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冒険者組合の業務
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●翌日
翌朝、翠は出勤してきた大僧正と話し合うことにした。非常勤とはいえ本職はプライドの高い仕事だ。そこを頭ごなしに叱っても火に油を注ぐだけだ。人は自分の信念を否定されるとますます意固地になる。これをバックファイヤー効果というのだが異世界の人々に通じるかわからない。だが一緒に仕事が出来ている。続けていくうえで価値観の共有は大切だ。翠は彼を上から目線で責めるのではなく本人の非を悟らせ自省を促した。
「ここは冒険者組合の業務と一部重複しています。モンスターが人里で暴れた場合の支援金給付。今まで冒険者個人加入の形で保険はありましたが保険でカバーできない不可抗力というものはあります。誰もが最強チートを使えるわけではないのですよ。どうしようもない不運にあえぐ人が出てきます。そんなピンチを勇者は放っておきますか?」
言われて大僧正は考え込んだ。「衆生を救うのは神の責務である」
「いえ、神様を拝んでいる間に空腹を抱えた子供が死んでいきます。息も絶え絶えの子供に詠唱を強いるだけの体力を期待できますか?」
翠は大僧正の魔導端末にガルブレイス龍の大暴虐事件を映した。荒ぶるモンスターが容赦なく村を焼き払っている。
「ぬうう。近衛師団が出遅れたために無辜の命が失われた」
大僧正の正義にスイッチが入った。今にも画面を叩き割りそうな勢いだ。
翠はスカートの裾が腰まであがるのも気にせずサッとモニタを抱えて一回転した。大丈夫、翡翠は無事だ。これ一枚でワンフロア分の机が買える。
「近衛師団はチート勇者ぞろいでしょう。言い換えれば国こそが最強の勇者と言えます。生死の境をさまよう罪なき人々を助けてこそ救済者ではないのですか?」
「金をバラまくことが勇猛といえるなら悪徳商人どもも勇者ではないか」
「いいえ、彼らは将来の顧客を見込んで投資しているだけです」
「それは知っている。税だって無辜の民から集めているではないか。それは
国の栄のためだろう。何もかも失った者は確かに気の毒だ。だがその救済がどう国の栄につながるのだ」
大僧正は直球勝負の命題で挑んできた。
●ノブレスオブリージュ
翠は押し黙り天井を仰いだ。
採光を重視した天窓。日ざしが鈍り空が曇り始める。
「私たちは勇者に救われた命を使っている。人々がどれくらい危機に瀕することか。今ここで言う救いとは救いがどうなるかを知りたくてしょうがないということですか?」
「その通りだが、それをどのように解決するかを考えている」
大僧正なりに真面目に考えているらしい。翠は直球を投げた。
「あなたの言う救いとは何ですか?」
宗教家に対するストレート勝負だ。
「そのために君は戦ったといいたいのか?」
「その通りです。私たちは勇者の力で世界を救うのです」
「君も救われたのか?」
「救われるのはあなたです。それだけじゃないですが」
翠は立ち上がって彼に近づいていった。
「どう言うつもりか?」
「論より証拠をこのタブレットに映しています」
彼女が持ってきた板は蒼い光を放っている。魔法の鏡のように見える。
「私は剣を握ることはできません。殆どの衆生も無力ですが、私に関してはセンター業務で何とか出来ます。そして衆生に関しては……」
翠は画面を指さした。旧日本の政府開発援助額が円グラフ化されている。その内訳は発展途上国や貧困国の救済だ。難民の子が学び反政府勢力を武装解除し農業を教えている。大僧正が目を見張る。
「この翡翠は給付システムの一部品。しかし私が活用すれば私を救済するが出来ます。世界平和を約束する私は勇者ではないということですね?」
「その通りだ。君が勇者でなければ世界は救えない。ならば君がどうしたいか、私は問うよ」
