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三島ベースのレナさんいわく、麗威漸亜攻閃(れーざーこうせん) 大崩壊(こわ)していいとも!!
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■ 三島基地
グレイスのやる気を馬力にして航空戦艦は大車輪で多世界解釈レーザーを復刻した。艦内にがっちりと組み上がった装置を作戦局員達が羨望のまなざしで見上げている。
「何だか……黒光りしてて……硬そうで……大きいです」
みな、口を半開きにして涎を垂らしている。
アンテナを支える鉄骨は薔薇の花で飾られ、紅白幕で巻いてある。
「威風堂々大完成」「祝☆建立」「本邦☆初公開」「定礎月極」などという垂れ幕が四方に張られ、「玲奈賛江」「作戦局女子一同 与利」などと署名された花輪が並んでいる。なんだか昭和から平成にかけて流行ったお昼の帯番組みたいだ。
「好評分譲中」「全国無料配送」「敷金礼金家賃半月分」なんてのは、まだいいほうだ。「→三島家」「消費増税反対!」「努力と根性」なんて張り紙まであるぞ?
麗威漸亜攻閃完成総決起集会、と毛筆で書かれた横断幕の下でグレイスが何やら檄を飛ばしている。
「……に決まりでしょう!」
「「「「そぉですねえっ!」」」
「……ですよねっ?」
「「「「「そーですねっ!!」」」」
彼女の問いかけに集まった観衆が大声で反応する。
「ごるぁ! いいかげんになさい!」
長女の度が過ぎる悪乗りをシアが窘める。
「くすくす。いつものグレイスちゃんらしいノリが戻ってよかったわ」
アンジェラが頃合いを見計らって、装置の起動準備をはじめた。グレイスが丹精込めた機器は厳しい検査項目を軽々とクリアーし、お昼過ぎには試運転を開始した。
固唾をのんで一同が見守る中、スクリーンにはBB社が爆散するに至る生々しいやり取りが蘇った。
「挿入~~~ッ!」
カッ!
画面が白熱したところでシステムの負荷が限界に達しブレーカーが落ちた。
これって、技術的特異点?!
同じような印象を抱いた者が異口同音に叫んだ。
技術的特異点とは科学の発達史において、いくつかの飛躍的な進化をいう。
たとえば、活字の発明しかり、蒸気機関しかり、コンピューターしかり。
特に電算機の開発においては半導体の集積度が約一年半で倍々に増えていくことから、発見者にちなんで「ムーアの法則」と呼ばれる節目がある。
この進化がいずれ人類の知能を追い越す臨界点に達するであろうと予言された。その場合、超コンピューターが極超コンピュータを生み出し、さらにそれがもっと高度に進化し、人類は置き去りにされると恐れられていた。
BB社のペンローズ量子ネットワークは何らかの外因によって自我に目覚め、御崎らみあの体を乗っ取ったと考えられる。
「つまり、惑星カシス大爆震に始まる一連の歴史経緯はすべて、御崎らみあの仕業ではないでしょうか? 大胆すぎる仮説だと自分でも呆れましたが」
アンジェラは途方もない答えを導いたが、周囲にドン引きされるどころか、驚嘆の声で迎えられた。
「まさか、次はシンギュラリティの引き金が地震だと言い出すんじゃないでしょうね? フランケンシュタイン博士じゃあるまいし」
シアはあまりに飛躍した考えについていけなくなっていた。
「ねぇ、シア。貴女はもの覚えはいい方かしら?」
アンジェラは試すような表情で尋ねた。
「ええ? 何です? いきなり。こういう途方もない干渉を引き起こす存在……そうだわ! 確率変動簒奪者」
「そうよ。惑星ブロードのスタイリッシュ共産主義者「ウッキー・アポカリプス博士」がチャパラル星から強奪した妖怪フジコサン――「フジコフジコ」と奇声を発するミニスカ長髪の女は人類圏の進化を司るコーディネーターでした」
アンジェラは、御崎らみあも進化の調律師ではないか?という結論に達した。
■ 進化を司りし者
「四万年後の事象が『現在』に干渉するなんてあり得るんですか? 因果律はどうなるの? 不確定性原理は?」
シアの言う通り、ハイゼンベルクの不確定性原理は「一寸先は闇」という格言を裏付ける根拠であり、この宇宙の大原則だ。結果には原因が必ず先立つという因果律もまたしかり。
