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疾風の到達不能極(インレット)~ラーセン・マグナコア)⑩ パフ(後編) ミス・サイゴン
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時にコード1972 南ベトナム共和国首都 サイゴン。
コロニアル風のホテルの屋上は賑やかなジャズ演奏でそれなりに華やいでいる。建物はフランス植民地時代建てられた由緒あるものだ。窓からドインゴイ通りの夜景が見える。市民劇場から聖マリア教会に続く街並みはとても戦時下とは思えないくらい美しく、見惚れていると時間の経過を忘れてしまう。
ドインゴイの住民は商売熱心で朝の八時から夜11時ごろまで店を開けている。もっとも市場は日没時間までに人通りが絶える。したがって客層は駐留米軍関係者や外国人記者が主流になる。
小さな雑貨屋の奥で若い女が太ももを晒している。付け根で斜めに切れ上がった生地は濃紺で肌着よりも分厚い。そして、腰の部分に白い縦線が並行している。彼女は恥ずかしげもなく棚の商品を物色している。風変わりな西洋人は女店主とのやり取りから踊り子でも店員でもなく客であるらしい。彼女はバッチャン焼の茶碗を手に取って独り言を呟いている。表面は磨かれたようにつややかで菊やトンボがデザインしてある。それぞれ豊作と長寿の願いを図案化したものだ。
「本当に不思議な子だよ。あんたは……」
店主は老眼鏡を何度もかけなおしながら、ようやく針に糸を通した。なれた手つきでデニム地のミニスカートを仕立て直す。南ベトナムの婦人服は定番サイズに加えてフリーサイズやヨーロッパの規格が混在しており、西洋人娘のオーダーも突飛ではなかった。
ただ、奇妙な点は彼女がリーバイスのパンツではなく強引にスカートスタイルの拘ったことと、店主が薦めるアオザイを拒んだことだ。サイゴンの日差しは強烈で、紫外線が白人の肌を焼く。おまけに蚊が多い。それなのに西洋娘は平然としている。
「それに、何だね。その……『トーヨーのマジョ』みたいな恰好をしてさ」
彼女は老婆の視線を感じて、ポッと頬を赤らめた。
”あー、駄目だ駄目だ。アタシは自他共に認めるババ専だけど、今日はこの人を口説きに来たんじゃない。それに、これぐらいの女性はゲルマニアにもいるわ”
ドイッチェラント娘はこみ上げてくる欲情を唾液で強引に飲み下した。探し求めたポットが目の前にあるのだ。バナナの葉にトンボが舞っている。こんなに可愛らしい茶器で淹れた紅茶はどんな味がするだろう。そして、彼女はもう一つの興奮を手にしていた。
コットンとリネンを使った小さなポーチだ。プードルや音符が刺繍されていて七、八歳ぐらいの女子が喜びそうな絵柄だ。刺繍はベトナム人女性のたしなみで、熟練度が器量の物差しになる。
もともとは19世紀阮朝時代のフエで刺繍専門の御用職人が育成され、旧宗主国のフランスを通じてヨーロッパ刺繍に影響を及ぼした。そのパターンはドイツに波及し、洗練されるうちに回路図設計技術と共鳴し、戦後西ドイツの電子産業を支えた。両者のワールドクラスは類似していて、ドイツの物理学界と紡績産業を結び付けている。シュタイフ社のあるギーンゲンとアインシュタインの故郷ウルムはミュンヘン郊外にある。異世界を超えて織りなす確率変動の赤い糸。その一端を彼女の目が捉えた。
ダイマー能力を起動し、成果を素早く報告した。プードルをしっかりと網膜に焼き付け、成層圏のオオガラス46に転送する。
”見つけました! 『チャン・ゴック・カイ』の基本ステッチです!”
彼女は胸を高鳴らせて返答を待った。
”一致した。間違いない。ベトナム刺繍業の始祖チャン・ゴック・カイがグエン王朝に伝えた編み方だ。
コード1946の革命で帝政が崩壊し、最後の皇帝がフエ王宮を追われた。彼の母親がサイゴンで刺繍業を創業した際に伝えられたパターンと完全一致した!”
