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肌色動画と黒い癒着
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■ レアスミス航空陸送運輸株式会社
■ レアスミス航空陸送運輸株式会社海王星首都本社ビル
エレベーターを降りると手荒い歓迎が待っていた。突破刑事が突入することはすでに警備部門に伝わっていたらしく、拳銃でなく理論武装した市民団体にもみくちゃにされた。さらに新聞記者やQNNなど海王星に駐在するありとあらゆる報道機関が待ち受けていた。もちろん彼らは全員丸腰である。照明弾幕のようにフラッシュが間断なく焚かれ、マイクの艦砲射撃が二人の進路を阻んだ。
エアランドポーターはレアスミス財閥の稼ぎ頭で顧客の信頼も厚く親切丁寧品行方正をモットーにしている。そんなところへ破壊捜査のエキスパートが飛び込むのだから、蜂の巣をつついたような騒ぎになる。
重大な不正が発覚したのか、それともいつもながらの濡れ衣で刑事たちが悪逆の限りを尽くすのか情報不足も相まって本社ビル周辺は交通規制が敷かれるほど混乱した。
エアランド社の会計はガラス張りで見ようと思えば誰でも量子ネット上から貸借対照表を参照できる。浪賊稼業が入り込む余地はない。それでなくともエ社は築き上げた信用で莫大な純益を生み出している。
突破刑事が噛みつくとしたら殆どの場合、鬱憤晴らしか言いがかりに終わる。彼らは書類棚をひっかきまわし、在庫をめちゃくちゃに開封して「怪しいところはありませんでした。突破捜査にご協力感謝いたします」で済ませるのだ。
もちろん、いわれのない強制捜査に対して補償はなされる。でなければ、犯罪行為同然の人権蹂躙が許されるはずがない。
それもこれも対浪賊刑事訴訟法のせいである。市民団体は悪名高い大量破壊兵器査察機構の強制査察と非人道的だと糾弾している。それでも悪法がなくならないのは浪賊や大量破壊兵器に泣かされる人々が多すぎるからだ。
「今回の突破捜査の正当性は?」
「法的根拠は何です?」
「何か有力な証拠でも?」
「容疑は?」
矢継ぎ早に質問を浴びせる記者をセラは一蹴した。制止する警備員の首根っこを掴んでいってやった。「おたくのトラックから薬物が出たんだ。社長はいるかい?」
男はカクカクと壊れた人形のように頷いた。
「おおt!」
報道陣が特ダネにどよめくとセラはソフトクリームに取り囲まれた。
「くぉら! ミーチャ!!」
セラの鉄拳が炸裂する。【変容】の突破能力濫用を叱られたミーチャは涙目でマイクを元に戻した。
突破刑事たちはそれぞれが個性的なスキルを発揚するが、その内容はまちまちである。捜査に役立つスキルもあればミーチャのように実用的でない資質もある。それでも突破刑事に取り立てられたのは何らかの形で能力が認められたのだ。セラには理解できない人事考課だ。
「あの、困ります……って、あふ♡」
当惑した美人秘書をミーチャが熱い接吻で黙らせる。その間にセラが社長室に突入する。
「本日はどのようなご用件で?」
黒髪を後ろに束ね、しっとりと落ち着いた雰囲気の中年女が応対した。仕立てのいいフォーマルスーツとスカートを纏っている。グランデジェルドゼニアのオーダーメイドだ。一着百万ダラーはくだらない。
「あんたンとこで飼ってる、ドエロトラックなんだけどさぁ」
セラはどっかりと豊満なヒップを机に降ろす。
「いきなり押しかけて何ですか? 弊社は『ドエロトラック』などという商品を取り扱っておりませんが」
鷹揚な態度に憤慨している女社長に突破刑事は動かぬ証拠を突きつける。
「おたくのネオフソー・スペースキャンターGTX 車台番号μZ4989DAだよ。あたいを轢こうとしやがった」
女は爆発炎上するホバートラックの立体映像を見せられ、絶句する。
「これは? いつどこで? 速やかに法律によって事故処理を……」
「泥酔った従業員の運行管理責任者はあんたにあるんだよなあ。コリン社長」
