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ガチ筆闘(ふぁいと)! カミュVSサンテグジュペリ 七 死闘! 異邦人 対 夜間飛行
しおりを挟む■ 沸騰する無意味
「すべては使い果たされたのか? よろしい。それなら、これから生き始めよう」
カミュは青年リヴィエールに直接対決を申し込んだ。
雲ひとつなく、濃紺から漆黒へどこまでも限りなく広がる深淵。
干からびた塩湖。すべてが漂白され、あらゆる角度から消毒された世界を二つの個体が蹂躙する。
ぽつぽつと等間隔に続く足跡。大自然が何万年も温存してきた死を人工皮革と名の野生が断罪している。
「それはただ純粋な生命の姿、その生き様です。塩湖も靴もそれぞれの立場を主張している。両者は『必死で突っ立っている死体』なんです」
リヴィエールは不条理の息吹を賛美した。
「そう。どこまでも不条理。見渡す限りの不可解だ」
カミュは右腕を掲げ、まぶしそうにしている。
「あなたは孤独な敗北者だ」
生気にあふれる若者は先制パンチを繰り出した。
「孤独だと?! 貴様には孤独の意味がわかっているのか?」
無意味の調理師は青臭い台詞を切り捨てた。
リヴィエールは黙っていない。
「あなたは孤独を一つの意思と言うが、怠け者の詭弁ですよ。比較衡量されるべき世界から独立して、何が『抵抗』ですか」
カミュの周囲に塩の柱が屹立した。その一つ一つを押し割って、年老いた女があらわれた。どれも同じ顔をしている。
「ママン?!」
「Aujourd' hui, maman est morte.」
両手を前に突き出したゾンビが、わらわらと押し寄せてくる。
「Aujourd' hui, maman est morte.」
「Aujourd' hui, maman est morte.」
「Aujourd' hui, maman est morte.」
文豪が心のよりどころとした実母が、生ける屍となって息子を求める。
「そのあなたの『抵抗』も突き詰めれば、女々しいの一言に尽きます」
青年は喝破した。カミュは通常の論理的な一貫性が失われている男ムルソーを主人公に、理性や人間性の不合理を追求してみせた。
彼は空気が読めない内向的な青年に紋切型を強要するキリスト教社会の残酷さを皮肉ってみせたのだ。
そして、遺作となった「最初の人間」では母性の連鎖が対立関係を解消すると結論づけた。
「要するに、あなたはコミュ障とひきこもりを正当化しているだけじゃないですか!」
黒山の「ママンだかり」がカミュを一気に飲み尽くす!
「『私は正義を信念としていますが正義よりもママンを先に守りますって』とか言いながら、異邦人では『ママンは無意味』だとか言ってるじゃないですか!」
リヴィエールが相手の矛盾をあげつらうと、ゾンビどもが一気に爆散した。
「うるさい!」
モリモリと塩を突き破って、こじゃれたカフェーが出現した。カウンターには冷めたコーヒーカップ。一人の若い女が新聞のラジオ欄や雑誌に熱心に丸を付けている。それが終わると店を出て、振り向きもせず猛ダッシュで駆けだした。
「何だと?」
一辺が三メートルほどもある新聞紙がリヴィエールに覆いかぶさる。一面は彼の不祥事をデカデカと報じている。さらに赤ペンがよってたかって丸印を付け始める。
「お前こそ意味論に毒されている。俺の重箱をつついて何になるというのだ」
カミュが新聞紙を踏みつける。どこからともなくソッピース・キャメル戦闘機が飛んできた。拡声器がエンジン音をかき消してしまう。
耳を傾けずとも、印象的なメッセージが聴衆の胸に突き刺さる。
『リヴィエールは殺人者だ。夜間郵便飛行の継続を優先し、従業員を見殺しにした』
スキャンダルの内容はおおむねこういった非難の声だ。人命を顧みぬ事業にどんな意味があるというのだ。
「それがどうした?!」
彼は新聞紙を引きちぎり、ソッピースキャメルを指さした。
「パタゴニア機、言っただろう。空電や雷鳴や夜のとばりといった『取るに足らぬ下らないもの』ですら、弱気を貪り食って『悪魔』となる。だが、それは無価値な無意味だ」
彼はどこまでも実業家だった。人命軽視と言われようが、冒険的投機の続行を――勝負し続けることの――無意味の高付加価値化を見出した。
一九三一年という時代に、人間の尊厳と勇気を――その慧眼で定量化してみせた!
ハイリスクハイリターンという言葉を知らない時代のカミュに勝ち目はない!
それはウルトラファイト、完全生命体、叢書時代といった、外来時間軸すらも渇望する人間の貪欲に他ならない。
カミュの頭上に小包爆弾の雨が降る。
閃光、爆炎、硝煙、爆発、砂塵、また爆炎。ソッピースキャメルが塩湖を飛び回る。
黒い機影。
そのほかにうごめく者はどこにも見当たらない。
「いいや、無意味だ、無意味だ。そういった意味づけに頼る貴様のすべてが無意味だ!」
パタゴニア機の尾翼に男がしがみついている。
「なっ?!」
パイロットは振り落とそうと機体を左右に振る。
「例えば、世界は空模様と相似している。俺の中には何物にも揺るがぬ太陽があるのだ」
彼は内懐から煌々と輝く球体を取り出した。
「なにをするk」
操縦士の制止もきかず、男は熱球を機体に押し付ける。
「冬のさなか、俺はやっと気づいたのだ。俺の中には何物にもゆるがぬ、『永遠の夏』がある」
「やめr」
パタゴニア機が火だるまになって、リヴィエールを直撃した。
「蟒蛇を!」
慈姑姫は手出し無用の禁をやぶり、機動兵器ウワバミを繰り出した。
だがこの世のすべてを無意味と斬り捨て、徹底抗戦する男に正体不明の不条理が通じるだろうか。いまさら。
「生存者が先です」
慈姑小町がボアに収容を命じた。奇怪な大蛇は負傷者をひとのみした。
通信帯域は蜂の巣をつついたような状態だ。
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