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ルーシー・イン・ザスカイ・ウィズ・ダイヤモンド
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■ 右舷上層第八プロムナード
「社会基盤AIが信者? そうか!」
セラはさほど驚く様子もなく、むしろ腑に落ちたようにすっきりとした顔をしている。汚水処理場の爆発もクールウェアの蔓延も「布教活動」の延長線上にあると考えればすべて説明がつく。
「お前ら移民船団を篭絡しようってんだろ?! あわよくば、旗艦を改宗させて、そのままドロン(死語)さ。地球脱出教団の癖に船をかっぱらおうなんて落ちぶれたもんだねえ?」
痛い所を突いてやった、とセラがドヤ顔をしてみせる。殺人光線に照準されていながら、この余裕はどこから来るのか。肝が据わった女だ、とはイオナは思わない。突破刑事は消耗品だと知っている。
《まもなく、右舷上層第八プロムナードです》
到着のアナウンスを聞いてイオナはやり方を変えた。いつまでも愚鈍な輩を相手にしてはいられない。
「あとで泣きを見るがいいわ! 愚か者はいつも手遅れになってから門戸を叩きに来るのよ」
宣教師は魔王とモンスキートを引き連れて飛び去っていく。中層甲板蜥蜴装置が死の鞭を揮い始めた。バスが通過したタイミングを見計らって、吊り橋がスッパリと切断された。通行人の手足がバタついて残骸をつかもうとしている。すぐさま救助ドローンが駆けつけて落下防止ネットを張り巡らせた。中層甲板は下層に比べて安全管理が行き届いている。
「レーザーをどうにかしないと!」
ミーチャはナビゲーションシステムを操作してバスを繁華街に向けた。ぐんと高度を下げて、目抜き通りから外れる。ショッピングモールや娯楽施設が並ぶアーケード街へ一目散に逃げ込んだ。
「突破事案! 対浪賊全権優先権!!」
セラの怒号に立ち止まる人々。混雑したスクランブル交差点にツアーバスが飛び込んだ。嵐が路上駐車や歩行者をなぎ倒していく。買い物客がわっと最寄りの店舗に逃げ込む。幸い、中層デッキにワゴンセールはない。屋台やゴミ箱などの路上専有物もない。たたずまいが民度をあらわしている。
「ひぇぇ。ほとんどスレスレじゃん」
セラは車窓を過ぎ去る街燈に肝を冷やした。鋭敏なセンサーが紙一重を維持している。両脇に隙間なくビルが立ち並んでいるが、ときおり、密集地が途切れる。真夏のような強烈な日差しが支柱を溶かす。ガクンと傾ぐアーケード。ショーウインドーが爆散してガラス片や燃え盛るマネキンが飛び出してくる。レーザーの勢いが止まらない。キャリーザキャンは商店街を破壊することも厭わない。
「地下へ降りましょう」
タチアナの提案でバスは幅広い階段を駆け下りていく。普段は通勤客であふれる場所をタイヤが踏みしめる。さすがのレーザー砲も届かないようだ。車は中二階のような場所に出た。地下五階までの吹き抜けをぶっとい支柱が貫いている。ホバーを起動。ふわりと地下空洞へ降りた。ナビゲーションにゴミ屋敷のホログラムが浮かび上がる。
いや、地下街の断面図だ。複雑に絡み合い雑多な階層が積み重なって、まるで崩れかけた積読だ。赤い矢印が地図を縦横無尽に這い回る。行先はラヴォーチキン号右舷離着艦港だ。艦内駐留海軍右舷方面軍総司令部、出入国管理事務、税関、免税店街が賑わっている。その正面に目的地がある。