「れ、レアスミスの車両が酩酊するなどということは……始業点検も出発前点呼もしっかりと」
「何~んなら、安全衛生委員会を動かしてもいいんだよ。全車両運行停止・解体点検だぁ」
セラは行政処分をちらつかせて女社長を揺さぶる。
メロメロになった秘書を押し倒しつつミーチャが宣言する。
「突破捜査事案 対浪賊全権優先権発動!」
社長室の居住部分を開け放ち、家具や調度品をひっかきまわし始めた。
「ミーチャ、あなた、何おっぱじめてんの?」
セラが社長を放り出して寝室に駆け込んだ。
「って、むわ」
シルクのぱんつが直球ストライクコースで飛んできた。コリンの私物らしい。超生産品でない本物の素材だと一目でわかる。
「ぱ、パンツは証拠品目じゃありません」
乱入した市民活動家が警察の横暴を糾弾する。
「わかってるわよ。精霊の一匹でも潜んでないか調べてるの」
ミーチャはフランスベッドをひっくり返して召喚術の痕跡がないか探し始めた。ドラッグを決めている
輩はたいてい妖精の類と親密な関係を築く。そして末端使用者の頂点には深刻な中毒者がいる。幻覚の効力は異世界に深くかかわっている。ピラミッド型に伝播するのだ。ブロンド娘は腕力にものを言わせて量子ロックを破壊し、引き出しをいくつも暴いていく。つくづく彼女は熊女だと思う。華奢な体の何処に馬力が潜んでいるのかセラには皆目わからないが。
「貴女ねぇ! 戦闘純文学者や特権者じゃなきゃ、精霊の口を割れ
ないわよ」
セラが指摘すると「あっそうだっけ」とミーチャはばつが悪そうにした。
「鑑識に量子鑑定を依頼します。なお、エアランド社に特権者ないし戦闘純文学者が出入りした痕跡はありません」
所轄署の捜査員が出退勤簿やセキュリティーログを指し示す。
「特殊施術者及び魔術師法に反することはしてませんよ。来訪者は漏らさず記録しています」
コリンが憮然とした態度で答える。
「車台番号μZ4989DAの健診記録や出勤簿はあるかい?」
セラは対浪賊全権優先権に基づいてトラックの素行調査を要求した。
「うちは人工知能精神衛生法や労働者基準法を順守しています。過労や精神不安はあり得ませんよ。AIは生身の従業員と同列に福利厚生が完備しています。クールウエアに溺れるなんてありえませんよ。浪賊企業じゃあるまいし!」
美人秘書は気が済んだのなら出ていけと言いたげだ。
「そうなんだよね。μZ4989DA、通名マクファーソンだっけ? 勤務態度はまじめで遅刻や無断欠勤もゼロ。一秒たりとも配送遅延は無いし、事故違反歴は皆無。うぉ。表彰されてるじゃん」
「そーいう貴女は?」
セラが揶揄すると小熊っ娘はしれっと答えた。
「は~い。こないだ警察艇をぶっ壊した始末書十枚書きました~」
不謹慎な同僚を無視して、セラはマクファーソンの個人評価ファイルを覗いた。製造以来、コツコツと真面目に業績をのばして、運行管理部門の次期主任候補に挙げられている。
「トチ狂うような子じゃなさそうねぇ~」
「ちょっと、貴女、トラックに萌えてるの?」
「うっさいわね。あたいは何処ぞの『ミーチャさン』ほどメカフェチじゃないわよ。ぶっ壊れたクルマにチョッピリ(死語)同情しただけ」
突破刑事たちは小一時間を費やして捜査を続けたが。エアランド社に不備はないようだ。一従業員がトチ狂ったとしか考えられない。「検死はどうなってる? クルマの残骸から冷却剤は出たのかい?」
セラは所轄署の婦警にトラックの現状をたずねた。μZ4989DAはネジ一本まで徹底的に分解されて放射線断層撮影や非破壊検査にかけられている。
「いいえ。野生のコンピューターウイルスや原始電子ワームの類も検出されませんでした。エアランド社の健康管理は完璧ですよ」
大昔の16ビットパーソナルコンピューター時代に蔓延したウイルスソフトが停まることのないネットワーク社会で自己複製能力と突然変異を獲得し、俗に野良ソフトと言われる電子生物が独自進化を遂げており、人間を煩わせている。