B52戦略爆撃機がホーチミンルートにナパーム弾をばらまいている。その遥か成層圏を異世界の米軍機が翔けているなどアメリカ兵には想像できないだろう。
”では、わたしの長旅は無駄ではなかったのですね。フエのティエンムー寺からサイゴンまでの……”
”そうだ。パンセ・ドゥーリットル。フエの刺繍職人はティエンムー寺の伝承を代々織り込んできた。お前がフエの市場で発見したパターンは天女ポーナガールに由来するものだ。そいつは破壊神シヴァの前妻にして雌雄同体の蘇生神――パールヴァティの別名である。お前が見つけたその糸は枢軸基幹同盟を縛る手綱として使える。雌雄同体の概念があろうことか奴らと因果関係にあるのだからな。自己撞着だ。女性優位思想が根本から覆るぞ。よくやった!”
パンセは連合国最高司令部の讃辞を一割も理解できなかった。そこで自分の処遇についてたずねた。
”わたしはこの世にいていいんですか? いいとすれば、わたしはどうやって生きていけばいいんですか?”
すると、司令部はやさしい声で言った。
”お前はハーベルトを殺せばよい。あの女は新兵教育がなっとらん。お前も藤野祥子もあの女が死因だ。だから、我らと共に呪詛を唱えよ。リメンバー・サンタモニカ!”
唐突に静寂が途切れると、老婆の罵声が飛んできた。
「いつまでぼうっとしているんだい? ほれ、出来たよ」
ふわっとした布地がパンセの視界を遮る。
「ありがとうございます!」
彼女はそそくさとスカートに足を通した。ジッパーを引っ張り上げてブルマーのギャサーを隠すと、陰険な声した。
店主は殺気立った目つきで片手を差し伸べている。
「あ、お金ですか? ごめんなさい」
パンセがスカートのホックを留めると同時に外套効果が発動した。つむじ風がスカートを巻き上げる。
と、それがみるみるうちに赤みを帯びて、店内が強烈な熱気に包まれた。棚がゆっくりと倒れ、一気に火の手が回る。パンセは異世界の逗留者として、焼け落ちる店を透過した。曳光弾が何発も夜空を駆けのぼり、悲鳴とサイレンが爆音を遠ざける。コロニアル屋根の向こうに灯がゆっくりと二つ旋回している。鈍い重低音はソ連製のジェットエンジンだ。
唐突に空襲警報が鳴り、ドインゴイ通りから機銃が乱射されている。パリ協定はまとまる気配はなく、サイゴン陥落は三年も先の話だ。どうして狂った銃口に向かなければならないのだろう。通りの緊張は飽和点を突破し、あと一突きでパニック状態に陥る。
そんなことはどうでもよかった。パンセは双頭の鷲の名のもとにタンソンニャット空港を襲撃した。たった一人のガールズアーミー。秘密兵器も特殊装備も要らない。ただ、複雑な確率変動の糸を編めば、チェス盤から駒を取り除くように人や軍用車両が退いた。
コマ送りの逆再生を見ているようだ。AC-47 魔法の龍を一機ちょろまかし、異世界隧道へ消えた。
■ 南極大陸 ドンファン池
枢軸特急TWX1369はヨーゼフ・ダッチマンの指示に従って南極大陸を縦断しつつある。極点を超えて、マリオン島の反対側、およそ南緯77度、東経161度の地点をめざしている。そこは渓谷の果ての小さくて非常に浅い湖沼である。
地球でもっとも塩分濃度の高い場所。ゆえに氷点下50度の極寒でも凍ることはない。そこはドンファン池と呼ばれており、南極石という摩訶不思議な鉱石が産出されている。その効能は彼だけが知っている。
「いったい何なのあれは?」
