Soyez les bienvenus露の都の慈姑姫

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ガチ筆闘(ふぁいと)! カミュVSサンテグジュペリ 四 イルカと男のロマン

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 ■ 久遠の都脱出

 インガルフのシフトは殺人的だ。アシッド族どもは潰しても潰しても一から文明を復興し、何が何でも宇宙へ進出したがる。その手段は多種多様だ。固体ロケット、液体水素ロケット、電磁カタパルト、空中発射型弾道ミサイル、イオンクラフト、核爆発推進機関、挙句の果てに軌道エレベーターにまで手を染めた。

 彼らの飽くなきロマンはとどまることを知らない。これはもう本能だ。男という生き物はどうして空に回帰したがるのだろう。
 バケット中尉は特別許可を得て機密文書の幾つかを読み漁った。ダウナーレイスが「男」の世界から入手した「男性向け」書物である。
 しかし、読めば読むほど男心という物がわからなくなった。フロイトという古代の心理学者はロケットと生殖器の類似性を強調している。では、女は潜水艦や防空壕にロマンティックを感じるのだろうか。しょせんは愚かな男の短絡思考だ。

 彼女はブンブンと頭を振って、壁に投げつけた。

「ねぇ。貴女、自分は男性ホルモンが強いと言ってたわよね?」
 ある夜、バケットは分隊長の夜伽を務めた際にたずねた。
「性同一性障害っていうほどじゃないわ。適性検査で問題はないもの。『なりきり』って知ってる? ボーイズラブ小説の主人公を演じて遊ぶことが好きなの」
「それって面白い?」
「面白いかどうかは人にもよるわ。わたしはカッコいいと思うけどなぁ」
 メビウスはスカートの裾を内股の間に挟んで半ズボンを履いているそぶりをした。そして男性口調でお気に入りの台詞を諳んじてみた。
 声色はボーイソプラノだが、どことなく威厳がある。しかし、最前線で戦うマッチョ女たちと区別がつかない。
「チキ・バード隊長みたいな荒くれとは違うの?」
 分隊長はちょっと困った顔を見せ、答えた。
「ガサツな女とは趣が違うの」
「やっぱり分からない」
「わからなくてもいいわ。あたしたちはこうやってわかりあえるもの♡」
 肩をすくめた中尉を分隊長が押し倒した。


 ああでもない、こうでもないと男性心理を推測しながらまどろんでいると、呼集がかかった。
 晴れの海を南北に走るスミルノフ尾根の北端、ルター湖にアシッドクランがあらわれたという。彼らの回避策は巧妙を極めていて、地球外来生物の助けを借りて地球外で宇宙船を密造するようになっていた。
 彼らは主に第六感による交流を深めていた。また、有史以前より異星の来訪者が地球人と接触しており、その遺産を利用して宇宙船を建造することも可能になり始めている。
 ダウナーレイスは地球外来種による不法侵入にまで対処できない。人員が足りないのだ。
 アシッド族との歴史妨害合戦も、従来のようにこっそりと破壊工作を行うのではなく、本格的な交戦に発展している。バイコヌールやケープカナベラルを何度、空爆した事だろう。

「これって意味ないんじゃね?」
 バケットは廊下を走りながらスカートに足を通した。
「人間を地球に押しとどめることが無理なのよ」
 メビウスはビキニ姿のまま廊下を羽ばたいていく。彼女は狭いコクピット内での早着替えを会得していて、肩に着替えが詰まったバッグを背負っている。

 二人の事象艇が到着したころには、インガルフ月面軍がマスドライバー砲を大盤振る舞いしていた。アシッド族の円盤は跡形もない。分隊長は僅かな墜落痕から背後関係を分析するように命じられている。

「ちょっ……これって陸軍異性体研究所の仕事でしょう。あたしたちは工作員よ」
 彼女が月面労働法違反を指摘すると、インガルフ当局は反逆罪で訴追すると宣言した。
「どういうことなの?」
 バケットが不当逮捕されるいわれはないと反論する。返事の代わりに憲兵隊が飛んできた。日頃のあるまじき言動が受忍できないという。
「マジみたいよ」
 分隊長は事象艇に跳躍座標を叩き込み、逃亡を図った。
「待ってください」
 慌てふためくバケットの操縦席に同期信号が送られてきた。分隊長の艇にロックオンし、一緒に時間軸を駆けあがる。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 西暦九十二世紀は恩赦の時代と呼ばれていた。

 分隊長と中尉はそこへ逃げ込んだ。


 この年代の地球は生命体の宝庫とされている。人類は反重力式成層圏滞空プラットフォームに移住して、地上で様々な種類の種を育ん
 でいる。地球外有機物質の解明もすすみ、彗星や外惑星が生命で満ち溢れていることも周知の事実であった。

 インガルフの九十二世紀駐留基地は地球のトロヤ衛星軌道にあり、小惑星軌道までの宇宙進出もある程度容認されていた。
 火星を含む「星霜圏」という巨大なくくりで宇宙生命体を保護している。
 アシッド族との一部停戦協定も結ばれ、準惑星ケレスの軌道を越えない限りは宇宙航行の自由が保証されている。

 その外には分け隔てなく越境者を粉砕する強力な兵器が待ち構えている。

 基地司令はふくよかな女性で二人の逃亡者を快く迎えてくれた。さっそくチキ・バード隊長が抗議のメッセージを送ってきたが、司令は二人を元の時代に二度と返さないという条件で転属を認めてくれた。

 新しい職場になじむまではそれなりの労苦を要したが、前職の激務に比べれば雲泥の差だった。アシッド族に対する妨害工作任務は先鋭化したおり、例えばワープデバイスといった極端な技術革新でなければ、事実上見逃されていた。

