彼女だって恋がしたい完結編~はてしなき出発(たびだち)

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ロジャーペンローズ! これぞ漢(おとこ)の闘(たたか)い!!

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 ■ RP号

 機動型生態系産軍複合体重工業地帯建設機械工廠。
 これが現在の彼に冠せられた正式名称である。

 あかがね色の肌をした精悍な量子植物学者は、召還術によって青白い顔の優男と肉体交換され、ちんまりとコクピットの片隅に佇んでいる。
 施術者の男はセフィーロという。彼は念願だった筋肉質の体を得て、リアノンの郷を飛び出し、豪快な刀さばきでロボットを打ち倒している。
 子種に乏しいリアノン一族の中で男性は天国とも地獄とも形容できる扱いを受けていた。
 男ならば誰でも一度はハーレム生活を夢見るだろう。だが、セフィーロにとっては拷問でしかなかった。彼だけではない、過酷な作業に精根尽き果て病床に伏す者も出た。
 リアノン族の生き残りをかけた一大公共事業であることは頭では判っていた。しかし、多い日には三回も女を相手にするとなると音を上げてしまう。
 ハーレムから脱走を試みる者も後を絶たない。捕まれば恐ろしい房中術をかけられ、意思を持たぬ繁殖機械にされてしまう。

 そんな彼に蜘蛛の糸を垂らしたのは脱走者が築いたネットワークだ。
 侵略ロボット打倒の為に人間の肉体をまとってくれ。剣を取れ。そう薦められたら二つ返事で引き受けるのが男だ。
 セフィーロは召還術を受け、ロジャーの肉体に宿った。
 新月の夜、彼はハーレムを独力で破壊し、慌てふためくリアノン族に鉄拳をふるい、王都をめざした。
 二つの脚で踏みしめる大地は力強く彼を支えてくれた。

 量子植物学者の体は紋章学がみなぎっており、ガラスを砕くようにロボットを粉砕できた。彼は王国騎士団に居場所を得た。
 一方、妖精と化したロジャーは大混乱に陥った。船の生体認証がことごとく彼をはねつけた。
 操縦者の不在を確認した船は自律的に稼働を続けた。
 いわば、ペンローズ号は魂が抜かれたも同然である。

 この様な陰謀を企てたのは何者であるか?
 戦犯を探すには、誰がいちばん得をするか考えるといい。

 女の復権を良しとしない元老院保守派の急先鋒たちだ。彼らはペンローズ号の無力化に喝采した。

「あとは愚者王と船を接続するだけだ」
 彼らはエンケラダスに拠点を築き、愚者王とペンローズ号に想念の海を征服させるつもりだった。
 いつの時代でも男の野望は尽きない。妖精王国には複雑な権謀術数が渦巻いている。

 それもフーガによる侵攻で潰えた。

 重力井戸の中の争いを高みから嘲笑う者がいた。御崎らみあが漁夫の利を得た。

 精神的主柱ロジャーを失った船は惰性で漂っていた。

 彼女はみずからが「ライブシップ」となるべく、ペンローズ号との融合を画策していた。


 ■ 男の戦い

 ペンローズ号の艦橋の片隅に腑抜けた優男がうずくまっている。
 女のような肩にかかる黒髪。宝珠で飾られたエルフ耳。涼しげな切れ長目に鼻筋の通った顔立ち。
 リアノン族の美青年に変貌したロジャーである。

 彼は……。

 ……泣いていた。

 意気揚々とエンケラダスに乗り込んだものの、異星の自然界は地球人の理想論を頑として撥ねつけた。
 彼はくじけなかった。後続の妻と二人でテラフォーミングに取り組むぞ、と自分を鼓舞した。

 シェークスピアの稲穂号は待てど暮らせど来なかった。
 彼は新スコットランド本国に問いただす間もなく特権者戦争が激化し、取り残された。
 妻を信じて待ち続け、自らに遺伝子操作を施して環境改造の司令塔となった。

 彼は自身の大脳に施術して、主観的な時間経過を調整可能にした。
 惑星の改良は途方もない年月を要する。

 気付いたら万年単位の歳月が流れていた。

 四万年。……
 四万年である!