バスは地下名店街を爆走した。食材搬入エレベーターのドアをぶち破って隠し扉に特攻する。ポトリと放り投げられた感覚。ふたたび、広大な空洞をホバリングで渡る。
『おかしいと思わない? わたし達を闇に葬る絶好のチャンスだと思うけど』
ミーチャが冷血方程式の杜撰な対応を疑問視する。確かに浪賊なら爆発事故か何かに偽装してバスを葬るだろうに、銃撃の一つもない。
『タチアナの真贋を確かめる方法が一つだけあるわ。マスコミに鑑定させるのさ』
『どういうこと、先輩?』
『彼女が偽物かどうか現実が揺らめいている。あたいはどちらも”本当”だと思うよ。だったら、強引に事実を確定すりゃいい。ほら、マスコミには十八番があるだろ?』
『偏向報道ですか!』
『そうさ。奴らのバイアスを彼女にかけてやりゃ、否が応でも”化けの皮”の”裏側”が確定するさ。あたいは彼女の正体に薄々感づいてるのさ』
『彼女は何者なの?』
『おそらく”人間”じゃない。造られたというか、”こねあげられた”んだ。イリジウムも殺されたんじゃない。半殺し状態のイリジウムという”架空人物”を創作したんだ。浴室の”粛清装置”でね』
『どういうことです?』
『人間の存在確率をいじくって亡き者にできるなら、逆に架空の人物も登場させられるだろ。人をひとり殺すと後々めんどうだ。都合のいい人物を用意して、当人をお払い箱にする方が簡単だろ。めんどうな遺体処理もない』
『アニヤロフ・ネクタリスとイリジウム・アモルファス。どっちが本物なんですか?』
『ネクタリスが本物。おそらく粛清装置の発明者であり最初の犠牲者だろう。その後、真犯人はコロシはマズいと気付いて、イリジウム親子を”創作”したのさ』
『――!』
『あたいは縁起物がクサいと思ったね! 肌色画像の出演者たちも確率変動の産物だろうさ。警察は一杯喰わされたね!』
セラは養魚池にたむろしていた女の子たちが粛清装置の作品だというのである。中には本物の人間もまじっていただろうが。
『レアスミスに出入りしていた売り子たちは嘘だったんですか?』
『創作キャラを派遣していたのは事実だろうさ。イオナは”100%完全に擬態した”親族に填められた。でなきゃ、邸宅のセキュリティーがよっぽどザルだということになる』
『だいたい、薬漬けの人間にまともな商売ができるはずがありませんね』
二人がさえずりを聞いてタチアナが「随分と長い舌つづみですね。よっぽど朝ごはんが美味しかったんですか」と嫌味を言った。
どうやら高速言語に感づいたようだ。
セラは潮時だとみて、相棒に目配せした。
「ミーチャ! タレこみだ」
「はいっ♡」
「……」
タチアナが嫌な顔をした瞬間をセラは記憶に焼き付けた。
ブロンド娘がセルフガール編集部に陰謀の一切合切をタレこんだ。担当者は門前払いしようとしたが、女子高生バスジャック犯の声明であると理解して特ダネ扱いした。
電子版が飛ぶように売れ、それに飛びついた報道各社が特番を組んだ。
『聖サラキア女子妖精学園高等部の修学旅行生が反乱を起こしました。犯行声明が届きましたが内容が全く理解不能です』
「あたいらだ!」
水晶球にセーラー服姿のセラが表示された。凶悪な表情に加工されている。スタジオに専門家が招かれて勝手気ままに評論している。『世代テロ……これは鬱屈した若者の階級闘争と理解してよろしいのでしょうか?』
