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いま、目の前にある異世界
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女たちに戦功を奪われるのは、歯がゆかった。だが、宇宙規模の攻撃となると、地表にへばりついている重哲学軍の専門外だった。
高度100キロから上は女の天下だ。彼女らが使う戦闘純文学兵器がどのようなものかは知らない。
遼平が命綱にしている、重哲学兵器たち――アインシュタイン凝縮砲や量子爆弾とたいした違いは無いはずだ。兵器には性別に適した運用方法がある。そういう棲み分けが出来ている。
ひょろひょろと白煙が樹木の上をゆるいカーブを描いて飛んでいく。
その動きは緩慢で見ていると歯がゆくなる。しかし、甘い死が敵にゆっくりと降り注ぐのだ。
弾道を眺めているとユズハの最期を嫌でも思い出す。
安置所での身元確認。彼女は首筋に蚊に咬まれた様な点を残して眠っていた。
看護師によってしっぽりと濡れた前髪の分け目にバリカンが入っていき、乳児のように柔らかくて白い額が露になった。
めったに髪を切らない少女の外気を知らない柔肌。それがどんどん青白く剃りこまれていく。
地面にはらはらと落ちるロングヘアは、無造作にDNA鑑定装置に放り込まれて事務的に死が確定した。
遼平は亡骸にすがりつくことも許されなかった。ユズハは荒っぽく機械的にセーラー服を剥かれて、土気色に変色した裸体に黄色い粘液がかけられた。ぼうっと閃光がして、人型の焦げ目の後に枯れ枝のような物体が落ちていた。半分に割れた茶碗のような塊。それがユズハのショーツの紐を引っ掛けていた部分の名残であることは遼平にもわかった。
ユズハにとってあまりに無機質な死。号泣もしめやかな儀式も祈りも無い。
とても日常から乖離していて、遼平の感情が事実を追いかけはじめたのは最近のことだ。もしかしてユズハはどこかで生きていて、手品のようにひょっこり帰ってくるのではないか。そんな漠然とした神話をまだ信じている。
下界で待ち受ける群集に砲弾が吸い込まれたのかどうかははっきりしない。小枝をわたるさえずりや風の音が牧歌的なムードに彩を添える。何の変化も現れなかった。しばらく待った。だが、異変は無い。
遼平はじっと雑木林を睨んでいたが、やがて凝視することに疲れてきた。焦点がぼやけ、眼の奥に痒みを感じた。
ふっと、一瞬、日差しが翳ったようなきがした。背嚢を開き、救急箱から出した目薬を差す。潤んだ視界が透き通るのを待って、もういちど森を見る。
彼の正面から150mほど離れた太い幹が微妙に振動している。すべてが震えているわけではない。こぶのように一部が膨らんでいる。
それがいくつもの樹木を横断しているのだ。あきらかにその部分だけ明度が違っている。それがやがて、横一面に伝染した。波間に浮かぶように、ゆったりとある一線から下の部分がゆらめきはじめた。
ほどなく、そこから透明ないくつもの人の輪郭が浮かび上がり、黒衣の集団になった。
黒尽くめのスーツを着た男たちが、裏地が赤く染まった黒いマントを翻す。黒いドレスをまとった女たちが肩と素足を露出させている。彼らは空ろなまなざしで前へ習えの構えでゆっくりと迫ってきた。
「これが、トンネル効果か!」
彼は思わず叫んだ。
量子力学によれば物質は不確定で波のような性質を持つゆえに、どんな確固たる壁でもある一定の割合で粒子を貫通させてしまう。
吸血鬼どもは不確定性原理を手なずけて、トンネルをすり抜けるように森林を透過した。彼らは遮蔽物に対する耐性を得たのだ。
ボース=アインシュタイン凝縮弾の安全射程圏内を大幅に侵されている。遼平は、背嚢の中身を急いでぶちまける。