望萌は南氷洋に航空母艦を発見した。それはソースコードではとうに退役したタイコンデロガ級で、就役早々に南極探検を命じられた特異な経歴をもっている。彼女はアーネンエルベに関連資料を請求した。CV-47フィリピンシーは多数の航空機を引き連れて米海軍初の大規模南極観測「ハイジャンプ作戦」に参加している。当時は第二次世界大戦の直後で、世界中に落ち延びたナチスドイツの残党狩りが継続中であった。
そのような過去の遺物がなぜ、地球平面世界に存在するのだろう。敵味方識別装置は程なくして友軍信号を確認した。
「やはり来てくれたんだ。パフの魔法龍だ!」
詳細を伏せたまま、ただ一人ヨーゼフだけが盛り上がる。
「AC-47が魔法の龍だっていうけど、さっぱりわからないわ」
純色と望萌が肩をすくめた。
「ようし、論より証拠を見せてやる」
ヨーゼフはTWX1369を湖畔のニュージーランド軍のパンダ湖基地に停車させた。今の時期は誰もいない。
「望萌、大急ぎで観測気球をコルヌコピアしてくれ!」
彼は機関車から降りるなり、貨車のジオマクロ分子を搬出しはじめた。
「今から面白い物を見せてやる。熱力学第二法則に背く強力なエネルギー源だ。いや、純粋には熱力学に応じるが、見ようによっちゃ、ビッグバンすら凌ぐ究極の熱源たりうる」
ヨーゼフは透明なチューブをジュラルミンケースから取り出して言い切った。これが南極”石”だ。英名でアンタークティサイトという通り、鉱物であるが常温(25℃)で液体になる。そして少しでも温度が下回ると、みるみるうちに冷え固まる。まだ薄着で過ごせるのに目の前で透明な水が凍り付いてしまう。そんなギャップが感覚を狂わせる。再び手に取れば、体温で溶け出す。これを数回繰り返せば、誰でも気温の見当識障害を起こす。
「現在、摂氏何度だかわからなくなるんだ。主観的には無限ループの冷却だ。そして客観的な”温度”との間で”無限の温度差”が発生する。見かけはな。主観と客観の”温度差”を利用すれば、膨大な熱エネルギーが発生する。これが俺の保険さ」
ヨーゼフは病んだ目つきで作業を続ける。
「それって熱望を言い換えることでしょう? 際限ない欲望は破滅を招くだけよ」
邨埜純色はカロリーメーターを構えた。反傲慢のQCD粒子で沈静化を図ろうとしたのだ。
と、その時――。
純色の数歩先が爆ぜた。バリバリと機銃がTWXをかすめた。
時にコード1972 南ベトナム共和国首都 サイゴン。
コロニアル風のホテルの屋上は賑やかなジャズ演奏でそれなりに華やいでいる。建物はフランス植民地時代建てられた由緒あるものだ。窓からドインゴイ通りの夜景が見える。市民劇場から聖マリア教会に続く街並みはとても戦時下とは思えないくらい美しく、見惚れていると時間の経過を忘れてしまう。
ドインゴイの住民は商売熱心で朝の八時から夜11時ごろまで店を開けている。もっとも市場は日没時間までに人通りが絶える。したがって客層は駐留米軍関係者や外国人記者が主流になる。
小さな雑貨屋の奥で若い女が太ももを晒している。付け根で斜めに切れ上がった生地は濃紺で肌着よりも分厚い。そして、腰の部分に白い縦線が並行している。彼女は恥ずかしげもなく棚の商品を物色している。風変わりな西洋人は女店主とのやり取りから踊り子でも店員でもなく客であるらしい。彼女はバッチャン焼の茶碗を手に取って独り言を呟いている。表面は磨かれたようにつややかで菊やトンボがデザインしてある。それぞれ豊作と長寿の願いを図案化したものだ。
「本当に不思議な子だよ。あんたは……」
店主は老眼鏡を何度もかけなおしながら、ようやく針に糸を通した。なれた手つきでデニム地のミニスカートを仕立て直す。南ベトナムの婦人服は定番サイズに加えてフリーサイズやヨーロッパの規格が混在しており、西洋人娘のオーダーも突飛ではなかった。
