上 下
33 / 100
7月

お兄ちゃん(仮)とおでかけ 1

しおりを挟む
この前のテストの赤点回避のお礼として先日、西川兄妹に野菜と果物を持っていきました。
お菓子だと千香ちゃんが作れちゃうから、お菓子作りに使えるだろう果物の方が喜ばれるんだよね。
でも果物だけだと千香ちゃんが喜ぶばっかりだから、野菜も。葵先輩、どうぞ美味しく食べて下さい。

その持って行った時に、なんと葵先輩がケーキの美味しいお店に連れて行ってくれるって約束してくれたのである。
なんでも、赤点と取らなかった私のご褒美だそうだ。
先輩は私の得点を認めてくれるんですね。千香ちゃんは呆れてたのに。うぅ……、その優しさに感動。

もちろん、いつも通り二つ返事で了承の意を示した。
昔から葵先輩は時々甘い物が美味しい店に連れて行ってくれるのだ。それが私の好きな感じのお店ばかりでとっても楽しい。先輩が紹介してくれる店に外れはないと手放しで信じられるほどである。

この時、毎回千香ちゃんも誘うのだが、滅多に一緒に来ることはない。
なんか私の知らない所で葵先輩とそういう約束をしているらしい。どうしてなのかは教えてはもらえないんだけど。
一緒ならもっと楽しくなるのになぁ……。


そして、今日がその約束の日なのですが……。

私の視界がせわしなく動く。関心を向ける場所がコロコロ移り変わるのである。

「あの店も見て行く?」
「いいんですか?!」

目的のお店に辿り着く前に寄り道しまくりです!
主な原因は私があちこち見てみたいお店があるせい。

位置関係としては学校のあっち側――学校から見て私の家に帰るのとは逆方向に何駅か電車に乗ってやって来た私と葵先輩。距離的には大したことないけど、ズボラな私にしたら遠足並の遠出である。
それにここには初めて来たので、何があるのか全く知らなかった。

それが!こんなに可愛いお店がたくさんあるなんて!!
ここは天界か?!キャッハハ、ウフフの魅惑の地域である。ビバ!

ここまででも何軒か雑貨や家具を覗いてきた。買ってないからただの冷やかしだけど。あ、あの店いいな。と思うと、先輩が行ってみようか。と声をかけてくれるのだ。
女の子向けの愛らしいデザインの店が多いので葵先輩は退屈だろうに、そんなことを感じさせない笑顔で道草に付き合ってくれている。ありがたや、ありがたや。

私は一人っ子だけど、お兄ちゃんがいたらこんな感じなのだろうか。友達が言っていた乱暴者の兄貴というのとは違って、慈愛に満ちたお兄様という感じだけど。

「これ、未希に似合いそうだね」

入った店は雑貨とアクセサリーを売っている店だった。
葵先輩が持っていたのはオレンジ色のリボンのバレッタである。

「可愛いですね!」

いつもはアクセサリーなんて付けないんだけど、そのバレッタは可愛い。非常に私の好みである。
葵先輩は本当に私のことを私以上に把握しているな、と思う。
アクセサリーなんて片手で数えられるほどしか持ってないけど私が欲しいと思ってしまった。バレッタなら髪をまとめるときにでも使えるだろうし。買っちゃおうかな……。

悩んでいると葵先輩がおもむろにバレッタ持ち上げ、私の髪に合わせた。
そのままの状態で少し離れて私を見た先輩は、ふっと微笑んだ。

「うん、やっぱり似合う」
「ホントですか?」
「もちろん」

女子らしさとは無縁の私である。今日だって休みの日なんだからオシャレをしたらいいのに、ジーンズと適当なトップスを着てきている。
そんな私だけど、これを付けたらちょっとは女の子っぽくなるかもしれない。よし!

私は髪に合われたままの葵先輩の手からバレッタを取る。
取られてしまった先輩は、何も持っていない手を下に滑らせ私の髪を一撫した。

「これ、買ってきます」
「なら俺が買ってあげるよ」
「いえ、自分で買えますよ!先輩は外で待っててもらえますか?」

買うことにしました!
葵先輩はよく買ってあげると言って、良いお兄ちゃんっぷりを発揮しようとするけど、さすがにそれは辞退する。申し訳ないし、自分のものは自分で買わないとね!

それにこのお店は女子ばかりで先輩は居心地が悪いと思うのだ。
ケーキの店に連れて行ってもらうのに、寄り道ばかりですでに迷惑かけまくりなのだからちょっとくらいは気配りしないと。葵先輩が疲れてしまう。

「一緒に行くよ。どうせレジで待つみたいだし」

先輩がレジの方にちらりと視線をやるから、私も見てみるとレジには長蛇の列が。
え、なんでそんなにお客さん並んでるの……。ああ、店員さん今一人しかいないのか!

「いやいや、なおさらもっとダメです。待たせちゃうかもしれないですけど、外にいて下さい」

長い時間かかるなら、ここに私と一緒にいたらもっと葵先輩の気苦労が増えると思う。
暇かもしれないけど、外の空気を吸って一人リフレッシュしててもらおう。

私が主張を変えないことを察したのか、先輩が小さく息を吐いた。

「分かった外にいるよ」
「はい、お願いします」

先輩がどうして残念そうな顔しているのか分からない。外の方が絶対に気楽で良いと思うんだけど。

あっ、もしかしてお兄ちゃんらしいことしたかったのかな?実の妹の千香ちゃんとはあんまり外出しないらしいから、そういうことを発揮する機会自体がないのかも。だから妹(偽物)には、兄らしい振る舞いをしたかったのかも。
もしそうなら、ちょっと悪いことしたかな……。

背中を向けて出て行った先輩に、次はお言葉に甘えて買ってもらうことにしよう。と疑似妹の私が決心をする。
兄孝行しないとですよね。本当の兄妹ではないけど、千香ちゃんに代わって。

ああ、千香ちゃんのことを想ったらちょっと寂しくなってきた。一緒に来れたら良かったのに。
可愛いお店を、世界で一番可愛いと崇める千香ちゃんと見れ回れたら至福の時になったに違いないのだ。

そうだっ!これ色違いで千香ちゃんにも買っていこう。そしたらお揃いである。むふふ。
千香ちゃんなら、色は絶対に白である。艶のある黒髪に映えると思うのだ。

白の同じデザインのバレッタも持って、レジに向かう。
今日一緒に来ることはできなかったけど、千香ちゃんと同じ物を付け並んだ姿を想像して思わず笑みがこぼれた。


しおりを挟む

処理中です...