「因果律は破れるよ。ただし、限定的にね」
レーザー制御卓の裏から見知らぬ声が聞こえてきた。気取ったボーイソプラノが実験の立ち合い人たちの耳に底知れない恐怖を湧き起こす。
女は見知らぬ男の声に本能的恐怖を感じる。
「僕だよ。ああ、怖がらなくていい。あの妖怪みたいに『フジコフジコ』とは啼かないよ」
カモシカのように引き締まった太腿が赤いミニスカートから見え隠れしている。
「御崎……らみあ?」
メディアがうわずった声をあげる。
「ベローゾフ・ジャボチンスキー反応液、撹拌パターン青、特権者の攻撃です!」
作戦局長を取り巻く戦闘純文学者達はぐつぐつ煮えるフラスコを携えている。
「くすくす。僕がそう見えるかい?」
らみあがふわりと着地する。豊かな黒髪がゆっくりと肩に纏わりつく。ガラスの中の液体が呼応するように赤くなる。
「貴女は誰なの?」
メディアは顔をこわばらせて後ずさる。彼女の内股から雫がこぼれ落ち、床に点々としたたる。
「あなたは……だぁれ?」
らみあがオウム返しする。
「―――?! ……。 いやぁーーーーーーーーーーッ!」
中央作戦局長は叫んだ。なぜならば、らみあの顔が自分そっくりに変貌していたからだ。それだけでない、問い返した女の背後にずらりと行列がならんでいる。まるで、合わせ鏡のようだ。
「「「「あなたはだぁれ?」」」」
「「あなたはだ」」
「あなた」「「あなた誰」」「「誰」」「誰々誰ダダダダダダダ…」
グレイス号の艦内に御崎とアンジェラの掛け合いが漫才のボケツッコミのごとく反響する。それは病的な女の笑い声へと昂ぶって、ついにある種の殺傷力を持つに至った。
「ひぎぃ!」
喉首を締められるような断末魔の悲鳴。アンジェラが昏倒した。
そして、今度はグレイスが白目を剥いて倒れた。あわててシアが抱き起す。
「お前はグレイス。かわいいかわいい私の娘よ」
カッと目を見開いたまま息絶えた少女を養母は何度も撫でる。
「お前は本当にそうなのかい?」
クラインを発狂に追い込んだ御崎が、今度はシアに襲い掛かる。
「シア・フレイアスター。お前の肉体は妖精リアノンと交換した物よね? そして、お前の魂は衛星バンケットホールの戦いでロストした筈。今のお前は誰なの?」
ヒルベルト空間で、自らを自然界の法則として強引に定義したシアだ。この程度の揺さぶりではびくともしない。
「わたしはメイドサーバントのシアです。生涯ハゲ頭で出産できない身体で、翼を持ち、解剖学的構造上は人前で服ビリしなくちゃいけない痴女だけど、女の子ですよ~だ!」
シアは翼を展開し、カツラと服を脱ぎ捨ててメイドサーバント本来の姿に戻る。
「お前はそう信じ込んでいるけど、それは自分の本質か、後付された物か判別できないだろう? 何が原因で何が結果か決定できるかい? どこまでが現実でどこまでが虚構か見当がつくのかい?」
シアは自分の頬をムニっと捻った。日頃から、やんちゃ娘達の耳にお仕置きをしているので握力はぴか一である。
「 痛い 夢じゃないわ」
「どうだか?」
御崎は多世界解釈レーザー装置のモニタにシェークスピアの稲穂号を表示させた。「お前の両親は特権者戦争で失踪したそうじゃないか。え?」
「そうよ! それはお母さんの船だわ。わたしは二人が<きっと>生きていると信じてる」
「おめでたい女だね! 『大本営発表』って知っているかい?」
軍が都合のよいニュースを捏造して劣勢を隠蔽することだが、自分の親は隠蔽工作に関わるような人間ではない。
シアは強く反論した。
「そうじゃなくてね」
確率変動簒奪者は馬鹿な小娘を諭すように言った。お前の両親は地球を捨てて、四万年後の地球にたどり着いた。
「出鱈目をおっしゃいなさんな!」
激昂するシア。
「嘘だと思うなら、そう、そこの鎮守府探題! 最高のセキュリティー権限を存分に振るって確認なさい」
名指しされたソニアが自艦に働きかけて、機密情報を開示させた。
新スコットランド気象軍の衛星エンケラダス移住計画。その頓挫と異世界召還事件の顛末が洗いざらい暴露された。
「お前の聞かされていた両親の消息は虚構だったのさ。お前はフィクションの上に生きてきたのさ。これでもまだ強がっていられるかい?」