女性キャスターが意見を聞く。
『そうですね。夢見がちな未成年特有の万能感とみて間違いありません』
教育ママ風の女が紋切り型で答える。
『彼女たちを、どう説得しますか?』
『やはり、多感な年頃ですからオトナ社会に対する不信感があるのでしょう。交渉相手は成人女性でなく、少し年上の”お姉さん”が相応しいかと』
『バスジャック犯の彼女たちに貴女からメッセージを……』
『そうですねぇ。彼女たちには立派に更生して、良いお嫁さんを貰って健康な娘さんを産んでもらいたいものです』
招かれた女性たちは犯行声明の内容には全く触れず、凡庸な教育論で締めくくった。
「「うひゃひゃひゃ!」」
ツアーバスは失笑ではち切れんばかりだ。セラがアンダースコートからブルマがはみ出るほどお腹を捩らせる。タチアナは俯いて苦しそうに悶える。
「どうしたの? 車に酔ったの?」
ミーチャが優しい声で気遣う。セラは別の意味で笑いを堪えるのに必死だ。
「いえ。何ともありません。ただ……」
「ただ?」
「貴女たちのやり方は拙いと思います。凶悪犯の主張なんて誰も聞きませんよ」
「あたい大成功だと思うね。陰謀が公になって浪賊もおとなしくなっただろ?」
「それは私にも判りかねます。でも旗艦は偏向報道に耳を疑うと思います。やはり、海軍基地が……」
タチアナは青息吐息だ。ミーチャが彼女のセーラー服とテニスウェアを脱がしてブルマ姿にした。
「オーケー。タチアナの言う通りさね。右舷方面軍基地へ寄ろう」
セラはナビゲーションシステムに進路変更を命じた。矢印が蛇行して港湾地区をめざす。その途中に海洋博物館がある。カーソルはそこで停まった。
「先輩。行先が違うんじゃ?」
「海軍戦闘機が動態展示してあるだろ。かっぱらおう」
「そんな飛行機に艦隊通信機なんか積んでませんよ。軍事機密の塊ですから!」
タチアナは猛反発してみせる。
「ミストラル戦闘機は常時爆装している。実弾さ。有事に備えてね。ガイドは現役の海軍パイロットだよ。軍が兵隊を遊ばせとくもんか」
「それで何をしようってんです?」
「決まってるだろ! 港の空に大穴をあけるのさ!」
■ 海洋博物館上空
凶悪犯の接近に備えて博物館は臨時閉鎖された。港湾施設の避難誘導が終わって、軍用機が哨戒飛行している。ラヴォーチキン号の艦内は戦闘機が超音速飛行できるほど広くない。艦内の反乱を想定した丈夫な造りにはなっているが、戦略兵器を用いたドンパチまでは配慮していない。
主な航空戦力はホバー式のフライヤーだ。戦闘機はあくまで抑止力である。空対空ミサイルが容赦なく襲いかかる。警告も威嚇もなしだ。浪賊相手に交渉しない。交戦規定は虚警も軍も共通だ。
「ミーチャ、ルーシー・インザスカイ・ウィズダイヤモンドだ!」
「はいっ♡」
セラがスカートを大仰にはためかせて窓から身を乗り出す。スキンケアが対人殺傷レーダーの被照準を探知。耳鳴りを抑えながら、トリガーを引く。
バスがミサイルの近接信管作動半径内に入った。直撃でなくとも爆風で破壊できる範囲だ。戦闘機パイロットはバスジャック犯人を見くびった。所詮は女子高生だ。ミサイルを撃墜できると妄信している。二発目は必要ないだろう。
ガンカメラに撃墜シーンを収めてさっさと帰ろう。パイロットは機体を反転させた。
その時、エンジンに被弾した。
在り得ない急加速でミサイルが戻ってきた!
