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ガチ筆闘(ふぁいと)! カミュVSサンテグジュペリ ニ 漆黒の破軍星(はぐんせい)
しおりを挟む■ 恐怖! 機動ウワ・バミ
レッドマーズ号の開閉式ドックには駆逐艦ほどもある積み荷があって、慈姑小町がシートを被せている。まるで潰れた帽子のようだ。提督が内容を訊くと、小町は逆にこれが何に見えるかと質問した。
「私には潰れた帽子に見えるが?」
彼が答えると小町は嬉しそうに言った。
「提督はウワバミ(ボア)・エフェクトに罹っているのです。性能は上々です。そんなことよりも、貴方は今夜の食事や酒のことが気がかりなのでは?」
「そうだな。さっさとアホウな三文作家を片付けて乾杯したいところだ」
「結構です。この兵器は設計者であるわたしの期待以上の性能を発揮しています」
小町はウワバミ(ボア)と称する武骨な塊を小突いて起動させた。そいつはまるで布団の中で二度寝を妨げられた怠け者が反抗するようにうごめいた。無精者の一時働きというがこいつはどんな活躍を見せてくれるのだろうかと提督は訝しんだ。
切羽詰まったカミュは手下の幽霊船どもにノルマを課した。
「我々は革命の真っただ中にいるのだよ! 諸君は果報者だ。 革命を革命する改革者になれるのだから。私はこの時代における人類の道義心に関する問題点を、明確な視点から誠実に照らし出してみせよう!!」
彼はこう、息巻いた。
「特権者よ。【抵抗】を開始せよ!」
コヨーテは不随意に然るべき儀式を執り行い、不本意ながら愛妻と娘たちを地獄の真っただ中へ投げ込んだ。先ほどのナビエ・ストークス方程式直撃をくらって損耗した戦力を勘案すると、彼女としては幽霊船を総力戦以外で使用べきではないと具申したかった。
だが、もはや自己陶酔した指導者が聞き入れる筈もない。
「人生のジレンマを解消する処方箋を書いてやろう。有効成分は三つだ」
カミュはそれぞれの船を名指しして、戦闘世界文学を刻み付けていく。
「まず、幽霊船グレイス。論理追及の自発的強制終了。すなわち【自殺】だ」
彼がそう言い放つと、堕天使玲奈は猛烈に苦悩し始めた。自分の存在意義に対する疑問を解決しようと身もだえる。
「ああ、なんでこんなところにいるんだろう? わたし。死にたい、死にたい……」
彼女はメインスラスターを全開して敵陣営に捨て身の特攻をかける。
「死にたいーーーーーーーーーーーーッ」
翼下のミサイルポッドが一斉に火を噴く。誘導弾がめくらめっぽうに発射され、サジタリア軍の陣地をポップコーンが弾けるように吹き飛ばしていく。
彼女は居ても立っても居られず、翼を開いた。可愛らしいセーラー服が背中からビリビリと裂け、破れたスカートの下からぴっちりとした濃紺ブルマがあらわれる。脊椎にそって服が盛り上げり、スクール水着がはちきれる。
純白の羽根がフワリと広がる。その傍らをフサフサした黒い塊が滑り落ちる。
舷窓に映る禿頭の天使。耳は細長に尖り、まるで悪魔が睨み返しているようだ。
「ああ、なんて格好。わたし、女だよ? ああ、恥ずかしい。死にたいー」
グレイス号の主砲が唸る。さぁっと極太の光芒が大地を一掃すると、砲兵陣地や弾薬庫がつぎつぎと誘爆した。
「死にたああい!!」
彼女は狂ったように叫びながら船を進めた。サジタリア軍も懸命に迎撃するがびくともしない様子だ。
「次はお前だ。ジレンマに打ち勝つ特効薬は何か。妄信だ。根拠なき自身は過信ともいう。お前は『三千世界最強』を謡う戦艦だという。そんな者は創造主しかいない。だが、お前は自分が最終勝利者だという。不条理だ。お前は不条理を超えた何か、触れられず実験的に存在が証明されていないものを信じている」
カミュの指摘に堕天使真帆は応えた。
「そうよ! あたしは最強の戦艦なんだから!!」
「本当にそうか?」
「御釈迦様でもキリストでも持って来いってのよ。何でもぶっ壊してやるんだからーっ」
「私にはお前にそれが出来るとは思えない。口でいう奴ほど無能だ」
カミュはリア中娘を焚き付けた。
「おっさん! 煽るだけ煽っておいて証拠はあるの?」
真帆は喧嘩を売っている。
「よろしい。お前が本領を発揮するためには理性を失う必要がある」