「……!」
シアは返す言葉がなかった。
「もっと素敵な情報を教えてやろうか? これが現実(リアル)だよ」
モニタにはマリア・フレイアスターとシアの入浴シーンが繰り広げられている。
「も~おか~さんたらぁ」
キャッキャッと「人間体」のシアが母親に甘えている。
奪われた体にはリアノンの魂が宿っているはずだ。自分に成りすました女が母親と親子水入らずの関係にある。
シアは自分が何者なのかわからなくなった。
「もう一度聞くよ。おまえは、だ・ぁ・れ?」
「―――…」
シアは――シアって誰だっけ
「ベローゾフ・ジャボチンスキー反応、こんな撹拌みたことなあぁぁぃぃ――」
戦闘純文学者達のフラスコは鮮やかな紫に蛍光している。それが激しく明滅しはじめた。
「確率変動エネルギーが、計測できません」
慌てふためく女達を見下すように御崎が言った。
「そりゃあ、僕は確率変動簒奪者だからねぇ」
百戦錬磨の衛生兵たちが、心肺停止したアンジェラと局長を搬出している。
《グレイス号が崩壊します。総員退艦してください》
艦のサブシステムが警報を発令した。
迅速な避難は不可能と判断した艦はその場に居合わせたメンバーを転送ビームで強制退去させた。
「さて、邪魔者がいなくなった所でいただく物を頂戴するよ」
基地最奥部の分厚いコンクリート扉がゆっくりと開いた。
兵器査察官が各地から押収してきた数々の大量破壊兵器が厳重に封印されている。
らみあは紫色の眼光を放った。まどろっこしい認証を要求する電子錠がかちりと音を立てて外れた。
床が割れて耐核ガラスケースに入った黄金の棺がせり上がる。遺体は入っていない。
「これだよ。開闢爆弾。ロジャーもさぞ喜ぶだろうね」
少女はうっとりする。
「ままごと遊びには女の子がいなくっちゃね。君たち、来るよね? 嫌だとは言わせないよ」
らみあが呼びかけると懲罰艦隊司令部のメインコンピューターが呼応した。
確率変動の風が吹き荒れ、何もかもが常軌を逸し始める。
《緊急スクランブル。ハンターギルド本部内においてライブシップによる大規模な暴動発生。当直員はただち出動してください。繰り返します……》
「まったくしょうがないメス餓鬼ね」
「シアの娘ですって? 躾がなってないわね」
「そうさ、親も親だよ。自分で何とかおしよ」
夜中に起こされた懲罰艦はぶつくさ文句を垂れながら紅蓮の炎を吐いて成層圏に昇った。
そして、抗ライブシップバクテリア・ミサイルを目標に撃ち、さっさとねぐらに戻った。
直後に航空戦艦アストラル・グレイス号が大爆発した。
ライブシップのエンジンは艦周辺に展開する戦闘純文学者の術式発動を支える原動力でもある。
それが一気に解放すれば人口数千万を擁するアムンゼン・スコット基地などひとたまりもなかった。
氷床が蒸発し荒れ狂う乱雲の中で御崎らみあはひとりごちた。
「因果律は局所的に破れるのさ。任意の時空を起点とする光円錐の中ではね。その頂点に立つ者は時系列を支配できる」
キノコ雲そっくりの水蒸気爆発を見上げ少女はほくそ笑む。
「そう、因果は破れるのよ……限定的にね」
らみあの道楽に半ば強制的に巻き込まれた懲罰艦隊が催促する。
「それで、おままごと遊びとやらは何処でやるのさ?」
「あたしたちは暇じゃないんだよ」
「さっさとおし!」
完全に頭の狂った死刑執行官たちが遊び仲間を締めあげた。
「衛星エンケラダス。僕の夫、ロジャーペンローズの家だよ」
グレイスのやる気を馬力にして航空戦艦は大車輪で多世界解釈レーザーを復刻した。艦内にがっちりと組み上がった装置を作戦局員達が羨望のまなざしで見上げている。
「何だか……黒光りしてて……硬そうで……大きいです」
みな、口を半開きにして涎を垂らしている。
アンテナを支える鉄骨は薔薇の花で飾られ、紅白幕で巻いてある。
「威風堂々大完成」「祝☆建立」「本邦☆初公開」「定礎月極」などという垂れ幕が四方に張られ、「玲奈賛江」「作戦局女子一同 与利」などと署名された花輪が並んでいる。なんだか昭和から平成にかけて流行ったお昼の帯番組みたいだ。
「好評分譲中」「全国無料配送」「敷金礼金家賃半月分」なんてのは、まだいいほうだ。「→三島家」「消費増税反対!」「努力と根性」なんて張り紙まであるぞ?