ただ、奇妙な点は彼女がリーバイスのパンツではなく強引にスカートスタイルの拘ったことと、店主が薦めるアオザイを拒んだことだ。サイゴンの日差しは強烈で、紫外線が白人の肌を焼く。おまけに蚊が多い。それなのに西洋娘は平然としている。
「それに、何だね。その……『トーヨーのマジョ』みたいな恰好をしてさ」
彼女は老婆の視線を感じて、ポッと頬を赤らめた。
”あー、駄目だ駄目だ。アタシは自他共に認めるババ専だけど、今日はこの人を口説きに来たんじゃない。それに、これぐらいの女性はゲルマニアにもいるわ”
ドイッチェラント娘はこみ上げてくる欲情を唾液で強引に飲み下した。探し求めたポットが目の前にあるのだ。バナナの葉にトンボが舞っている。こんなに可愛らしい茶器で淹れた紅茶はどんな味がするだろう。そして、彼女はもう一つの興奮を手にしていた。
コットンとリネンを使った小さなポーチだ。プードルや音符が刺繍されていて七、八歳ぐらいの女子が喜びそうな絵柄だ。刺繍はベトナム人女性のたしなみで、熟練度が器量の物差しになる。
もともとは19世紀阮朝時代のフエで刺繍専門の御用職人が育成され、旧宗主国のフランスを通じてヨーロッパ刺繍に影響を及ぼした。そのパターンはドイツに波及し、洗練されるうちに回路図設計技術と共鳴し、戦後西ドイツの電子産業を支えた。両者のワールドクラスは類似していて、ドイツの物理学界と紡績産業を結び付けている。シュタイフ社のあるギーンゲンとアインシュタインの故郷ウルムはミュンヘン郊外にある。異世界を超えて織りなす確率変動の赤い糸。その一端を彼女の目が捉えた。
ダイマー能力を起動し、成果を素早く報告した。プードルをしっかりと網膜に焼き付け、成層圏のオオガラス46に転送する。
”見つけました! 『チャン・ゴック・カイ』の基本ステッチです!”
彼女は胸を高鳴らせて返答を待った。
”一致した。間違いない。ベトナム刺繍業の始祖チャン・ゴック・カイがグエン王朝に伝えた編み方だ。
コード1946の革命で帝政が崩壊し、最後の皇帝がフエ王宮を追われた。彼の母親がサイゴンで刺繍業を創業した際に伝えられたパターンと完全一致した!”
B52戦略爆撃機がホーチミンルートにナパーム弾をばらまいている。その遥か成層圏を異世界の米軍機が翔けているなどアメリカ兵には想像できないだろう。
”では、わたしの長旅は無駄ではなかったのですね。フエのティエンムー寺からサイゴンまでの……”
”そうだ。パンセ・ドゥーリットル。フエの刺繍職人はティエンムー寺の伝承を代々織り込んできた。お前がフエの市場で発見したパターンは天女ポーナガールに由来するものだ。そいつは破壊神シヴァの前妻にして雌雄同体の蘇生神――パールヴァティの別名である。お前が見つけたその糸は枢軸基幹同盟を縛る手綱として使える。雌雄同体の概念があろうことか奴らと因果関係にあるのだからな。自己撞着だ。女性優位思想が根本から覆るぞ。よくやった!”
パンセは連合国最高司令部の讃辞を一割も理解できなかった。そこで自分の処遇についてたずねた。
”わたしはこの世にいていいんですか? いいとすれば、わたしはどうやって生きていけばいいんですか?”
すると、司令部はやさしい声で言った。
”お前はハーベルトを殺せばよい。あの女は新兵教育がなっとらん。お前も藤野祥子もあの女が死因だ。だから、我らと共に呪詛を唱えよ。リメンバー・サンタモニカ!”