「そうは言っても肌色の動画が溜め込んであったんだが」
セラは翡翠タブレットを起動してマクファーソンの私的ファイルを開いた。
「わっ、この娘、おっぱい大きい。セラもスキねぇ」
すかさずミーチャが身を乗り出す。
「うっさいわね。これは証拠品」
「なんでブツを持ち歩いてるの?」
「それは……」
セラは顔を赤らめて押し黙ってしまった。
「とにかくエアランド社を叩いてもこれ以上は埃も出ないみたいだし。署に戻りましょ」
ぞくぞくと鑑識課員が引き上げる中、ミーチャはセラのスカートを引っ張って社長室を後にした。
「はぁン♡」
部屋から出ようとするとさっきの美人秘書がミーチャの腕に絡みついた。
「ちょちょ、なになになに?」
当惑する本人に向かってコリン社長が眉を吊り上げ、言い放った。
「持って帰ってください。ちゃんと責任をもって」
◇ ◇ ◇ ◇
「なんでこうなるのよ~」
ブロンド娘は後部座席で社長秘書に金縛りされている。
「きゃー。ミーチャさん☆。お幸せに~」
セラがバックミラーごしに囃し立てる。
「何とかしてくださいよ~先輩」
「あんたね。都合のいい時だけあたいを先輩呼ばわりするのね。素人女に手を出すと火傷するって、これ何度目だっけ?」
先輩刑事は取り付く島もない。秘書の処遇は生活安全課に任せて、任務を急ぐべきだろう。とまれ、捜査は振り出しに戻った。
署に戻ると鬼警部のレモネーアが酸っぱい顔をして待っていた。
「貴女ら。クビだ」
いきなり懲戒処分を言い渡される。
「どえっ」
「げぇっ」
お騒がせ刑事二人は同時に仰け反った。エイプ・バーグラーソンの捜査は別部署が引き継ぐことと、お前たちの焼尽刑処分は「まず」あり得ないから、心配するなと告げられた。
「クビは冗談だわよ。二人ともしばらく休暇をあげるわ。この子をおうちまで送ってあげて」
レモネーアはひらひらと手を振って美人秘書を招き入れた。
「「ていのいいお払い箱ですか」」
「はぁん♡」
セラの猛抗議もむなしく、ミーチャに美少女が押し付けられた。
「人類圏が星間戦争に巻き込まれる瀬戸際ですよ!」
女難を厄介払いしたいミーチャは先輩を援護射撃した。
「分相応の任務というものがある。適材適所ともいうね。これも重要任務。タチアナはわたしの知り合いよ」
「でも人類の危機がどうたら~」
「往生際の悪い子だね。代わりの人材はいくらでもいるんだからねッ!」
ミス・レモネーアを本格的に怒らせると危険だ。
「さっさとお行きッ!」
迫撃砲弾が飛んでくる前に二人の刑事と小娘は退室した。
「はぁん♡」
「ど~すんのよ。コレ」
セラは汚いものでも摘まむようにタチアナを警察艇に押し込めた。
「ウラジミール・ラヴォーチキン号だっけ?」
諦めたように美人秘書の実家を検索し、ナビゲーションシステムに虚実直行軸座標を入力する。クロスホエンドライブを吹かせば数時間で追いつける。
「大虚構艦隊は木星スイングバイに向けて加速中よ。タチアナはもともと期間雇用だったみたい」
ミーチャは署長の知人を鎮静剤で寝かしつけ、ナビゲーションシートに座った。
「だいたい、この子は何なのよ。社長の愛人? 第八百八十八超長距離・大虚構艦隊付属移民船団はレアスミスのおひざ元だし、いろいろ腑に落ちない点がある。そもそも、地球を離れようっていう企業の本社に今頃なんで就職したがるのか」
ブロンド娘が色々と邪推していると先輩が素っ頓狂な声をあげた。
「わぉ!」
「人の話、聞いてるの?」
憤慨したミーチャが運転席をのぞき込むと先輩刑事は例の肌色動画に夢中だった。
「あのね。おばさん!」
翡翠タブレットを問答無用でひったくった。どこか不用意に触れたらしく、画面にでかでかとウインドウがポップアップした。
『Riped angels presented by Ape Burglarson』
一糸まとわぬ女性たちが描写を憚られるようなポーズをカメラに向けている。これ見よがしに撮影者の署名が載っている。
「エイプですってぇ?」
「ああ。この娘たちは奴の被害者よ。ミーチャ。まったく――」