麗威漸亜攻閃完成総決起集会、と毛筆で書かれた横断幕の下でグレイスが何やら檄を飛ばしている。
「……に決まりでしょう!」
「「「「そぉですねえっ!」」」
「……ですよねっ?」
「「「「「そーですねっ!!」」」」
彼女の問いかけに集まった観衆が大声で反応する。
「ごるぁ! いいかげんになさい!」
長女の度が過ぎる悪乗りをシアが窘める。
「くすくす。いつものグレイスちゃんらしいノリが戻ってよかったわ」
アンジェラが頃合いを見計らって、装置の起動準備をはじめた。グレイスが丹精込めた機器は厳しい検査項目を軽々とクリアーし、お昼過ぎには試運転を開始した。
固唾をのんで一同が見守る中、スクリーンにはBB社が爆散するに至る生々しいやり取りが蘇った。
「挿入~~~ッ!」
カッ!
画面が白熱したところでシステムの負荷が限界に達しブレーカーが落ちた。
これって、技術的特異点?!
同じような印象を抱いた者が異口同音に叫んだ。
技術的特異点とは科学の発達史において、いくつかの飛躍的な進化をいう。
たとえば、活字の発明しかり、蒸気機関しかり、コンピューターしかり。
特に電算機の開発においては半導体の集積度が約一年半で倍々に増えていくことから、発見者にちなんで「ムーアの法則」と呼ばれる節目がある。
この進化がいずれ人類の知能を追い越す臨界点に達するであろうと予言された。その場合、超コンピューターが極超コンピュータを生み出し、さらにそれがもっと高度に進化し、人類は置き去りにされると恐れられていた。
BB社のペンローズ量子ネットワークは何らかの外因によって自我に目覚め、御崎らみあの体を乗っ取ったと考えられる。
「つまり、惑星カシス大爆震に始まる一連の歴史経緯はすべて、御崎らみあの仕業ではないでしょうか? 大胆すぎる仮説だと自分でも呆れましたが」
アンジェラは途方もない答えを導いたが、周囲にドン引きされるどころか、驚嘆の声で迎えられた。
「まさか、次はシンギュラリティの引き金が地震だと言い出すんじゃないでしょうね? フランケンシュタイン博士じゃあるまいし」
シアはあまりに飛躍した考えについていけなくなっていた。
「ねぇ、シア。貴女はもの覚えはいい方かしら?」
アンジェラは試すような表情で尋ねた。
「ええ? 何です? いきなり。こういう途方もない干渉を引き起こす存在……そうだわ! 確率変動簒奪者」
「そうよ。惑星ブロードのスタイリッシュ共産主義者「ウッキー・アポカリプス博士」がチャパラル星から強奪した妖怪フジコサン――「フジコフジコ」と奇声を発するミニスカ長髪の女は人類圏の進化を司るコーディネーターでした」
アンジェラは、御崎らみあも進化の調律師ではないか?という結論に達した。
■ 進化を司りし者
「四万年後の事象が『現在』に干渉するなんてあり得るんですか? 因果律はどうなるの? 不確定性原理は?」
シアの言う通り、ハイゼンベルクの不確定性原理は「一寸先は闇」という格言を裏付ける根拠であり、この宇宙の大原則だ。結果には原因が必ず先立つという因果律もまたしかり。
「因果律は破れるよ。ただし、限定的にね」
レーザー制御卓の裏から見知らぬ声が聞こえてきた。気取ったボーイソプラノが実験の立ち合い人たちの耳に底知れない恐怖を湧き起こす。
女は見知らぬ男の声に本能的恐怖を感じる。
「僕だよ。ああ、怖がらなくていい。あの妖怪みたいに『フジコフジコ』とは啼かないよ」
カモシカのように引き締まった太腿が赤いミニスカートから見え隠れしている。
「御崎……らみあ?」
