枢軸特急トルマリン=ソジャーナー 異世界逗留者のインクライン

YHQ337IC

文字の大きさ
121 / 156

断絶の航悔(スーパー・カリフォルジリスティック・エクスピアリ・ドーシャス⑨ クリフォート

しおりを挟む
 ■ 
 荒れ狂う波に翻弄されるマーサズ・ヴィニャード号。藤野祥子とモントークボーイズは身じろぎせず、じっと枢軸特急を見据えている。
「それで、邪悪の樹はいつ咲くの? おばさん」
 バイアーン幻想教団の女司祭マリア・ポーションは年増呼ばわりされてムッとした。まだ自分は二十歳代なのに。
「ぶっ殺すわよ。ま、それも不均衡症候群クリフォートのあらわれなのだけど」
 司祭は祥子の暴言を小娘の戯言と聞き流して、準備に入った。船上のテスラコイルは北米大陸に広がる地球電磁場の脈動を一手に制御している。邪悪の苗木は古くから大地に根付いている。それは大分裂後の地球も受け継がれた。不均衡クリフォートには様々な形態があるが、ポーションは確実に生命の反転である”スティーヴ・セイヴドウが提唱した三重被覆トリヴェールの樹”を育てることに決めた。
 それは無形と虚無と闇で構成される。闇はすでに奥の院と共にある。虚無は目の前にいる。
 司祭が祥子の眼をじっとのぞき込むと、相手は深い吐息をした。
「おばさんの言いたいことはわかるよ。ボクは女の子にも男子にもなりきれない。ハーベルトや吹雪先生の事は好きだったけど、大人のひとなんだ。恋愛の対象じゃない。モントークの君たちもボクの兄弟だしね。結婚相手でもない……」
「そして、貴女の夫はアドルフ・ヒトラーでもないわ。エーファ」
 瞳の奥で憂う女に向かってマリアは断言した。
 エーファ・ブラウンはヒトラーとピストル自殺する直前に地下壕内で式を挙げ、婚姻届けに署名した。その際に、うっかり旧姓であるブラウンと書こうとして慌ててBの字を消したといわれる。
「ヒトラーは祖国こそ我が妻と嘯いていたけど、貴女はゲルマン民族でもない。確かにバイエルンの生まれだけど」
 マリアは赤い櫛を突き付けた。エーファの髪が絡みついている。
「その櫛は、私の……」
 祥子に宿ったヒトラー夫人は言葉を失った。
 ドイツ南部バイエルン州にあったヒトラーの山荘「ベルクホーフ」からアメリカのポール・ベア大尉が没収したものだ。
「髪の毛をDNA鑑定したの。エーファ、貴女はユダヤ人よ」
「――……ッ!!?」
 祥子の中で二人の男女がせめぎあう、アドルフは妻のユダヤ人疑惑を払拭するべく綿密な調査を重ねて自信たっぷりに否定した……はずだった。
 ヒトラーの裏切られた想いとエーファの遺志が激突を繰り返す。もはや、祥子の自我は誰のものでもなかった。
 悶え苦しむ少女をマリアは面白おかしく見守った。
「トリヴェールの三番目は……『無形』よっ!」
 言い終えぬうちに祥子のセーラー服が裂けた。体操服やレオタードが左右に裂け、脊椎がスクール水着を突き破る。スカートがバリバリと千切れ、ブルマーが両脚の間に落ちると、びっしりと根が生えた。藤野祥子だった肉体は両腕を天に振りかざして、そのまま大樹となった。急速に幹を伸ばし、漆黒の枝が生い茂る。大量の海水を滴らせ、まるで曇龍が首をもたげるように天空を仰ぐ。
 邪悪の樹は連合国ステイツが建国以前から背負う「闇」、アイデンティティを失った祥子の虚無感、そして、彼女自身が誰でもないという「無形」、三重被覆トリヴェールを糧にして、見事に成長した。
 その先端は成層圏を突き破って、衛星軌道にまで達した。
 立派な宇宙樹と呼んで遜色がない。
 そこから特定外来異生物アウトカムがわらわらと舞い降りた。獄卒鳥サラメーヤ、モーショ・ボー、そして鷹のフィニストがロングビーチめがけて襲い掛かる。
 ありとあらゆる対空兵器が火を噴く。アウトカム達は邪悪の樹を庇うように燃え尽きる。
「キリがないわ。純色、撤収しましょう」
「待って! 外套効果が持たない」
 邨埜純色が枢軸特急の戦線離脱に苦情を訴える。ウンエントリヒ・アハトアハトだけでは防護力場を支えきれない。
「合図をしたら、三つ数える間にセリュック・スラヴァー・ウェディングに潜って! すぐ真下に五百蔵艦隊がいるはず!」
 ハーベルトは抜かりない。新しいオモチャを収蔵すべく周到に手はずを整えていた。
 カルフォルニア湾には、東太平洋海膨の北端部が入り込み、太平洋プレートが北米プレートを圧迫している。そこに生じる強烈な世界雑音をかいくぐって異世界掘削機が到着した。五百蔵艦隊がロングビーチをQCDフィールドごと圧縮し、異世界水道へ曳航する。
「1、2……」
 ハーベルトのカウントダウン終了を待たず、透明な堰が決壊した。マーサズ・ヴィニャードが波にのまれる。
 ■ 異世界 セリュック・スラヴァー・ウェディング
 打って変わって、静謐な空間を異世界列車が並走している。
「邪悪の樹を枯らさないと、この世の終わりよ。もっと速く走れないの?」
 ハーベルトは望萌を急かした。
「ロサンゼルス沖のサンアンドレアス大断層はロサンゼルスからメキシコシティに向かって北米西部を斜めに横断しています。コード2047世界にある量子通信ファイバーケーブルの約六割がここを横断しているですよ。ワールドクラスが輻輳して空間軌道が不安定なんです」