 量子植物学者は大誤算を犯した。

 惑星に根差した植物は鉱物生命体に進化していた。
 光合成によって金属の蓄積が行われ、エンケラダスの環境に適合した結果、次第に機械生命体を産みだす土壌が整う。
 電子部品に必要なレアメタルは光合成による核融合で補われた。

 植物の内部で常温核融合が起こりえるなど疑似科学だと思うが、実は不思議なことではない。

 二十一世紀にロシア科学アカデミーのスミルノフ物理学派が解き明かしたところによれば、光合成は炭素の常温核融合によってなされる。
 二酸化炭素と水を用いて人工的に炭水化物を作り出そうとしても出来ない。炭素原子よりも酸素原子が反応しやすいので、炭化より酸化が促される。つまり、水素と酸素が先に結合して水が出来てしまうのだ。

 植物はどうやって炭水化物を見事に作り出すのか。
 原子番号六の炭素と原子番号八の酸素とが、水素原子二つを従えた水と遭遇した時に、酸素原子核中の陽子と中性子のペア二組分が外れて炭素原子核に移行する。その結果、炭素原子核と酸素原子核の立場が入れ代わり、化学反応では達成しえない二水化炭素が出来る。
 残された原子は酸素だけとなる。この二水化炭素五つと酸素原子一個が六角形の分子構造をとる。

 このような例でペンローズ号が撒いた種は自前で必要な鉱物を作り出し、四万年の歳月を経て鉱物生命体の王国を建設した。


 ロジャーは孤立無援でも自分が信じた。量子植物学がめざす理想と現実がかい離してもなお、間違っはていないと嘯いた。
 問題は彼を正当に評価できる第三者が不在だったこと。
 自己主張は社会との情緒的な結びつきであるため、それが出来ないと自信喪失につながる。
「俺のやっている事は正しいのか? ペンローズ号の席は間違った居場所ではないか」
 彼は自問自答の無限循環に陥り、妖精の甘言がつけ入る隙を与えた。

「あなたにはエンケラダスで珪酸塩が芽吹く春を謳う仕事が相応しい。あなたの屈強な肉体を必要となる人々がいる」

 そう諭されて、召喚に応じた。
 操縦者の死亡を訴える警告メッセージで我に返ったが、遅すぎた。
 船は自律稼働モードに移行し、ロジャーの思考パターンを学習している論理回路が指揮を執った。
 妖精と化した男は制御を取り戻そうとあがいたが徒労に終わった。

 妖精であるからには魔法が使えるはずだと気づき、最後の手段として紋章学の発動を試みたが不発に終わった。
 セフィーロを始めとして妖精の雄は手品程度の魔法しか使えない。枯れ木に花を咲かせたり、鳥獣と会話したり、野山に哲学を語らせたり、おおよそ実用とかけ離れたロマンチックな術ばかりだ。

 ロジャーは実験動物用の給餌器で飢えをしのぎ、糊の利いた船内服を寝床にした。
 あるとき、癇癪を起して花火程度の破壊魔法を偶発させた。たちまち、消火装置が雨を降らせた。
 それで、水浴びをすることを覚えた。あとは、生態系観察エリアの小動物と会話したり戯れて暮らした。

 淘汰の波は小さな隣人たちにもおよび、やがて彼は孤独に戻った。
 彼は何度も自殺を試みた。しかし、いつも未遂に終わらせる不思議な作用が働いた。

 ロジャーは精神が病むことを望んだ。運命とは過酷なものだ。自分が選び取った結果を保証してくれるほど甘くはない。

 妖精はもともと自然界の一部として孤高に対する解毒剤をもっている。彼の五感は艦内の電子機器のざわめきや空調器の風を森羅万象に置き換えて、心豊かにしてくれた。

 それでも、他者に評価されないことほど辛い物はない。
 聞くものいない詩歌創作は気休めにしかならなかった。

「お母さん、お母さん」

 彼は母恋から故郷を思い浮かべる。
 ああ、こんな牢獄から誰かが連れ出してくれればいいのに。子供のころに見た日本のスーパーロボットが助けに来てくれないだろうか。
 ダイジンガーΩに合体キャプチャーマシン。極重力ロボ・ストラグラーΛというのもあったな。カナン連邦の赤い装甲スーツがレーザー剣で壁をぶち抜いてくれないだろうか。

 彼の妄想はうねりとなって、小惑星カスタリアと共鳴した。

 そして、妖精王国をロボットが蹂躙し始めた。

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