カミュが小娘のおでこをコツンと叩くと、彼女は三白眼になった。
幽霊船サンダーソニアは猛獣の様な唸り声をあげて、サジタリア軍を機銃掃射する。装甲車が風船のように弾け、肉片が枯れ葉となって舞い散る。
ウルトラファイトがあればこのような惨敗を避けられた筈だが、奴らは何をぐずぐずしているのだ。
カミュは不審に思いつつも今夜の主役を壇上に上げた。
「幽霊船スティックス 出番だ!」
シアは白目をピカピカと明滅させて答えた。
「不条理契約不履行のなど不条理の極みです。そんなものには、それを凌駕する超・不条理で対抗するのみです。先生のおっしゃる通り、生きるとは不条理を受容することです!」
強襲揚陸艦が吼えた。真紅のレーザーがナビエ・ストークス方程式砲を一発で射貫く。
「――?!」
慈姑小町は砲身に異常を素早く察知し、ユニットごと強制廃棄した。爆発ボルトが砲塔と艦の接合部を弾き飛ばし、緊急ロケットブースターが点火。慈姑姫の最高傑作がにびいろの空へ消えていく。
ゴロゴロと遠雷が聞こえてきた。
「いいぞ。これぞ不条理の生存術だ。悪魔にとりつかれた狂気だ!」
カミュは圧勝を確信している。
「行け、漆黒の破軍星!」
特権者コヨーテの指揮のもと、不条理の体現者と化した幽霊船団がレッドマーズに突進する。
「あんたは子供達を何とも思っていないんだな」
たまりかねたコヨーテがカミュに苦言する。
「ふん!我々が子供たちを忘れることを決定したとき、その日、われわれはこの世の主となり、革命が勝利するのだ」
「その日、革命は人類全体にとって憎しみの対象となるでしょう」
コヨーテは本当のことを言ってやった。
■ 創世記機械化師団
サジタリア陸軍は既に戦闘不能に陥っていた。医療兵や救出作戦部隊も機能していない。
この散々な状況にもはや無条件降伏しか打つ手はないと思われた。
「ナビエ・ストークス方程式砲が破壊されては、どうにもならない」
提督が慈姑姫を問い詰める。
「そうよ! どうしてくれるのよ!! 切り札は一枚からないから最後の切り札っていうのよ」
妹にまで責め立てられて、慈姑姫は窮地に立たされた。
だが、彼女は動じずに、手元のビートラクティブをぐいっと飲み干した。
「大の男がおどおどしないの。ヤポネの諺を忘れたの? 『寄らば大樹の陰というわ』」
姫は壁際の鉢植えに呼びかけた。彼女の声は時間軸を貫いて父祖樹に汲みあげられた。
「奥の手を使います!」
「待っていたぞ。慈姑姫よ。お前の務めを果たす時が来た。慈姑は慈姑たれ!」
威厳に満ちた声が響き渡ると、正八面体の結晶がどこからとも降ってきた。雨の夜にも星というが、空が落ちてくるように、無数の星々が長い尾を引いた。
それらが、慈姑姫の腹に突き刺さり、すり抜けていく。
そのたびに激痛が走る。
慈姑姫は耐え切れずに絶叫した。その声に呼応するように産声がいくつも巻き起こる。
やがて、腹部を突き破ってモミジのような掌が出てきた。それは藁をもすがる思いを体現するように虚空をつかみ、ぐいっと引っ張った。
姫を中心に四方八方へ根が生えていく。その先端にはいくつも実が連なっている。
熟した果実が弾け、種子がヴァレンシア星の時間軸上にばら撒かれた。
レッドマーズ号の兵員室。待機中のウルトラファイトに異変が起こった。目つきが鋭くなり、何か内面的な変化が起きているように見える。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あの大人たちは『かなり変』なんだ」
サンテグジュペリの申し子リヴィエールが立ち上がった。
「無慈悲で不公平に見える規則と規律こそが新しい生命を誕生させる」
彼はずらりと居並ぶウルトラファイト軍団に言い聞かせた。
特大サイスの女子高生たちは糊の効いたプリーツスカートを履き、セーラー服のスカーフや靴ひもを結びなおした。
その陣容は一般的な歩兵部隊からはかけ離れている。遠近法に狂いが生じれば通学途中の女子高生と区別できない。
彼女たちの中には俯いて不安を漏らしている者が各小隊に二、三名の割合でいた。
先発部隊の陣頭指揮を取るのは慈姑姫だ。彼女は出撃を拒む子たちに自信のほどを確かめた。
慈姑姫は何でも自分の思い通りにしたくてそこから外れる者は許せなかった。いわゆる絶対君主という人種であった。だが、根はやさしかったので無茶な言いつけはしなかった。
