枢軸特急トルマリン=ソジャーナー 異世界逗留者のインクライン

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彗星発、永劫回帰線(マーサズ・ヴィニャード・ブレイクスルー・スターショット)⑮ 煉獄の黙示録

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 ■ 東北飯店跡(承前)

 量子植物学者ニーナ・ドルマーが命を賭したプロジェクト。それは、国立研究所(アーネンエルベ)が継承した第三帝国の遺産に他ならなかった。
 もともと当該施設は優生学の研究所だった。劣等な遺伝子を廃絶し、優生学に基づいた人口政策を行うことが社会全体や民族の健康につながるというのだ。この邪悪な学問はのちにティアガルデン4番地(T4)作戦と呼ばれる障害者虐殺に発展した。
 安楽死の名の下に医療関係者が障害者をガス室送りにし、焼却した。彼らは協力を強いられたのではない。むしろヒトラーを利用して積極的に取り組んでいた。ある医学者はこう書き記している。「我々が三十年間待ち望んだ優生学が遂に日の目を見た」
 身体障害者は悪い遺伝子を積極的に断種して精神病を根絶するという医学者の夢をかなえた。一方、精神病者を淘汰する根拠としては、社会に貢献しない生命は破壊してよい、とされた。事実、障害者が収容された際に複数の医師による鑑定を受けている。治療の見込みはあるか。労働力として使えるか。など奴隷的な価値判断を経て、生殺与奪を審査された。
「アーネンエルベは劣等種族の削減に勤しむ一方で、優越人種を繁殖する試みを並行していました。生命源泉(レーベンスボルン)計画です。南極大陸の一角に産院や国民学校を設けて、ナチスSSの交配牧場にしました。もちろん、それらは大分裂後に継承されませんでした。ただ――」
 スレンが激しい嘔吐を繰り返す。従軍看護婦が首を振って証言を中断させた。スレンの言葉をハーベルトが継ぐ。
「思想は形を変えて温存された。人間でなく、植物を対象にしてエーデルヴァイス海賊団が引き継いだのね。女性優位の交配モデルが社会に及ぼす影響を植物優生学で立証しようとした。その副産物が多肉植物(アデニウム)」
 その発言を証明するかのように、巨大な茎が高層ホテルを突き破る。それは早送り再生のように急成長を続ける。棘だらけの大木が雲を貫いて青空の奥に向かう。
 間髪をいれず、大小さまざまな触手がが瀑布のように垂れ下がった。髪の毛より細い物もあれば、電柱より太い物もある。それらは土用波(どようなみ)よりも激しく地面を波打ち、ネルグイどもを無差別にさらっていく。緑色の洪水はオドゴンフーの装甲車両にも届いた。尖った触手がストライプ柄のトランクスに忍び込む。べりっと生地が破れ、その内側にあるものに絡みついた。満身創痍の男が緑色の簀巻きにされていく。そこに食虫植物の顎(あぎと)が垂れ下がり、オドゴンフーを丸呑みした。
 マドレーヌの戦力は緑色の猛威によってごぼう抜きされた。駐車場には枢軸陸軍の女性兵士もいたが、選択的に受難を免れた。どうやら、巨大触手は雌蕊のようだ。彼らが乗ってきた装甲車両や銃火器がぽつねんと放置されている。
「男子全滅。おいたわしや」
 ハウゼル列車長が合掌していると、ハーベルトが撤退を促した。
「ニーナの命を無駄にしないで。前に進みましょう」
「祥子はどうするの? ビーンスタークに取り込まれてしまった」
 見捨てるわけにはいかない、と列車長がごねる。
「あの子は武鳥明菜の傍流よ。彼女の子孫が生きているなら切り捨てても構わない。枢軸特急の掟は覚えているわね。列車長」
 それは「万難を排して運航阻害要因を除去せよ」だ。ハウゼルは言われるまでもない、と憤慨した。
「だったら、列車に戻りましょう」
 カール自走臼砲が唸りをあげる。すると、その履帯が空転した。
「地面が沈降しています!」
 駐車場がすり鉢状に割れ、トラックが飲み込まれていく。奈落に落ちる寸前、ビーンスタークが積荷を救済した。
「CNFは諦めて!」
 黒褌姿のハーベルトが異世界逗留者(ソジャーナー)を率いてドライバーを拾い上げていく。貪欲な蛇が捕食するようにセルロースナノファイバーをむさぼっていく。その口蓋は破れ落ちたセーラー服に食いついた。
 カール自走臼砲は百人を超える乗員のダイマー能力によって支えられている。短い時間であれば浮遊していられる。
 ハーベルトが救助者を収容しているとスレンが零した。
「緑化計画は軌道エレベーターを介してゴビ砂漠じゅうに冠状病毒をばら蒔く構想でした。砂漠に住まう生きとし生ける物すべてが光合成の担い手となって緑を育む。そんな夢がこんな形で終焉するなんて」
 ハーベルトはスレンの愚痴が気になった。四基のカール自走臼砲はシビー・ハーンロードに軟着陸した。
「冠状病毒ですって?!」
「はい。この病毒は重水素二量体によって阻害されます。そこで耐性を獲得した個体を作り出し、咆哮/熱病ネットワークよりも効率的な伝達手段と置き換えようと考えました」
「待って! その技術を使えば理論上、大気圏内のあらゆる場所に棲息する生命体を感染経路にできるわ」
 病毒は宿主の遺伝子を書き換えて繁殖の道具にする。多くの遺伝子改良はその機能を逆手に取ったものだ。緑化プロジェクトチームはゴビ砂漠じゅうの生命体にダイマー能力を付与して、環境改造を担わせようとしていた。
「そうねぇ。これはいい玩具(オモチャ)になりそうなんだけど……
 腕組みするハーベルト。
 ホテル街を苗床にしたビーンスタークはゴビ砂漠を這いずり回っている。その行方を量子オペラグラスで追っていく内に、焦点が駐車場跡に戻った。
「興味深い物を発見しました。ご覧になりますか?」
 オペラグラスのAIは気配り上手だ。ちゃんとハーベルトの好奇心を理解している。崩れ落ちた斜面に断層が露出している。AIは白い斑点を拡大して見せた。
「パキケファロサウルスの化石です。炭素14年代法で約9000年前の地層と推定されます」
「ちょっと、双眼鏡(あなた)、九千万年の間違いじゃないの? ゴビ砂漠の造山運動が始まったのはつい五千万年前よ」
「いいえ。一万年です。白亜紀の地層ではありません」
 AIはきっぱりと言い切った。
 ハーベルトは考えを巡らせ、きわめて常識的な回答に行き当たった。
「わかったわ。あれは異物混入よ。ワールドノイズが揺らいでいるし、ウランスハイで獲れた龍も同類に違いないわ」
 そうとなれば、ハーベルトの腹づもりは決まったも同然だ。
「草食恐竜にお越し頂くわ。列車長。確か豊穣角(コルヌコピア)を連結してあったわよね?」
 列車長がクスクス笑いしながら答える。
「さすが、オモチャ大好きな『閣下』ですこと。掘削機(ユンボ)で世界(クラス)を掘るんですね」
「そ~ゆ~ことよ♪」
「『そ~ゆ~こと』もあろうかと、準備しておきました」
 二人の会話に望萌の声が重なる。彼女はダイマー聴覚を通じて蒸気パワーショベルの完成を伝えた。