猛スピードで進路を変えた影響で、推進剤を使い果たして火の玉と化している。
「何なのよ? きゃあ!」
かわし切れず、戦闘機が爆散した。
Lucy in the Sky with Diamond LSDは誘導弾のAIを狂わせる。
残骸が博物館を直撃、一気に火の手が回る。海軍陸戦隊は対空機銃を降ろし消火活動に回った。バスは来訪者用ゲート前に強行着陸。「早く中に入りましょう!」
タチアナが興奮気味に煽る。さっきまでの憔悴が嘘のようだ。
『彼女、ずいぶんと元気ねぇ』
ミーチャがいぶかる。
『ああ、ここにゃ彼女の養分があるからねぇ』
セラが付属水族館を見やった。
「社会基盤AIが信者? そうか!」
セラはさほど驚く様子もなく、むしろ腑に落ちたようにすっきりとした顔をしている。汚水処理場の爆発もクールウェアの蔓延も「布教活動」の延長線上にあると考えればすべて説明がつく。
「お前ら移民船団を篭絡しようってんだろ?! あわよくば、旗艦を改宗させて、そのままドロン(死語)さ。地球脱出教団の癖に船をかっぱらおうなんて落ちぶれたもんだねえ?」
痛い所を突いてやった、とセラがドヤ顔をしてみせる。殺人光線に照準されていながら、この余裕はどこから来るのか。肝が据わった女だ、とはイオナは思わない。突破刑事は消耗品だと知っている。
《まもなく、右舷上層第八プロムナードです》
到着のアナウンスを聞いてイオナはやり方を変えた。いつまでも愚鈍な輩を相手にしてはいられない。
「あとで泣きを見るがいいわ! 愚か者はいつも手遅れになってから門戸を叩きに来るのよ」
宣教師は魔王とモンスキートを引き連れて飛び去っていく。中層甲板蜥蜴装置が死の鞭を揮い始めた。バスが通過したタイミングを見計らって、吊り橋がスッパリと切断された。通行人の手足がバタついて残骸をつかもうとしている。すぐさま救助ドローンが駆けつけて落下防止ネットを張り巡らせた。中層甲板は下層に比べて安全管理が行き届いている。
「レーザーをどうにかしないと!」
ミーチャはナビゲーションシステムを操作してバスを繁華街に向けた。ぐんと高度を下げて、目抜き通りから外れる。ショッピングモールや娯楽施設が並ぶアーケード街へ一目散に逃げ込んだ。
「突破事案! 対浪賊全権優先権!!」
セラの怒号に立ち止まる人々。混雑したスクランブル交差点にツアーバスが飛び込んだ。嵐が路上駐車や歩行者をなぎ倒していく。買い物客がわっと最寄りの店舗に逃げ込む。幸い、中層デッキにワゴンセールはない。屋台やゴミ箱などの路上専有物もない。たたずまいが民度をあらわしている。
「ひぇぇ。ほとんどスレスレじゃん」
セラは車窓を過ぎ去る街燈に肝を冷やした。鋭敏なセンサーが紙一重を維持している。両脇に隙間なくビルが立ち並んでいるが、ときおり、密集地が途切れる。真夏のような強烈な日差しが支柱を溶かす。ガクンと傾ぐアーケード。ショーウインドーが爆散してガラス片や燃え盛るマネキンが飛び出してくる。レーザーの勢いが止まらない。キャリーザキャンは商店街を破壊することも厭わない。
「地下へ降りましょう」
タチアナの提案でバスは幅広い階段を駆け下りていく。普段は通勤客であふれる場所をタイヤが踏みしめる。さすがのレーザー砲も届かないようだ。車は中二階のような場所に出た。地下五階までの吹き抜けをぶっとい支柱が貫いている。ホバーを起動。ふわりと地下空洞へ降りた。ナビゲーションにゴミ屋敷のホログラムが浮かび上がる。
いや、地下街の断面図だ。複雑に絡み合い雑多な階層が積み重なって、まるで崩れかけた積読だ。赤い矢印が地図を縦横無尽に這い回る。行先はラヴォーチキン号右舷離着艦港だ。艦内駐留海軍右舷方面軍総司令部、出入国管理事務、税関、免税店街が賑わっている。その正面に目的地がある。
