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エピローグ
新年を迎えて
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――初東風が運んできた冷気が私の頬を撫でる。
お酒で少し火照った体の熱を奪われていく感覚が心地良い。
神社の拝殿で手を合わせている最中にいけないことだと分かっていながら、私は隣で目を閉じて手を合わせている片桐さんをチラリと覗き見る。
午前中、片桐さんと二人きりで料理をし、お酒を飲みながらお昼御飯を食べたり、語らったりと、今まで夢見ていた恋人と過ごす理想的なお正月を実際の関係性こそ違えど、私は初めて経験してしまったのだ。
「……さっき何を見てたんですか?」
拝殿の石段を下りながら片桐さんに訊かれる。
さっき私がチラ見していたことに、どうやら片桐さんは気づいていたようだ。
「あ、いえ、別に何も……」
私が言葉に詰まると、片桐さんは少し怪訝そうな顔をする。
(こういう顔も好きかも……)
「まったく……そんなに気を抜いていたら願いごと叶いませんよ」
と言って片桐さんは少しからかうように私の顔を覗きこんだ。
「はい、ごめんなさい……」
時々、片桐さんは私の想いにとっくに気がついていて、わざと気づかないフリをしてくれているのかな、と思うことがある。
片桐さんに想いが通じて欲しい、という気持ちと、想いを知られることによって、この関係性が崩れてしまうかもしれない、という怖さと……
「……で、翠川さんは何をお願いしたんです?」
最近、片桐さんは私に対して、以前よりもいろいろと訊いてきてくれるようになった。
勿論、私はその倍近く片桐さんを質問攻めにしているのだけれど……
「……秘密です。お願いごとは口にしたら叶わなくなってしまいそうな気がして……」
と私が言うと、片桐さんは、
「確かにそうですね」
と言って妙に納得したような顔で頷いた。
「片桐さんこそ、何をお願いしたんです?」
私が訊き返すと、片桐さんは、
「――って、僕には訊くんですね。ルミエールのことに決まってるじゃないですか」
と私にツッコミを入れながら笑っていた。
今日、改めて思ったのは、やはり彼は根っからの料理人だということ。
一緒に料理をしていても、すぐに『これはフランス料理風にアレンジできるな』とか『ルミエールで今度、和風のパフェとか作ってみましょうか』など次々にアイディアが湧いてくるのだ。
「実は私も……ルミエールの発展と安泰を祈りました」
(ルミエールや仕事のことは勿論、私は片桐さんとのことも願っていたんだけれど……)
すると片桐さんは嬉しそうに、
「やっぱり……翠川さんなら、そう言うと思っていました」
と玉砂利の上を歩きながら前方を見据えたまま言った。
二人で同じ目標や願いを持つ――
些細なことのようで実は特別なことなんだと思う。
私がそっと見上げると、片桐さんは柔らかな笑顔を返してくれた。
(……片桐さん、いつか私が自分の仕事に胸を張れるようになった時――『好き』と伝えてもいいですか……)
「翠川さん、少し酔われてます? 」
私が暫く黙って歩いていると、片桐さんは立ち止まって心配そうに私の顔を見る。
確かに――今日は片桐さんと二人きりの緊張をほぐす為、お酒を飲み過ぎていた。
「僕がしっかりしないと……はぐれちゃいそうですね」
そう言うと片桐さんは、さり気なく私の手を取った。
片桐さんは少し酔った私を参道を行き交う人の波から庇うようにして歩いてくれた。
たとえ彼と想いが通じ合わなくても――
私は今日のことをきっと忘れない……
◇
「おーい」
すれ違うの人の群れの中から聞き覚えのある声――
(悠馬さんだ!)