「世界平和を!私はそれに協力します。給付世帯の具体的な使途は……個人情報を知るわけにはいきません。ですから、それに賭けましょう」
翠は翡翠の前に立っていた。
「お前の言うとおりだ。翠。私が、給付金の使途は家族の問題だから、私は詳細に関して知るべきではないというんだな」
そこに栗鼠がやってきてそっと翠に耳打ちした。彼女の瞳が潤まり彼の顔が赤くなった。
「そんなことはありません。貴方が何かを悩んでいることは知っていますよ。勤務中に女子にちょっかいをかけたり定時後に遊び歩いたり。セクハラでなく何かもっと別の理由があるだろうと思っていました。もっと深い理由で」
大僧正は黙ったままだ。
翠は栗鼠を見やり。「彼女は傷つきやすい方だとも考えられます。人それぞれです。親密を履き違えた濃厚接触やサボりはあってはならないと思います」
栗鼠は無言で頷いた。
「俺は聖十戒の教えに従って救済していた。ある檀家が面倒に巻き込まれた」
翠は言った。
「栗鼠。それは誰なの。栗鼠」
「……私の…お兄さん、です」
翠は彼女の顔を見た。
栗鼠は大僧正を見た。その目には、涙が流れていた。
「私を助けてくれて。あの日のこと。とても嫌だけど。でも、本当に本当に、お兄さんのこと。お兄さんに一生懸命になってくれて、私は。私は今、聖十戒さんの口から聞きたかった。給付金をだまし取られて、困ってる兄を寺や檀家の力でどうにかしようと頑張ってくれて…」
大僧正は何も答えないか。
「ポンと兄の家に金塊が投げ込まれたの。……私は贈り主が誰なのか、知りたい。……本当に、この人なのかな、って」
「お前は誰だと思うのだ。誰が救世主にふさわしいと思うのだ」
大僧正は重い口を開いた。
「私は、……その、私は」
彼は彼女をしっかりと手を握った。
「大丈夫だ。そのうち、知る事になるさ」
大僧正も大僧正でそう言いながら、視線を泳がせる。
翠は彼に何度も向かって頷いた。
「しゅ…衆生の救済は神の責務である」、と大僧正が声をうわずらせる。
翠は少しだけ微笑んで見せた。後日、寿退社する二人の為に宴が催された。
翌朝、翠は出勤してきた大僧正と話し合うことにした。非常勤とはいえ本職はプライドの高い仕事だ。そこを頭ごなしに叱っても火に油を注ぐだけだ。人は自分の信念を否定されるとますます意固地になる。これをバックファイヤー効果というのだが異世界の人々に通じるかわからない。だが一緒に仕事が出来ている。続けていくうえで価値観の共有は大切だ。翠は彼を上から目線で責めるのではなく本人の非を悟らせ自省を促した。
「ここは冒険者組合の業務と一部重複しています。モンスターが人里で暴れた場合の支援金給付。今まで冒険者個人加入の形で保険はありましたが保険でカバーできない不可抗力というものはあります。誰もが最強チートを使えるわけではないのですよ。どうしようもない不運にあえぐ人が出てきます。そんなピンチを勇者は放っておきますか?」
言われて大僧正は考え込んだ。「衆生を救うのは神の責務である」
「いえ、神様を拝んでいる間に空腹を抱えた子供が死んでいきます。息も絶え絶えの子供に詠唱を強いるだけの体力を期待できますか?」
翠は大僧正の魔導端末にガルブレイス龍の大暴虐事件を映した。荒ぶるモンスターが容赦なく村を焼き払っている。
「ぬうう。近衛師団が出遅れたために無辜の命が失われた」
大僧正の正義にスイッチが入った。今にも画面を叩き割りそうな勢いだ。
翠はスカートの裾が腰まであがるのも気にせずサッとモニタを抱えて一回転した。大丈夫、翡翠は無事だ。これ一枚でワンフロア分の机が買える。
「近衛師団はチート勇者ぞろいでしょう。言い換えれば国こそが最強の勇者と言えます。生死の境をさまよう罪なき人々を助けてこそ救済者ではないのですか?」
「金をバラまくことが勇猛といえるなら悪徳商人どもも勇者ではないか」
