枢軸特急トルマリン=ソジャーナー 異世界逗留者のインクライン

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風の到達不能極(インレット)~ラーセン・マグナコア)⑫ 後半 ポーラーロゥ

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 ■ マリオン島(承前)
 ベルベット地の戦車が雪原をまともに走破することが出来るかどうか問うだけ無駄というものだ。ドイッチェラントの御転婆娘ハーベルトは母親が押し付けた自分本位の主観を独自の環世界で書き換えた。それは異色とも言える。牧歌的なヌイグルミと剣呑な兵器玩具の相反する価値観はハーベルトの内部で火花を散らし、意味論的な妥協点として、「生きて」「動く」ヌイグルミ戦車を排出した。それは具体的にはアウトカムの一種で、大日本帝国陸軍の九十七式戦車に類似している。
 この戦車は本初始祖世界ソースコードで「チハたん」の愛称で呼ばれるように画期的な特徴で人気を博している。
 可愛らしい戦車にヌイグルミの兵員輸送車が続く。これもハーベルトの環世界から飛び出したものだ。
 コロコロした機甲師団はヨーゼフの残した砕氷船に向かって行軍する。
 ◇ ◇ ◇

 チクリとした痛みを目の奥に感じた。ハーベルトのダイマー視覚は寒空の僅かな異変も見逃さない。第六感が謎の飛行物体を捉えて視床下部に割り込んだのだ。ダイマー共有視野がTWX1369機関車と連携して無意識のうちに画像解析を行う。そして鮮明な修正写真が送られてきた。それには機関車が置かれている危機的状況が添えてあった。
「――!? Бастионが?」
 ハーベルトは対艦ミサイルの稼働を関知して、その原因をいぶかしんだ。ぐずぐずしてはいられない。航跡の三次元測定図はハウゼルの網膜に投影されており、状況は刻々と悪化する。
「アルクイーク・ノーヴォスチ号が標的よ。システムトラブルじゃない。誰かが故意に解除したのよ」
 列車長は視点をアクセスログに合わせる。拡大すると受け入れがたい事実が明らかになった。
「望萌が?! きっと脅されたのよ」
 仲間の裏切りを都合よく解釈し、動揺を抑える。ブレッヒマンを失ったハウゼルらしいやり方だ。
「犯人捜しはともかく、ミサイルを何とかして!」
 ハーベルトは残り少ない重水素二量体ダイマーを勘案して可能な範囲で撃墜手段を考える。
 超音速ミサイルの迎撃は困難で、複雑で回避的な機動を行いながら向かってくる状況で撃破は不可能に近い。
「砕氷船なんかどうだっていいじゃない。今は機関車を取り戻さないと」
 祥子がキューポラの奥で寒そうに膝を抱えている。
「あの手この手で無力化しないといけないのよ。でなけりゃ最悪、帰る交通手段を失ってしまうわ。第一、南氷洋をどうやって渡るの?」
 ハーベルトはTWX1369が奪還できない場合の破壊も視野に入れている。
「でも、ここにいる枢軸兵のダイマー能力を束ねたって、軌道修正できないんだろ?」
 祥子はキューポラの奥で寒そうに膝小僧を抱いている。重水素不足によって外套の異世界適応能力が弱まっている。
貴女あなたねぇ。男の子でしょう? 縮こまってないで、こういう時こそ堂々としたら?」
 ハーベルトはぬいぐるみ心理学を施されてどこかしら変わったようだ。母親ばりに叱咤する。
「わぁ。ハーベルト。そんな雷を落とさなくたって」
 祥子は禿頭をかかえてますます委縮した。
「かみなり……――そうだわ! ユーレカ!!」
 稲光のかわりにハーベルトの名案が閃いた。険しい顔がみるみるうちにほころびる。
「どうしちゃったの?」
 ハウゼルはハーベルトの背中を叩いた。彼女は笑いすぎて咳が止まらない。
「ごふっごふっ、ごめんなさい。あんまりおかしくって……」
 ハーベルトは口元を拭うと作戦をまくし立てた。
 ◇ ◇ ◇
「ポーラーロゥ?! なんですか。それは」
 チハ戦車のまわりに余力がある乗務員たちが集められた。ミサイルが南極大陸を横断して弾着するまで数分もない。
「前線を伴わない小さな低気圧。気温が非常に低い寒気が凍っていない海上を通過する際に、大気が不安定となって発生するの。名前の通り両極地方で発生する超小型台風」
 ハーベルトが概略を説明するとハウゼルが突っ込んだ。
「南極に寒気を放り込んでも乱気流は起きない。そうとう強力な熱源が必要よ」
 すると、ハーベルトはニヤリと笑った。「確保済みよ。アルクイーク・ノーヴォスチ号の蒸気を利用するわ」
 ロジウム塩熱触媒型ウィルキンソン量子真空機関は水冷式である。高温の冷却水を排出すればポーラーロゥの熱源となる。
 ハーベルトは残存能力者を二班に分けた。第一グループは咆哮/脳炎ネットワークでノーヴォスチ号のシステムに介入を試みる。枢軸の制御系はハーベルトが興凱湖で確立した技術で置き換えられている。エルフリーデ・ハートレーが大総統令と助成金を出した。いざという時に秘密警察シュターツカペレが掌握するためだ。はたせるかな、滾った熱水が尾を引いた。
 第二グループはノーヴォスチ号の暖流を然るべき場所に導いて、寒気団と合流させる。ハーベルトと祥子は爆撃誘導員コンバットコントローラーを伴って作業を上空から監督した。
「ねぇ、ハーベルト。超音速ミサイルってそんなにヤワなの? ポーラーロゥで吹き飛ばされるの?」
 もっともな疑問にハーベルトは隠し玉の存在を示唆した。
「ヨーゼフの置き土産があるわ。観測気球で阻害するの」
 砕氷船の甲板では女子工兵たちがゴム膜の特性を改善するためにケロシンを浸けている。オゾンや紫外線の被曝から劣化しやすいゴムを守るためだ。すばやくダイマー能力で乾燥させた。
 ハーベルトが残り少ない重水素二量体ダイマースキルでゴム気球に確率変動を注ぎんだ。浮揚ガスの代わりに気体分子が内側のありとあらゆる場所に同時存在する。すると600グラムの気球が膨張しはじめた。