悼むようにウインドウを閉じる。
「確かにトラックがイチコロ(死語)になるもの頷けるわ。この人たち、どうなったの?」
「……拉致られた。んで……首に注射の痕があるだろ。全員検死報告書に載ってる」
セラが言葉を濁すとタチアナがとつぜん叫んだ。
「人殺し!」
パニック状態に陥った秘書にミーチャが鎮静剤を投与する。
「エイプに母親を殺されたらしい。それで、エアランドに?」
フロントガラスに事件当時の新聞記事を投影するセラ。被害者の娘は目を潤ませる。
「訃報を知って音信不通だった父親が一緒にまた暮らそうって、私に……。どこか遠くでひっそりと暮らそうって。それで、ラヴォーチキン号に家を買ったって連絡が……」
「エアランド社とエイプの癒着は誰から聞いたの? 確信があって探りに来たんでしょ?」
やはり何かある。睨んだ通りだ、とセラは自信満々で質問した。
「父です。家を出たのは新しい女性と関係を持つためじゃなくて、エイプを追うためだって。わたしを守るために本意は隠してたって」
「なんだか、そんじょそこらの三文刑事ドラマみたいな展開になってきた」
「ミーチャ!」
セラはブロンド娘の向こう脛を思い切り蹴った。わっと泣き崩れるタチアナ。その声を隠れ蓑にして二人は小鳥のように囀りあった。
高速言語は素人の耳には早口すぎて聞き取れない。
『どう思う? ミーチャ。肌色画像でAIどもを篭絡して、誰が得するのかしらん』
『女だらけの世の中じゃ、裸をありがたがるのは機械ぐらいのものよねぇ』
セラのいう通り、男女の人口比率は1:9に及ぶ。翼を背負ったメイドサーバントが恥ずかしげもなく人前でセーラー服を破り捨て、ビキニ姿で空を舞うご時世である。
『でも、機械に性欲なんかプログラミングして誰が幸福になるの?』
『リビドーを精神分析学は様々の欲求に変換可能な心的エネルギーであると定義しているわ。性欲だけじゃない。無意識は本能の源泉なの。あなた、犯罪心理学の講義まじめに効いてなかったでしょ』
『貴女こそ、ヤンキーらしくないね』
『うっさい。とりあえず、あの子を送るついでに踏み込もう』
『レモネーア女史に怒られるわよ』
『ヒマ貰ったじゃん。暇つぶし暇つぶし』
「さっきから、なにチュンチュン言ってるんですか?」
泣き腫らしたタチアナが狸に化かされたような顔で尋ねた。
「あっ、夏休みの宿題よ。宿題。自由研究」
セラはとっさに切り返した。
「そうです。わたしたち遅い夏休みを貰ったんです。ラヴォーチキン号の動物相について考察しようと……」
熊娘がノリノリでボケをかましているとナビゲーションシステムから臨時ニュースが流れた。
【速報……ウラジミール・ラヴォーチキン号で突破事案。突破刑事三名が死亡……速報……ウラジミール】
■ レアスミス航空陸送運輸株式会社海王星首都本社ビル
エレベーターを降りると手荒い歓迎が待っていた。突破刑事が突入することはすでに警備部門に伝わっていたらしく、拳銃でなく理論武装した市民団体にもみくちゃにされた。さらに新聞記者やQNNなど海王星に駐在するありとあらゆる報道機関が待ち受けていた。もちろん彼らは全員丸腰である。照明弾幕のようにフラッシュが間断なく焚かれ、マイクの艦砲射撃が二人の進路を阻んだ。
エアランドポーターはレアスミス財閥の稼ぎ頭で顧客の信頼も厚く親切丁寧品行方正をモットーにしている。そんなところへ破壊捜査のエキスパートが飛び込むのだから、蜂の巣をつついたような騒ぎになる。
重大な不正が発覚したのか、それともいつもながらの濡れ衣で刑事たちが悪逆の限りを尽くすのか情報不足も相まって本社ビル周辺は交通規制が敷かれるほど混乱した。
エアランド社の会計はガラス張りで見ようと思えば誰でも量子ネット上から貸借対照表を参照できる。浪賊稼業が入り込む余地はない。それでなくともエ社は築き上げた信用で莫大な純益を生み出している。
