彼女だって恋がしたい完結編~はてしなき出発(たびだち)

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エクソダス計画

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 ■ エクソダス計画

 妖精王国の活火山地帯。
 硫黄臭が充満する洞穴に鈍色の与圧結界が張り巡らしてある。

 たかが小娘一人の侵攻ごときで潰える保守派ではなかった。彼らは弱体化するどころかますます強大化した。文字通り地下に潜った議員たちは、この日が来るのを待ちわびていたかのように土属性の輩と手を組んだ。

 がっしりとした岩の扉が行く手を阻んでいる。リザードマンが興味本位で近づくオークのたぐいをやすりの様な歯を打ち鳴らして追い払っている。

 大理石の祭壇に山羊が捧げられ、逆さにした髑髏にかがり火か揺れている。石垣で囲った池がゴボゴボと人の形に泡立っている。癒しの女神像が手にした壺から清水が注いでいる様子から見て、ヒーリング効果があるのだろう。

「ショウ・ネビュラ議員、長きにわたる間諜スパイかつどう、ご苦労であった」

 卑金属で着飾ったトロールロードがねぎらうと、全裸の男がガバっと飛び起きた。隆起した筋肉から水が滝のようにしたたる。
「フーッ、やっぱり男の身体はいいもんですね。どうです? 『エクソダス計画』の進み具合は。私のお蔭でさぞ捗っているでしょうね」
 ショウは衛兵が差し出したタオルで金髪をわしゃわしゃと拭きながらたずねた。

「 ふーはっは! 貴殿が持ち出したリアノン水晶球は大地軸孔震導管テランスミッタの設計思想に革命をもたらしておるわ」
 神官は身体を大きく揺らした。装具がジャラジャラと打ち鳴らされる。

「そうでしょうな。まさか、あれが逆転勝ちの切り札になるとは私も予想外でしたよ」
「まったくだ。カシス大爆震があれの副作用だとはさすがの発明姫も気づいておらんだろうて」
「ところで、 実存煮沸ハードボイルドが成就した暁には」
「わかっておる。世界の半分をくれてやるわ。ショウ、貴殿もつくづく悪よのう」
「いいえ、滅相もありませんや。大神官様ほどでは……」
「「わーっはっはっは!」」

 何やら、越前問屋のような古めかしい会話が聞こえてくるぞ。
 それにしてもこのエクソダス計画だのテランスミッタだの謎めいた語句は何だろう。

 わかっていることは一つ。話の内容からして彼らが滅亡に瀕している事は間違いない。テランスミッタは地軸という用語が含まれていることから、地球規模の機械装置だと判る。
 次に実存煮沸とやらを推測してみると、実存、すなわちこの世のありとあらゆる実体がグツグツと煮えくり返る状態だ。
 煮沸というのは注射針や手術器具を熱湯で殺菌することをいう。
 彼らは世界を消毒しようというのか。なるほど、イメージとしてはノアの洪水の熱湯バージョンを用いて穢れた人間を一掃するつもりか。
 世界をショウと折半するという大神官の発言から、彼らが私利私欲で滅亡後の世界を牛耳ろうと企んでいることはありありと判る。

 すると、テランスミッタというのは電子レンジの真空管マグネトロンの様な物か。


 ……などという噂話がセフィーロ達の野営地で囁かれている。
 都から来た吟遊詩人が王宮の噂話ゴシップをまことしやかに謳い、金をせびる。ギリギリの危ない業界ネタを喋る芸人みたいな奴だ。

 ■ 辺境の酒場にて

 あかあかとランプが天幕を照らす下で、戦士たちが今日の武勇を自慢しあっている。彼らも素面しらふの内は吟遊に耳を傾けていたものの、酔いが回るにつれ、大声で自己主張をはじめた。じっさい、彼らの活躍でロボット軍団は国境の森林地帯から駆逐されつつある。
「んで、滅亡だとぅ? ロボットじゃなくて俺たちが? ざけんなテメー馬鹿にしてんじゃねーぞ」

 セフィーロにエルフ耳をわしづかみされた青年はシクシクと泣き出した。
「おいコラ、文句あるなら言えや。別にぶん殴ったりしねーからよ。酒の肴に何でもいいから話してみろってばよ」
 屈強な肉体を得て今や飛ぶ鳥を落とす勢いのセフィーロが図に乗りまくる。
「あなた、本当はエルフでしょう? どうして同胞を苛めるんですか?」
 吟遊詩人は澄んだ青い瞳で睨み返した。
「ぐ!」
 元妖精は言葉に詰まった。しかし、中二めいたアニメ台詞をがなり立てるロボットたちと剣を交えた男である。即座に切り返した。
「おうよ! 俺はリアノンの出よ。てめーらが建てた愚者の塔にさんざん痛めつけられた【リアノン】の、な!」

 べらんめえ調で詩人を叩きのめした男は仲間の喝さいを浴びる。

「……だったら、なおさら僕の忠告に耳を傾けるべきですよ。自覚できていますか? いったい、あなたは誰と戦っているんですか?」

「この野郎ぅ! ルゥォヴォット軍団ろぼっとぐんだんにきまってるだろぅが」
 戦士は痛いところを突かれても、酒の勢いにまかせて巻き舌で怒鳴り返す。

「その仇敵は誰を攻めていますか? 革命臨時政府トゥエインズでしょう。奴らは元をただせば侵略者ですよ! あなたは侵略者を守るために侵略者と戦うんですか? お笑い草ですよ」

 ぶん!

 吟遊詩人の顔面にバトルアックスが振りかざされた。しかしながら彼は怯むことなくそれを直視した。殺されるのなら、それで構わない。僕は間違った事を言ってない。しっかりと見開かれた両眼がそう訴えている。

 彼が死を覚悟した瞬間、頭上で爆発が起きた。同時に毛むくじゃらの腕に首根っこをつかまれた。
 もの凄い速度で景色が流れた。満天の星空がぐるっと一回転して、顔に枯草が降りかかった。

 次の瞬間、眩い閃光と耳を弄する轟音を感じ取った。さっきまで酒を酌み交わした戦友たちが天幕ごと四散する。爆発炎上する破片は周囲に火の粉をまき散らし、誘爆が新たな紅蓮を増殖させていく。

【類焼消沈】のスキルが使えるセフィーロがマジックポイントを枯渇させて、何とかこちらへのダメージを食い止めている。


「おい、小僧!」

 焼け焦げた戦斧の柄が妖精の頬をつつく。
「大丈夫か?  怪我はないか?」
 耳の尖った髭面男ドウェルフ (※註 ドワーフとエルフのハーフ)が先ほどとは打って変わって優しい声をかける。

「あなたは……さっきの?」
 おずおずと吟遊詩人が問うと、髭面はヒーリングポーションを投げてよこした。心配そうに戦士も覗き込む。
「こいつはハリコフ。俺はセフィーロ。すまなかったな。危うく機械鷹グローバルホークにやられる所だったぜ。お前、命がけでやばい情報(ネタ)を持ってきたんだな。見上げた男だぜ。名前は?」
「マランツです。吟遊詩人のマランツ・ジョナサン・ハリコフ」
 髭面は目の色をかえた。
「ほぅ! なかなか骨のある奴だと思ってたが同郷人とはなぁ! それにしちゃ色白だが?」
「母方にフレイアスターの血が混じっています」

「「フレイアスターだと?」」

 命の恩人たちは驚きの声をあげた。
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