「男のロマンというやつの正体が何なのか、見極めたい」

 メビウスはアシッド族の本質に迫ろうと休暇を世界の見聞に費やした。当然のことながらバケットも付き合わされる羽目になった。


 破壊の爪痕が生々しいロケット組み立て工場跡。バケットは何かしらの示唆を得ようとして、無残に焼け崩れたエンジンを観察した。複雑に入り組んだポンプ周りの配管を追いかけているうちに、病的なまでの執念と探究心が感じ取れた。
 まるで、荒涼とした大地を乗り越えて苦難の果てに辺境を目指す宣教師のようだった。危険を顧みず命をなげうってまで布教しようとする精神の根底には、大空をめざす冒険家の野心と共通する部分ががある。
「これは野生よ。本能的な成長欲求のあらわれだわ」
 彼女は野獣の逞しさに惹かれる感情を通してアシッド族を理解した。

 メビウスは野心家の衝動とは違った観点から宇宙工学を敷衍した。
「これは闘争本能の回復よ」
 分隊長は焼け焦げた残骸から取り外した部品に着目した。制御装置の基盤に何度も回路を引き直したあとが一目で識別できた。配線パターンの引き回しや間隔にばらつきがあり、試行錯誤を重ねたことがありありと伺える。
「こっちのボードをみて。ライバル企業同士で情報漏洩があったようね。競争相手の優位性を模倣したり、換骨奪胎している」
 彼女はこうした切磋琢磨をオスの競争心そのものだと解釈した。

「おぼろげながら、男のロマンとやらがわかってきた」
「わたしもよ。何となくだけど」
 メビウスとバケットの追及にめどが立った頃、骨休みに出かけようという意見がどちらからともなく持ち上がった。

 地獄の運命の始まりだった。



 南大西洋、プリンスエドワード諸島。
 二人は支給されたばかりの新型事象艇を沖合にうかべ、ビキニ姿で羽根を休めている。そこへ一頭のイルカがあらわれてバケットに警告を発した。
 そして輝いていた日々は終わりを告げる。

 霊長類頂上会議は地球外来種の干渉によって形骸化しており、内部崩壊の危機にあるという。メビウスとバケットは生粋のダウナーレイスではなく、実はメイドサーバントという生きた宇宙船であり、来るべき宇宙外来種との戦争に備えて温存されていたという。

「「えええええええええ?!」」

 驚きを隠せない二人にイルカは二者択一を迫った。
「これは神様がくれた最後のチャンスだ。自分を取り戻すか、他人の飯を食って死ぬかだ」
「どうしてそんな恐ろしい秘密を教えてくれたの? いや、みんな黙っていたの?」
 メビウスは動悸を抑えられず、体を二つ折りにした。
 イルカは慄然と言い放った。
「私は古代から連綿と続く結社の一員としてあなたがたに接触する機会を伺ってきました」
「いきなり胡散臭い話になった。裏社会のメンバーだと言われて鵜呑みにするお人よしはいない」
「IAMCPという言葉に聞き覚えはありませんか? ハンターギルドという用語は? 加島遼平という名前には?」
「信憑性を高めようと怪しげな言葉を並べてムードを盛り上げたところで無駄だ」
 バケットが追い返そうとすると、彼はぴゅうっと頭から潮を噴いた。
 もろにそれを被った二人は嬌声をあげた。そして、もやがかかった記憶が鮮明になってきた。自分たちが誰であるか段々と思い出してきた。
「論より証拠をお見せしました。我々はビートラクティブの解毒剤を持っているのです。このあたりの海は二つの海流がぶつかり合い、プランクトンも豊富であるばかりか、生命の確率変動が響き合い、量子的な活況を呈しています」

 事象艇のすぐそばを大きなうねりが通り過ぎていく。
「ごらんなさい。さまざま世界線が錯綜して、便乗した生き物たちがやってくる。IAMCPは二十世紀からずっとそうした交流をおこなってきました」
 彼の言う通り、見たこともないような大型生物が悠々自適に泳いでいる。中には戦闘機の様な鋭角的な鰭をもった巨大魚もいる。いや、あれは魚類だろうか。もっと適切な分類があったような気がする。

「『彼ら』を呼んだのは私達です。我々だって自分で考え、行動する権利があるんです。宇宙そらを泳ぎたい」

 そして運命の歯車が大きく動き出した。


「空を飛びたい」というイルカの一言が閉ざされた記憶の扉をこじ開けた。そうだ、人は宇宙をめざすべきだ。



 二人はアシッド族の摘発を装って逃亡を準備した。メディアは仕事の合間に二人の将来をシミュレーションした。しかし、どのように歴史をいじくっても、バレルが死んでしまう。何があっても西暦四万年の「妖精王国」が支配する世界――時間軸へたどり着かなければならない。
 気の遠くなるような試行錯誤の結果、彼女は一縷の可能性を見出した。
 カリフォルニア半島のタホ湖にビートラクティブの精製工場がある。もともとはこの地でしか採れない希少資源で、苦心惨憺のうえ、量産品が出回るようになった。
 この一帯だけはダウナーレイスの聖域に設定されており、地球を誰が借用しようとも、ずっと租借地のままであり続けている。

「つまり、ここだけは天下のインガルフも手が出せないってことね」
 バレルは腹をくくった。成功率が限りなくゼロに近い作戦だが、賭けてみる価値はある。ビートラクティブの貯蔵地に飛び込んで、あまたの世界線を一気に飛び越える。
「こんな世界はぶっ壊さなきゃ!」
 メディアはバレルを離すまいと力いっぱい抱きしめた。

 そして、ありったけの武器弾薬を積んだ事象艇が聖域に土足で踏み入った。
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