セーラー服に包まれたビキニ水着のブラやくしゃくしゃのアンダースイムショーツが布の間から草むらにこぼれる。
つづいて、ありったけの量子銃弾と観測ライフルが転がる。
および腰でカートリッジを装填。
オートマチック照準で撃ちまくる。
小気味よいハミング音が響いて木々が紙切れのように粉砕されていく。
すり鉢状の細かいクレーターが規則的に並んで、黄土色の湿った土が掘り返された。吸血鬼集団は消滅した。
今のは、幻だったのか? 現実だったのか。境界が曖昧になる。
だが、ちかちかと観測ライフルの照準スコープは、消費弾数と命中率を的確にカウントしている。
つーっと汗が背筋を這う。その冷たさが現実感を喚起し、疲労がどっと沸いてくる。
遼平は背後を警戒することもわすれてどっかりと背嚢の上に腰をかけた。ユズハの甘い残り香がセーラー服から漂ってくる。
安堵感と脱力感に遼平は背中を支える感触に体重をあずけた。だが、そのよりどころはさっと彼をかわした。
「後ろに眼を付けとくもんだぜ、兄ちゃん。」
濁った声が耳のすぐそばから聞こえてきた。ずいっと首筋を凄い力でつかまれ、向きを変えられた。
豊かな白髪をあごの高さまで切りそろえた男が、にやりと笑って牙を剥く。
あまりに急速な状況の変化に遼平の脳は処理が追いついていなかった。
ズボンの後ろポケットに入っている量子手榴弾の安全ピンを外す。
即席の軍事教練で叩き込まれたマニュアルの1ページが、サブリミナルのように彼を脅迫する。
自分が油断したことへの悔やみや死の恐怖、敵への憎悪。そんな教条的な語句は彼の脳からすっぽり零れ落ちてしまった。
彼の脳裏にあるのは、ただ。極太のフォントで明滅するフレーズ。
量子手榴弾のセーフティ解除手順。
それを行使する時が真に迫っている。
遼平が失禁してしまったのか、手榴弾が暴発したのかはわからない。
確かめる間もなく、股間から生暖かい感触が湧き上がり、視界が白濁していった。
高度100キロから上は女の天下だ。彼女らが使う戦闘純文学兵器がどのようなものかは知らない。
遼平が命綱にしている、重哲学兵器たち――アインシュタイン凝縮砲や量子爆弾とたいした違いは無いはずだ。兵器には性別に適した運用方法がある。そういう棲み分けが出来ている。
ひょろひょろと白煙が樹木の上をゆるいカーブを描いて飛んでいく。
その動きは緩慢で見ていると歯がゆくなる。しかし、甘い死が敵にゆっくりと降り注ぐのだ。
弾道を眺めているとユズハの最期を嫌でも思い出す。
安置所での身元確認。彼女は首筋に蚊に咬まれた様な点を残して眠っていた。
看護師によってしっぽりと濡れた前髪の分け目にバリカンが入っていき、乳児のように柔らかくて白い額が露になった。
めったに髪を切らない少女の外気を知らない柔肌。それがどんどん青白く剃りこまれていく。
地面にはらはらと落ちるロングヘアは、無造作にDNA鑑定装置に放り込まれて事務的に死が確定した。
遼平は亡骸にすがりつくことも許されなかった。ユズハは荒っぽく機械的にセーラー服を剥かれて、土気色に変色した裸体に黄色い粘液がかけられた。ぼうっと閃光がして、人型の焦げ目の後に枯れ枝のような物体が落ちていた。半分に割れた茶碗のような塊。それがユズハのショーツの紐を引っ掛けていた部分の名残であることは遼平にもわかった。
ユズハにとってあまりに無機質な死。号泣もしめやかな儀式も祈りも無い。
とても日常から乖離していて、遼平の感情が事実を追いかけはじめたのは最近のことだ。もしかしてユズハはどこかで生きていて、手品のようにひょっこり帰ってくるのではないか。そんな漠然とした神話をまだ信じている。