「いいえ、彼らは将来の顧客を見込んで投資しているだけです」
「それは知っている。税だって無辜の民から集めているではないか。それは
国の栄のためだろう。何もかも失った者は確かに気の毒だ。だがその救済がどう国の栄につながるのだ」
大僧正は直球勝負の命題で挑んできた。
●ノブレスオブリージュ
翠は押し黙り天井を仰いだ。
採光を重視した天窓。日ざしが鈍り空が曇り始める。
「私たちは勇者に救われた命を使っている。人々がどれくらい危機に瀕することか。今ここで言う救いとは救いがどうなるかを知りたくてしょうがないということですか?」
「その通りだが、それをどのように解決するかを考えている」
大僧正なりに真面目に考えているらしい。翠は直球を投げた。
「あなたの言う救いとは何ですか?」
宗教家に対するストレート勝負だ。
「そのために君は戦ったといいたいのか?」
「その通りです。私たちは勇者の力で世界を救うのです」
「君も救われたのか?」
「救われるのはあなたです。それだけじゃないですが」
翠は立ち上がって彼に近づいていった。
「どう言うつもりか?」
「論より証拠をこのタブレットに映しています」
彼女が持ってきた板は蒼い光を放っている。魔法の鏡のように見える。
「私は剣を握ることはできません。殆どの衆生も無力ですが、私に関してはセンター業務で何とか出来ます。そして衆生に関しては……」
翠は画面を指さした。旧日本の政府開発援助額が円グラフ化されている。その内訳は発展途上国や貧困国の救済だ。難民の子が学び反政府勢力を武装解除し農業を教えている。大僧正が目を見張る。
「この翡翠は給付システムの一部品。しかし私が活用すれば私を救済するが出来ます。世界平和を約束する私は勇者ではないということですね?」
「その通りだ。君が勇者でなければ世界は救えない。ならば君がどうしたいか、私は問うよ」
「世界平和を!私はそれに協力します。給付世帯の具体的な使途は……個人情報を知るわけにはいきません。ですから、それに賭けましょう」
翠は翡翠の前に立っていた。
「お前の言うとおりだ。翠。私が、給付金の使途は家族の問題だから、私は詳細に関して知るべきではないというんだな」
そこに栗鼠がやってきてそっと翠に耳打ちした。彼女の瞳が潤まり彼の顔が赤くなった。
「そんなことはありません。貴方が何かを悩んでいることは知っていますよ。勤務中に女子にちょっかいをかけたり定時後に遊び歩いたり。セクハラでなく何かもっと別の理由があるだろうと思っていました。もっと深い理由で」
大僧正は黙ったままだ。
翠は栗鼠を見やり。「彼女は傷つきやすい方だとも考えられます。人それぞれです。親密を履き違えた濃厚接触やサボりはあってはならないと思います」
栗鼠は無言で頷いた。
「俺は聖十戒の教えに従って救済していた。ある檀家が面倒に巻き込まれた」
翠は言った。
「栗鼠。それは誰なの。栗鼠」
「……私の…お兄さん、です」
翠は彼女の顔を見た。
栗鼠は大僧正を見た。その目には、涙が流れていた。
「私を助けてくれて。あの日のこと。とても嫌だけど。でも、本当に本当に、お兄さんのこと。お兄さんに一生懸命になってくれて、私は。私は今、聖十戒さんの口から聞きたかった。給付金をだまし取られて、困ってる兄を寺や檀家の力でどうにかしようと頑張ってくれて…」
大僧正は何も答えないか。
「ポンと兄の家に金塊が投げ込まれたの。……私は贈り主が誰なのか、知りたい。……本当に、この人なのかな、って」
「お前は誰だと思うのだ。誰が救世主にふさわしいと思うのだ」
大僧正は重い口を開いた。
「私は、……その、私は」
彼は彼女をしっかりと手を握った。
「大丈夫だ。そのうち、知る事になるさ」
大僧正も大僧正でそう言いながら、視線を泳がせる。
翠は彼に何度も向かって頷いた。
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