唐突に静寂が途切れると、老婆の罵声が飛んできた。
「いつまでぼうっとしているんだい? ほれ、出来たよ」
ふわっとした布地がパンセの視界を遮る。
「ありがとうございます!」
彼女はそそくさとスカートに足を通した。ジッパーを引っ張り上げてブルマーのギャサーを隠すと、陰険な声した。
店主は殺気立った目つきで片手を差し伸べている。
「あ、お金ですか? ごめんなさい」
パンセがスカートのホックを留めると同時に外套効果が発動した。つむじ風がスカートを巻き上げる。
と、それがみるみるうちに赤みを帯びて、店内が強烈な熱気に包まれた。棚がゆっくりと倒れ、一気に火の手が回る。パンセは異世界の逗留者として、焼け落ちる店を透過した。曳光弾が何発も夜空を駆けのぼり、悲鳴とサイレンが爆音を遠ざける。コロニアル屋根の向こうに灯がゆっくりと二つ旋回している。鈍い重低音はソ連製のジェットエンジンだ。
唐突に空襲警報が鳴り、ドインゴイ通りから機銃が乱射されている。パリ協定はまとまる気配はなく、サイゴン陥落は三年も先の話だ。どうして狂った銃口に向かなければならないのだろう。通りの緊張は飽和点を突破し、あと一突きでパニック状態に陥る。
そんなことはどうでもよかった。パンセは双頭の鷲の名のもとにタンソンニャット空港を襲撃した。たった一人のガールズアーミー。秘密兵器も特殊装備も要らない。ただ、複雑な確率変動の糸を編めば、チェス盤から駒を取り除くように人や軍用車両が退いた。
コマ送りの逆再生を見ているようだ。AC-47 魔法の龍を一機ちょろまかし、異世界隧道へ消えた。
■ 南極大陸 ドンファン池
枢軸特急TWX1369はヨーゼフ・ダッチマンの指示に従って南極大陸を縦断しつつある。極点を超えて、マリオン島の反対側、およそ南緯77度、東経161度の地点をめざしている。そこは渓谷の果ての小さくて非常に浅い湖沼である。
地球でもっとも塩分濃度の高い場所。ゆえに氷点下50度の極寒でも凍ることはない。そこはドンファン池と呼ばれており、南極石という摩訶不思議な鉱石が産出されている。その効能は彼だけが知っている。
「いったい何なのあれは?」
望萌は南氷洋に航空母艦を発見した。それはソースコードではとうに退役したタイコンデロガ級で、就役早々に南極探検を命じられた特異な経歴をもっている。彼女はアーネンエルベに関連資料を請求した。CV-47フィリピンシーは多数の航空機を引き連れて米海軍初の大規模南極観測「ハイジャンプ作戦」に参加している。当時は第二次世界大戦の直後で、世界中に落ち延びたナチスドイツの残党狩りが継続中であった。
そのような過去の遺物がなぜ、地球平面世界に存在するのだろう。敵味方識別装置は程なくして友軍信号を確認した。
「やはり来てくれたんだ。パフの魔法龍だ!」
詳細を伏せたまま、ただ一人ヨーゼフだけが盛り上がる。
「AC-47が魔法の龍だっていうけど、さっぱりわからないわ」
純色と望萌が肩をすくめた。
「ようし、論より証拠を見せてやる」
ヨーゼフはTWX1369を湖畔のニュージーランド軍のパンダ湖基地に停車させた。今の時期は誰もいない。
「望萌、大急ぎで観測気球をコルヌコピアしてくれ!」
彼は機関車から降りるなり、貨車のジオマクロ分子を搬出しはじめた。
「今から面白い物を見せてやる。熱力学第二法則に背く強力なエネルギー源だ。いや、純粋には熱力学に応じるが、見ようによっちゃ、ビッグバンすら凌ぐ究極の熱源たりうる」
ヨーゼフは透明なチューブをジュラルミンケースから取り出して言い切った。これが南極”石”だ。英名でアンタークティサイトという通り、鉱物であるが常温(25℃)で液体になる。そして少しでも温度が下回ると、みるみるうちに冷え固まる。まだ薄着で過ごせるのに目の前で透明な水が凍り付いてしまう。そんなギャップが感覚を狂わせる。再び手に取れば、体温で溶け出す。これを数回繰り返せば、誰でも気温の見当識障害を起こす。
「現在、摂氏何度だかわからなくなるんだ。主観的には無限ループの冷却だ。そして客観的な”温度”との間で”無限の温度差”が発生する。見かけはな。主観と客観の”温度差”を利用すれば、膨大な熱エネルギーが発生する。これが俺の保険さ」
ヨーゼフは病んだ目つきで作業を続ける。
「それって熱望を言い換えることでしょう? 際限ない欲望は破滅を招くだけよ」
邨埜純色はカロリーメーターを構えた。反傲慢のQCD粒子で沈静化を図ろうとしたのだ。
と、その時――。
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