突破刑事が噛みつくとしたら殆どの場合、鬱憤晴らしか言いがかりに終わる。彼らは書類棚をひっかきまわし、在庫をめちゃくちゃに開封して「怪しいところはありませんでした。突破捜査にご協力感謝いたします」で済ませるのだ。
もちろん、いわれのない強制捜査に対して補償はなされる。でなければ、犯罪行為同然の人権蹂躙が許されるはずがない。
それもこれも対浪賊刑事訴訟法のせいである。市民団体は悪名高い大量破壊兵器査察機構の強制査察と非人道的だと糾弾している。それでも悪法がなくならないのは浪賊や大量破壊兵器に泣かされる人々が多すぎるからだ。
「今回の突破捜査の正当性は?」
「法的根拠は何です?」
「何か有力な証拠でも?」
「容疑は?」
矢継ぎ早に質問を浴びせる記者をセラは一蹴した。制止する警備員の首根っこを掴んでいってやった。「おたくのトラックから薬物が出たんだ。社長はいるかい?」
男はカクカクと壊れた人形のように頷いた。
「おおt!」
報道陣が特ダネにどよめくとセラはソフトクリームに取り囲まれた。
「くぉら! ミーチャ!!」
セラの鉄拳が炸裂する。【変容】の突破能力濫用を叱られたミーチャは涙目でマイクを元に戻した。
突破刑事たちはそれぞれが個性的なスキルを発揚するが、その内容はまちまちである。捜査に役立つスキルもあればミーチャのように実用的でない資質もある。それでも突破刑事に取り立てられたのは何らかの形で能力が認められたのだ。セラには理解できない人事考課だ。
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セラはどっかりと豊満なヒップを机に降ろす。
「いきなり押しかけて何ですか? 弊社は『ドエロトラック』などという商品を取り扱っておりませんが」
鷹揚な態度に憤慨している女社長に突破刑事は動かぬ証拠を突きつける。
「おたくのネオフソー・スペースキャンターGTX 車台番号μZ4989DAだよ。あたいを轢こうとしやがった」
女は爆発炎上するホバートラックの立体映像を見せられ、絶句する。
「これは? いつどこで? 速やかに法律によって事故処理を……」
「泥酔った従業員の運行管理責任者はあんたにあるんだよなあ。コリン社長」
「れ、レアスミスの車両が酩酊するなどということは……始業点検も出発前点呼もしっかりと」
「何~んなら、安全衛生委員会を動かしてもいいんだよ。全車両運行停止・解体点検だぁ」
セラは行政処分をちらつかせて女社長を揺さぶる。
メロメロになった秘書を押し倒しつつミーチャが宣言する。
「突破捜査事案 対浪賊全権優先権発動!」
社長室の居住部分を開け放ち、家具や調度品をひっかきまわし始めた。
「ミーチャ、あなた、何おっぱじめてんの?」
セラが社長を放り出して寝室に駆け込んだ。
「って、むわ」
シルクのぱんつが直球ストライクコースで飛んできた。コリンの私物らしい。超生産品でない本物の素材だと一目でわかる。
「ぱ、パンツは証拠品目じゃありません」
乱入した市民活動家が警察の横暴を糾弾する。
「わかってるわよ。精霊の一匹でも潜んでないか調べてるの」
ミーチャはフランスベッドをひっくり返して召喚術の痕跡がないか探し始めた。ドラッグを決めている
輩はたいてい妖精の類と親密な関係を築く。そして末端使用者の頂点には深刻な中毒者がいる。幻覚の効力は異世界に深くかかわっている。ピラミッド型に伝播するのだ。ブロンド娘は腕力にものを言わせて量子ロックを破壊し、引き出しをいくつも暴いていく。つくづく彼女は熊女だと思う。華奢な体の何処に馬力が潜んでいるのかセラには皆目わからないが。
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ないわよ」
セラが指摘すると「あっそうだっけ」とミーチャはばつが悪そうにした。
「鑑識に量子鑑定を依頼します。なお、エアランド社に特権者ないし戦闘純文学者が出入りした痕跡はありません」
所轄署の捜査員が出退勤簿やセキュリティーログを指し示す。
「特殊施術者及び魔術師法に反することはしてませんよ。来訪者は漏らさず記録しています」
