジルバーフォーゲルに乗り込んで、初めて身の危険を感じた。
「ドイッチェラントの航空工学に勝るものはない。おまえら、死を覚悟しな!」
彼女は勇ましい台詞で闘志を奮い立たせた。TR-3Bは今さら言うまでもないがエイリアンテクノロジーを昇華させた地球製UFOである。枢軸の機体に劣らない性能を持っている。それを承知の上で望萌は引き金に力を込めた。いかなる超技術も所詮は「人」の手によるものだ。勝ち目はある。
■ ダグウェイ試験場
直射日光がそこかしこに反射して眼球に突き刺さる。バイザーなしではまともに目を開けていられない。
肌が焼けつくような暑さが岩塩をあぶっている。渇ききって、湿気がない状態で枢軸軍はどのようにして大量の水を得たのだろう。
遠ざかっていく意識の中でストルガッツキーは天福の格言を思い起こした。
「不可能など幻影に過ぎない……」
幻影。
ゲンエイ。
GEN-YEY。
……。
…………。
……――?。――?!!!
「ハーラショウ! ソウデス。これはまぼろしでデス!」
彼は真実に思い当たった。その閃きが幻想をみじんに打ち砕く。
瞬間、尾骶骨に衝撃を感じた。少し遅れて鈍痛がじわじわと臀部に広がっていく。「オウ。シーット!!」
涙目を拭ってよろよろと立ち上がると、隣で天福が仰臥位で寝そべっていた。
「やはり寒い国の人間は脳の暖機運転が必要なのか? とっとと起こしてくれ」
ストルガッツキーはよろめく天福に肩を貸した。脱出劇を糧にしてきた天福に窮地の二文字はない。白州のような地面にくっきりと大の字の跡がついている。彼らをさんざん苦しめた水分は一滴もない。逆に岩塩と陽炎に体液を根こそぎ吸い取られそうだ。
今度は騙されないぞ、とソビエト人が目を凝らす。
「いや。この暑さは本物だろう。俺たちを灼熱地獄に放逐したつもりだろうが、そうはいかない」
天福はかすんでしまった脱出ポッドを振り返り、右腕を大きく振り上げた。砂糖に群がる機械の蟻を得意技で吹き飛ばそうと身構える。
だが、いくら意識を集中しても、そよ風ひとつ吹かない。
「どういうことだ。三、二!」
震える指先にありったけの念を込めて、戦車軍団をなぞる。普段、何気なくステージ最前列の客を催眠させている。その成功体験を思い起こし、成功するイメージを自己暗示する。目を閉じ、呼吸を整えて、もう一度カウントダウン。三、二、一。
ぐいっと誰かに肘をつかまれた。力は強くない。ふっくらとした柔らかい感触。女の指だ。
「――お前はッ?!」
目の前に見覚えのある顔が微笑んでいた。小股の切れ上がったボディースーツに身を包み、シルクハットをかぶっている。
「大掛かりな舞台装置に頼らずサシで勝負してはいかがでしょうか。それともテーブルマジックは苦手だったとか?」
ハーベルトが安っぽい挑発をぶら下げると、痩せこけた野良犬のように食いついた。
「面白い。どうやって会得したか知らんが、付け焼き刃の小娘が同じ土俵に立てると思うな」
天福は助太刀しようとしたストルガッツキーを身振りで制した。豊穣世界唯一無二の大奇術師。その眼は殺意と自信に満ち溢れている。
「では、参ります」
ハッという気合とともにハーベルトはテーブルスタンドを召喚した。
続いて天福がどこからともなくトランプを取り出す。鋭い切れ端がハーベルトの顔面をよぎる。素早く側転で避けた。
「そういう殺伐としたやり口でなく穏便に進めましょう。手品は格闘技ではありません」
ハーベルトはトランプをテーブルの上から払いのける。
「判った。しかしその呼び方は気に入らん。奇術だ。奇術は一流のエンターテイメントだ」
天福は襟を正して恭しく一礼した。まるで、そこに観客席があるように紳士然とふるまう。
「まずは、ウォーミングアップから」
ハーベルトがステージを意識してくるりと向き直る。ムチムチのレオタードにレーシングブルマとビーチバレーショーツのラインがくっきりと浮き出ている。彼女は右手の人差し指と親指の間にマッチ棒を挟んだ。左手も同じようにする。
そして、気合とともに両手をクロスさせた。マッチ棒は折れることなく互いを見事にすり抜けた。
