殖罪

本谷紺

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赤羽美也子

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 美也子が目を覚ましてから、自身の置かれた状況を把握するまでに、短くない間があった。
 彼女はソファの背にもたれて眠っていたらしかった。ソファは柔らかく彼女の体を包み込んでおり、体の不調はない。
 目覚めたその部屋は、広さで言えば彼女の自宅リビングと同程度か。背の低いテーブルにソファ、壁際の戸棚やあかりの灯った照明器具、窓に引かれたカーテンに至るまで、素朴な風合いのカントリー調に統一されている。
 自宅ではない。しかし、どこかで見たことがある。
 数台ある大きなソファには、彼女の他に、四人の男女が同じように深く腰を下ろしていた。皆同じタイミングで眠りから覚めたように、不思議そうな表情で室内を見回している。ここは?とニット帽の男が言った。
 ここはどこなのか?
 自問した時だ。美也子の中に、遠い記憶が突如としてよみがえった。彼女はここに来たことがある。
 ここは、彼女の父が所有する別荘、そのリビングリームに違いない。
 十年前の記憶はおぼろだが、一度紐づいてしまえば全てが合致した。そこの大きな窓の外には庭がある。そこの階段から寝室のある二階に行ける。玄関は確かあちらのドアから。
 そうするうちに少しずつ思い出していく。美也子は、連休を使って一人でこの別荘へと泊まりに来ていた。高校三年生、受験を控えた秋だ。息抜きも兼ねて、いつもと違う環境で集中して勉強したいのだと説得すれば、両親は渋々ながらも了承してくれた。
 しかし。美也子にはこの別荘地までの道程の記憶はあれど、玄関ドアをくぐった覚えがなかった。父から預かった鍵を鞄から取り出した記憶もない。最寄りのバス停に降り立ち、別荘の点在する山道へと足を踏み入れた――それ以降のことが思い出せない。

「あのぉ」

 女性が声を上げ、美也子の意識はそちらを向いた。モスグリーンのジャケットにジーンズのラフな服装をした女が控えめに挙手している。二十代くらいだろうか、と美也子は見当をつける。

「私、ここがどこなのか……どうしてここにいるのか、まるで覚えがないんですけど、誰か分かる人いますか?」
「いいや」

 ニット帽の男がすぐに否定した。

「俺にも全く。山道を歩いてたはずなんだが」
「僕もです」

 もう一人の男が同意する。長い黒髪を低い位置で結わえており、一般的な勤め人とは異なる雰囲気がある。

「オレは……確か、コンビニから家に帰るところだったと思うんですけど」

 残る一人はまだ若い青年――少年だろうか。美也子と同年代に見える。

「家って、どの辺? K市?」
「はい」
「じゃあ俺がいたところと近いかもな」

 私も、僕もと他の二人も申告する。K市はまさに別荘のある市の名前だ。
 意を決し、美也子は話を切り出した。

「あの……ここ、たぶん、うちの別荘だと思います」
「別荘? あなたの家の?」
「はい」
「じゃあ、何で私たちがここにいるのか知ってるの?」
「それは、……分かりません。わたしもK市の別荘に行く途中だったんですけど、到着した記憶がないんです」

「つまり、何だ?」

 訝し気にニット帽の男が言う。

「俺たち全員、その別荘とやらに、知らない間に集められたってことか? 眠らされて?」
「……まだ何とも言えませんね」

 結論を逸る男と対照的に、長髪の男は慎重さを見せた。

「ともかく、わけも分からず人様の別荘にいるのも座りが悪い。一度外に出ましょうか」

 反対する者はいなかった。美也子は記憶を頼りに玄関までのルートを先導する。リビングを出てしまえば出口はすぐだ。電気が付きっぱなしの廊下を行き、玄関に乱雑に放り出された靴を見つける。ちょうど五人分の靴の中には美也子のスニーカーも左右揃っていた。適当に引っかけて履き、まずドアを開けてしまおうとする。

 びくともしない。

 鍵がかかっているのだとサムターンを見れば縦になっている。横に捻ってみて、再度ノブを捻る。押しても引いても動かない。

「何してんだ?」
「開かない……」
「はァ?」

 帽子の男が靴も履かずにたたきへ下り、美也子を押しのけるようにノブを掴んだ。何度もサムターンを捻った後、呆然と呟く。

「……マジだ。びくともしねぇ」
「ウソでしょ」
「こんなウソ吐くかよ。何だコレ。内側から開かねぇなんてことあるか?」
「何かつっかえているとか。裏口はありませんか?」

 長髪の男に話を振られ、美也子は慌てて思考を巡らせる。

「……すみません、わたしもここに来るのは久しぶりで……」
「じゃあ探してみましょうか。いいですよね?」
「は、はい」

 美也子は必要以上に力強く頷いた。この別荘とかかわりがあるのは自分だけなのだから、ともすれば彼女が何かを企んでいるのだと疑われかねない。見知らぬ人々を閉じ込めたいわけではない。むしろ、何が起きたのかは分からないが、早く出て行ってもらって一人で落ち着きたかった。

 玄関を開けるのは無理そうだとドアから離れる。とりあえず廊下の奥へと向かおうと全員が動き始めたところで、不意に少年が足を止めた。カーテンの引かれた窓を見ている。
 何を思ったのか、彼はカーテンを半分ほど開ける。
 美也子から見える窓の外は暗かった。月明かりのない夜なのか、外の景色の輪郭も見えない。
 何も見えなくては興味を引くものもない。少年はカーテンを閉めようとして――ぴたりと動きを止め、直後「うわぁ!」と盛大な悲鳴を上げた。
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