5 / 9
それが彼の名前
しおりを挟む
***
アルヴィン・ランフォード。……それが彼の名前だ。アルフォンスの親戚だと言ったら信じてもらえそうな名前だ。でも違う。……私は会った事がある。……いや、違う、……初めてじゃない。……思い出せないだけなんだ。……アルヴァン……、
「……アル……」
「……」
「……」
「……」
メリカは目を開けた。見慣れない部屋が見えた。自分は椅子に座って机に向かっていたようだ。
メリカは自分の手元を凝視した。手は震えていた。……これは、なんだろう。……夢じゃない。現実なんだ……。メリカの手の中には、一枚のコインが握られている。銀色に輝く十セント硬貨だ。メリカはそれを見つめていた。その視線の先に何かあったわけではない。彼女の意識は過去に向けられ、現在を素通りしているだけだ。……思い出せ、思い出すのよ……。私は前にもこの光景を見ていた……。
メリカはハッとして、目線を動かした。……えっ……、……嘘……!? メリカは驚いて立ち上がった。その拍子に足を滑らせ尻餅をつく。痛みが襲ってくる。それでも彼女は立ち上がろうとしていた。彼女の視界に映るもの、それはとても奇妙で奇妙なものだ。メリカはそれに釘付けになった。
***
ランフォード博士の研究室はいつも同じ匂いで満ちていた。メリカはこの場所が好きだった。
その部屋に、一人の若い男が入ってきてメリカに尋ねた。メリカと同年輩だ。メリカはその若者を見て微笑んだ。
――いらっしゃい、待ってたわ、アルヴィン・ランフォード君。
メリカは彼に向かって両手を広げた。
――待っていたわ、ずっと……。さあ、こっちに来て……。一緒に遊びましょう……。
***
ランスロットは、床に転がるメリカの姿を見つけて慌てて駆け寄った。メリカを抱き起こして脈をとる。大丈夫、息をしている。死んではいない。……しかし、なんて無茶をする子だ。ランスロットはため息をついた。アルヴィン・ランフォードとメリカは同じ施設で育った幼友達だった。二人は年が同じということもあり、兄弟のように仲が良かった。二人は親友だった。ランスロットとメリカが別れるまでの数年間を、彼らは共に過ごした。
しかしある日を境に、二人の関係は変わった。ある事件をきっかけに、二人はお互いを避け合うようになった。二人とも自分のせいだと分かっていたが謝ることができなかった。気まずくなったまま離れ離れになり、再会することは二度とないだろうと思われた。それから長い時間が経った。二人は別々の道を歩むようになっていた。
***
メリカの呼吸は落ち着いているが、ぐったりとしたまま動かなかった。ランスロットは彼女に呼びかけた。
――メリカ、起きなさい。こんなところで寝たら風邪を引くよ。
メリカの瞼が動いた。目が開いた。
メリカはぼんやりとした表情を浮かべている。しばらくして、ようやく状況を把握したのか、驚いた様子で辺りを見回した。
――ここは? ランスロットが答えた。
――僕の研究所だよ。君はここで眠っていたんだ。
メリカの顔から驚きが消えた。安堵しているようでもあった。メリカの唇が動いた。
――そう……。よかった……。……私ね、変な夢を見ていたの……。
メリカはポツリポツリと言葉を紡いだ。ランスロットは相槌を打った。
――そうか……。どんな内容だい? メリカが言った。
――うん……。昔の話……。私たちがまだ子供だった頃の……。――昔? ああ、そうだね……。
ランスロットが苦笑する。
メリカが訊いた。――あのね、あなたがここに来る前の事だけど……。私の名前ね、実はね、アルフォンスがつけてくれたものじゃないの。
メリカは続けた。――アルヴィンっていう名前は、本当はね、別の人がくれたものだったの。私ね、それをすっかり忘れてしまっていたの。……アルフォンスはそのことを知らなかったと思う。だから、アルフォンスには言わないでほしいの。……お願いします。
そう言って、メリカは頭を下げた。
アルヴィン・ランフォード。……それが彼の名前だ。アルフォンスの親戚だと言ったら信じてもらえそうな名前だ。でも違う。……私は会った事がある。……いや、違う、……初めてじゃない。……思い出せないだけなんだ。……アルヴァン……、