「オウ、スッバラシイー、ハラーショウ!!」
ストルガッツキーさんが惜しげない拍手を送る。
「ふん、造作もない」
負けじと天福も十円玉を取り出した。先ほどのトランプをコップの上に伏せ、三つ数えた。カラカラと十円玉が底に転がり落ちる。
「では、僭越ながらわたくしも」
一礼ののち、ハーベルトも同じ技を披露する。
「すごいや! ハーベルト!!」
レオタード姿の祥子が喝采すると、ハーベルトはツンと澄ました。
「どんな怪現象にも理由はある」
彼女の手から二つ折りにしたトランプがあらわれた。細長い切れ目がついており、ちょうど十円玉の直径に等しい。
「ごらんのとおり、種も仕掛けもありません」
秘境田天福はこの様なネタバレが大嫌いだ。神秘的なムードをぶち壊すだけでなく同業者の生活を脅かす。百害あって一利なしと憎悪している。笑いに走る奇術師など駆逐して然るべきだ。
ハーベルトは彼の逆鱗に触れることを計算ずくで次の勝負を煽った。天福は颯爽とピッチャーを取り出し、新聞紙で作った盃になみなみと水を注ぐ。
そして、流れるような身のこなしで新聞紙を広げて見せた。
一滴もこぼれない。
「わたくしも参ります」
ハーベルトは翼を広げた。レオタードの背中が左右に裂け、重ね着した水着がはじけ飛ぶ。彼女は一糸まとわぬ姿で祥子からボトルと新聞紙を受け取った。同様に大量の水を消して見せる。
「――?! な、なんだと?!」
天福は目を見張った。
「そ、そんな。バカな。こ、こんなことって、み、水はどこへ隠した?」
震える手で新聞紙をつまみ上げる。
「う、うそだ。どこかにネタが仕込んであるはずだ。す、水分は?」
穴のあくほど紙面を見つめ、何度も何度も裏がえす。
彼はしばしかぶりを振った後、何を思ったのか、やおら新聞紙を踏みつけた。
「何をするんです?」
祥子が制止しようとする。ハーベルトはおなかを抱えて笑い転げた。「キャハハ。ほっときなさいよ。こんな出し物、なかなか見る機会はないわ」
天福は血相を変えて新聞紙に八つ当たりする。足蹴にするだけでは物足りず、何度もジャンプを繰り返す。
「はぁ、はぁ、はぁ、どういう、はぁ、はぁ、仕掛け、はぁ、はぁ」
彼の顔色が急変した。額に玉のような汗を浮かべ、唇が紫色になる。彼は度重なる脱出劇で循環系にストレスを抱えていたらしく、やがて、がっくりと倒れこんだ。
「ハ、ハーラッショ?!」
ストルガッツキーが心配そうに駆け寄る。
「衛生兵を呼ぼうか?」
祥子はピアスに手をかけると、またもやハーベルトが諫めた。天福の容体は思わしくなく、もがき苦しんでいる。
「だって、死んじゃうよ?」
「いいのよ。留萌達を殺した報いよ」
「でも――」
「鉄の規律を忘れたの? 異世界で生き残る為には容赦は禁物。敵が泣いて命乞いしても殺すべき時は殺しなさい。さもなくば……」ハーベルトの警告を無視して祥子が救援を呼ぶ。
「お、おねがいだぁ! 教えてくれぇ。はぁ、はぁ、さもなくば、死にきれん」
情けないことに当代きってのマジシャンは吸水トリックの謎を見抜けなかった。
「は、ハーベルト……せ、先せぇ、たの…む」
秘境田天福の魂は熱力学第二法則の向こうへ消え去った。同時にストルガッツキーの姿も見えなくなった。
「情けない男ね」
ハーベルトは動かなくなった男の胸元を緩めた。丁寧に背広を脱がせると、内側にポリ袋が縫い付けてあった。袖口に漏斗がかくしてあり、細長いパイプが続いている。
「他にも色々と仕込んであるようだけど、後塵のために内緒にしてあげる」
ハーベルトはダイマー能力を使って、亡骸を岩塩に埋葬した。
「ハーベルト、キミはどういうトリックを使ったの?」
祥子が複雑な表情で尋ねると、ハーベルトは新聞紙で兜を折った。頂点をさかさまにして下腹部に押し当てる。
「これは貴女の世界にもある技術よ。枢軸のそれはあなたたちより何倍も吸収力があるんだけど」
「あっ、そういうことか。あっけない幕切れだったね」、と拍子抜けする祥子。
すると夏希が声をあげて泣き出した。