片桐さんがそっと私の手を放す。
私達は行き交う人の流れの邪魔にならないように、参道から外れた脇道に入った。
「あけましておめでとうございます。悠馬さんはこれから参拝ですか」
片桐さんは一切、動揺を見せずに尋ねる。
「あけおめ……そうそう、さっきルミエールに荷物置いてきたばっか……二人は午前中からルミエールにいたんだってね」
悠馬さんは少し拗ねたような口調で言う。
「あ、うん……片桐さんにお料理を教えてもらってたの。お休みの時ぐらいしか予定合わせられないし……私、お料理下手だから特訓したくって……」
本当は私が片桐さんとお料理をしたりして一緒に過ごしたかっただけ、ということは言わずにおいた。
「ふうん……じゃあ、俺が風邪ひいたら、また何か料理を作って持ってきてくれる?」
悠馬さんは上目遣いで私の顔を覗きこむ。
こういう甘え口調や可愛らしい表情が、ごく自然にできてしまうのだから、ルミエールのカフェの常連客に彼のファンが多いのも頷ける。
「……あ、うん。も、勿論」
とりあえず悠馬さんの機嫌を損ねないように答えた。
すると悠馬さんは満足したようで、
「じゃあ、俺も参拝してくるから……またね」
と言って、また神社の本堂に続く参道の列に戻っていった。
お酒で少し火照った体の熱を奪われていく感覚が心地良い。
神社の拝殿で手を合わせている最中にいけないことだと分かっていながら、私は隣で目を閉じて手を合わせている片桐さんをチラリと覗き見る。
午前中、片桐さんと二人きりで料理をし、お酒を飲みながらお昼御飯を食べたり、語らったりと、今まで夢見ていた恋人と過ごす理想的なお正月を実際の関係性こそ違えど、私は初めて経験してしまったのだ。
「……さっき何を見てたんですか?」
拝殿の石段を下りながら片桐さんに訊かれる。
さっき私がチラ見していたことに、どうやら片桐さんは気づいていたようだ。
「あ、いえ、別に何も……」
私が言葉に詰まると、片桐さんは少し怪訝そうな顔をする。
(こういう顔も好きかも……)
「まったく……そんなに気を抜いていたら願いごと叶いませんよ」
と言って片桐さんは少しからかうように私の顔を覗きこんだ。
「はい、ごめんなさい……」
時々、片桐さんは私の想いにとっくに気がついていて、わざと気づかないフリをしてくれているのかな、と思うことがある。
片桐さんに想いが通じて欲しい、という気持ちと、想いを知られることによって、この関係性が崩れてしまうかもしれない、という怖さと……
「……で、翠川さんは何をお願いしたんです?」
最近、片桐さんは私に対して、以前よりもいろいろと訊いてきてくれるようになった。
勿論、私はその倍近く片桐さんを質問攻めにしているのだけれど……
「……秘密です。お願いごとは口にしたら叶わなくなってしまいそうな気がして……」
と私が言うと、片桐さんは、
「確かにそうですね」
と言って妙に納得したような顔で頷いた。
「片桐さんこそ、何をお願いしたんです?」
私が訊き返すと、片桐さんは、
「――って、僕には訊くんですね。ルミエールのことに決まってるじゃないですか」
と私にツッコミを入れながら笑っていた。
今日、改めて思ったのは、やはり彼は根っからの料理人だということ。
一緒に料理をしていても、すぐに『これはフランス料理風にアレンジできるな』とか『ルミエールで今度、和風のパフェとか作ってみましょうか』など次々にアイディアが湧いてくるのだ。
「実は私も……ルミエールの発展と安泰を祈りました」
(ルミエールや仕事のことは勿論、私は片桐さんとのことも願っていたんだけれど……)
すると片桐さんは嬉しそうに、
「やっぱり……翠川さんなら、そう言うと思っていました」
と玉砂利の上を歩きながら前方を見据えたまま言った。
二人で同じ目標や願いを持つ――
些細なことのようで実は特別なことなんだと思う。
私がそっと見上げると、片桐さんは柔らかな笑顔を返してくれた。
(……片桐さん、いつか私が自分の仕事に胸を張れるようになった時――『好き』と伝えてもいいですか……)
「翠川さん、少し酔われてます? 」
私が暫く黙って歩いていると、片桐さんは立ち止まって心配そうに私の顔を見る。
確かに――今日は片桐さんと二人きりの緊張をほぐす為、お酒を飲み過ぎていた。
「僕がしっかりしないと……はぐれちゃいそうですね」
そう言うと片桐さんは、さり気なく私の手を取った。
片桐さんは少し酔った私を参道を行き交う人の波から庇うようにして歩いてくれた。
たとえ彼と想いが通じ合わなくても――
私は今日のことをきっと忘れない……
◇
「おーい」
すれ違うの人の群れの中から聞き覚えのある声――
(悠馬さんだ!)
片桐さんがそっと私の手を放す。
私達は行き交う人の流れの邪魔にならないように、参道から外れた脇道に入った。
「あけましておめでとうございます。悠馬さんはこれから参拝ですか」
片桐さんは一切、動揺を見せずに尋ねる。
「あけおめ……そうそう、さっきルミエールに荷物置いてきたばっか……二人は午前中からルミエールにいたんだってね」
悠馬さんは少し拗ねたような口調で言う。
「あ、うん……片桐さんにお料理を教えてもらってたの。お休みの時ぐらいしか予定合わせられないし……私、お料理下手だから特訓したくって……」
本当は私が片桐さんとお料理をしたりして一緒に過ごしたかっただけ、ということは言わずにおいた。
「ふうん……じゃあ、俺が風邪ひいたら、また何か料理を作って持ってきてくれる?」
悠馬さんは上目遣いで私の顔を覗きこむ。
こういう甘え口調や可愛らしい表情が、ごく自然にできてしまうのだから、ルミエールのカフェの常連客に彼のファンが多いのも頷ける。
「……あ、うん。も、勿論」
とりあえず悠馬さんの機嫌を損ねないように答えた。
すると悠馬さんは満足したようで、
「じゃあ、俺も参拝してくるから……またね」
と言って、また神社の本堂に続く参道の列に戻っていった。
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