メディアがうわずった声をあげる。
「ベローゾフ・ジャボチンスキー反応液、撹拌パターン青、特権者の攻撃です!」
作戦局長を取り巻く戦闘純文学者達はぐつぐつ煮えるフラスコを携えている。
「くすくす。僕がそう見えるかい?」
らみあがふわりと着地する。豊かな黒髪がゆっくりと肩に纏わりつく。ガラスの中の液体が呼応するように赤くなる。
「貴女は誰なの?」
メディアは顔をこわばらせて後ずさる。彼女の内股から雫がこぼれ落ち、床に点々としたたる。
「あなたは……だぁれ?」
らみあがオウム返しする。
「―――?! ……。 いやぁーーーーーーーーーーッ!」
中央作戦局長は叫んだ。なぜならば、らみあの顔が自分そっくりに変貌していたからだ。それだけでない、問い返した女の背後にずらりと行列がならんでいる。まるで、合わせ鏡のようだ。
「「「「あなたはだぁれ?」」」」
「「あなたはだ」」
「あなた」「「あなた誰」」「「誰」」「誰々誰ダダダダダダダ…」
グレイス号の艦内に御崎とアンジェラの掛け合いが漫才のボケツッコミのごとく反響する。それは病的な女の笑い声へと昂ぶって、ついにある種の殺傷力を持つに至った。
「ひぎぃ!」
喉首を締められるような断末魔の悲鳴。アンジェラが昏倒した。
そして、今度はグレイスが白目を剥いて倒れた。あわててシアが抱き起す。
「お前はグレイス。かわいいかわいい私の娘よ」
カッと目を見開いたまま息絶えた少女を養母は何度も撫でる。
「お前は本当にそうなのかい?」
クラインを発狂に追い込んだ御崎が、今度はシアに襲い掛かる。
「シア・フレイアスター。お前の肉体は妖精リアノンと交換した物よね? そして、お前の魂は衛星バンケットホールの戦いでロストした筈。今のお前は誰なの?」
ヒルベルト空間で、自らを自然界の法則として強引に定義したシアだ。この程度の揺さぶりではびくともしない。
「わたしはメイドサーバントのシアです。生涯ハゲ頭で出産できない身体で、翼を持ち、解剖学的構造上は人前で服ビリしなくちゃいけない痴女だけど、女の子ですよ~だ!」
シアは翼を展開し、カツラと服を脱ぎ捨ててメイドサーバント本来の姿に戻る。
「お前はそう信じ込んでいるけど、それは自分の本質か、後付された物か判別できないだろう? 何が原因で何が結果か決定できるかい? どこまでが現実でどこまでが虚構か見当がつくのかい?」
シアは自分の頬をムニっと捻った。日頃から、やんちゃ娘達の耳にお仕置きをしているので握力はぴか一である。
「 痛い 夢じゃないわ」
「どうだか?」
御崎は多世界解釈レーザー装置のモニタにシェークスピアの稲穂号を表示させた。「お前の両親は特権者戦争で失踪したそうじゃないか。え?」
「そうよ! それはお母さんの船だわ。わたしは二人が<きっと>生きていると信じてる」
「おめでたい女だね! 『大本営発表』って知っているかい?」
軍が都合のよいニュースを捏造して劣勢を隠蔽することだが、自分の親は隠蔽工作に関わるような人間ではない。
シアは強く反論した。
「そうじゃなくてね」
確率変動簒奪者は馬鹿な小娘を諭すように言った。お前の両親は地球を捨てて、四万年後の地球にたどり着いた。
「出鱈目をおっしゃいなさんな!」
激昂するシア。
「嘘だと思うなら、そう、そこの鎮守府探題! 最高のセキュリティー権限を存分に振るって確認なさい」
名指しされたソニアが自艦に働きかけて、機密情報を開示させた。
新スコットランド気象軍の衛星エンケラダス移住計画。その頓挫と異世界召還事件の顛末が洗いざらい暴露された。