「わたしがバカだったんです。高美と張り合おうなどと。あの時、カルフォルニウム先物で不渡りを出さなかったら……TWX666Ωの人々や、天福も……。こんなことになるなんて。ああ!」
「留萌達のことなら心配ないわ」
ハーベルトは悲嘆に暮れる夏希をそっと抱きしめた。トワイライトエクリプスの汽笛が彼女の耳を弄した
「「「ご心配には及びません」」」
夏希が顔をあげるとハウゼル列車長や留萌が手を振っている。その中に彼女は忘れられない人物を見出した。
「きみ子!」
さぁっと翼を広げて白い荒野を渡る。
「ねぇ、ハーベルト。死人を生き返らせたり、洪水をおこしたりどういうイリュージョンを使ったのさ?」
先輩逗留者はしたり顔で答えた。
「旅人の外套効果よ。爆発炎上した”ふり”をしたり、天変地異に見せかけたり、応用範囲は無限よ」
「ひどいや、ハーベルト。ボクにまでイリュージョンを仕掛けるなんてさ」
祥子は上唇を尖らせた。
「相場操縦のイリュージョンを教えてくださいな。や・く・そ・く。でしょ?」
いつの間にか戻ってきた夏希がちゃっかりと要求する。
「はいはい。わかりました。あのエリス(ばか)も纏めてイリュージョンするわ」
ハーベルトは新人逗留者とTWX666Ωに戻った。
■ 北米大陸上空
「幕を引くのは私だよ」
川端エリスは苦心惨憺してようやくジルバーフォーゲルをロックオンした。くんずほぐれつの空中戦を繰り返し、双方の燃料は残り少ない。望萌は望萌で縦横無尽のスティックさばきで接戦を乗り切ったが、さすがに疲労困憊している。わずかな油断が敵に後れを取った。Xバンドレーダー波の照射を警戒装置が検出し、万事休すと思われた。その時――。
「ベンチャースター?!」
固体燃料ブースターを抱いた大気圏往還機がTR-3Bの前に飛び込んだ。
「? このバカ、死にたいの?!」
不意打ちを食らったエリスは躊躇なくレールガンを発射した。
ベンチャースターの貨物室が開き、一人乗りのスペースプレーンが離脱する。
「逃げられと思うな!」
エリスはスペースプレーンの軌道上にデブリをばら撒いた。
彼女の生涯はそこで幕を閉じた。あろうことか、デブリがTR-3Bにまとわりつき、至近距離でベンチャースターが爆散した。
「どういうこと?」
動転した彼女は高機動バーニャに点火しようとボタンを叩いた。だが、何も起こらない。
「集団、助けてください!! せめて、わたしの意識だけでも、か、回収」
彼女の願いもむなしく、TR-3Bはオーマイゴッド粒子の洗礼を浴びた。
ボロボロと砕けていく残骸をカメラに収めつつ、高美はこれからの夢を思い描いた。ベンチャースターの積み荷は鳴き砂だ。その耐腐食性、耐久性だけでなく、量子特性を兼ね備えている。そして、何よりも電気特性に優れている。それはTR-3を帯電させて、オーマイゴッド粒子を招いただけでなく、空中に散布すれば立体映画のスクリーンとして機能する。
そして、オーマイゴッド粒子を精製する粒子加速器の素材としても応用が利く。カリフォルニウムの安定供給が可能になったのだ。
夏希と二人で歩む未来は無限のイリュージョンを見せてくれるだろう。豊穣世界の人々にも。
彼女はトルマリンソジャーナーの置き土産を燃料に「前を向いて」走り出す。
「ハーベルト、祥子……」
述懐する高美に望萌の通信が割り込む。
『そういう子たちがいたらいいなぁ……、ってことにしてくださいね』
「ええ。枢軸特急トルマリンソジャーナー。なかなかイカした邦題でしょ?」
枢軸特急トルマリンソジャーナー 第一巻(完)
ジルバーフォーゲルの射撃統制装置に奇妙な影が写った。ひきつづき、連合軍の奇襲に備えて月を観察していたところ、猛スピードで移動している物体を検出した。被写体が視野に入ってきた、と望萌が認識した瞬間に視角外へ飛び去った。航跡を確認できたので天体ではないと判断した。解析装置が天文年鑑に照らし合わせて彗星や小惑星を除去し、既知の人工衛星やデブリをフィルタリングした。画像を拡大すると盛り上がった中央部から直角三角形の翼が伸びている。月との位置関係を比較すると民間航空機の達しえぬ高高度を飛行していることが伺える。