コリンが憮然とした態度で答える。
「車台番号μZ4989DAの健診記録や出勤簿はあるかい?」
セラは対浪賊全権優先権に基づいてトラックの素行調査を要求した。
「うちは人工知能精神衛生法や労働者基準法を順守しています。過労や精神不安はあり得ませんよ。AIは生身の従業員と同列に福利厚生が完備しています。クールウエアに溺れるなんてありえませんよ。浪賊企業じゃあるまいし!」
美人秘書は気が済んだのなら出ていけと言いたげだ。
「そうなんだよね。μZ4989DA、通名マクファーソンだっけ? 勤務態度はまじめで遅刻や無断欠勤もゼロ。一秒たりとも配送遅延は無いし、事故違反歴は皆無。うぉ。表彰されてるじゃん」
「そーいう貴女は?」
セラが揶揄すると小熊っ娘はしれっと答えた。
「は~い。こないだ警察艇をぶっ壊した始末書十枚書きました~」
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「いいえ。野生のコンピューターウイルスや原始電子ワームの類も検出されませんでした。エアランド社の健康管理は完璧ですよ」
大昔の16ビットパーソナルコンピューター時代に蔓延したウイルスソフトが停まることのないネットワーク社会で自己複製能力と突然変異を獲得し、俗に野良ソフトと言われる電子生物が独自進化を遂げており、人間を煩わせている。
「そうは言っても肌色の動画が溜め込んであったんだが」
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「ちょちょ、なになになに?」
当惑する本人に向かってコリン社長が眉を吊り上げ、言い放った。
「持って帰ってください。ちゃんと責任をもって」
◇ ◇ ◇ ◇
「なんでこうなるのよ~」
ブロンド娘は後部座席で社長秘書に金縛りされている。
「きゃー。ミーチャさん☆。お幸せに~」
セラがバックミラーごしに囃し立てる。
「何とかしてくださいよ~先輩」
「あんたね。都合のいい時だけあたいを先輩呼ばわりするのね。素人女に手を出すと火傷するって、これ何度目だっけ?」
先輩刑事は取り付く島もない。秘書の処遇は生活安全課に任せて、任務を急ぐべきだろう。とまれ、捜査は振り出しに戻った。
署に戻ると鬼警部のレモネーアが酸っぱい顔をして待っていた。
「貴女ら。クビだ」
いきなり懲戒処分を言い渡される。
「どえっ」
「げぇっ」
お騒がせ刑事二人は同時に仰け反った。エイプ・バーグラーソンの捜査は別部署が引き継ぐことと、お前たちの焼尽刑処分は「まず」あり得ないから、心配するなと告げられた。
「クビは冗談だわよ。二人ともしばらく休暇をあげるわ。この子をおうちまで送ってあげて」
レモネーアはひらひらと手を振って美人秘書を招き入れた。
「「ていのいいお払い箱ですか」」
「はぁん♡」
セラの猛抗議もむなしく、ミーチャに美少女が押し付けられた。
「人類圏が星間戦争に巻き込まれる瀬戸際ですよ!」
女難を厄介払いしたいミーチャは先輩を援護射撃した。
「分相応の任務というものがある。適材適所ともいうね。これも重要任務。タチアナはわたしの知り合いよ」
「でも人類の危機がどうたら~」
「往生際の悪い子だね。代わりの人材はいくらでもいるんだからねッ!」
ミス・レモネーアを本格的に怒らせると危険だ。
「さっさとお行きッ!」
迫撃砲弾が飛んでくる前に二人の刑事と小娘は退室した。
「はぁん♡」
「ど~すんのよ。コレ」
セラは汚いものでも摘まむようにタチアナを警察艇に押し込めた。
「ウラジミール・ラヴォーチキン号だっけ?」
諦めたように美人秘書の実家を検索し、ナビゲーションシステムに虚実直行軸座標を入力する。クロスホエンドライブを吹かせば数時間で追いつける。
「大虚構艦隊は木星スイングバイに向けて加速中よ。タチアナはもともと期間雇用だったみたい」
ミーチャは署長の知人を鎮静剤で寝かしつけ、ナビゲーションシートに座った。