「お前の聞かされていた両親の消息は虚構だったのさ。お前はフィクションの上に生きてきたのさ。これでもまだ強がっていられるかい?」
「……!」
シアは返す言葉がなかった。
「もっと素敵な情報を教えてやろうか? これが現実(リアル)だよ」
モニタにはマリア・フレイアスターとシアの入浴シーンが繰り広げられている。
「も~おか~さんたらぁ」
キャッキャッと「人間体」のシアが母親に甘えている。
奪われた体にはリアノンの魂が宿っているはずだ。自分に成りすました女が母親と親子水入らずの関係にある。
シアは自分が何者なのかわからなくなった。
「もう一度聞くよ。おまえは、だ・ぁ・れ?」
「―――…」
シアは――シアって誰だっけ
「ベローゾフ・ジャボチンスキー反応、こんな撹拌みたことなあぁぁぃぃ――」
戦闘純文学者達のフラスコは鮮やかな紫に蛍光している。それが激しく明滅しはじめた。
「確率変動エネルギーが、計測できません」
慌てふためく女達を見下すように御崎が言った。
「そりゃあ、僕は確率変動簒奪者だからねぇ」
百戦錬磨の衛生兵たちが、心肺停止したアンジェラと局長を搬出している。
《グレイス号が崩壊します。総員退艦してください》
艦のサブシステムが警報を発令した。
迅速な避難は不可能と判断した艦はその場に居合わせたメンバーを転送ビームで強制退去させた。
「さて、邪魔者がいなくなった所でいただく物を頂戴するよ」
基地最奥部の分厚いコンクリート扉がゆっくりと開いた。
兵器査察官が各地から押収してきた数々の大量破壊兵器が厳重に封印されている。
らみあは紫色の眼光を放った。まどろっこしい認証を要求する電子錠がかちりと音を立てて外れた。
床が割れて耐核ガラスケースに入った黄金の棺がせり上がる。遺体は入っていない。
「これだよ。開闢爆弾。ロジャーもさぞ喜ぶだろうね」
少女はうっとりする。
「ままごと遊びには女の子がいなくっちゃね。君たち、来るよね? 嫌だとは言わせないよ」
らみあが呼びかけると懲罰艦隊司令部のメインコンピューターが呼応した。
確率変動の風が吹き荒れ、何もかもが常軌を逸し始める。
《緊急スクランブル。ハンターギルド本部内においてライブシップによる大規模な暴動発生。当直員はただち出動してください。繰り返します……》
「まったくしょうがないメス餓鬼ね」
「シアの娘ですって? 躾がなってないわね」
「そうさ、親も親だよ。自分で何とかおしよ」
夜中に起こされた懲罰艦はぶつくさ文句を垂れながら紅蓮の炎を吐いて成層圏に昇った。
そして、抗ライブシップバクテリア・ミサイルを目標に撃ち、さっさとねぐらに戻った。
直後に航空戦艦アストラル・グレイス号が大爆発した。
ライブシップのエンジンは艦周辺に展開する戦闘純文学者の術式発動を支える原動力でもある。
それが一気に解放すれば人口数千万を擁するアムンゼン・スコット基地などひとたまりもなかった。
氷床が蒸発し荒れ狂う乱雲の中で御崎らみあはひとりごちた。
「因果律は局所的に破れるのさ。任意の時空を起点とする光円錐の中ではね。その頂点に立つ者は時系列を支配できる」
キノコ雲そっくりの水蒸気爆発を見上げ少女はほくそ笑む。
「そう、因果は破れるのよ……限定的にね」
らみあの道楽に半ば強制的に巻き込まれた懲罰艦隊が催促する。
「それで、おままごと遊びとやらは何処でやるのさ?」
「あたしたちは暇じゃないんだよ」
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