――TR-3B 偵察機オーロラだ。それは単なる盗撮犯ではない。強攻偵察機というカテゴリに分類される凶器だ。警戒厳重な敵陣に真っ向勝負を挑み、猛攻を浴びせて強引に突破する。その深奥を余すところなく撮影した後、無事に生還する。それだけの逃げ足と武装を兼ね備えた傑作機だ。望萌はジルバーフォーゲルに乗り込んで、初めて身の危険を感じた。
「ドイッチェラントの航空工学に勝るものはない。おまえら、死を覚悟しな!」
彼女は勇ましい台詞で闘志を奮い立たせた。TR-3Bは今さら言うまでもないがエイリアンテクノロジーを昇華させた地球製UFOである。枢軸の機体に劣らない性能を持っている。それを承知の上で望萌は引き金に力を込めた。いかなる超技術も所詮は「人」の手によるものだ。勝ち目はある。
■ ダグウェイ試験場
直射日光がそこかしこに反射して眼球に突き刺さる。バイザーなしではまともに目を開けていられない。
肌が焼けつくような暑さが岩塩をあぶっている。渇ききって、湿気がない状態で枢軸軍はどのようにして大量の水を得たのだろう。
遠ざかっていく意識の中でストルガッツキーは天福の格言を思い起こした。
「不可能など幻影に過ぎない……」
幻影。
ゲンエイ。
GEN-YEY。
……。
…………。
……――?。――?!!!
「ハーラショウ! ソウデス。これはまぼろしでデス!」
彼は真実に思い当たった。その閃きが幻想をみじんに打ち砕く。
瞬間、尾骶骨に衝撃を感じた。少し遅れて鈍痛がじわじわと臀部に広がっていく。「オウ。シーット!!」
涙目を拭ってよろよろと立ち上がると、隣で天福が仰臥位で寝そべっていた。
「やはり寒い国の人間は脳の暖機運転が必要なのか? とっとと起こしてくれ」
ストルガッツキーはよろめく天福に肩を貸した。脱出劇を糧にしてきた天福に窮地の二文字はない。白州のような地面にくっきりと大の字の跡がついている。彼らをさんざん苦しめた水分は一滴もない。逆に岩塩と陽炎に体液を根こそぎ吸い取られそうだ。
今度は騙されないぞ、とソビエト人が目を凝らす。
「いや。この暑さは本物だろう。俺たちを灼熱地獄に放逐したつもりだろうが、そうはいかない」
天福はかすんでしまった脱出ポッドを振り返り、右腕を大きく振り上げた。砂糖に群がる機械の蟻を得意技で吹き飛ばそうと身構える。
だが、いくら意識を集中しても、そよ風ひとつ吹かない。
「どういうことだ。三、二!」
震える指先にありったけの念を込めて、戦車軍団をなぞる。普段、何気なくステージ最前列の客を催眠させている。その成功体験を思い起こし、成功するイメージを自己暗示する。目を閉じ、呼吸を整えて、もう一度カウントダウン。三、二、一。
ぐいっと誰かに肘をつかまれた。力は強くない。ふっくらとした柔らかい感触。女の指だ。
「――お前はッ?!」
目の前に見覚えのある顔が微笑んでいた。小股の切れ上がったボディースーツに身を包み、シルクハットをかぶっている。
「大掛かりな舞台装置に頼らずサシで勝負してはいかがでしょうか。それともテーブルマジックは苦手だったとか?」
ハーベルトが安っぽい挑発をぶら下げると、痩せこけた野良犬のように食いついた。
「面白い。どうやって会得したか知らんが、付け焼き刃の小娘が同じ土俵に立てると思うな」
天福は助太刀しようとしたストルガッツキーを身振りで制した。豊穣世界唯一無二の大奇術師。その眼は殺意と自信に満ち溢れている。
「では、参ります」
ハッという気合とともにハーベルトはテーブルスタンドを召喚した。
続いて天福がどこからともなくトランプを取り出す。鋭い切れ端がハーベルトの顔面をよぎる。素早く側転で避けた。
「そういう殺伐としたやり口でなく穏便に進めましょう。手品は格闘技ではありません」
ハーベルトはトランプをテーブルの上から払いのける。
「判った。しかしその呼び方は気に入らん。奇術だ。奇術は一流のエンターテイメントだ」
天福は襟を正して恭しく一礼した。まるで、そこに観客席があるように紳士然とふるまう。
「まずは、ウォーミングアップから」