 ■ オヨートルゴイ駅付近

 邨埜純色は秘密警察(シュターツカペレ)から洗いざらい機密情報を引き出した。駅付近に潜んでいた勢力が枢軸国軍の工作員もしくは離反者ではないかと疑ったからだ。このままで国際問題になると脅したところ、棚から牡丹餅を得た。
 ラファームシノワの常識外れな拡大は大総統府でも問題になっているらしく、シュターツカペレの威信にかけて究明中だと言う。
 暫定情報として、シノワ軍の背後にはソースコードが関与しているという。コード1986の歩むべき選択肢の一つに同名の共産主義国家が君臨する可能性がある。
 それは一党独裁の軍事国家でありながら、世界経済の牽引役を担っているという。
「眉唾だわ。経済発展と軍拡競争は両立しないはず。未だかつて疲弊しない国家はない」
 純色が否定すると秘密警察は猛反発した。シノワは市場経済と社会主義の両輪を駆動している、と。
「真偽はともかく、宇宙人が傀儡国家を得たことは確か」
 純色は素早くALX427の征くべき道をさだめた。
「龍は烏梁素海(ウランスハイ)に向かっています」
 アネットが量子レーダーでリンドバーグの壁を追う。
「列車長。先回りしてください。ビーンスタークが成長する前に一帯をこいつで焼き払うわ」
 純色のカロリーメーターには地獄の火種がリストアップされている。
「デイジーカッター、サーモバリック、ツァーリ・ボンバはいかがかしら」
 彼女は貨車に搭載されている爆弾を強化すべく運命量子色力学を施し始めた。
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