下界で待ち受ける群集に砲弾が吸い込まれたのかどうかははっきりしない。小枝をわたるさえずりや風の音が牧歌的なムードに彩を添える。何の変化も現れなかった。しばらく待った。だが、異変は無い。
遼平はじっと雑木林を睨んでいたが、やがて凝視することに疲れてきた。焦点がぼやけ、眼の奥に痒みを感じた。
ふっと、一瞬、日差しが翳ったようなきがした。背嚢を開き、救急箱から出した目薬を差す。潤んだ視界が透き通るのを待って、もういちど森を見る。
彼の正面から150mほど離れた太い幹が微妙に振動している。すべてが震えているわけではない。こぶのように一部が膨らんでいる。
それがいくつもの樹木を横断しているのだ。あきらかにその部分だけ明度が違っている。それがやがて、横一面に伝染した。波間に浮かぶように、ゆったりとある一線から下の部分がゆらめきはじめた。
ほどなく、そこから透明ないくつもの人の輪郭が浮かび上がり、黒衣の集団になった。
黒尽くめのスーツを着た男たちが、裏地が赤く染まった黒いマントを翻す。黒いドレスをまとった女たちが肩と素足を露出させている。彼らは空ろなまなざしで前へ習えの構えでゆっくりと迫ってきた。
「これが、トンネル効果か!」
彼は思わず叫んだ。
量子力学によれば物質は不確定で波のような性質を持つゆえに、どんな確固たる壁でもある一定の割合で粒子を貫通させてしまう。
吸血鬼どもは不確定性原理を手なずけて、トンネルをすり抜けるように森林を透過した。彼らは遮蔽物に対する耐性を得たのだ。
ボース=アインシュタイン凝縮弾の安全射程圏内を大幅に侵されている。遼平は、背嚢の中身を急いでぶちまける。
セーラー服に包まれたビキニ水着のブラやくしゃくしゃのアンダースイムショーツが布の間から草むらにこぼれる。
つづいて、ありったけの量子銃弾と観測ライフルが転がる。
および腰でカートリッジを装填。
オートマチック照準で撃ちまくる。
小気味よいハミング音が響いて木々が紙切れのように粉砕されていく。
すり鉢状の細かいクレーターが規則的に並んで、黄土色の湿った土が掘り返された。吸血鬼集団は消滅した。
今のは、幻だったのか? 現実だったのか。境界が曖昧になる。
だが、ちかちかと観測ライフルの照準スコープは、消費弾数と命中率を的確にカウントしている。
つーっと汗が背筋を這う。その冷たさが現実感を喚起し、疲労がどっと沸いてくる。
遼平は背後を警戒することもわすれてどっかりと背嚢の上に腰をかけた。ユズハの甘い残り香がセーラー服から漂ってくる。
安堵感と脱力感に遼平は背中を支える感触に体重をあずけた。だが、そのよりどころはさっと彼をかわした。
「後ろに眼を付けとくもんだぜ、兄ちゃん。」
濁った声が耳のすぐそばから聞こえてきた。ずいっと首筋を凄い力でつかまれ、向きを変えられた。
豊かな白髪をあごの高さまで切りそろえた男が、にやりと笑って牙を剥く。
あまりに急速な状況の変化に遼平の脳は処理が追いついていなかった。
ズボンの後ろポケットに入っている量子手榴弾の安全ピンを外す。
即席の軍事教練で叩き込まれたマニュアルの1ページが、サブリミナルのように彼を脅迫する。
自分が油断したことへの悔やみや死の恐怖、敵への憎悪。そんな教条的な語句は彼の脳からすっぽり零れ落ちてしまった。
彼の脳裏にあるのは、ただ。極太のフォントで明滅するフレーズ。
量子手榴弾のセーフティ解除手順。
それを行使する時が真に迫っている。
遼平が失禁してしまったのか、手榴弾が暴発したのかはわからない。
確かめる間もなく、股間から生暖かい感触が湧き上がり、視界が白濁していった。
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