バスは地下名店街を爆走した。食材搬入エレベーターのドアをぶち破って隠し扉に特攻する。ポトリと放り投げられた感覚。ふたたび、広大な空洞をホバリングで渡る。
『おかしいと思わない? わたし達を闇に葬る絶好のチャンスだと思うけど』
ミーチャが冷血方程式の杜撰な対応を疑問視する。確かに浪賊なら爆発事故か何かに偽装してバスを葬るだろうに、銃撃の一つもない。
『タチアナの真贋を確かめる方法が一つだけあるわ。マスコミに鑑定させるのさ』
『どういうこと、先輩?』
『彼女が偽物かどうか現実が揺らめいている。あたいはどちらも”本当”だと思うよ。だったら、強引に事実を確定すりゃいい。ほら、マスコミには十八番があるだろ?』
『偏向報道ですか!』
『そうさ。奴らのバイアスを彼女にかけてやりゃ、否が応でも”化けの皮”の”裏側”が確定するさ。あたいは彼女の正体に薄々感づいてるのさ』
『彼女は何者なの?』
『おそらく”人間”じゃない。造られたというか、”こねあげられた”んだ。イリジウムも殺されたんじゃない。半殺し状態のイリジウムという”架空人物”を創作したんだ。浴室の”粛清装置”でね』
『どういうことです?』
『人間の存在確率をいじくって亡き者にできるなら、逆に架空の人物も登場させられるだろ。人をひとり殺すと後々めんどうだ。都合のいい人物を用意して、当人をお払い箱にする方が簡単だろ。めんどうな遺体処理もない』
『アニヤロフ・ネクタリスとイリジウム・アモルファス。どっちが本物なんですか?』
『ネクタリスが本物。おそらく粛清装置の発明者であり最初の犠牲者だろう。その後、真犯人はコロシはマズいと気付いて、イリジウム親子を”創作”したのさ』
『――!』
『あたいは縁起物がクサいと思ったね! 肌色画像の出演者たちも確率変動の産物だろうさ。警察は一杯喰わされたね!』
セラは養魚池にたむろしていた女の子たちが粛清装置の作品だというのである。中には本物の人間もまじっていただろうが。
『レアスミスに出入りしていた売り子たちは嘘だったんですか?』
『創作キャラを派遣していたのは事実だろうさ。イオナは”100%完全に擬態した”親族に填められた。でなきゃ、邸宅のセキュリティーがよっぽどザルだということになる』
『だいたい、薬漬けの人間にまともな商売ができるはずがありませんね』
二人がさえずりを聞いてタチアナが「随分と長い舌つづみですね。よっぽど朝ごはんが美味しかったんですか」と嫌味を言った。
どうやら高速言語に感づいたようだ。
セラは潮時だとみて、相棒に目配せした。
「ミーチャ! タレこみだ」
「はいっ♡」
「……」
タチアナが嫌な顔をした瞬間をセラは記憶に焼き付けた。
ブロンド娘がセルフガール編集部に陰謀の一切合切をタレこんだ。担当者は門前払いしようとしたが、女子高生バスジャック犯の声明であると理解して特ダネ扱いした。
電子版が飛ぶように売れ、それに飛びついた報道各社が特番を組んだ。
『聖サラキア女子妖精学園高等部の修学旅行生が反乱を起こしました。犯行声明が届きましたが内容が全く理解不能です』
「あたいらだ!」
水晶球にセーラー服姿のセラが表示された。凶悪な表情に加工されている。スタジオに専門家が招かれて勝手気ままに評論している。『世代テロ……これは鬱屈した若者の階級闘争と理解してよろしいのでしょうか?』
女性キャスターが意見を聞く。
『そうですね。夢見がちな未成年特有の万能感とみて間違いありません』
教育ママ風の女が紋切り型で答える。
『彼女たちを、どう説得しますか?』
『やはり、多感な年頃ですからオトナ社会に対する不信感があるのでしょう。交渉相手は成人女性でなく、少し年上の”お姉さん”が相応しいかと』