ハーベルトがステージを意識してくるりと向き直る。ムチムチのレオタードにレーシングブルマとビーチバレーショーツのラインがくっきりと浮き出ている。彼女は右手の人差し指と親指の間にマッチ棒を挟んだ。左手も同じようにする。
そして、気合とともに両手をクロスさせた。マッチ棒は折れることなく互いを見事にすり抜けた。
「オウ、スッバラシイー、ハラーショウ!!」
ストルガッツキーさんが惜しげない拍手を送る。
「ふん、造作もない」
負けじと天福も十円玉を取り出した。先ほどのトランプをコップの上に伏せ、三つ数えた。カラカラと十円玉が底に転がり落ちる。
「では、僭越ながらわたくしも」
一礼ののち、ハーベルトも同じ技を披露する。
「すごいや! ハーベルト!!」
レオタード姿の祥子が喝采すると、ハーベルトはツンと澄ました。
「どんな怪現象にも理由はある」
彼女の手から二つ折りにしたトランプがあらわれた。細長い切れ目がついており、ちょうど十円玉の直径に等しい。
「ごらんのとおり、種も仕掛けもありません」
秘境田天福はこの様なネタバレが大嫌いだ。神秘的なムードをぶち壊すだけでなく同業者の生活を脅かす。百害あって一利なしと憎悪している。笑いに走る奇術師など駆逐して然るべきだ。
ハーベルトは彼の逆鱗に触れることを計算ずくで次の勝負を煽った。天福は颯爽とピッチャーを取り出し、新聞紙で作った盃になみなみと水を注ぐ。
そして、流れるような身のこなしで新聞紙を広げて見せた。
一滴もこぼれない。
「わたくしも参ります」
ハーベルトは翼を広げた。レオタードの背中が左右に裂け、重ね着した水着がはじけ飛ぶ。彼女は一糸まとわぬ姿で祥子からボトルと新聞紙を受け取った。同様に大量の水を消して見せる。
「――?! な、なんだと?!」
天福は目を見張った。
「そ、そんな。バカな。こ、こんなことって、み、水はどこへ隠した?」
震える手で新聞紙をつまみ上げる。
「う、うそだ。どこかにネタが仕込んであるはずだ。す、水分は?」
穴のあくほど紙面を見つめ、何度も何度も裏がえす。
彼はしばしかぶりを振った後、何を思ったのか、やおら新聞紙を踏みつけた。
「何をするんです?」
祥子が制止しようとする。ハーベルトはおなかを抱えて笑い転げた。「キャハハ。ほっときなさいよ。こんな出し物、なかなか見る機会はないわ」
天福は血相を変えて新聞紙に八つ当たりする。足蹴にするだけでは物足りず、何度もジャンプを繰り返す。
「はぁ、はぁ、はぁ、どういう、はぁ、はぁ、仕掛け、はぁ、はぁ」
彼の顔色が急変した。額に玉のような汗を浮かべ、唇が紫色になる。彼は度重なる脱出劇で循環系にストレスを抱えていたらしく、やがて、がっくりと倒れこんだ。
「ハ、ハーラッショ?!」
ストルガッツキーが心配そうに駆け寄る。
「衛生兵を呼ぼうか?」
祥子はピアスに手をかけると、またもやハーベルトが諫めた。天福の容体は思わしくなく、もがき苦しんでいる。
「だって、死んじゃうよ?」
「いいのよ。留萌達を殺した報いよ」
「でも――」
「鉄の規律を忘れたの? 異世界で生き残る為には容赦は禁物。敵が泣いて命乞いしても殺すべき時は殺しなさい。さもなくば……」ハーベルトの警告を無視して祥子が救援を呼ぶ。
「お、おねがいだぁ! 教えてくれぇ。はぁ、はぁ、さもなくば、死にきれん」
情けないことに当代きってのマジシャンは吸水トリックの謎を見抜けなかった。
「は、ハーベルト……せ、先せぇ、たの…む」
秘境田天福の魂は熱力学第二法則の向こうへ消え去った。同時にストルガッツキーの姿も見えなくなった。
「情けない男ね」
ハーベルトは動かなくなった男の胸元を緩めた。丁寧に背広を脱がせると、内側にポリ袋が縫い付けてあった。袖口に漏斗がかくしてあり、細長いパイプが続いている。
「他にも色々と仕込んであるようだけど、後塵のために内緒にしてあげる」
ハーベルトはダイマー能力を使って、亡骸を岩塩に埋葬した。
「ハーベルト、キミはどういうトリックを使ったの?」
祥子が複雑な表情で尋ねると、ハーベルトは新聞紙で兜を折った。頂点をさかさまにして下腹部に押し当てる。