 ハウゼル列車長がハーベルトのむちゃぶりを遠回しに諫めた。
「海底のメタンハイドレート鉱脈が活発化しています。猶予はありません」
 女性機関士のひとりが地殻変動を懸念した。
「だったら、なおさら好都合だわ。メタンガスは火山活動で発生するだけでなく、メタン産生菌によるもののあるの。国立研究所アーネンエルベの講演でそれらは地球外生命体だという説を聞いたことがあるわ。メタンガスは木星や土星など宇宙では割とメジャーなの。メタン産生菌がそこを住み家にしていてもおかしくない。ちなみに初期の地球でも君臨していたそうよ」
 ハーベルトが思惑の一端を漏らすと、ハウゼルが反応した。
「と、いう事は、エリス。貴女のお仲間でもあるわけね。【集団】は彼らに関して何か言っている?」
「そうねぇ」
 いきなり振られてウンエントリヒは沈黙した。しかし、すぐに知見を述べた。
「水素は嫌気性細菌、つまりメタン菌の有機酸を電子供与体とした脱水素反応の産物であるの。わかりやすくいうと、ダイマー能力を阻害する。集団は煙たがっているわ」
 それを聞いて、ハーベルトはスカートの中身がまる見えになるほど狂喜した。
「ユーレカ! あなた、本当にペントラペントラ宇宙の友よ。よーし、逝っちゃえー」
 彼女はそういうと、大胆不敵にもダイマー聴覚をサンアンドレアス大断層へ振り向けた。
「純色、聞いてる? ロングビーチの咆哮/熱病ネットワークノードをTWXにリンクして。アーネンエルベの量子脳と直結。通訳に任命するわ」
「ちょっ……」
 さすがの宇宙人エリスも度肝を抜かれた。ハーベルトは地殻内部の「隣人」に協力を取り付けようというのだ。
「彼らが知性を持っているとは思えないけど……」
「だって集団は厄介者扱いしているんでしょう? 重水素二量体に反応する。だったら、個体ではなく群れとしての知能を獲得している可能性が高いわ」
 ハーベルトはそういうと、鮮やかな連弾でキーボードを操り、必要なプログラムを記述した。
 ◇ ◇ ◇
 エフゲニー・ローズバード大統領だったウィグナー結晶体が成層圏に放り上げられ、邪悪の樹の枝に捕らえられた。
「藤野祥子、いや、エーファ・ブラウン。気分はどうかしら?」
 人間サイズの燐光が明滅すると、枝に巻き付いた電子流がチロチロと燃え上がる。
「世界システムって清々しいよね。ボクはもう自分が誰であるか、そんな事はどうでもいいんだ。テスラの発明はちっぽけなボクを地球規模に拡大してくれる。ボクが男だろうが女だろうが些細な問題点に過ぎないよ。ボクは彼であり彼女であるんだ」
 光に満ち溢れた枝にX-33が接近した。
「アメリカ皇帝ジョアンナ・ノートン七世閣下をお連れしました」
 皇帝専用機コスミック・プライムが機動バーニャを吹かしてエフゲニーとランデブーする。
「改めてこんにちわ。藤野祥子。貴女がハーベルトと最初に病院で会った夜の事を覚えていますか?」
 七世の唐突な質問に祥子は警戒した。枝がビクッとしなる。
「何だよ。コイツ」
「恐れるものは何もありません。自分の無知以外は……。知恵の枝葉を伸ばして、答えを求めてみなさい」
 祥子は記憶の糸をたどるように電子流を引き寄せた。
「あなたは……」
「気づきましたか? 私は未来像の一人です。エーファ。アルフレッドから生前にゲルマン民族の最終目的を聞いているでしょう」
 電流が揺らめいてエーファ・ブラウンの彫像を形作る。
「人類進化の究極は神の模倣です。人類は二極化する。神同然に進化した超人ユーパーメンシュと機械のように愚直な被支配者層に分裂する。ゲルマン民族の目標は前者であると」
「ご名答。祥子は邪悪の樹、貴女は世界システムと接続し、地球規模の頭脳となりました。知恵の樹です。あとは……」
 アメリカ皇帝ジョアンナ・ノートンは不満げにつぶやいた。熱力学第二法則を打ち破るブレイクスルーの最後の一本。
 生命の樹が足りない。それはユダヤ人であるエーファも曽祖父からその存在を聞かされていた。代々伝わるユダヤの奥義。カバラの主幹だ。
「生命の樹、それが必要なのです。貴女の一番よく知っている人が、その近くに滞在しています」
 アメリカ皇帝ジョアンナ・ノートン七世が最後の苗木を育てるべく、行動に出た。
 邪悪の樹はその真意を電子流からくみ取って、激しく動揺した。
「先生、荒井先生を殺してでも、手に入れろだって?」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

182年の人生

山碕田鶴
ホラー
1913年。軍の諜報活動を支援する貿易商シキは暗殺されたはずだった。他人の肉体を乗っ取り魂を存続させる能力に目覚めたシキは、死神に追われながら永遠を生き始める。 人間としてこの世に生まれ来る死神カイと、アンドロイド・イオンを「魂の器」とすべく開発するシキ。 二人の幾度もの人生が交差する、シキ182年の記録。 『月のトカゲを探す者』第一部(全三部)。 (表紙絵/山碕田鶴)  

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

処理中です...