「だいたい、この子は何なのよ。社長の愛人? 第八百八十八超長距離・大虚構艦隊付属移民船団はレアスミスのおひざ元だし、いろいろ腑に落ちない点がある。そもそも、地球を離れようっていう企業の本社に今頃なんで就職したがるのか」
ブロンド娘が色々と邪推していると先輩が素っ頓狂な声をあげた。
「わぉ!」
「人の話、聞いてるの?」
憤慨したミーチャが運転席をのぞき込むと先輩刑事は例の肌色動画に夢中だった。
「あのね。おばさん!」
翡翠タブレットを問答無用でひったくった。どこか不用意に触れたらしく、画面にでかでかとウインドウがポップアップした。
『Riped angels presented by Ape Burglarson』
一糸まとわぬ女性たちが描写を憚られるようなポーズをカメラに向けている。これ見よがしに撮影者の署名が載っている。
「エイプですってぇ?」
「ああ。この娘たちは奴の被害者よ。ミーチャ。まったく――」
悼むようにウインドウを閉じる。
「確かにトラックがイチコロ(死語)になるもの頷けるわ。この人たち、どうなったの?」
「……拉致られた。んで……首に注射の痕があるだろ。全員検死報告書に載ってる」
セラが言葉を濁すとタチアナがとつぜん叫んだ。
「人殺し!」
パニック状態に陥った秘書にミーチャが鎮静剤を投与する。
「エイプに母親を殺されたらしい。それで、エアランドに?」
フロントガラスに事件当時の新聞記事を投影するセラ。被害者の娘は目を潤ませる。
「訃報を知って音信不通だった父親が一緒にまた暮らそうって、私に……。どこか遠くでひっそりと暮らそうって。それで、ラヴォーチキン号に家を買ったって連絡が……」
「エアランド社とエイプの癒着は誰から聞いたの? 確信があって探りに来たんでしょ?」
やはり何かある。睨んだ通りだ、とセラは自信満々で質問した。
「父です。家を出たのは新しい女性と関係を持つためじゃなくて、エイプを追うためだって。わたしを守るために本意は隠してたって」
「なんだか、そんじょそこらの三文刑事ドラマみたいな展開になってきた」
「ミーチャ!」
セラはブロンド娘の向こう脛を思い切り蹴った。わっと泣き崩れるタチアナ。その声を隠れ蓑にして二人は小鳥のように囀りあった。
高速言語は素人の耳には早口すぎて聞き取れない。
『どう思う? ミーチャ。肌色画像でAIどもを篭絡して、誰が得するのかしらん』
『女だらけの世の中じゃ、裸をありがたがるのは機械ぐらいのものよねぇ』
セラのいう通り、男女の人口比率は1:9に及ぶ。翼を背負ったメイドサーバントが恥ずかしげもなく人前でセーラー服を破り捨て、ビキニ姿で空を舞うご時世である。
『でも、機械に性欲なんかプログラミングして誰が幸福になるの?』
『リビドーを精神分析学は様々の欲求に変換可能な心的エネルギーであると定義しているわ。性欲だけじゃない。無意識は本能の源泉なの。あなた、犯罪心理学の講義まじめに効いてなかったでしょ』
『貴女こそ、ヤンキーらしくないね』
『うっさい。とりあえず、あの子を送るついでに踏み込もう』
『レモネーア女史に怒られるわよ』
『ヒマ貰ったじゃん。暇つぶし暇つぶし』
「さっきから、なにチュンチュン言ってるんですか?」
泣き腫らしたタチアナが狸に化かされたような顔で尋ねた。
「あっ、夏休みの宿題よ。宿題。自由研究」
セラはとっさに切り返した。
「そうです。わたしたち遅い夏休みを貰ったんです。ラヴォーチキン号の動物相について考察しようと……」
熊娘がノリノリでボケをかましているとナビゲーションシステムから臨時ニュースが流れた。
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弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
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