「……アル……」
「……」
「……」
「……」
メリカは目を開けた。見慣れない部屋が見えた。自分は椅子に座って机に向かっていたようだ。
メリカは自分の手元を凝視した。手は震えていた。……これは、なんだろう。……夢じゃない。現実なんだ……。メリカの手の中には、一枚のコインが握られている。銀色に輝く十セント硬貨だ。メリカはそれを見つめていた。その視線の先に何かあったわけではない。彼女の意識は過去に向けられ、現在を素通りしているだけだ。……思い出せ、思い出すのよ……。私は前にもこの光景を見ていた……。
メリカはハッとして、目線を動かした。……えっ……、……嘘……!? メリカは驚いて立ち上がった。その拍子に足を滑らせ尻餅をつく。痛みが襲ってくる。それでも彼女は立ち上がろうとしていた。彼女の視界に映るもの、それはとても奇妙で奇妙なものだ。メリカはそれに釘付けになった。
***
ランフォード博士の研究室はいつも同じ匂いで満ちていた。メリカはこの場所が好きだった。
その部屋に、一人の若い男が入ってきてメリカに尋ねた。メリカと同年輩だ。メリカはその若者を見て微笑んだ。
――いらっしゃい、待ってたわ、アルヴィン・ランフォード君。
メリカは彼に向かって両手を広げた。
――待っていたわ、ずっと……。さあ、こっちに来て……。一緒に遊びましょう……。
***
ランスロットは、床に転がるメリカの姿を見つけて慌てて駆け寄った。メリカを抱き起こして脈をとる。大丈夫、息をしている。死んではいない。……しかし、なんて無茶をする子だ。ランスロットはため息をついた。アルヴィン・ランフォードとメリカは同じ施設で育った幼友達だった。二人は年が同じということもあり、兄弟のように仲が良かった。二人は親友だった。ランスロットとメリカが別れるまでの数年間を、彼らは共に過ごした。
しかしある日を境に、二人の関係は変わった。ある事件をきっかけに、二人はお互いを避け合うようになった。二人とも自分のせいだと分かっていたが謝ることができなかった。気まずくなったまま離れ離れになり、再会することは二度とないだろうと思われた。それから長い時間が経った。二人は別々の道を歩むようになっていた。
***
メリカの呼吸は落ち着いているが、ぐったりとしたまま動かなかった。ランスロットは彼女に呼びかけた。
――メリカ、起きなさい。こんなところで寝たら風邪を引くよ。
メリカの瞼が動いた。目が開いた。
メリカはぼんやりとした表情を浮かべている。しばらくして、ようやく状況を把握したのか、驚いた様子で辺りを見回した。
――ここは? ランスロットが答えた。
――僕の研究所だよ。君はここで眠っていたんだ。
メリカの顔から驚きが消えた。安堵しているようでもあった。メリカの唇が動いた。
――そう……。よかった……。……私ね、変な夢を見ていたの……。
メリカはポツリポツリと言葉を紡いだ。ランスロットは相槌を打った。
――そうか……。どんな内容だい? メリカが言った。
――うん……。昔の話……。私たちがまだ子供だった頃の……。――昔? ああ、そうだね……。
ランスロットが苦笑する。
メリカが訊いた。――あのね、あなたがここに来る前の事だけど……。私の名前ね、実はね、アルフォンスがつけてくれたものじゃないの。
メリカは続けた。――アルヴィンっていう名前は、本当はね、別の人がくれたものだったの。私ね、それをすっかり忘れてしまっていたの。……アルフォンスはそのことを知らなかったと思う。だから、アルフォンスには言わないでほしいの。……お願いします。
そう言って、メリカは頭を下げた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生先はご近所さん?
フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。
でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる