2 / 15
第二章『猫』
しおりを挟む
『あなたは英雄になりたかった』
暗闇から聞こえてきた声はひどく落ち着いていて、それでいて哀しげであった。
私は答えようとしたが声が出ない。
「違う」と言いたいのに出てこなかった。
やがて、ゆっくりとした足音が聞こえるようになる。
『あなたは英雄に成り損ねた』
足音は少しずつ近づいてくるが何も見えなかった。
私の体は何かに包まれるような感覚に陥る。どうやら何者かに抱きしめられているらしいが、私は恐くて抵抗することができない。私は声も出せず震えていた。すると「もういいんだ」という優しい声がした。そして再び頬に冷たい何かが触れる。それが指の感触であることに私は気づいた。「ごめんなさい、ごめん……」私は呟いていた。
そこで目が覚めた。
目の前にあるのは天井ではなくて壁だった。
カーテンの向こう側は暗いままなので真夜中だということが知れる。私は額に嫌なかび臭い匂いを感じながら体を起こす。そして両手を見てみる。何も無い、いつも通りの手だった。私はしばらくぼんやりとしてから立ち上がりベッドの脇に立つ。そのまま膝を抱え、座る。目を閉じた後、「はぁ……」と溜息をつくと顔を上げた。
その瞬間、私は大きく目を見開いた。そこには人がいたからだ。
全身を覆う白いローブに身を包んだその男はフードを被ったまま私の顔を覗き込んでいるかのようにじっとしている。そして私と目が合うと「大丈夫ですか?」と尋ねてくる。男の声はとても優しかったが同時にどこか薄気味悪さを感じさせる。男は続けた。
「夢を見たようですね。しかも悪い内容の。あなたにとってあまり良くない記憶だったのでしょう。汗が酷かったので少し拭き取らせていただきました」と言って男は一歩下がる。その時になってようやく、男は手にタオルを持っていることに気づいた。
私は慌てて頭を下げて礼を述べる。男は微笑むと言った。
「構いませんよ」男は続けて言う。「あなたは英雄になりたいんでしょう?ならこれからもっと過酷な場面に立ち会わなければならない時が来るでしょう。そういう時は、なるべく冷静に物事を見てください。きっと、あなたの力になってくれる筈です」
そう言った直後、男が纏っていた白いマントの中から黒っぽい毛玉のようなものが転がり出てくるのが見えたので私は驚きで悲鳴を上げそうになるが、すぐにそれが大きな黒猫だとわかる。だが男の方は慌てることもなく「あー、起こしてしまいましたか」と呟き、猫を抱き上げると「では私はこれで」と告げて去って行った。
残された私は呆然と立ち尽くしていたが、しばらくして我に返ると慌てて身支度を整えて家を出た。
そして、深夜の街を走る。
向かう先は、あの公園である。
暗闇から聞こえてきた声はひどく落ち着いていて、それでいて哀しげであった。
私は答えようとしたが声が出ない。
「違う」と言いたいのに出てこなかった。
やがて、ゆっくりとした足音が聞こえるようになる。
『あなたは英雄に成り損ねた』
足音は少しずつ近づいてくるが何も見えなかった。
私の体は何かに包まれるような感覚に陥る。どうやら何者かに抱きしめられているらしいが、私は恐くて抵抗することができない。私は声も出せず震えていた。すると「もういいんだ」という優しい声がした。そして再び頬に冷たい何かが触れる。それが指の感触であることに私は気づいた。「ごめんなさい、ごめん……」私は呟いていた。
そこで目が覚めた。
目の前にあるのは天井ではなくて壁だった。
カーテンの向こう側は暗いままなので真夜中だということが知れる。私は額に嫌なかび臭い匂いを感じながら体を起こす。そして両手を見てみる。何も無い、いつも通りの手だった。私はしばらくぼんやりとしてから立ち上がりベッドの脇に立つ。そのまま膝を抱え、座る。目を閉じた後、「はぁ……」と溜息をつくと顔を上げた。
その瞬間、私は大きく目を見開いた。そこには人がいたからだ。
全身を覆う白いローブに身を包んだその男はフードを被ったまま私の顔を覗き込んでいるかのようにじっとしている。そして私と目が合うと「大丈夫ですか?」と尋ねてくる。男の声はとても優しかったが同時にどこか薄気味悪さを感じさせる。男は続けた。
「夢を見たようですね。しかも悪い内容の。あなたにとってあまり良くない記憶だったのでしょう。汗が酷かったので少し拭き取らせていただきました」と言って男は一歩下がる。その時になってようやく、男は手にタオルを持っていることに気づいた。
私は慌てて頭を下げて礼を述べる。男は微笑むと言った。
「構いませんよ」男は続けて言う。「あなたは英雄になりたいんでしょう?ならこれからもっと過酷な場面に立ち会わなければならない時が来るでしょう。そういう時は、なるべく冷静に物事を見てください。きっと、あなたの力になってくれる筈です」
そう言った直後、男が纏っていた白いマントの中から黒っぽい毛玉のようなものが転がり出てくるのが見えたので私は驚きで悲鳴を上げそうになるが、すぐにそれが大きな黒猫だとわかる。だが男の方は慌てることもなく「あー、起こしてしまいましたか」と呟き、猫を抱き上げると「では私はこれで」と告げて去って行った。
残された私は呆然と立ち尽くしていたが、しばらくして我に返ると慌てて身支度を整えて家を出た。
そして、深夜の街を走る。
向かう先は、あの公園である。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる