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空飛ぶ魔王とふしぎの紅茶
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「ひどい言いがかりでごじゃりますよ!」
とか何とか、魔王は滅相もないと否定……してみせるかと思いきや、何も言わずキーボードを叩いた。
「アポジモーター始動! スラッシュ水素エンジン、コンプレッサー圧力上昇! 一気に往くでごじゃるよ!」
振り向いて遼平たちにシートベルト着用を促す。状況を察した二人が着席すると同時にメインエンジンが火を噴いた。
「待ちなさいよ……」
慈姑姫の声がぷっつりと途絶える。スライスシャトルが強力なジャミングを開始した。
「魔王、あなた何をやったの?」
「誰だよ? 盗賊ゲバルト三世なんて聞いた事が無いぜ」
「そうよ!」
矢継ぎ早に質問する二人を魔王は制した。今はそれどころではない、と。
「シートベルトをきつく締めて、黙らっしゃい! 舌を噛みますぞ」
あとでたっぷり説明していきただきますからね、と小町の目が睨んでいる。
遼平は背中から蹴り上げるような衝撃を感じた。それも一つ、二つではなく、大きな揺れが断続し、やがてすうっと血の気が引いていく。
シャトルを逃すまいと頑丈そうな水草や蔓が前途を阻む。が、凄まじい加速度にバリバリと打ち破られていく。タホ湖の沿岸から、水底から、うじゃうじゃと茎やツタが網の目のように生えてくる。
「深度10メートル。速度40ノットを維持。メインタンク・ブロー! 深度8……7……」
さっきまでのナヨナヨした魔王はどこへやら。うるさ型の女教師のごとく、ウルトラファイト女高生はキビキビと手順を踏んでいく。ソナーに木の根のように入り組んだ湖面が映る。
「この勢いであそこに突っ込むのか? いけないだろ!」
遼平が魔王の無茶ぶりを咎める。
「女の子のいう台詞じゃないでしょ……もぉ……」
盛大に勘違いした小町が顔を赤らめる。
「ちょwww……おま……そっちの方かよ!」
「なによぅ。遼平もあたしと同じの、一つ持ってるでしょう!」
「さすが、ビッチなお二人でごじゃりますね」
「「うるさい!!」」
二人が猥談をしている間にスライスシャトルは水面下に達した。大気圏往還機のコクピットを打ち据えんと、棘つきの棍棒樹が束になって待ち構えていた。
だが、これは「どうぞ薪に火をつけて下さい」と言っているのと同じだ。
魔王はニコリとほほ笑んだ。
「亜酸化ちっそ弾、投擲でおじゃる!」
――カッ
慈姑姫が繰り出したムナジモが閃光と共に消える。
シャトルの周囲に透明なチューブ状の防御結界が展開。龍が昇天するように激流が纏わりついた。
座席正面のスクリーンを波しぶきが洗う。次の瞬間には、もう雲の絨毯が見えてきた。
分厚い積乱雲が下へ下へとスクロールして漆黒の闇が視界を支配していく。
スライスシャトルが機体を傾けると北米大陸が見えた。カリフォルニア州が鱗雲に覆われている。その一部が円形に切り取られて盛り上がっているようにも見える。
遼平が異変に気付いた。指摘された小町がこともなく答えた。
「あれが召喚ゲートよ。衛星軌道に浮かべてある。ここはタホ湖上空よ」
「静止できるのは魔法の仕業か?」
「物体じゃないもの。力場の一種よ」
「それより、ベルトを外していいか? 大気圏離脱したんだろ。きつくてかなわん」
遼平は魔王の返事を待たずにひょいと座席から飛び出した。小柄な女子高生とはいえ、メイドサーバントの体重で床がゆれる。
「よっ、と、と」
よろける遼平を小町が支える。「図体がでかくなってるのよ。気を付けてね」
「そういえば、この船はなんでウルトラファイト向けにあつらえてあるんだ?」
「そこのマークが物語っているわ」
小町が背もたれを指さす。雄鶏の生首がこれみよがしに描いてある。
「除虫菊族だっけ? 何考えてんだよ?」
「正確には『基礎潮流』よ。慈姑の最大派閥。植物生命体は肉体生物の支配を突き崩すべきだと主張しているわ」
「なるほどな! ウルトラファイトを侵略兵器として造ったんなら、さっさと妖精王国をぶっ飛ばせばいいだろ!」
「そういうわけにもいかないのよ。ロボットが侵攻してきたから」
「だったら願ったりじゃねーか。そいつらと組めよ」
「だから、文化的波長が違うと何度……。それにロボットは原子炉を積んでるの。王家も基礎潮流も危険だと見なしてる」
「な!?」
ぐん、と機体がバンクして会話が中断した。小刻みな噴射音が聞こえる。高機動バーニャが軌道修正を行っているのだ。
ごうん、と重厚な音がした。
大聖堂を揺るがすようなくぐもった響きだ。
壁面のモニターにはシャトルの背中が大きく開いている。遠隔アームが容器を放出していく。太陽光を反射して黄金色に輝いている。
「貨物デッキオープン完了。最後っ屁を放るでごじゃるよ!」
「下品ね! 魔王、女の子でしょ?!」
小町の愚痴に魔王は「この非常時にデリカシーも何もないでごじゃるよ」と反論した。
「魔王、今度は何をやらかすつもりなんだ!?」
遼平がフロントガラスに鼻先を擦りつける。シャトルを離れた容器はフワフワと漂っている。安全距離を取ると、尾部から脚立のようなスラスターノズルがあらわれた。
「――まさか?! やめなさいよ!」
小町が叫ぶよりも早くオレンジ色の炎が噴射された。あっという間に召喚ゲートの方へ消えていった。
■ 王立庭園
「召喚ゲートが爆破されました、じゃないわよ!」
オリジナル小町が怒りを爆発させている。レイピアを失態した部下の鼻先でぶんぶん振り回す。
「ウルトラファイトを四万年前の世界に逃がすなんて!」
お許しくださいと蚊の鳴くような声で懇願するが、ビシッと切っ先が水晶パネルをカチ割った。
「ひぃ……」
可哀想なオペレーター娘はM字型に大きくスカートをひろげ、尻もちをついた。
「もう、そこらへんで許してあげなさい」
慈姑姫は意外にも落ち着いた態度で小町をいさめた。
「だって、ゲートが……」
「いいのよ。IAMCPと交流する方法はほかにもあるから。それより、あの魔王が大きな手がかりをくれたわ」
「じゃあ、あいつは本当に大盗賊だったの?」
「結果的にそうなるわ。ウルトラファイトとスライスシャトルを強奪しましたからね。てきとーに詰問して正解だった。アヤシイ奴は焦ると必ずボロを出すもの」
なんという大胆さ。科学者の癖にアバウトすぎるぞ慈姑姫!
「で、召還計画失敗もすべてあいつの脚本だったと?」
「そうよ!」
「はぁ……」
小町は吐息をついた。
「慈姑の最高頭脳が陰謀論で片づけるなんて、安っぽいわね」
「じゃあ、貴女は一連のハッキングの流れを合理的に説明できるの?」
案の定、慈姑姫が食いついてきた。小町には確証があった。絶賛傾斜中の王朝とはいえ姫は法律上は未だに最上位の権力者だ。軍総司令官でもある。近衛師団は潰えたとはいえ、将軍たちは彼女を慕っている。
慈姑の権力中枢を蝕む輩を駆除するためには強力な軍事力が不可欠だ。
「ええ、陰気な謀略を企てる者どもよりもっときな臭い連中がいます。ウルトラ
ファイトという兵器が動けば誰が儲かるか考えてごらんなさい」
「もしかして……基礎潮流の自演?!」
「ご明察! 彼らは武器商人ですよ」
小町が指摘すると慈姑姫は血相を変えた。
「まさか貴女、除虫菊大隊の派遣を要請したのは?」
「売国奴どもが心待ちにしていた混乱を誘うためですよ。戦略ワイバーンと王立庭園直営軍のゴタゴタに乗じて……」
基礎潮流がウルトラファイトを過去世界へ密輸したがっていると睨んだ小町が奴らを泳がせるためにわざとチャンスをお膳立てしてやったのだ。
そこまで議論した時、警報が鳴り響いた。
「第六十九有機鉱物学研究所に緊急事態発生! シップA09が侵入者によって強奪された模様」
慈姑姫は眉を吊り上げてモニタを睨んだ。キソチョール社の幹部は冷や汗ダラダラだ。
「純白なる鳩号の管理責任者はお前たちでしょう。何ということをしてくれたの?」
幹部は寝耳に水だという風に被害者ヅラで答えた。
「まさか、過去世界からハッキングされるとは思いもよりませんで。私どもも前代未聞の事件に後手後手に回らざるを……」
慈姑姫は一方的に回線を切った。
真面目にとぼけているのか、無能者が本当に弁解しているのか、どちらにせよ戯言を聞く時間が勿体ない。
「慈姑王都は売国奴どもにくれてやるわ。いつでも奪還できる。ホワイトダーブ号を追うわよ」
姫君は懐の水晶玉から特に信頼を置ける少数精鋭たちに同報を送った。王都が炎上しようとも、一時にせよ国土を捨てようとも、祖国にとって何が必要か正しい知識を持った勇者たちだ。姫はその足でロボット格納庫へ向かう。途中からいくつも軍靴が合流し、格納庫に従者が溢れた。
「召喚ゲートの『別口』とやらがあるのなら、案内してくださいな」
小町が興味深げに眺めるなか、格納庫脇のドックに葉巻型潜水母艦が続々と到着した。慈姑姫の要請で除虫菊族がわび状代わりに寄越したものだ。
「父祖樹のところへ」
「御意!」
艦長は乗員や装備を収容し終えると艦をタホ湖の奥深くへ静かに沈めた。
「父祖がタイムマシンか何かを隠し持っているんですか?」
小町が意地悪な質問をする。もし仮にそんなものが最初から存在するなら、召還計画などという回り道も不必要だ。
「貴女の言葉をそっくり返すわ。『安っぽい』発想ね。そんなハードウェアに頼らずとも父祖は時間渡航を成し遂げたわ」
妖精王国軍の高高度偵察翼竜の目を避けるため、潜水母艦は、敵が鳥目になる時間帯まで待った。
夜を徹して父祖樹のもとに辿りついた慈姑姫一行は、眠気を吹き飛ばすような芳香にむかえられた。
ビクトリア風のテーブルには茶器と新鮮な卵や魚肉などのオードブルが並んでいる、
「こんな……お茶でタイムトラベルができるんでしょうか?」
物理学の常識を斜め上に吹き飛ばすアプローチに小町は目を丸くした、。
「ビートラクティブ……ある種のプラセボ効果によって人間の波動関数収縮能力を高めるハーブティーよ」
「これって……液体量子コンピューターっておっしゃいましたよね?」
小町は姫の背後にそびえ立つ父祖樹に尋ねた。
「何回でも判るまで説明してやるぞ。人間の誤った認識が真相を歪めているという、お前たち慈姑の思想を忠実に応用したものだ。知的生命の支配する宇宙では認識が実体化する、という。いわゆる人間原理は知っているな。お前たちの科学を突き詰めれば、そういった量子論に行きつく。お前たちの反主流派はそれを是正しようとしているが、ビートラクティブはそれに猛反発するものだ」
「要するにこれを飲めば、私たちも戦闘純文学者になれると……」
おそるおそるカップを持ち上げる小町を父のような優しい声が包む。
「そうだ。物理法則は意のままになる」
とか何とか、魔王は滅相もないと否定……してみせるかと思いきや、何も言わずキーボードを叩いた。
「アポジモーター始動! スラッシュ水素エンジン、コンプレッサー圧力上昇! 一気に往くでごじゃるよ!」
振り向いて遼平たちにシートベルト着用を促す。状況を察した二人が着席すると同時にメインエンジンが火を噴いた。
「待ちなさいよ……」
慈姑姫の声がぷっつりと途絶える。スライスシャトルが強力なジャミングを開始した。
「魔王、あなた何をやったの?」
「誰だよ? 盗賊ゲバルト三世なんて聞いた事が無いぜ」
「そうよ!」
矢継ぎ早に質問する二人を魔王は制した。今はそれどころではない、と。
「シートベルトをきつく締めて、黙らっしゃい! 舌を噛みますぞ」
あとでたっぷり説明していきただきますからね、と小町の目が睨んでいる。
遼平は背中から蹴り上げるような衝撃を感じた。それも一つ、二つではなく、大きな揺れが断続し、やがてすうっと血の気が引いていく。
シャトルを逃すまいと頑丈そうな水草や蔓が前途を阻む。が、凄まじい加速度にバリバリと打ち破られていく。タホ湖の沿岸から、水底から、うじゃうじゃと茎やツタが網の目のように生えてくる。
「深度10メートル。速度40ノットを維持。メインタンク・ブロー! 深度8……7……」
さっきまでのナヨナヨした魔王はどこへやら。うるさ型の女教師のごとく、ウルトラファイト女高生はキビキビと手順を踏んでいく。ソナーに木の根のように入り組んだ湖面が映る。
「この勢いであそこに突っ込むのか? いけないだろ!」
遼平が魔王の無茶ぶりを咎める。
「女の子のいう台詞じゃないでしょ……もぉ……」
盛大に勘違いした小町が顔を赤らめる。
「ちょwww……おま……そっちの方かよ!」
「なによぅ。遼平もあたしと同じの、一つ持ってるでしょう!」
「さすが、ビッチなお二人でごじゃりますね」
「「うるさい!!」」
二人が猥談をしている間にスライスシャトルは水面下に達した。大気圏往還機のコクピットを打ち据えんと、棘つきの棍棒樹が束になって待ち構えていた。
だが、これは「どうぞ薪に火をつけて下さい」と言っているのと同じだ。
魔王はニコリとほほ笑んだ。
「亜酸化ちっそ弾、投擲でおじゃる!」
――カッ
慈姑姫が繰り出したムナジモが閃光と共に消える。
シャトルの周囲に透明なチューブ状の防御結界が展開。龍が昇天するように激流が纏わりついた。
座席正面のスクリーンを波しぶきが洗う。次の瞬間には、もう雲の絨毯が見えてきた。
分厚い積乱雲が下へ下へとスクロールして漆黒の闇が視界を支配していく。
スライスシャトルが機体を傾けると北米大陸が見えた。カリフォルニア州が鱗雲に覆われている。その一部が円形に切り取られて盛り上がっているようにも見える。
遼平が異変に気付いた。指摘された小町がこともなく答えた。
「あれが召喚ゲートよ。衛星軌道に浮かべてある。ここはタホ湖上空よ」
「静止できるのは魔法の仕業か?」
「物体じゃないもの。力場の一種よ」
「それより、ベルトを外していいか? 大気圏離脱したんだろ。きつくてかなわん」
遼平は魔王の返事を待たずにひょいと座席から飛び出した。小柄な女子高生とはいえ、メイドサーバントの体重で床がゆれる。
「よっ、と、と」
よろける遼平を小町が支える。「図体がでかくなってるのよ。気を付けてね」
「そういえば、この船はなんでウルトラファイト向けにあつらえてあるんだ?」
「そこのマークが物語っているわ」
小町が背もたれを指さす。雄鶏の生首がこれみよがしに描いてある。
「除虫菊族だっけ? 何考えてんだよ?」
「正確には『基礎潮流』よ。慈姑の最大派閥。植物生命体は肉体生物の支配を突き崩すべきだと主張しているわ」
「なるほどな! ウルトラファイトを侵略兵器として造ったんなら、さっさと妖精王国をぶっ飛ばせばいいだろ!」
「そういうわけにもいかないのよ。ロボットが侵攻してきたから」
「だったら願ったりじゃねーか。そいつらと組めよ」
「だから、文化的波長が違うと何度……。それにロボットは原子炉を積んでるの。王家も基礎潮流も危険だと見なしてる」
「な!?」
ぐん、と機体がバンクして会話が中断した。小刻みな噴射音が聞こえる。高機動バーニャが軌道修正を行っているのだ。
ごうん、と重厚な音がした。
大聖堂を揺るがすようなくぐもった響きだ。
壁面のモニターにはシャトルの背中が大きく開いている。遠隔アームが容器を放出していく。太陽光を反射して黄金色に輝いている。
「貨物デッキオープン完了。最後っ屁を放るでごじゃるよ!」
「下品ね! 魔王、女の子でしょ?!」
小町の愚痴に魔王は「この非常時にデリカシーも何もないでごじゃるよ」と反論した。
「魔王、今度は何をやらかすつもりなんだ!?」
遼平がフロントガラスに鼻先を擦りつける。シャトルを離れた容器はフワフワと漂っている。安全距離を取ると、尾部から脚立のようなスラスターノズルがあらわれた。
「――まさか?! やめなさいよ!」
小町が叫ぶよりも早くオレンジ色の炎が噴射された。あっという間に召喚ゲートの方へ消えていった。
■ 王立庭園
「召喚ゲートが爆破されました、じゃないわよ!」
オリジナル小町が怒りを爆発させている。レイピアを失態した部下の鼻先でぶんぶん振り回す。
「ウルトラファイトを四万年前の世界に逃がすなんて!」
お許しくださいと蚊の鳴くような声で懇願するが、ビシッと切っ先が水晶パネルをカチ割った。
「ひぃ……」
可哀想なオペレーター娘はM字型に大きくスカートをひろげ、尻もちをついた。
「もう、そこらへんで許してあげなさい」
慈姑姫は意外にも落ち着いた態度で小町をいさめた。
「だって、ゲートが……」
「いいのよ。IAMCPと交流する方法はほかにもあるから。それより、あの魔王が大きな手がかりをくれたわ」
「じゃあ、あいつは本当に大盗賊だったの?」
「結果的にそうなるわ。ウルトラファイトとスライスシャトルを強奪しましたからね。てきとーに詰問して正解だった。アヤシイ奴は焦ると必ずボロを出すもの」
なんという大胆さ。科学者の癖にアバウトすぎるぞ慈姑姫!
「で、召還計画失敗もすべてあいつの脚本だったと?」
「そうよ!」
「はぁ……」
小町は吐息をついた。
「慈姑の最高頭脳が陰謀論で片づけるなんて、安っぽいわね」
「じゃあ、貴女は一連のハッキングの流れを合理的に説明できるの?」
案の定、慈姑姫が食いついてきた。小町には確証があった。絶賛傾斜中の王朝とはいえ姫は法律上は未だに最上位の権力者だ。軍総司令官でもある。近衛師団は潰えたとはいえ、将軍たちは彼女を慕っている。
慈姑の権力中枢を蝕む輩を駆除するためには強力な軍事力が不可欠だ。
「ええ、陰気な謀略を企てる者どもよりもっときな臭い連中がいます。ウルトラ
ファイトという兵器が動けば誰が儲かるか考えてごらんなさい」
「もしかして……基礎潮流の自演?!」
「ご明察! 彼らは武器商人ですよ」
小町が指摘すると慈姑姫は血相を変えた。
「まさか貴女、除虫菊大隊の派遣を要請したのは?」
「売国奴どもが心待ちにしていた混乱を誘うためですよ。戦略ワイバーンと王立庭園直営軍のゴタゴタに乗じて……」
基礎潮流がウルトラファイトを過去世界へ密輸したがっていると睨んだ小町が奴らを泳がせるためにわざとチャンスをお膳立てしてやったのだ。
そこまで議論した時、警報が鳴り響いた。
「第六十九有機鉱物学研究所に緊急事態発生! シップA09が侵入者によって強奪された模様」
慈姑姫は眉を吊り上げてモニタを睨んだ。キソチョール社の幹部は冷や汗ダラダラだ。
「純白なる鳩号の管理責任者はお前たちでしょう。何ということをしてくれたの?」
幹部は寝耳に水だという風に被害者ヅラで答えた。
「まさか、過去世界からハッキングされるとは思いもよりませんで。私どもも前代未聞の事件に後手後手に回らざるを……」
慈姑姫は一方的に回線を切った。
真面目にとぼけているのか、無能者が本当に弁解しているのか、どちらにせよ戯言を聞く時間が勿体ない。
「慈姑王都は売国奴どもにくれてやるわ。いつでも奪還できる。ホワイトダーブ号を追うわよ」
姫君は懐の水晶玉から特に信頼を置ける少数精鋭たちに同報を送った。王都が炎上しようとも、一時にせよ国土を捨てようとも、祖国にとって何が必要か正しい知識を持った勇者たちだ。姫はその足でロボット格納庫へ向かう。途中からいくつも軍靴が合流し、格納庫に従者が溢れた。
「召喚ゲートの『別口』とやらがあるのなら、案内してくださいな」
小町が興味深げに眺めるなか、格納庫脇のドックに葉巻型潜水母艦が続々と到着した。慈姑姫の要請で除虫菊族がわび状代わりに寄越したものだ。
「父祖樹のところへ」
「御意!」
艦長は乗員や装備を収容し終えると艦をタホ湖の奥深くへ静かに沈めた。
「父祖がタイムマシンか何かを隠し持っているんですか?」
小町が意地悪な質問をする。もし仮にそんなものが最初から存在するなら、召還計画などという回り道も不必要だ。
「貴女の言葉をそっくり返すわ。『安っぽい』発想ね。そんなハードウェアに頼らずとも父祖は時間渡航を成し遂げたわ」
妖精王国軍の高高度偵察翼竜の目を避けるため、潜水母艦は、敵が鳥目になる時間帯まで待った。
夜を徹して父祖樹のもとに辿りついた慈姑姫一行は、眠気を吹き飛ばすような芳香にむかえられた。
ビクトリア風のテーブルには茶器と新鮮な卵や魚肉などのオードブルが並んでいる、
「こんな……お茶でタイムトラベルができるんでしょうか?」
物理学の常識を斜め上に吹き飛ばすアプローチに小町は目を丸くした、。
「ビートラクティブ……ある種のプラセボ効果によって人間の波動関数収縮能力を高めるハーブティーよ」
「これって……液体量子コンピューターっておっしゃいましたよね?」
小町は姫の背後にそびえ立つ父祖樹に尋ねた。
「何回でも判るまで説明してやるぞ。人間の誤った認識が真相を歪めているという、お前たち慈姑の思想を忠実に応用したものだ。知的生命の支配する宇宙では認識が実体化する、という。いわゆる人間原理は知っているな。お前たちの科学を突き詰めれば、そういった量子論に行きつく。お前たちの反主流派はそれを是正しようとしているが、ビートラクティブはそれに猛反発するものだ」
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