「これは貴女の世界にもある技術よ。枢軸のそれはあなたたちより何倍も吸収力があるんだけど」
「あっ、そういうことか。あっけない幕切れだったね」、と拍子抜けする祥子。
すると夏希が声をあげて泣き出した。
「わたしがバカだったんです。高美と張り合おうなどと。あの時、カルフォルニウム先物で不渡りを出さなかったら……TWX666Ωの人々や、天福も……。こんなことになるなんて。ああ!」
「留萌達のことなら心配ないわ」
ハーベルトは悲嘆に暮れる夏希をそっと抱きしめた。トワイライトエクリプスの汽笛が彼女の耳を弄した
「「「ご心配には及びません」」」
夏希が顔をあげるとハウゼル列車長や留萌が手を振っている。その中に彼女は忘れられない人物を見出した。
「きみ子!」
さぁっと翼を広げて白い荒野を渡る。
「ねぇ、ハーベルト。死人を生き返らせたり、洪水をおこしたりどういうイリュージョンを使ったのさ?」
先輩逗留者はしたり顔で答えた。
「旅人の外套効果よ。爆発炎上した”ふり”をしたり、天変地異に見せかけたり、応用範囲は無限よ」
「ひどいや、ハーベルト。ボクにまでイリュージョンを仕掛けるなんてさ」
祥子は上唇を尖らせた。
「相場操縦のイリュージョンを教えてくださいな。や・く・そ・く。でしょ?」
いつの間にか戻ってきた夏希がちゃっかりと要求する。
「はいはい。わかりました。あのエリス(ばか)も纏めてイリュージョンするわ」
ハーベルトは新人逗留者とTWX666Ωに戻った。
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「幕を引くのは私だよ」
川端エリスは苦心惨憺してようやくジルバーフォーゲルをロックオンした。くんずほぐれつの空中戦を繰り返し、双方の燃料は残り少ない。望萌は望萌で縦横無尽のスティックさばきで接戦を乗り切ったが、さすがに疲労困憊している。わずかな油断が敵に後れを取った。Xバンドレーダー波の照射を警戒装置が検出し、万事休すと思われた。その時――。
「ベンチャースター?!」
固体燃料ブースターを抱いた大気圏往還機がTR-3Bの前に飛び込んだ。
「? このバカ、死にたいの?!」
不意打ちを食らったエリスは躊躇なくレールガンを発射した。
ベンチャースターの貨物室が開き、一人乗りのスペースプレーンが離脱する。
「逃げられと思うな!」
エリスはスペースプレーンの軌道上にデブリをばら撒いた。
彼女の生涯はそこで幕を閉じた。あろうことか、デブリがTR-3Bにまとわりつき、至近距離でベンチャースターが爆散した。
「どういうこと?」
動転した彼女は高機動バーニャに点火しようとボタンを叩いた。だが、何も起こらない。
「集団、助けてください!! せめて、わたしの意識だけでも、か、回収」
彼女の願いもむなしく、TR-3Bはオーマイゴッド粒子の洗礼を浴びた。
ボロボロと砕けていく残骸をカメラに収めつつ、高美はこれからの夢を思い描いた。ベンチャースターの積み荷は鳴き砂だ。その耐腐食性、耐久性だけでなく、量子特性を兼ね備えている。そして、何よりも電気特性に優れている。それはTR-3を帯電させて、オーマイゴッド粒子を招いただけでなく、空中に散布すれば立体映画のスクリーンとして機能する。
そして、オーマイゴッド粒子を精製する粒子加速器の素材としても応用が利く。カリフォルニウムの安定供給が可能になったのだ。
夏希と二人で歩む未来は無限のイリュージョンを見せてくれるだろう。豊穣世界の人々にも。
彼女はトルマリンソジャーナーの置き土産を燃料に「前を向いて」走り出す。
「ハーベルト、祥子……」
述懐する高美に望萌の通信が割り込む。
『そういう子たちがいたらいいなぁ……、ってことにしてくださいね』
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秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
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