 ■ アルクイーク・ノーヴォスチ号
 首尾よく敵矢を葬った一行は意気揚々と砕氷船を接収した。年甲斐もなく大はしゃぎしているのはハーベルトだ。
「ドイッチェラントの異世界戦略世界一~♪」
 水を得たマンモスのようにだだっ広い艦橋で怪気炎をあげている。九十七式戦車のヌイグルミを鎮座させ、その砲塔に艦長席をしつらえている。
「本当にキミは根っからの玩具好きだね」
 祥子がコンシーラーで目の下をいじっていると、ハーベルトがやり返した。
「そういう祥子も綺麗になったじゃない」
 言われた側はぎくりとした。
「お互い、どこか変わったね。それだけでなく、何か色々と変化を感じるんだ。潮目がかわったというか」
 漠然とした不安を祥子が訴えていると、通信士が異常を知らせた。
「ワールドノイズに周期性が見られます。明らかに有意のメッセージ内容が含まれています」
「回線をこちらにつないで。復号して発信源を特定します」
 ハーベルトが手元の翡翠タブレットをタップすると、略号があらわれた。その信号はラーセンマグナコアの全域に向けられているが、特定のサイクルで短い符号を執拗に繰り返している。
 CH3
 それを目にするなり、彼女は素早く行動を起こした。
「CH3に関連する語句を列挙して。頻出する上位から降順で」
 タブレットに後述するとアシスタントが一致する候補をリストアップした。
「メチル基?!」
 彼女はその化学式からできうる限りの意図をくみ取っていく。
「メチルラジカルは確率変動源よ。となると、発信者は確率操作能力を具有する旨を自己主張している。そしてこれは同類に向けられたもの。その類は限定させる。おそらく仲間に対する注意喚起か援助要請。これだけでは断言できないけど、この広い大陸で呼び掛ける相手は私たちしかいない」
 それを裏付けるかのように分析結果が出た。
「発信源を絞り込みました。南緯71~80度。ロス海です」

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