『バスジャック犯の彼女たちに貴女からメッセージを……』
『そうですねぇ。彼女たちには立派に更生して、良いお嫁さんを貰って健康な娘さんを産んでもらいたいものです』
招かれた女性たちは犯行声明の内容には全く触れず、凡庸な教育論で締めくくった。
「「うひゃひゃひゃ!」」
ツアーバスは失笑ではち切れんばかりだ。セラがアンダースコートからブルマがはみ出るほどお腹を捩らせる。タチアナは俯いて苦しそうに悶える。
「どうしたの? 車に酔ったの?」
ミーチャが優しい声で気遣う。セラは別の意味で笑いを堪えるのに必死だ。
「いえ。何ともありません。ただ……」
「ただ?」
「貴女たちのやり方は拙いと思います。凶悪犯の主張なんて誰も聞きませんよ」
「あたい大成功だと思うね。陰謀が公になって浪賊もおとなしくなっただろ?」
「それは私にも判りかねます。でも旗艦は偏向報道に耳を疑うと思います。やはり、海軍基地が……」
タチアナは青息吐息だ。ミーチャが彼女のセーラー服とテニスウェアを脱がしてブルマ姿にした。
「オーケー。タチアナの言う通りさね。右舷方面軍基地へ寄ろう」
セラはナビゲーションシステムに進路変更を命じた。矢印が蛇行して港湾地区をめざす。その途中に海洋博物館がある。カーソルはそこで停まった。
「先輩。行先が違うんじゃ?」
「海軍戦闘機が動態展示してあるだろ。かっぱらおう」
「そんな飛行機に艦隊通信機なんか積んでませんよ。軍事機密の塊ですから!」
タチアナは猛反発してみせる。
「ミストラル戦闘機は常時爆装している。実弾さ。有事に備えてね。ガイドは現役の海軍パイロットだよ。軍が兵隊を遊ばせとくもんか」
「それで何をしようってんです?」
「決まってるだろ! 港の空に大穴をあけるのさ!」
■ 海洋博物館上空
凶悪犯の接近に備えて博物館は臨時閉鎖された。港湾施設の避難誘導が終わって、軍用機が哨戒飛行している。ラヴォーチキン号の艦内は戦闘機が超音速飛行できるほど広くない。艦内の反乱を想定した丈夫な造りにはなっているが、戦略兵器を用いたドンパチまでは配慮していない。
主な航空戦力はホバー式のフライヤーだ。戦闘機はあくまで抑止力である。空対空ミサイルが容赦なく襲いかかる。警告も威嚇もなしだ。浪賊相手に交渉しない。交戦規定は虚警も軍も共通だ。
「ミーチャ、ルーシー・インザスカイ・ウィズダイヤモンドだ!」
「はいっ♡」
セラがスカートを大仰にはためかせて窓から身を乗り出す。スキンケアが対人殺傷レーダーの被照準を探知。耳鳴りを抑えながら、トリガーを引く。
バスがミサイルの近接信管作動半径内に入った。直撃でなくとも爆風で破壊できる範囲だ。戦闘機パイロットはバスジャック犯人を見くびった。所詮は女子高生だ。ミサイルを撃墜できると妄信している。二発目は必要ないだろう。
ガンカメラに撃墜シーンを収めてさっさと帰ろう。パイロットは機体を反転させた。
その時、エンジンに被弾した。
在り得ない急加速でミサイルが戻ってきた!
猛スピードで進路を変えた影響で、推進剤を使い果たして火の玉と化している。
「何なのよ? きゃあ!」
かわし切れず、戦闘機が爆散した。
Lucy in the Sky with Diamond LSDは誘導弾のAIを狂わせる。
残骸が博物館を直撃、一気に火の手が回る。海軍陸戦隊は対空機銃を降ろし消火活動に回った。バスは来訪者用ゲート前に強行着陸。「早く中に入りましょう!」
タチアナが興奮気味に煽る。さっきまでの憔悴が嘘のようだ。
『彼女、ずいぶんと元気ねぇ』
ミーチャがいぶかる。
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