「無茶ぶりをするにしても、将軍に鴎になれと言って従わなかったら、それは彼の責任でなくわたしが悪いんだもの」
すると、ウルトラファイトは上司を困らせまいと首を横に振った。
「いいえ。殺れます。わたし、出撃ます」
スカートの裾をめくると脛に棘が生えていた。
「虎が来たって平気よ」
修羅の塊と化した幽霊船サンダーソニアは艦載機を前面に押し立てて、誘導ミサイルを連射した。
絶対航空優勢を確立した相手に陸戦主体のウルトラファイトがどう挑むのか見ものだ。彼女たちでも割とこじゃれた――昔風に言えばコギャルに分類される一派が真っ向から対立した。セーラー服の胸元を緩め、スカートを極短に改造しブルマーを盛大に露出しながら戦場を駆け抜ける。
「来たわよ」
先頭の一人が立ち止まる。亜麻色の髪に金色のピアスがきらりと光る。
「あたしは最強ぉぉぉおぉぉぉぉ!」
稜線の向こうから幽霊船の勝どきが聞こえてきた。ウルトラファイトは踵のスラスターに点火して戦闘機隊をひょいっと飛び越える。そのまま、ローファーで幽霊船の甲板を踏み荒らす。
このウルトラファイトは今までの個体とは俊敏性もスピードも違う
「新種か?!」
戦況を見守っていたガロンが感嘆した。
品種改良型ウルトラファイトは誘導弾をことごとくすり抜ける。射撃統制装置がせめあぐねていると、ゴウンと甲板から鈍い音がした。
「こら~~!」
真帆があっさりと防空網をかわされて激怒した。
こんなシュールな戦いは戯画の世界にしか有りえないのだが、何しろ戦闘世界文学者同士の激突である。確率変動の嵐が吹き荒れて、混沌の雲を呼びよせる。
巨大女子高生は艦橋にべったりと張り付いて、戦闘指揮所の堕天使を見下ろす。
「ふん! デカばばあのお出ましか!」
彼女は気取った態度で出迎えた。
「こんにちわぁ♡ 変な格好ね」
女子高生は怯まず相手をこき下ろした。
「空を飛べるわ」
真帆はくるりと踵をかわいて背中の翼を見せびらかした。
「ひれ伏す人がいたら頭上からありがたい恩赦を垂れてやるの。あいにく、生きてあたしの前を通り過ぎる人はいないのだけど」
「え?」
女子高生は真帆の戯言が理解できなかった。
「ちょっと正座して、三つ指をついてみてよ」
「何であたしがそんなことを!」
ウルトラファイトは堕天使を無視して硬化ガラスを踏み破った。わらわらと後続部隊が艦内に侵入する。
しかし、蹂躙を許す真帆ではない。直ちに破損個所を修復し、植物に有害な致死性ガスを充満した。
「く、苦しい……」
「助けて……」
「あたし、まだ死にたくない……助けて」
毒素が迅速に浸透し、呼吸困難を誘発する。あまりの息苦しさに悶絶し許しを請う巨大女子高生たち。だが、見栄っ張りな堕天使は褒め言葉にしか耳を貸さない。
「あんたはあたしを心の底から尊敬している?」
「そ……尊敬するって?」
「あたしがこの世で一番強くて可愛くておしゃれって認めることよ」
「でも、そんなハゲ堕天使が飛行機をいっぱい並べたがる船ってこの世界にひとつしかないわよ」
「おねがい! 何でもいいからあたしをほめて!!」
真帆は子犬のように哀願した。
「ウルトラファイトAW775号 ほめてやれ!」
リヴィエールが腹を抱えて命令を下す。
「いえっさ~。はい、あんたはえらいえらい」
AW775は棒読みで讃えた。
「……でも、それが何の役に立つの? 儀式的な賛美「だけ」に何かしら価値があるって本気で信じているの?」
彼女の何気ない一言が堕天使の自信を粉々に打ち砕いた。
「……何の役にって?」
真帆の妄信に疑問符が付いた
幽霊船サンダーソニアがピタリと停船した。
「カール・ポパーの寛容論だとぉ?!」
カミュはAW775のさりげない攻撃に度肝を抜かれた。
「戦闘世界文学ですね。相対的価値観を相対的に否定する。誰もが何でも自由に主張できるがゆえに、却って寡黙であることが優越するという」
アンジェラが吐息をついた。
「妄信が、抵抗の一角が崩されたとは思わん。妄信はしょせん、哲学的自殺なのだから」
カミュは気を取り直して、残り二隻に挟撃を命じた。
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